#42 田んぼの作り方(その8、レンガ積みその2)と、昆布採り

 壱は慣れない煉瓦れんがとセメントと格闘しつつ、そしてガイたちは手慣れた調子で、まずは1段目を積み終える。


 2段目を積み始める前に、壱は上から眺めてみる。


 やはりガイたちが積んだ部分は勿論高さもラインも揃っていて綺麗だ。そうして比べてみると、壱の積んだ部分はやはりややいびつな印象だった。


「あ〜……」


 つい溜め息をらしてしまう。


「なかなか巧く行かないなぁ」


「いえ、充分ですよ」


 壱がごちると、ガイが首を振ってくれる。


「初めてとは思えないくらい綺麗ですよ。器用なんですね」


「そう言って貰えたら救われるな」


 壱はそう言いながらも苦笑する。


「全然大丈夫っすよ! 気になるようなら、次に積むやつで修正したら良いっすよ! さ、次行きましょー!」


「それなのだカピが」


 ジェンが気合いを入れたところで、サユリが言葉を挟む。


「壱を少し借りて良いカピか? 用事があるカピよ」


「え?」


 聞いていない。壱が首を傾げると、サユリが鼻を鳴らした。


「海に行くのだカピ」


「あ、ああ!」


 思い出した。今日は昼から海に昆布こんぶりに行こうと言っていたでは無いか。田んぼ作りの事があって忘れていた。


「でも、流石にみんなに任せっぱなしにするのも申し訳無さ過ぎる。いや、俺が1番下手で役に立ってないんだけど」


「役に立ってないなんて事はある筈無いですけどー、でも煉瓦積みは任せてくれて大丈夫ですよー。あと2段、合計3段積めば良いんですよねー? 水抜きの穴を2段めの角あたりに4箇所かしょ開けてー」


「はい」


「じゃあ任せてくださいー。僕たち頼りになりますよー」


 勿論大変頼りになるのだが、ナイルにここまで言って貰えて、これ以上固辞こじ出来る訳が無い。壱は笑みを浮かべると、頭を下げた。


「じゃあお願いして良いですか? ありがとうございます」


「任せとけって! 完璧に凄げー田んぼ作ってやっからな!」


 ジェンが笑顔で言い、威勢良く親指を立てた。


「じゃあ行って来ますね。終わったら直ぐに戻りますので」


「慌てなくて良いですからね。海に行くのでしたら、怪我などにご注意を」


「ありがとうございます。じゃあサユリ、行こうか」


 壱は言うと、サユリと並んで海に向かった。




 しかし海に向かう前に、1度食堂に戻らねばならなかった。採った昆布を入れる容器が必要だったのだ。


 壱は裏庭に回り、厨房に声を掛ける。夜営業に向けての仕込みの最中だった。


「じいちゃん、裏庭にあるおけ借りてって良い?」


「おや壱、田んぼ作りは順調かの?」


 茂造がコンソメを見ながら振り返る。


「うん。ガイたちが本当に凄くて。これから海に行って来るから」


「おお、成る程の。桶は使ってくれて良いぞい」


「ありがとう。カリル、サント、ありがとう」


「おう、大丈夫! 米出来るの楽しみだな!」


 カリルが魚をさばきながら応えてくれる。サントも小麦をこねねながら小さく頷いてくれた。


「ありがとう。じゃ、行って来ます」


 言うと、次こそ海に向かった。




 海は村を裏から出て、そこそこ歩いたところにあった。


 あおい海、白い浜辺が広がっている。見事だった。これは上質なバカンスが出来る! そう思わせる透明度の高い海水に、粒子の細かいサラサラの砂。


 壱は特に泳ぎが好きでも得意でも無いが、これには眼を輝かせた。


「凄いな! すっごい綺麗な海!」


 壱が興奮して言うと、サユリは首を傾げた。


「日本は島国カピ。海なんて珍しく無いカピ?」


「いやいや、日本でここまで綺麗な海は少ないんだよ。昔あった水質汚染とかもあるかも知れないけど、太陽の加減とかもあるのかな。沖縄って南の島の県は綺麗らしいんだけど、俺らが住んでたところとかは、汚いって程では無いけど、碧いって感じはまるで無かったな」


 幼い頃の夏には、交代で休みを取っていた父親か母親に、妹の柚絵ゆえと一緒に連れて行って貰ったり、ある程度大きくなった頃には、夏休みなどに友人と行ったりした。近場の綺麗とは言えない海だ。


 それはそれで楽しい思い出だが、海の美しさは度外視だった。


 壱は沖縄には行った事が無い。映像や写真で見ただけだ。そして海外のリゾート地なども同様で。


 なのでここの海は、壱がこれまで肉眼で見た中で、最高に綺麗な海だった。


「ところで壱、漁師たちはこの辺りから漁に出るカピよ」


「あ、そうなんだ」


 見ると、やや離れた波打ち際には数隻すうせきの小振りな船があり、その付近の浜辺には小屋が建てられていた。


 船は壱の知る漁船というおもむきでは無い。エンジンが付いているボート、と言う感じが近いだろうか。サイズは大きめであるが。


「もうそろそろ漁から戻る時間だと思うカピ。あの船はスペアだカピな。もしエンジンが壊れてしまったら、修理を待ってはいられないカピ。小屋は倉庫と漁師の休憩所を兼ねているカピ」


「なるほどなー、って、エンジン? そんな機械この村にあるの?」


「街から購入したカピよ。前は手漕てごきだったカピ。けど、それでは漁師の負担も大きいカピからな」


 確かにそれは大変だ。


「街っていろいろ進んでるんだな」


「そうカピね。この村はこの村でやって行きたいカピが、便利なものは適度に取り入れるカピ。それで村人のストレスを生んでも何の得も無いカピよ。彼らには精々せいぜいすこやかに働いて貰わなければならないカピ」


「そっか」


 いろいろ考えられている様だ。次期村長候補として、勉強せねば。


「では、我は潜って来るカピ。昆布がどういうものか解っているつもりではあるカピが、それがそのものかどうかは壱の判断に寄るカピ。他の人間に見付かる前に済ませたいカピ」


「うん、よろしく!」


 壱が言うと、サユリは俊敏しゅんびんに動き、波打ち際に足を掛けると、躊躇ためらい無く進んで潜って行った。見ている壱が慌ててしまうぐらいだ。


 そして数十分後、サユリが口に大きな海藻かいそうくわえて、海面に上がって来た。


 浜辺に三角座りで待っていた壱は咄嗟に立ち上がり、砂に足を取られながら波打ち際に駆け寄る。


 海から上がったサユリは、海藻を砂浜に落とした。2枚あった。


「これが昆布だと思うカピ。勿論毒も無いカピ。どうカピか?」


「うん!」


 サユリが昆布を採ってくれるとなって、壱は心待ちにして何度もスマートフォンで画像を見た。


 これで間違い無い筈だ。幅も長さも充分で、そして厚い。これは上質な昆布の予感。匂いもいでみたのだが、しおの香りが強く、何とも判断出来なかった。


 だが大丈夫だろう。壱は頷くと、その海藻を2枚重ねて丸め、桶に入れた。


「ありがとうサユリ。これでメニューも広がるよ」


「なら良かったカピ」


 そう言うサユリを見ると、言っていた通り、少しも濡れていなかった。息も充分った様子。魔法の凄さと有り難みをあらためて感じる。


 そうして壱たちは海を離れた。




 昆布の加工は後でするとして、このまま固まったりくっ付いてしまったりしない様に、サユリに時間魔法を掛けてもらい、桶を食堂の裏庭の日陰に置く。


 厨房に声を掛けた後、壱は急いで田んぼ予定地に戻る。


 サユリが「そう慌てる必要は無いカピ」と言いのんびり歩くので、壱は「じゃあ先に行ってるからゆっくり来てよ」と言い置いて歩を進めた。


 到着すると、ガイたちは集まって談笑だんしょうしていた。田んぼを見ると、煉瓦は綺麗に3段積まれていた。


「あ、イチくん、お帰りなさい」


「お帰りっす! 煉瓦終わったっすよ! 流石さすがに疲れたんで、少し休憩してたっす!」


 午前中の穴掘りから、ほぼ休憩無しで働いてくれたのである。体力自慢であっても疲れて当然だ。


「ありがとうございます。お願いですからしっかり休憩してくださいね。と言っても、実はセメントが乾くまで、ここで出来る事は無いんです」


 次は米の苗を作らねばならないが、種籾たねもみは発芽させる為に、7日〜10日ほど流水にさらさなければならない。


 最初の米作りの時には、サユリの時間魔法のお陰でほんの数分で終わったので、失念してしまっていた。


 煉瓦作りを始める前に、川に仕掛けておけば良かった。


 しかし今更言っても仕方が無い。これからやれば良いのだ。


「効率が悪い事になってしまってごめんなさい。これから種籾の準備をします。食堂の裏庭に行きましょう」


 その頃にはサユリも到着していて、蜻蛉返とんぼがえりさせる事になってしまった。しかし煉瓦や道具を運んだ荷車をついでに食堂に戻すので、サユリはそれに当然の様に乗り込む。


 そうしてサユリが乗った荷車をガイが、道具を乗せたもう1台をナイルが引き、壱たちは食堂に向かった。

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