#45 カルとミルの決断
やがて客足がほぼ無くなり、店内の客数も少なくなった頃、静かにドアが開いた。
姿を現したのは、カルとミルだった。ふたりともやや緊張した
「こ、こんばんは。食事の後、店長さんたちに話を聞いていただきたくて」
「あ、は、はい、つ、伝えて、来ます」
カルの言葉を聞いたマユリが厨房に向かう。その間にカルたちはテーブルに付き、メニューを取った。
カルが近くにいたマーガレットを呼び、注文をする。
その流れを、壱はガイたちと話をしながら時折横目で見ていた。
ちらりとサユリを見ると、我関せずと言った調子で澄ました様子。とは言え、その時になれば呼ばれるのだろう。多分壱も。
結婚を機に専業主婦になりたいと言ったミル。しかしそれは村の掟が許さないと
納得出来ないのなら、村を出て貰うとまで言われたふたりが、どういう結論を出したのか。
ガイたちとの会話に興じながら、つい気になってしまい、目線を動かした。その間に頼んだ料理が運ばれ、ふたりは黙々と食べ進めていた。
やがて仕事がひと段落したであろう茂造が、フロアに姿を現した。
まずは壱たちのテーブルに寄り。
「みんなお疲れさまじゃのう。済まんが壱とサユリさんを少し借りて良いかのう」
笑顔で言う。
「あ、いえ、そもそもお借りしているのは寧ろこちらで。サユリさんとイチくんが大丈夫でしたら」
ガイが言い、壱は頷いた。
「うん。大丈夫」
「我もカピ」
言いながら壱は残り少なくなっていたエールを飲み干しながら椅子を立ち、サユリは身軽に床に降りた。
「すいません、少し行って来ます」
壱が言うと、ジェンとナイルは手を振り、リオンは頭を下げた。
既に食事を終え、空いた食器も下げられていたカルとミルのテーブルに近付き、声を掛ける。
「良いかの?」
「はい! お願いします!」
カルとミルは同時に立ち上がり、頭を下げる。茂造は大らかに笑いながらふたりに座る様に促した。
しかしふたりは壱と茂造が掛けるまで立ったままだった。サユリはいつもの様にテーブルの上へ。
カルとミルは微かに強張った顔を見合わせ小さく頷くと、茂造に向き直る。そして、やや
「私、専業主婦になりたい夢は諦めます。失念していました。私、サユリさんの加護があるからこそ、カルと良いお付き合いが出来ているんだって言う事を。私の
ミルは唇を噛み締め、
想い描いていた筈だ。結婚したら旦那さまに尽くしたいと。旦那さまの為に完璧に家事をして、甲斐甲斐しく身の回りの世話もして、立派に子育てもして、と。
その重さがミルをこの村に移住させた原因な訳だが。
しかしサユリの加護のお陰で、その
だから彼女は忘れてしまっていたのだ。今のミルの状態は、この村、そしてサユリあってのものなのだと言う事を。
茂造はゆっくりと頷いた。
「うむ。そうじゃの。厳しい事を言うがの、確かにこの村を離れたら、お前さんたちは駄目になってしまうと思うんじゃ。それを
「それともうひとつ言っておくカピ」
サユリが口を開く。
「我の加護はあまり強いものでは無いカピ。だから、客観的に見たら今のミルでも充分重いのだカピ。カルの想いがあってこそ続いているのだと、きちんと自覚するカピよ」
「はい……」
ミルは項垂れる。自覚はしていても、やはり悔しい思いもあるのだろう。
だが、殆ど関わりの無い壱の眼から見ても、確かにミルは重い様に思える。先日の話を聞いてもそう感じた。
そうして隅々まで構われる事を心地良いと思う男性もいるのだろう。だが壱は御免だった。普段から身の回りの事は勿論家事の手伝いもしていたのだ。自分の事は自分で。それが壱の当たり前だった。
そう思うと、この村の性質は壱には合っている様だ。
「カルもそれで良いんじゃな?」
茂造が聞くとカルは大きく頷いた。
「はい。俺はミルが良いならそれで。正直この村を出たらどうなるか判らないですが、でも、今はこの村で結婚した方が良い様な気はしています。なので、そうします」
「そうじゃの。儂もそれが良いと思うぞい」
どうやらこの問題は解決を見そうだった。
ミル本人は納得出来ない部分があるかも知れない。今も浮かない表情だ。しかし
「結婚式はするのかの?」
「はい、そのつもりです。これからドレスを注文しようと思います。家はミルがひとり暮らしなので、そこで」
「そうかそうか。なら式の日取りが決まったら早めに教えてくれの。準備もあるからの」
「はい」
「……はい」
ふたりはそう言い頷いた。ここでやっと、ミルは少し笑顔を見せた。
カルとミルが食堂を出て行くと、茂造は安心したと言う様に大きく息を吐いた。
「どうにか落ち着いたかの。まぁの、ミルには申し訳無いと思うがの、これが最良じゃと思うの」
「我もそう思うカピ。しかし、結婚生活でミルが暴走する可能性もあるカピ。今はそれぞれの家で暮らしているカピが、生活をともにするとなるとどうなるカピか。ま、様子見と言ったところカピかな」
確かに。外などで会うのと共同生活では訳が違う。相手の悪い所も見えて来る。「こんな筈じゃ無かった」と思う事もあるだろう。
カルとミルの場合は、違う問題を
「さてサユリさん、壱、
茂造はゆっくりと立ち上がると、厨房に向かって行った。壱も立ち上がり、サユリもテーブルから降りる。
「壱、多分あのふたりはまた問題を起こすカピ。覚悟しておくカピよ」
「……うん」
どうなるのかはその時になってみないと判らない。対応するのは茂造とサユリだろうが、壱にも出来る事があれば頑張ろうと、小さく頷く。
そして壱たちは宴会の輪の中に戻った。
翌日も仕事なので、ゆっくりはしたが、あまり酔う事も無く宴会はお開きになった。
ガイはどうやらアルコールにあまり強い方では無い様で、エール2杯をゆっくりと傾けた後はジュースに切り替えた。
ジェンの酒量は普通だった。エールを1杯空にした後、ワインを数杯。
ナイルも普通。エールばかりを数杯重ねていた。が、メインはやはり食べる方だった。
1番強いのはリオンで、殆ど喋らずに、黙々とエールやワインを飲み干していた。それでも顔色ひとつ変わらない。
この中で言うと、壱の酒量も普通になるのだろう。エールを数杯と、ワインを数杯飲んだ。
この村で作られているアルコールは、エールとワインのみ。壱は両方とも好きである。
ガイとジェンとナイルはほんの微かに顔を赤くして、陽気に笑っていた。リオンも口角を上げ、口数は極端に少ないが、楽しそうに見えた。
壱は良い気分のまま、自室に上がる。茂造たちはこれから賄いを食べ、銭湯に行く。
ガイたちを送り出した後、壱はマユリたちに止められながらも掃除を少し手伝ってから上に上がった。サユリも一緒である。
まずは歯を磨き、キッチンに寄ると、カップに白ワインを入れた。
「まだ飲むカピか?」
「少しだけね。今日は良い気分だからさ。じいちゃんたちこれからご飯なのに悪いなぁって思うんだけど、今日は徹底的に甘える事にしたから!」
壱は嬉しくなって言うと、サユリはフンと鼻を鳴らした。
「ま、今日は壱も体力仕事を頑張ったカピ、我も大目に見るカピね」
「本当にサユリは偉そうだなぁ。実際偉いんだろうけど」
「偉いカピよ。我を呼び捨てにするなんて、この村では壱くらいカピ」
「あ、俺もサユリさんとかサユリちゃんて呼んだ方が良いか?」
「今更カピ。サユリで構わないカピよ」
壱は小さく笑うと、カップ片手に、サユリを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます