#38 ツナ料理の朝ご飯

 さて、朝である。壱はまた朝食を作る為にキッチンに立つ。


 今日はツナを使った二品と、必ず摂りたい味噌で味噌汁を。壱はまず厨房に降りて、冷蔵庫を開ける。


 取り出したのは卵とバター、昨日の朝に半分使って残ってしまっていた玉ねぎ。棚からはじゃがいもとレモンを。


 2階に戻り、今度は鍋を手に再び厨房へ。ブイヨンを頂き、また2階へ。


 今朝使う米は、昨夜から吸水させてある。まずは米を炊く為に火を点ける。


 次にじゃがいもの皮をいて、厚めの短冊切りにする。それをブイヨンの鍋に入れて、コンロの火に掛ける。


 続けて玉ねぎを取り出して微塵みじん切りにすると、水を張ったボウルにさらす。あまり間を置かずにザルで水を切り、布で包んで絞る様に水気をしっかり切る。


 次はマヨネーズ作り。今回は卵を黄身と白身に分け、黄身、即ち卵黄を良く解す。そこにオリーブオイルを少量ずつ入れて丁寧に撹拌かくはんし、しっかりと混じり合ったところにレモンを絞り、更に混ぜる。


 出来上がったマヨネーズに水分を絞った微塵切りの玉ねぎと、オイルを切って細かく解したツナを入れ、良く混ぜる。仕上げに胡椒こしょうを振って味を整えて。


 ツナマヨネーズの出来上がりである。


 先日は卵を洗ったが、この村では牧場にある養鶏場で洗浄しているらしいので、生食も大丈夫なのだそうだ。それは安全で助かる。明日は卵掛けご飯でも食べようか。


 その頃には米も炊き上がる。火を消して蒸らす。


 ブイヨンに入れたじゃがいもも、見たところ火が通っている様子。くつくつと沸かした状態で解した卵の白身、卵白を回し入れる。ふんわりと火が通ったところで火を弱めて、味噌を溶く。


 そのまま極弱火に掛けて、保温状態を保つ。


 さて、米が蒸らし上がった。良く解して、そのまま少し冷ます。


 その間にもう一品の準備だ。ボウルに卵を解して塩を振り、解したツナを入れておく。仕上げは食べる直前に。


 米を見る。まだまだ湯気が上がっているが、この状態が良いと言う。熱いのを覚悟して、適量を濡らしたてのひらに乗せる。


「熱っ、熱っつ!」


 小さく悲鳴を上げながら、米の真ん中にツナマヨネーズを置き、熱さに耐えて握って行く。


 形に悩んだが、俵型たわらがたに握る。これなら手で持ってもフォークで刺しても食べ易いだろう。


 そうしてツナマヨネーズのお握りが出来上がり。


 時計を見ると、そろそろサユリと茂造が起きて来る時間である。それなら、と最後の一品に取り掛かる。


 小振りなフライパンを火に掛け、熱くなったところにツナを煮たオリーブオイル、その上にバターを落とす。


 じんわりと溶けて行き、泡が立ったところで、ツナ入りの卵液を一気に入れる。


 周りから火が通り、ふっくらと膨らんで行くので、それを中心に混ぜ込みながら火を通して行く。


 全体が半熟状態になると、フライパンとフライ返しを器用に動かしながら、向こう側から手前に折り込んで行き、半月に形作る。


 出来上がったらすぐに皿に上げる。


 なかなか巧く出来たのでは無いだろうか。壱が息を吐くと、サユリと茂造が起きて来た。


「おはようカピ」


「おはようじゃ」


「もう出来るよ。支度したくして来なよ」


「ほっほっほ、いつもありがとうの」


 茂造が洗面所に向かうと、壱はまたツナ入りの卵を焼いて行く。


 そうして朝食が出来上がる。テーブルに並べていると茂造が戻って来た。


 今朝のメニューは、ツナマヨネーズの握りと、ツナオムレツ、そしてじゃがいもと卵白の味噌汁である。


 オムレツは一応洋食なのだが、ツナを使うと何と無く和食の様な気がしてしまうのが不思議だ。


 サユリは既にテーブルに上がっていて、オムレツに鼻を近付けている。


「サユリー、じいちゃんが来るまで待てよー」


「解っているカピ。このオムレツに入っているものは何カピ?」


「ツナ。昨日のクリームソースに使ったのと同じやつ。お握りの中にも入ってるよ。マヨネーズと玉ねぎと混ぜたやつ」


「ほう、ツナと言うものには色々な使い方があるカピな」


「サラダにしたりカレーに入れたり、トマトソースにも合わせるかな」


「万能なのだカピな」


「勿論合う合わないはあると思うけど。あ、じいちゃん」


「待たせたのう。ではいただくとしようかの」


 戻って来た茂造は言いながら、テーブルに着く。壱たちは早速手を合わせた。


「いただきます」


 フォークを手にし、まずは味噌汁をすする。流れに付いて来た卵白がふわふわに仕上がっている。じゃがいもを食べると、こちらもほくほくになっていた。


 ブイヨン出汁の味噌汁も、すっかり慣れた味になった。具は出来るだけ変えたいものだが、どうしても味噌汁に使える野菜の種類が少ないので難しい。葉物がもう少しあれば良いのだが。


 次にオムレツ。これは卵の焼き加減が勝負だ。表面しっとり、中身とろりが理想である。さて、ちゃんと出来ているか。


 フォークを入れると、中から程良い半熟の断面が顔を出した。これはなかなか巧く行ったのでは無いだろうか。


 すくって口に入れる。うん、塩加減も良い感じ。ツナのオイルを使ったからか、ツナの風味が全体に行き渡っていて、卵の甘みとバターのコクに良く合っている。


 最後の一品、ツナの握り。一口目からツナマヨネーズが届く様に、具は細長いめに置いた。さて、その狙いは的中する。


 安定のツナマヨ握り。微塵切りの玉ねぎが良いアクセントになっている。味をさっぱりもさせてくれる。


 ツナとマヨネーズだけでも充分だろうが、やはり玉ねぎ入りが壱は好きである。自分ではなかなか面倒になって、そこまで凝る事は無かったが。


 今朝は久々に食べたくなって、頑張ってみた。残っていた玉ねぎもあったので丁度良かった。


 この世界では、食べたいものは自分で作らなければありつけないのである。


「ツナマヨのお握りは懐かしいのう。儂らの世代にはハイカラな食べ物じゃの。おや、玉ねぎも入っておるんじゃな。シャキシャキして良いのう」


「無くても美味しいけどね。今回はお握りに入れるから微塵切りにしたけど、もっとざく切りで和え物にしても良いだろうし、きゅうりの塩揉みと和えても良いし」


「おお、成る程の。ツナは色々な食べ方があるんじゃのう」


 サユリと似た様な事言ってる。壱は可笑おかしくなってつい微笑む。


「オムレツも味噌汁も旨いぞい。壱は料理上手じゃのう」


「うむ。連れて来て正解だったカピ」


「そう言って貰えると、作った甲斐かいがあるよ」


 壱は少し照れて、小さく笑った。




 朝食の洗い物を済ませ、茂造は厨房へ。壱とサユリはフロアに出て、壱は椅子に、サユリはテーブルに上がる。


 するとそのタイミングでドアが開き、カリルとサントが出勤して来た。


「あ、イチ、サユリさん、おはよう!」


 カリルが元気な挨拶。サントは小さく頭を下げた。


「おはようカピ」


「おはよう。俺、今日は田んぼ作りに行くんだ。だから仕込みとか営業中もいなくて、忙しいのにご免」


「気ーにすんなって。米育てんだろ? 楽しみだな! 前に食べたの旨かったしさ。でもイチ、こっち来る時、米と種両方持ってたのか?」


「え、あ、」


 サユリが種籾たねもみを持ち込み、時間魔法で育てたなんて言えない。壱が応えにきゅうすると、サユリが助けてくれた。


「米を持っていたのは壱カピが、種籾を持ち込んだのは我カピ。向こうの世界で壱と会う前に手に入れたのだカピ」


「へぇ、成る程な。じゃ、俺らは仕込み行くな! 昼はイチは客として来るんかな?」


「あ、どうだろ。田んぼ作りの進みにもよると思うんだけど」


「そうだな! じゃ、また後でな!」


 カリルが言い、サントがまた頭を下げると、ふたりは厨房に入って言った。


 さて壱は、手にしているメモに眼を落とす。田んぼの作り方が書いてある。昨夜あらためてスマートフォンで調べたものだ。


 現状仕上がっている筈の煉瓦れんがでどの広さの田んぼが出来るのかを算出し、各辺に並べる個数を書いてある。


 幸い、この世界の数字の描写とスケールは壱たちの世界と同じだった。お陰で計算しやすかった。


 そんなに大きな田んぼは作れない。しかしいつでも新米に近い美味しい米が食べられる様に、幾つか田んぼを作り、時間差で育てて行く予定だ。


 今日はそのひとつめを作るのである。


 みんなに作業をして貰うのに、こちらがもたついていたら話にならない。壱は頭の中でシミュレーションしながらメモを見つめる。


 すると、その表情が余程よほど強張こわばっていたのか、サユリがやや呆れた様に溜め息を吐いた。


「壱、そんなに構えなくても大丈夫だカピ。大方おおかたちゃんと指導出来るかどうか、そんな事を気に掛けているのだろうカピが、壱なら出来るカピ」


「いや、それも勿論心配だけど、俺、新参者だからさ。村の人みんな良い人で、煉瓦一緒に作ってそんなの解ってんだけど、あの時は教えて貰う立場だったからさ。いや今回もだけど。俺煉瓦積みとかした事無いし。万が一偉そうとか思われて、亀裂でも走ろうもんなら、これから先難しくなるかもって」


「そんな心配は無用カピ。村人はみんな我の、そして茂造のお眼鏡に適った者ばかりカピ。それに加え我の加護もあるカピ。そう大きな村では無いのだカピ、そんな事にはならない様にしてあるカピよ。派閥はばつだの何だの、そんなものが出来たら面倒だカピからな」


「そ、そっか。少し安心した」


 壱は小さく息を吐く。


「勿論過度に尊大な態度は禁物だカピ。それはそもそも人として駄目だカピ。だが、まだ短い期間ではあるカピが、壱はそもそも敵を作るタイプでは無いと、我は見ているカピ。だから大丈夫カピ」


 サユリが何気無く言う。きっと褒めてくれているのだと思う。壱は微笑んだ。


「ありがとう、サユリ」


 サユリは返事の代わりに鼻を鳴らした。


 その時、食堂のドアが開き、ジェンが顔を覗かせた。


「おはよっす! 今日からよろしくっす!」


「おはようございます。こちらこそよろしくお願いします」


 壱は笑みを浮かべて、ジェンを迎えた。

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