#39 田んぼの作り方(その4、レンガ完成/その5、穴掘り)

 ジェンに続き、ガイ、リオン、ナイルも出勤して来た。食堂のフロアでテーブルを囲む。サユリはテーブルの上に。


「ええと、あらためて、おはようございます」


「おはようカピ」


「おはようございます!」


 壱とサユリが挨拶すると、みんなも元気良く返してくれる。


「では、早速焼き上がってる筈の煉瓦れんがを取りに行きましょう。その前に木工房に寄りたいんですけど」


「解りました」


 ガイが言い、みんなも頷く。


「じゃあ裏庭に荷車を取りに行きましょう」


 揃って裏庭に回り、荷車を取りに行く。この食堂にある荷車は2台。陶芸工房と田んぼ予定地を幾度か往復しなければならないだろう。それは交代で行おう。


 1台にセメントなどを乗せてガイが、もう1台に道具を乗せてリオンが引き、木工房に向かう。サユリは優雅にセメントの上に乗っている。


「ちょっと待っててください。すぐに戻ります」


 壱はみんなに言い置いて、工房のドアを叩く。


「おはようございます!」


 声を掛けると、中から返事が返って来たので、壱はドアを開けた。


「朝からすいません。貰いたい材木があるんですけども」


「おう、坊主! おはようさん。何だ? ここにあるもんなら大抵やれるぞ!」


 ずんぐりむっくりとした、だが快活なロビンが顔を出してくれる。


「ロビンさん、おはようございます。ええと、これ位の板材と」


 壱は腕を大きく横に伸ばし、サイズを示す。


「これ位、いやこれ以上の長めの角材が欲しいんです」


 今度は両手を上下に大きく伸ばす。


「おう、また何やんだ? ちょっと待ってろ!」


 ロビンは奥に消えると、やや後に木材を担いで戻って来た。


「これでどうだ!」


 見ると、壱が想定していたものと何ら相違の無い木材が揃えられていた。凄い。あんなにアバウトな指定だったのに、それを汲み取ってくれた。


「凄いロビンさん、ばっちりです!」


 壱が言うと、ロビンは得意げに笑った。


「そいつぁ良かった! どんどん役立ててくれよな!」


「ありがとうございます! 助かります。食堂にツケておいてくださいね」


「おう。しっかり請求するからよ!」


 壱は2種類の木材を担ぎ、ロビンに見送られて工房を出る。


「お待たせしました」


「イチさん、それ何に使うんですー?」


 ナイルがのんびりとした口調で訊いて来る。


「定規代わりにするんです。線を引いたり、直角を見たり」


「ああ成る程。ではイチくん、荷車に乗せてください」


「ありがとうございます」


 ガイがそう言ってくれたので、有り難くガイが引いていた荷車に乗せた。


 そして、次は陶芸工房に向かう。到着すると、また壱が中に声を掛けた。


「おはようございます! 煉瓦を取りに来たんですが、行けますか?」


「はいはーい」


 応えてくれたのは、先日村の案内をしてもらった時には、轆轤を回していた女性だった。


「あら、イチくんおはよう。煉瓦ね? 出来てるわよ! 裏に積んであるから持ってって頂戴」


「ありがとうございます」


「何か新しい食物作るんだって? 楽しみにしてるよ!」


「半年近く掛かっちゃうんですけどね。気に入って貰えると良いんですけど」


 壱は陶芸工房を出ると、ガイたちに声を掛けて、裏に回る。奥には釜があり、手前に茶色い煉瓦が整然と積まれていた。


「凄い! 本当に煉瓦になってる!」


 上のひとつを持ち上げてみた。ずっしりと重い。一昨日コツコツと形成した物である。


「イチくん、煉瓦を見るのって初めてですか?」


 ガイが訊いて来る。


「いえ、見た事は何度もあるんですけど、作るのは初めてだったので。俺らの世界では、煉瓦は基本店で買う事が多いんです」


「へぇ。あ、でも、この世界でも街だったら買うものなのかも」


 確かに大きな街なら工場などがあってもおかしくないのだろう。壱はまだ行った事が無いが。


「よーし、ちゃっちゃと荷車に乗せるっすよ! サユリさん、ちょっと降りて欲しいっす」


 ジェンが言いながら、荷車に乗せていたセメントなどをもう片方の荷車にバランス良く乗せ、1台を空にした。


「はーい。頑張りますよー」


 ナイルがのんびりと言いながら煉瓦を手にすると、ジェンとリオンとともに、どんどん荷車に乗せ始めた。壱とガイも加わる。


 あっと言う間に乗せ終えると、引く為にガイが前に行き、押す為に壱とジェンが後ろに着いた。


 サユリはあらためて、器用にセメントの上に乗り、そちらの荷車を引くのは続けてリオン。ここに来るまでより重量が増えたので、後ろにナイルが着く。


 準備が整い、田んぼ予定地に向かう。サユリから指定された、麦畑の横の空き地だ。


 荷車を押しながら壱は思う。これはなかなか重い、目的地があまり遠く無くて良かったと。


 さて、漸く、と言う程時間は掛かっていない筈だが、重量にそう感じさせながら、田んぼ予定地に到着した。


 全員荷車を外し、大きく息を吐く。屈強そうなガイたちにとっても重たかった様だ。


「重たかったっすね! イチくん大丈夫っすか?」


 ジェンが息を荒くしている壱を気遣ってくれる。


「重たかったですね。でも大丈夫ですよ。ありがとうございます」


「なら良かったっす!」


「イチさん細いから、重労働しんどいんじゃ無いですかー?」


 ナイルの台詞に、壱は軽く首を振った。


「いえいえ。どうも俺は筋肉が付きにくいみたいで。実家の商売は立ち仕事で、それなりに体力はあるつもりです。食堂でも立ち仕事ですしね」


「ああ、それは確かに」


 ガイが加わる。


「でもイチくん、無理は禁物ですよ。イチくんには村人の為に美味しい食事を作ると言う大事な役目があるんですから」


 サユリの加護があるとは言え、どうして誰もかれもこんな良い人ばかりなのか。壱は胸が暖かくなる。


「ありがとうございます。では早速、田んぼ作りを始めましょう。ええと、まず」


 壱は切り替えて、ボトムのポケットからメモを取り出した。


「まずは、浅く穴を掘ります。掘り出した土も後で使いますので。エリアを決めなきゃいけませんね。サユリ、この空き地内だったらどこに作っても大丈夫なのか?」


「大丈夫カピ」


「じゃあ、端から行こうかな。ええと」


 壱は荷車から長い角材を取ると、もう1台の荷台からも煉瓦をひとつ取り、角材の端に合わせて沿わせると、煉瓦の長辺に1センチほどをプラスした長さに、角材に印を付ける。


 壱がこの世界に来る時に持っていたボディバッグに入れていた油性マジックである。何せインクが有限なものだから、ここぞと言う時に取っておかねばと、これまで使わずに置いておいたのだ。


 そこで、あ、これもサユリの魔法に頼れば無限に使える様になるかも、と思う。


 今は、それはともかく。


 それを繰り返し、角材のもう片方の端まで。


「ふう」


 終わると、息を吐く。


「イチくん、それは?」


 ガイが訊いて来る。


「スケールです。今回は出来た煉瓦の個数に合わせて田んぼを作ろうと思うんです。なので、各辺に必要な煉瓦の数を出して来ました。煉瓦の長さに合わせて、エリアを決めます」


「成る程っす!」


 ジェンが幾度と頷く。


「段取りが悪くてすいません。出来たこのスケールを」


 地面に起き、シャベルの先端で角材に沿って線を深めに引く。次に板材を取り、引いた線に合わせて置く。その辺と直角に当たる辺に角材スケールの端を合わせ、線を伸ばして引いて行く。


 ガイたちは興味深げに壱の作業を見つめていた。が、やはり人柄故か。


「俺たちに出来る事ありますか?」


 そう訊いてくれる。


「あ、じゃあ、ガイさんはシャベルで線を引いて行ってください。ジェンさんは板材を持っていて貰って良いですか?」


「解りました」


「おいっす」


 ふたりは壱の指示の通りに動いてくれる。そうだ、こうして一緒にやれば良いのだ。


 壱はこう言う、所謂「人を使う」と言う事に慣れていない。実家の味噌蔵でもアルバイト先でも、壱は下っ端だったのだ。


 しかしこれからの事を思うと、それにも慣れて行かなければならないだろう。


 そうして1片が出来上がる。次の辺を引く前に、まずは直角を出す為に板材を使い、それに沿って角材を置き、線を引く。


 それを繰り返し、田んぼのエリアが決まった。


「では、エリアに沿って穴を掘って行きましょう。そんなに深く無くて大丈夫です。掘り出した土はまた後で使いますので」


「はーい」


 みんなはシャベルを手にし、引いた線が消えてしまわない様に注意しながら、端から穴を掘って行く。勿論壱も。


 サユリはそれらの作業を見守りながら、セメントの袋の上で寛いでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る