#44 楽しい?宴会の時間
銭湯で汗を流して身体を清め、さぁ、お楽しみの宴会である。
壱たちは和やかに他愛無い話などをしつつ、食堂に向かう。銭湯から食堂はあっと言う間だ。
ガイが先頭になって、ドアを開けた。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃぁ〜い」
「い、いらっしゃいませ!」
中からホール係3人娘?の声が聞こえる。ガイたちに続いて最後に壱が顔を覗かすと、近くにいたマユリが
「い、イチさん、い、いらっしゃいませ!」
「こんばんは」
笑顔で返す。マユリはすぐに仕事に戻り、壱は厨房に顔を出す。
「じいちゃん、晩ご飯食べに来たよ。今日は決起集会とガイさんの代表就任のお祝い兼ねての宴会なんだ」
「そうかそうか。それは良かったのう。ゆっくりすると良いぞい」
「ありがとう。カリルとサントもありがとう」
「良いって事よ!」
カリルが元気に返事をし、サントは小さく頷いた。
ホールに戻り、ガイたちが既に着いているテーブルに掛ける。奥の壁際の席だ。サユリは当然の様にテーブルの上に。
ナイルが早速メニューを手にする。
「何にしようかなー、今日のパスタの具は何かなー」
夜のパスタは、トマトミートソースは具材固定なのだが、カレーソースとクリームソースは日替わりだ。豚肉だったり鶏肉だったり、野菜もその日に寄って変わる。
「オレ、ポトフ食べたいっすポトフ!」
ジェンが言うと、ガイが小さく頷く。
「ひとりひとつずつポトフを頼んで、後はパスタとか肉を幾つか頼んでみんなで分けるっていうのどうでしょう」
「それ! 宴会っぽいー。いろいろ食べられるしー」
ナイルが合点いったと人差し指を立てる。
「それで行こー。で、エールだねー」
「サユリさんの分も1皿頼んで大丈夫ですか?」
「大丈夫カピ」
ガイは頷き、近くにいたマーガレットを呼ぶ。
「はぁい」
しっかりと仕事をこなしながら、ちゃっかりとしなを作るマーガレットは天晴れだ。
ガイが要領良く注文をして行った。
「はぁい、お待ちくださいませ〜」
マーガレットが注文を通す為に厨房に向かうと、後は待つだけである。
ガイが壱を見て、口を開いた。
「イチさんは異世界から来られたんですよね。もし差し支えなければ、お話聞きたいです」
「はい、それは勿論」
とは言え、壱の世界観はそう広いとは言えない。海外にも行った事が無い。大学を卒業して、すぐに実家の味噌蔵に入ったので、社会人経験もまともに無い。それを少しでも補う為のアルバイトではあったが。
後悔しても遅いが、もっと視野を広げておけば良かった。日本も海外も。壱が知らない世界は、異世界以外にも広く開かれていた。
壱はまず、実家の話をしてみる。
「うちの実家は、日本で良く使われる調味料の味噌というものを作る蔵なんです。そこにはいろいろな人がお客さまとして来られて。近くのお年寄りが多くて、店の片隅が井戸端会議状態になったりして、母が椅子を出したりしてましたね」
「何かほのぼのしますね」
ガイが楽しそうな笑顔を浮かべる。
そのタイミングで、エールとポトフが運ばれて来た。
「お待たせ!」
「お、お待たせ、しました!」
メリアンとマユリが両手いっぱいに運んで来る。それぞれサーブされ、まずは乾杯である。
「えっと、では、田んぼが巧く行きますようにと、ガイさんの代表就任祝いっすよ! ガイさん、乾杯の音頭お願いしますっす!」
「あ、はい。では、美味しい米が出来ます様に。乾杯!」
「かんぱーい!」
みんなは空中でジョッキを合わせた。
壱は早速口を着けた。勢い良く喉を鳴らしながら、エールを流し込んで行く。
「ぷはー! 旨ーい!」
壱がつい漏らすと、ガイたちも美味しそうに眼を細めていた。
「美味しいですね! やはり先に銭湯に行って正解でした」
ガイの台詞に壱は大きく頷く。こうして美味しいエールと食事、その後は歯さえ磨けば寝られるなんて、素晴らしい。
「そうですねー。お腹空いてましたけど、先に銭湯行って良かったですー」
ナイルも同意する。ジェンも何度も頷き、リオンも満足そうだ。
「で? イチさん、実家の話の続きが聞きたいっす」
ジェンに言われ、壱は少し前に話していた内容を思い出す。
「あ、実家の味噌蔵の話でしたよね。そうですね。その分若い人は入り辛いかも知れないですが、他の店にも卸してますしね。お陰さまで評判なんですよ。俺も小さい頃から毎日味噌を食べてたんで、今でも味噌が大好きなんですよ」
それはもう禁断症状が出る程までに。
「どんな味なんですかー?」
食いしん坊のナイルが身を乗り出して来る。
「塩を使って作るので、そのままだとしょっぱいんです。でも甘みもありますよ。出汁に溶かしてスープにしたり、他の調味料で伸ばして炒め物に使ったりするんです。あ、これから育てる米に、本当に良く合うんです。米を炊いて、こう丸めて」
壱は両手をお握りを握る様に動かす。
「焼いて、焦げ目を付けてから味噌を塗って、香ばしくなるまで焼いた味噌握り、旨いですよ」
「それは美味しそう……!」
ナイルが喉を鳴らした。
「その味噌と言うものは、この世界では作れないんですか?」
壱は一瞬動揺し、エールを口に運ぼうとしていた手が止まる。ここで漸く気付く。何をしているのだ、自分で墓穴を掘ろうとしているでは無いか。もっと他の話題にすれば良かった。
例えばこの村にも学校があるのだから、学生時代の話とかもあったでは無いか。どれだけ自分の世界は狭いのか。
「え、あ、あの、実は今作っている最中で!」
慌ててそう応える。もう実は作ってあって、毎朝食べているなんて言えない。
何せまともに作ると完成まで1年は掛かるものなのだ。サユリの時間魔法の事は言えないのだから、今この世界に存在していたらおかしいのだ。
壱は小さく深呼吸をし、己を落ち着かせる。
「大豆を潰したものに塩と麹を混ぜて、1年寝かすんです」
「麹って何ですかー?」
ナイルの問いに、壱はまた焦る。これもこの世界に無いものだ。
「こ、麹っていうのは、あの、麹菌というのを米に付着させて発酵させるんですけども、その麹菌というのが、空気中にあるもので、あ、ここに来る時に偶然蔵で使ってたやつを持っていたんです」
とりあえず言い繕えただろうか?
「そうなんすか。でも、それが無くなったらどうするっすか? もう味噌作れなくなっちゃうんすか?」
ジェンの疑問は尤もである。壱が応えに窮してしまうと、サユリが口を開いた。
「それなら心配無いカピよ。少しの量なら我が増やせるカピ」
え、サユリ、そんな話をして大丈夫なのか? 壱が驚いてサユリを見ると、ガイが「ああ」と思い出したと言う様に言った。
「そうでしたね。サユリさん、少しなら増やすと言うか、複製が出来るんでしたね」
「便利な魔法っすよね。沢山増やせるんなら、 それこそ畑とか必要無くなるとか思っちゃうっすけど、少しっていう所が何とも絶妙っすよね〜」
「個人的には美味しいものを増やして欲しいなって思いますねー」
成る程。出来る事出来ない事はともかく、規模が重要なのだ。村人がサユリの魔法で出来る事をどこまで把握しているのかを壱はまだ知らないので、やはり下手な事は言えないが。
そうなるとやはり、サユリが内緒にしている時間魔法は規模の大きなものなのだ。それもそうか。時間そのものの操作なんて、科学技術などの進んだ壱の世界でも出来ない事だった。
「そのお味噌、出来たら是非食べてみたいですー」
ナイルが恍惚とした表情で言うと、壱は笑みを浮かべた。
「出来たら是非食べてみてください。この村の方々のお口に合うと良いんですけど」
「楽しみだなー」
実はもうあるんだけどね! ごめんなさい! 壱は心中で詫びながら、ぎこちない笑みを浮かべた。
そうしている内にパスタなども運ばれ始め、壱たちはエールを傾けながら腹を満たす。そして話なども盛り上がりながら。
楽しい時間が過ぎて行く。
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