#43 お米の育て方(その1、種籾の準備)と、米農家代表誕生

 食堂の裏庭に到着し、荷車を下ろす。


「お疲れ様でした。ちょっと待っててくださいね」


 壱は言い置くと、裏のドアから食堂に入り、厨房に声を掛けた。まだ仕込み中である。


「じいちゃん、田んぼ作り、煉瓦れんが積みまで終わったから。これから種籾たねもみの準備するよ」


「そうかそうか、お疲れじゃのう」


「種籾終わったら、田んぼの今日の作業は終わりだから、ここ入るね」


「いやいや壱よ、今日は食堂の仕事は良いぞい。1日田んぼで疲れておるじゃろう。終わったらゆっくりご飯食べての、ゆっくり風呂入っての、早く寝るんじゃぞ。明日も田んぼをお願いするからの。体力回復させての」


「いや、でもここ忙しいのに」


「だーいじょうぶだって、イチ! 俺らは休憩もあったけど、イチはずっと働いてたんだろ? 今日はゆっくりしろって。こっちは大丈夫だからさ!」


 カリルが言い、サントもうなずいてくれる。田んぼ作りの時にも感じたが、村人の優しさが凄い。やはりここでも我を張ってはいられない。


「ありがとう。じゃあ今日はゆっくりさせてもらうよ。後で晩ご飯食べに来るね」


「そうじゃそうじゃ。そうしてくれの」


 茂造は微笑み、幾度いくどと頷く。壱はみんなに甘える事にする。


「じゃ、また後で。米の種籾とか取りに来たんだ」


「ほいほい、待っておるの」


 壱は厨房を離れると2階に上がり、食堂の棚に大切に置いておいた種籾と巾着きんちゃくタイプの布袋を取り、下に降りて裏庭に戻った。


 次に大きめの石を持ち上げる。予想はしていたが結構重いので、荷台に乗せた。


「では、川に行きます。そこで種籾の準備をします」


 荷車を引いた壱を先頭に、一同は動く。サユリは当然の様に荷車の上に。


 ガイが荷車引きを申し出てくれたが、煉瓦運びで散々お願いしたので、今回は自分で。


 川までは間も無くだ。壱は石を川べりに置いた。


「お待たせしました。ええと、見てください。これが種籾、米の種です」


 壱は袋から種籾をてのひらに少量出し、みんなに見せる。ガイたちは興味深げに顔をのぞかせた。


「ほう、これが米の種……麦と似ていますね」


 ガイの反応に壱は頷く。


「同じ穀物ですしね。米の種と言いますけど、食べるのもこの部分なんです。それも麦と似てるかもですね。ただ育て方なんかは違うと思います。まず、これを布袋に入れますね」


 言葉の通りに入れて行く。そしてひもを引いて口を閉じ、紐の輪の部分を先ほど置いた石に引っ掛け、袋の部分を川に入れた。袋が穏やかな川の流れに合わせてゆるゆると揺れる。


「流水に晒して、このまま1週間程待ちます」


「いっしゅうかんー!」


 壱の台詞にナイルが声を上げ、ガイとリオンは眼を見開く。


「マジっすか! すげー!」


 ジェンも叫ぶ様に言った。


「本当にすいません! だから本当なら煉瓦を作る前に仕掛けておかなきゃならなかったんです! でもうっかりしてて!」


 壱が慌てて頭を下げると、ガイが焦って言った。


「いえ、いえイチさん、育て方に吃驚びっくりしただけです。こうしていちから育成に携われるのですから嬉しいですよ。今はこうしてイチさんに教えてもらえてますけど、次の田んぼからは俺たちだけでやるんですからね。今のうちにしっかり覚えておかないと」


「そうですねー、本当にそうなんですよねー」


 ナイルが腕を組んで幾度と頷く。


「今でこそ、イチさんの指示で僕ら動いてますけど、今の田んぼがひと段落したら僕らにお任せでしょー? そうなると戸惑う事も多いんじゃ無いかなーって。いくらガイがしっかりしていてもねー」


「え、どうしてそこで俺が出て来るんです?」


 ナイルの台詞にガイが首を傾げる。


「え? だって田んぼと言うか米作りの代表ってガイでしょー?」


「初耳です!」


 ガイが驚愕きょうがくで眼を見開く。


 しかし壱もそう思っていた。いつでもしっかりとみんなの先頭に立っていたのだから。壱への気遣いなども勿論。


 もしかしたら無意識だったのか。だとすると、ガイは自然と人の上に立つタイプなのかも知れない。


「え、俺もそう思ってたっすけど!」


 ジェンも明るく言い、リオンも頷く。


「どうして! そういうのはきちんとみんなで話し合って決めないと!」


 ガイは焦ってみんなに訴える。しかし壱を除くみんながむしろ首を傾げた。


「どうしてっすか? オレ、ガイさんが一緒だって知った時点で、ガイさんがリーダーになるなって思ってたっすけど」


「僕もですー。良いじゃ無いですかー。ガイさんに自覚が無かったのなら、ここでしっかりと自覚して貰ってー」


 そしてリオンはジェンたちの台詞の度に大きく首を振る。


 ジェン、ナイル、リオン、3人に詰め寄られる様な形になって、ガイは狼狽える。そしてとどめを刺したのは荷台で寛いでいたサユリだった。


「観念するカピ。手伝いに来た時も、面接に来た時も、我も茂造も正直ラッキーだと思ったカピよ。麦畑で代表や副代表をフォローしながら立ち回っていたのを、我らが知らないとでも思っていたカピか?」


「ん、ん〜〜〜」


 ガイはうなる。あと一息と言うところか。壱も何か出来ないかと思案する。しかし余計な事を言っても、と、今度は壱がうめいてしまう。


「い、イチさん? 大丈夫ですか?」


 ああ、こんな時にもガイは壱を気遣ってくれる。なので思い切って言ってみる事にした。もし失敗したら、みんな、ご免!


「ガイさん、あの、俺も、俺もガイさんが代表になってくれたら、凄く頼もしいと思います。新参者の俺にも凄く気遣ってくれて、人徳者なんだなって思います。皆さんも望んでいるみたいですし、代表、やって貰えないですか?」


 ほぼ衝動のままに言う。しかし思っている事は言い切ったつもりだ。壱はつい息を吐いた。


 するとガイは顔を覆ってしまう。それに壱もジェンたちも慌ててしまった。


 しかしややあって、ガイは勢い良く顔を上げる。息を吸い、口を開く。


「解りました! 皆さんにそう言っていただけるなら、頑張ってみようと思います」


 ガイが言うと、どこからともなく拍手が起こる。壱も釣られる様に、しかし本心で目出度めでたいと思い、手を打ち鳴らした。


「よっし! じゃあ今日の晩飯は、米作りの決起と、ガイの正式な代表就任を祝っての宴会っすよ! 勿論明日もあるっすから、加減はするっすけど!」


 ジェンが言い、勢い良く右腕を上げる。


「いいですねー、行きましょー行きましょー」


 ナイルも同意する。リオンも頷く。壱も断る理由は無かった。今日は厨房に入らなくて良いと言って貰っていて、甘える事を決めていた。


 今の壱は、米作りをしっかりと伝え、軌道に乗せる事が仕事である。ならその流れに乗る事も大切である。


 昨今の若者は宴会などでコミニュケーションを取る、所謂いわゆる飲みニケーションを嫌悪すると聞くが、それは職場環境なども大きいのかも知れない。


 壱も「昨今の若者」であるが、このメンバーでの宴会は楽しみだった。


「その前に、汚れたし汗も掻きましたから、先に銭湯に行きませんか? その方がエールも美味しいと思いますよ」


 風呂上がりのエール! 壱やジェンはガイの提案に眼を輝かせた。リオンも頷く。だがナイルが唇を尖らせた。


「でも僕、お腹空いたなー」


「パッと入ってパッと出たら良いっすよ! さっぱりしてからの方が、飯も絶対に旨いですってナイルさん!」


 ジェンの雑な説得に、ナイルは不承不承と言った様子で頷いた。


「解ったよー。どちらにしても多数決で僕の負けなんだしねー」


「じゃ、1度家に帰って銭湯で適当に合流しましょう。その後食堂で宴会です!」


「はーい!」


 ガイのテンションも普段よりやや高め。壱たちも元気に返事をした。

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