#46 朝ご飯、鶏そぼろ丼と、田んぼの作り方(その9、土戻し)

 さぁ、壱は今日も田んぼ作りの続きだ。しかしその前に朝食作りである。


 昨夜のアルコールの影響は無い。程良い量だったのだろう。お陰で良く眠れた。


 壱は厨房に降りて冷蔵庫を開けると、昨日の夜にキープしておいた鶏肉と卵、棚から葉付きの人参を取り出す。


 一旦2階に上がり、今度は鍋を手に再び厨房へ。ブイヨンを頂く。


 最初に米を炊く。これは火加減に注意しながら。


 まずは人参に取り掛かる。良く洗って、葉はざく切りにしておき、本体は皮のまま短冊切りに。本体をブイヨンの鍋に入れて、火に掛ける。葉はボウルに入れておく。


 米の鍋が沸いて来たので、火加減を落として。


 次は鶏肉に取り掛かる。端から薄く切って行き、切った鶏肉を倒して千切りに。それを45度回転させて微塵に切って行く。


 出来る限り細かくしたいので、丁寧ていねいに包丁を動かして行く。ミンチ状にしたいのである。


 終わると冷たいままのフライパンに入れてしまう。そして手洗いを兼ねて、包丁とまな板を洗った。


 次に調味液を作る。ボウルに味噌と砂糖を入れ、水を少量ずつ入れてクリームくらいの緩さになるまで伸ばして行く。


 卵も割って解し、塩を少量加えておく。


 鶏肉を入れたフライパンを火に掛ける。オリーブオイルを入れていないが、フライパンを熱していないのと、鶏皮から滲み出る油で焦げ付きにくい。


 木べらを使い、パラパラになる様に炒めて行く。じわじわと火が通り始め、薄いピンク色だった肉の表面が白くなって行く。


 粗方あらかた炒まったところで、先程作った味噌ダレを加え、時折混ぜながら中弱火で煮詰めて行く。


 次にもうひとつフライパンを出し、火に掛けて温まったらオリーブオイルを引く。そこに人参の葉を半量程入れて、炒めて行く。味付けはシンプルに塩のみ。炒め上がったらボウルに上げておく。


 そのままのフライパンを使い、卵を炒める。オリーブオイルを足し、卵液を一気に入れる。端から徐々じょじょに火が通って来るので、中心に掻き寄せ、全体がポロポロになる様に炒めて行く。卵そぼろを作っているのである。


 出来上がったら火を止めて置いておき、鶏そぼろの様子を見る。巧い具合に煮詰まっていた。


 その頃には米も炊き上がっている。チリチリと音がし始めている鍋の火を止めて、ふたを開けて全体を解し、また蓋をして蒸らす。


 次にブイヨンの鍋に行く。味噌を溶かし、人参の葉の残りを入れる。それでまずは味噌汁の出来上がりである。


 時計を見る。そろそろサユリと茂造が起きて来る頃だろうか。仕上げは起きて来てからが良いだろう。


 使った調理器具を洗っていると、茂造が起きて来た。


「おお、壱、おはようじゃの」


「じいちゃんおはよう。サユリ起こして朝支度してね」


「ほいほい。ありがとうのう」


 そう言い茂造が洗面所に向かった所で仕上げである。丼鉢代わりの器に米を平らに盛り、鶏そぼろ、卵そぼろを敷き詰め、彩りに炒めた人参葉を中心に飾る。


 鶏そぼろ丼の出来上がりである。


 次に人参の味噌汁を注ぎ、朝食の完成だ。


 茂造がサユリをともなって戻って来た。


「朝ご飯出来たよ」


「毎朝ありがとうの。いただくとしようかの」


「うん、どうぞ」


 壱と茂造はテーブルに着き、サユリは上に。サユリ用は食べ易い食器に入れてある。鶏そぼろ丼は平皿に、味噌汁はサラダボウルに。


 手を合わせ、まずは味噌汁を口に含む。この世界に来てすっかりと飲み慣れた、ブイヨン出汁の味噌汁。人参と良く合っている。


 昨日昆布を採って来て貰ったのだから、今日は干さなくては。そうなると鰹節も早く欲しい。明日にでも鰹を獲って来て貰えないだろうか。


「うむ、壱、この鶏のそぼろも卵も旨いのう。人参の葉も良い味わいになっておる」


 鶏そぼろ丼を口に運ぶ茂造が、満足そうに言う。壱も味噌汁を置いて丼を手にし、スプーンで掬って口に放り込んだ。


 うん、弱火でじっくり煮含めたからか、鶏そぼろはふっくらしっとりと仕上がっている。卵そぼろもしっとりと出来ていた。


 人参葉は良いアクセントである。塩で炒めただけなので、そぼろの味の邪魔をしない。


 鶏そぼろの味付けは、本来なら砂糖や味醂、醤油などを使う。しかしこの世界にある和の調味料は味噌だけ。なら、と挑戦してみたのだが、見事成功した様だ。


 脳内シミュレーションで失敗のイメージは無かったので、大丈夫だとは思っていたし、念の為にスマートフォンでレシピも調べてみたが、味噌味の鶏そぼろはちゃんと存在した。


 残念なのは、生姜が無かった事だ。この食堂では見た事が無かったので、この世界そのものにあるのかどうか。あるなら是非入手したいところだが。


「じいちゃん、この世界に生姜ってある?」


「あるぞい。と言うか、この食堂でも使っておるぞい」


「え! 俺見た記憶無い! 何でだろう!」


 壱は驚いて、つい大声を上げてしまう。


「そうじゃったのう、壱はまだカレーソースを作った事が無かったのう。この食堂のメニューで生姜を使うのはカレーソースだけじゃからのう。仕込み中はいろいろな香りが漂うし、壱が気付かんのも無理は無いのう」


「厨房で見掛けなかったけど」


「袋に入れて棚に置いてあるんじゃ」


「あー、だから見付けられなかったんだ……」


 もっと早くに聞いておけば良かった。壱は項垂れてしまう。しかし立ち直りも早い。


「じいちゃん、この鶏そぼろさ、生姜を入れるともっと旨くなるんだ。また作って良い?」


「勿論じゃ。毎日違うものを食べさせてもろうて、それはそれで嬉しいが、どれも旨いからの、同じもので全然構わんのじゃよ」


「じゃ、また今度。まだ作ってみたい味噌料理いろいろあってさぁ」


「ほっほっほ、壱は料理好き、と言うより味噌好きなんじゃな」


「無かったら暴れたくなる程にね」


 壱は照れ臭そうに笑みを浮かべた。




 さぁ、田んぼ作りの続きである。


 壱は裏庭に出ると、荷車にシャベルなどを乗せて行く。サユリが当然の様に上に乗り、さて出発だ。


 田んぼに向かう前に、種籾たねもみを浸けてある川に寄る。万が一袋が流されてでもいたら大変だからだ。


 一応そうならない様に重めの石を選んだし、川の流れは緩やかだから大丈夫だと思う。川幅が広く、特に流れの緩い所を選んでもいる。


 しかし、水力発電でこの村の電気を賄っているのもあの川なのだ。


 荷車を引いて川に向かう。


 さて、そこには昨日しつらえたままに、種籾が流れに揺られていた。


「良かった」


 壱は安堵して小さな息を吐く。


 石を良く見てみると、どうやらずれてさえもいない様だ。


 だがやはり、石なり木材なりを打ち込み、固定させた方が良いだろう。これからの事もあるのだし、その方が安心だ。


 木材だと劣化もするだろうし、石が良いだろうか。また良い形のものを探しておかなければ。


 そうしてようやく田んぼに向かう。


 到着すると、ガイたちはすでに来て待っていてくれた。


「おはようございます。お待たせしてしまってすいません」


「おはようカピ。今日も頼むカピよ」


「おはようございます。俺たちも今来たところですよ」


「そうですよー。おはようございますー」


「おはようっす!」


 そしてリオンが頭を下げる。


「今日は何を?」


「今日は、煉瓦れんがのセメントが乾いている筈なので、昨日掘り出した土を中に戻して行きます。シャベル使ってくださいね。また肉体労働になりますが」


「大丈夫っすよ! オレら体力あるっすからね!」


「さー、始めちゃいましょー」


 ジェンたちは頼もしげに言うと、次々にシャベルを手にして行く。田んぼの4辺に別れると、周囲に盛り上がった土を豪快かつ丁寧に、掘った穴に放って行った。


 壱も慌ててシャベルを掴み、加わる。


 そうして掘り起こした土が穴に戻って行く。


 掘ると言う工程が無い分、昨日より少しは楽である。それでもなかなかの重労働であった。


 サユリは荷車の上でくつろいでいる。その愛らしい姿に癒されつつ、壱たちは作業を進める。


「これで、終わったんじゃ無いっすかね?」


 ジェンがそう言いながら土を穴に放った頃には、昼前に差し掛かろうとしていた。

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