#40 田んぼの作り方(その6、地固め)と、ペペロンチーノをじっくりと

 壱たちはたまに気合いの声を上げながら、それでも黙々と穴を掘り続ける。30センチ程の深さが必要だった。


 あまり広く無いのが幸いした。人数も体力自慢が4人もいるので、予想よりも時間を要する事無く掘り終える。


「終わりっすかね? こんな感じで大丈夫っすかね、イチくん!」


 ジェンが大きく息をきながら笑顔で言うと、壱はあらためて掘られた穴を上から見渡す。掘り出した土は周りに積んであった。


「うん、完璧です。ありがとうございます! では少し休憩しましょうか。その後陶芸工房に残りの煉瓦れんがを取りに行きましょう。やっぱり荷車1台にふたり要るかな」


「そうですねー」


 ナイルがのんびりした口調で応える。


「さっきもかなり重たかったですからねー あの量を運ぶんだったら、やっぱり1台にふたり欲しいですねー」


「ですよね……」


 壱は顎に手を添えると考える。少しでも効率良く作業を進めたい。その為にはどうしたら良いか。


 まず、勿論煉瓦は必要だ。水漏れ防止と水抜き作りを兼ねて、回りを固めなければならない。他に必要なのは、この掘った穴を叩き固める事。


「よし。まずは穴を固めましょう。底と側面をシャベルの背で叩いて固めます」


 煉瓦を先に積んでしまうと、足元に今以上に大きな段差が出来てしまう。作業中にうっかり引っ掛かったりして怪我でもしたら大変だ。


 それにそれを本日最後の作業にすれば、明日まで放置してセメントを乾かす事が出来る。


「よっしゃあ!」


 ジェンが早速シャベルを手に穴に降りる。ガイたちもそれに続いた。


「あ、休憩してください」


「もう充分取りましたよ。大丈夫です、適度に休憩も挟みながら作業しますから」


 壱の台詞にガイが応え、他の人たちも笑顔で頷く。


「大丈夫ですよー 僕たち体力ありますからねー」


 確かに屈強なナイルたちは、細身の壱などより余程体力があるだろう。過信はして欲しく無いが、みんなの調子に合わせてもらおう。


「解りました。じゃあ始めましょうか」


 壱もシャベルを持って、穴に入った。




「穴掘りも大変ですけど、叩いて固めるのもなかなか大変ですね」


 ガイが底を叩き固めながら言うと、リオンが小さく頷く。


「でももう少しですよー 終わったらご飯に行きましょー」


 ナイルも言いながらシャベルを動かす。壱が懐中時計を見ると、もうすぐ11時になるところだった。


 昼食には少し早いが、キリは良いだろう。荷車を持って行って、帰りに陶芸工房に寄って煉瓦を持ってくれば良い。


 さて、ようやく穴の中が固められた。同じ箇所を何度も叩き、それを繰り返して。穴掘り以上に地味で重労働だった。


 だからか、壱が「終わりました!」言った時、みんなは歓声を上げた。


「やったっす!」


「なかなか大変だったねー」


「そうだな」


 リオンも小さく首を振る。


「お疲れ様でした。今度こそちゃんと休憩しましょう」


 壱が言うと、ナイルが大きく手を挙げた。


「休憩も良いけど、昼ご飯にしましょー」


「本当に凄ぇ食い気っすね!」


「身体動かしたから余計にお腹空いたんだよー」


 そんなジェンとナイルの遣り取り。壱がまた懐中時計を見ると、11時半に差し掛かるところだった。


「うん。じゃあ食堂で昼ご飯にしましょうか。荷車持って行って、帰りに煉瓦を持って来ましょう。昼から煉瓦積みを始めます」


「はい」


「はいっす!」


「はーい」


 それぞれが返事をし、リオンはまた頷く。


 各々穴から出て、まずは荷車に乗ったままの煉瓦を下に下ろす。上で寛いでいたサユリに声を掛けると、軽やかに降りてくれた。


 ガイとジェンがそうして空になった荷車を引き、食堂に向かう。ガイの荷車には当然の様な顔をしたサユリが乗り込んでいた。


 客として行くのは初めてだった。壱はやや緊張してしまう。ああしかし、マユリたちホール係の仕事を見る良い機会かも知れない。


 普段仕込みから営業中に掛けて厨房に詰めっぱなしの壱は、マユリたちの仕事振りをじっくりと見る機会は無かった。これは少し楽しみである。


 さて、食堂に到着した。荷車は交通などの邪魔にならない様に裏庭に置く。


 ナイルがいの一番に食堂のドアを開けた。


「こんにちはー!」


「いらっしゃーい!」


「いらっしゃあい」


「い、いらっしゃい、ませ」


 ホール係の3人が明るい笑顔で迎えてくれた。最後に壱が顔を覗かせた時には、1番近くにいたマユリが小さく駆け寄って来てくれた。


「い、イチさん、お疲れ様です。あ、あの、あの、こ、このままお米農家さんに、な、なられるんですか?」


 やや不安げな表情。確かにこの食堂は忙しい。壱も一応戦力に数えて貰っているのだ。壱は笑みを浮かべた。


「ううん。米農家になってくれた人にいろいろと伝えたりしてるだけだよ。今のところ、知ってるの俺だけだからね。落ち着いたらまたここに戻るからさ」


「そ、そうですか。よ、良かった」


 マユリは安堵あんどした様な表情を浮かべ、その後我に返った様に眼を軽く開いた。


「ご、ごめんなさい、お邪魔してしまって。ど、どうぞ!」


「ありがとう」


 壱は既にテーブルに掛けているサユリやガイたちに合流する。


 メニューを見る。普段はここの食堂にいるのだから、あまり多く無いメニューは勿論全て把握している。しかしこうして見る事もあまり無かったので、新鮮だった。


 この食堂のメニューは、木版に書かれていた。インクで書かれているからか、あちらこちら滲んでいる。


 そしてやはり、何が書かれているのかさっぱり判らない。壱はまだこの世界の文字を判読出来ないのだ。


 そうしながら、壱は注文する品を決める。


「イチくん、サユリさん、決まりました?」


「はい」


「うむカピ」


 ガイが良いタイミングで訊いてくれたので頷く。ガイが呼んだのは、1番近くにいたメリアンだった。


「あ、イチ! サユリさん! 今日はお客さんなんだね! 何にする? うちは何でも美味しいよ!」


 相変わらず元気である。壱は笑いながら応えた。


「知ってるよ。ええと、まず皆さん注文してください」


「じゃーお言葉に甘えてー。僕はねー」


 このランチタイムを心待ちにしていたナイルから注文して行く。壱は最後だった。


 料理が来るまでの間、米や田んぼの話をしつつ待つ。


 やはりみんな、新たな食物に関して興味津々だった。食べた事の無いもの。そもそもこの世界には無いものだ。惹かれるのも当然だろう。


 数ヶ月後、無事に穂が成った時には是非みんなに食べて貰いたいと思っている。その時の反応が今から楽しみである。


 さて、そうしているうちに料理に運ばれて来た。壱が頼んだものも、眼の前に置かれる。


 ペペロンチーノとパンである。今日のペペロンチーノの具材は、ベーコンとカリフラワだった。メリアンに内容を確認せずに頼んでいた。彩りにパセリの微塵みじん切りが振られている。


 壱はみんなが注文した品が揃うのを待って、と言ってもすぐなのだが、そのタイミングでフォークをペペロンチーノに入れた。


 器用に巻いて、口に運ぶ。うん、これはやはり素晴らしく安定した味。


 この村で製造されている新鮮なオリーブオイルをベースに、輪切りのにんにくと唐辛子がアクセント。ベーコンの旨味も滲み出ていて甘い。臭いを気にしながらにんにくも口にするが、香ばしくて美味しい。全体の塩加減も絶妙だ。


 カリフラワも旨味の詰まったオイルと絡まって美味しかった。淡白なカリフラワにコクが生まれている。


 この村に来て10日足らず、これまでも食べた事があったが、いつも仕事の合間に気持ち慌てながら掻っ込んでいた様なものだ。


 勿論味わってはいたつもりなのだが、時間を掛けて、とは行かなかった。なのでこうして落ち着いて頂く事が出来たのは幸運だったかも知れない。


「イチくん、この村に来て、確かもう10日ほどになるんじゃ無いですか? 慣れました?」


 ガイが話を振ってくれる。


「そうですね、確かそんなもんかと。皆さんのお陰で大分慣れました。この村の人々は良い人ばかりですね」


「たまーにトラブルはあるっすけどね。異性問題とか」


 ああ、そうだった。ジェンの言葉に、壱は来て間も無く起こったシェムスとボニーの修羅場を思い出す。そう言えば結婚したいと言っていたカルとミルはどうしたのだろうか。


「でも大概大事にならずに片付いているみたいだよねー 店長さんとサユリさんが上手く仲裁とかしているのかなー 僕はその現場に居合わせた事無いけどー」


 ナイルの台詞に、壱はサユリたちがボニーの好きにさせていた事を思い出す。これは黙って置くべきなのだろうか。つい遠い眼をしてしまう。


 リオンは相槌を打ちながら、黙々とバジルソースのパスタを口に運んでいた。今日の具材は鶏肉とじゃがいもだった。


 サユリも話は聞いているのだろうが、しれっとした表情でミネストローネをすすっていた。


 さて、そろそろ食べ終える。昼からは煉瓦積みだ。また壱がした事の無い作業で、誰かに教えて貰わなければならないが、頑張るとしよう。

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