#41 田んぼの作り方(その7、レンガ積み)

 昼食を終え、壱たちは食堂を出る。裏庭に回り、ガイとジェンが荷車を引く。サユリはまたガイの荷車に上がり、一同は陶芸工房に向かう。


 到着すると、壱は工房の中に声を掛けた。


「こんにちはー、壱です。また煉瓦れんが持って行きますねー」


 すると中から「はいよー」と返事が返って来る。


 壱たちは工房の裏に回り、積まれてある煉瓦を荷車に乗せて行った。サユリは荷車から降りて、その作業を眺めている。


 2台分山積みにすると、ガイが引く荷車には壱とジェンが後ろに付き、ナイルが引く荷車にはリオンが着いた。


 かなりの重量がある荷車を、全員で協力して引いて、そして押して行く。サユリはガイたちが引く煉瓦の上に乗り、しれっとした表情。


 重いよサユリ! サユリは小さいから、降りてくれたところで然程さほど重量は変わらないとは思うが、何だこのかすかに忌々いまいましい気持ちは。


 いやしかし、サユリは大事にしなくてはならない存在な筈。何せ本当の村長なのだ。


 テーブルに乗ったりそこから降りたり、それを軽やかに行っているものだから元気なのだと思っていたのだが、実は違うのだろうか。


 壱はさり気なく聞いてみた。


「サユリ、何でそこに乗ってるの?」


 すると。


「自分の足で歩くより楽だからカピ」


 そんな理由か! 壱は大いに突っ込む。予感が無かった訳じゃ無いけど!


 しかし、サユリはそれで良いのかも知れない。表向きは食堂の、引いてはこの村のマスコットキャラクタである。


 ガイたちも嫌な顔ひとつせず、サユリの行動を受け入れている。内心は判らないが、恐らく黒いものなどほぼ無いだろう。


 短期間ではあるが、壱が見てきたガイたちの印象だ。自分の眼力がどれだけ当てになるかどうかは判らないが。


 そうして煉瓦とサユリを乗せた荷車を運び、壱たちはやや息を切らしながら田んぼ予定地に辿り着く。


 煉瓦はまだあるので、まだ往復しなければならない。それを思うと溜め息も吐きたくなるが、壱がそうする訳にも行かない。どうにか息を整えながら言う。


「お疲れ様でした。下ろして、残りの煉瓦を取りに行きましょう」


 多分後1往復で行ける筈だ。みんなの疲労を思うと申し訳無いが、ここは頑張って頂こう。


「大丈夫ですよー。僕たち体力が自慢ですからねー」


 ナイルが平気そうな表情で言うと、ガイたちも頷いた。何と頼もしい事か。


 手際良く煉瓦を下ろして行く。


「では、少し休憩したら行きましょう」


 壱が言うと、ジェンが荷車を引く体制になって言った。


「俺ら大丈夫っすよ。行きながら適当に息抜きするっす」


 ガイも荷車を上げて、笑みを浮かべた。


 みんな頼もし過ぎる。このままでは壱が付いて行けるかどうか。今まででさえ怪しいと言うのに。


 壱は息を整え、みんなと陶芸工房に向かった。




 さて、全ての煉瓦を運び終えた。予想通り残りは1往復で済み、量も少なめだった。それでも充分重くはあったのだが。


「では、煉瓦を積んで行きましょう。俺やった事無いので、教えて貰えたら助かります」


「はい。ではまず、煉瓦を積む位置に溝を掘りましょう」


「溝?」


 壱が首を傾げると、ガイは頷く。


「こうした土の上に煉瓦を積む場合、溝を掘ってそこに積んで行くんです。田んぼの周りに、そうですね、今回の場合は5センチで大丈夫でしょうか」


「浅めで行くんすね」


「そうですね。路盤材ろばんざい無しで行こうと思ってます」


「あーなるほどねー、今回はそれが良いかもー」


 ガイは勿論、ジェンもナイルも解っている様で、頷いているリオンも同様の様だ。壱はおろおろとみんなの顔を見渡すしか無い。


「あ、そんな難しい事は無いんですよ。ここをですね」


 ガイがスコップを手に穴に降りると、ふちに向かう。


「穴に土を落としても大丈夫ですか?」


「あ、はい、大丈夫です」


 この後、掘り起こした土を入れるのだ。問題は無かった。


「ここを、こうして」


 ガイが縁にスコップを入れ、煉瓦のサイズに合う幅に溝を掘って行く。


「掘ったところを固めて行きます」


 続けてスコップの背で叩いて行く。


「それを全辺?」


「はい。全辺です」


 また掘って固めるのか。壱がややうんざりした様な表情になってしまうと、ガイは明るく笑って言った。


「大丈夫ですよ。この人数でやればすぐに終わります。さて、始めますか」


「おいっす!」


「はーい」


 ガイが言うと、ジェンもナイルもリオンも、シャベルを手に穴に降りた。壱も慌ててシャベルを取りに行く。


 そしてガイに習い、溝を掘り始めた。




 やがて、溝が掘り終わる。穴の地固めよりは範囲も深さもかなり狭かったからか、そう辛い作業では無かった。壱は息を吐くと、あらためて穴の上から全体を見渡した。


「終わりましたね! お疲れさまです」


「お疲れさまー」


「お疲れっす!」


「お疲れ様です」


 それぞれが返してくれ、リオンはいつもの通り頷く。


「では、次が煉瓦積みですね」


「はい、そうです。まずはセメントを練りましょう。ジェンたちは煉瓦を水に浸けておいてください」


「解ったっす!」


「はーい」


 ジェンたち3人は道具の中から大きな木製のたらいを出し、水道に持って行くと、水を入れ出した。


 ここは空き地ではあった訳だが、ずっと遊ばせておくつもりは無いと、それを見越して水道は既に引いてあるのだとサユリが言っていた。


 田んぼ作りには大量の水が必要である。水源が近くにあると、大変助かる。


 ジェンたちは桶に水が溜まる前に、中に煉瓦を沈めて行った。


「あれは何をしているんですか?」


「ああ。煉瓦に水分を含ませているんです。煉瓦はすぐに水分を吸うので、乾いたままセメントを塗ると、水分を持って行かれてしまうんですよ。それを避ける為です」


「へぇ、なるほど」


 壱が感心するとガイは頷き、セメントを作る為の材料や器具を揃えた。勿論壱も手伝う。


 トレイにセメントと砂を入れ、水を加えてシャベルで練って行く。全体が満遍まんべん無く混ざると、小振りな木桶に入れて行った。


「はーい、積み始めますよー」


「はいっす」


 ガイが声を掛けるとジェンたちが返事を寄越し、水分をしっかり含んだ煉瓦を両手に抱え、穴の角にそれぞれ置いてガイの元に。セメント入りの桶を受け取り、煉瓦ゴテを手に煉瓦を置いたところに向かって行った。


「さぁ、俺たちも始めましょう」


 4角の内、3角からは既にジェンたちが時計回りに作業を始めていた。ガイが煉瓦を取りに行き、壱はセメントの桶と煉瓦ゴテをふたつずつ持って手付かずの角に向かう。


「では、まず溝にセメントを敷きます。本来なら土とセメントの間に路盤材、砂利じゃりとかを敷くんですが、今回は省略して、直接セメントを置きます。こうして煉瓦ゴテを使って」


 ガイは煉瓦ゴテで木桶からセメントをすくい、溝に塗る様に置いて行く。やや厚みを持たせながら、平らに均して行く。


 それを煉瓦数個分の長さに敷くと、早速煉瓦を置いて行った。


「こうしてセメントに少し埋める様に置いて行きます。次の2個めはこうして横になる部分にセメントを着けて」


 木桶から少量のセメントを掬い、煉瓦の1番狭い面に、適度な厚みで塗る。


「セメント面を1つめの煉瓦に付けて、同じ高さになる様に置きます」


 眼の前には、ガイの手に寄って水平に並べられたふたつの煉瓦。手際も良く、仕上がりも綺麗だった。流石である。


「ではイチくん、やってみましょう」


「は、はい」


 壱はガイにならって、煉瓦を手にするとセメントを掬って塗って行く。そしてガイが置いてくれた煉瓦の横に。


 緊張する。壱はまったくの初心者なのだ。少しでもこの出来を続けられる様に丁寧に、息を詰める様に作業して行く。


 終わると、壱は大きく息を吐いた。


「ど、どうでしょうか」


「大丈夫です。綺麗に出来てますよ」


「良かった……」


 壱は今度は安堵あんどの息を吐いた。


「このまま1段目を積んで行きましょう」


「はい」


「イチくんはここを続けて行ってください。俺は反対側から行きますね」


 壱とガイの担当する辺は、長方形となった田んぼの長辺なのだった。


 ガイが敷いてくれたセメントが、煉瓦3個を積んで短くなっていたので、まずは継ぎ足す事にする。


 セメントを掬い、置き、同じ高さになる様に均して行く。広い範囲を平均にするのはなかなか難しかったので、まずは短く。


 慌てず、慎重にやって行く。


 そうして敷き終えたセメントの上に、側面にセメントを適量塗った煉瓦をそっと置く。既に積んであるひとつ前の煉瓦にセメントで接着し、高さを合わせる為に恐々と言った調子の力で押して行く。


 そうして積み終えると、壱はまた大きく息を吐いた。


 先程はガイが横にいてくれたので、少しは気が楽だったのだが、今回は完全にひとりだったので、より緊張した。


 少し後ろに下がり、ガイが積んでくれたふたつと、壱が積んだふたつを眺めてみる。


 作業スピードは明らかにガイと差がある。他の4人を見てみると、みんな手際良く作業を進めていた。遅くスタートしたガイですら壱の個数に追い付く勢い。


 しかし丁寧に作業したお陰か、どうにかガイのクオリティに格段に劣ると言う事は無かった。壱はまた安堵する。


 必要なのはスピードでは無く完成度だ。初心者の壱が遅いのは仕方が無い。そう割り切って、作業を続けて行った。

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