#37 ビーフステーキウェルダン編と、ツナ入りクリームソースパスタ

 さて、夜営業も無事に終了し、まかないを作る。


 まずは、ツナを使用した一品を。


 生パスタを大鍋に入れる。


 続けてホワイトソースを入れてあるトレイを冷蔵庫から出すと、残っていたのは1ブロック=1皿分。


 そのブロックをフライパンに入れて弱めの中火に掛け、焦げない様に混ぜながらじんわりと軟らかく戻して行く。


 クリーム状になり、鍋肌なべはだから小さく沸いて来たら、オイルを切ったツナと塩茹でブロッコリを入れ、温めながら混ぜる。


 ツナは使い切れないので、残りは明日の朝に使う事にしよう。


 その頃にはパスタが茹で上がるので、水分を切ってホワイトソースに入れて和える。


 皿に盛り、胡椒こしょうを多めに振って完成である。


 さて、もう一品。


 今日も無事ビーフステーキ肉が余ってくれたので、昨夜約束したウェルダンのステーキを焼く。


 味付けは昨日と同様、塩胡椒とタイム。焼き方はほとんど変わらないが、裏返したら30秒ほどと昨日よりやや長め。


 いつもは生臭さを敬遠けんえんする為か、もう少し長めに焼いていた。壱はそれを習いながらも「少し長めなんだな。肉が硬くならないかな」と思ってはいたが、それがこの食堂のレシピなのだからと、口を出さずにいた。


 確かに味は美味しかったのだが、もっと軟らかく美味しくなるのなら、きっとその方が良い。


 これまでも改良を重ねて来たと言っていた。ならこれからもそれで良い筈だ。昨日カリルも言っていたでは無いか。ギリギリの焼き加減で行けたら、と。


 今回は昨日の様にカリルと、そして逆サイドには茂造が。


「主に肉を焼くのは儂じゃからの。儂も習っておかんとな」


 壱は説明をしながら、ステーキを焼いて行く。裏返して肉を引き上げるタイミングで、やはり茂造も驚いて言った。


「そんなに短くて大丈夫なのかの?」


「充分。丁度ちょうど良く火が通ってる筈だよ。切ってみたら解るからさ」


 今回はステーキ肉が1枚だったので、添え付けのじゃがいもと人参も一緒に焼いて。両方とも既に茹でてあるので、温める程度である。


 皿に盛り、塩茹でブロッコリも添えて。


 他のメニューは既にマユリたちの手によって運ばれている。壱はステーキの皿を手に、茂造たちとホールに向かった。


「待たせたの。ではいただこうかの」


 全員がテーブルに着き、早速食事が始まる。


 壱は茂造とカリルが見つめる中、真っ先にビーフステーキにフォークを入れた。さて現れた断面は、中心部分までしっかりと火が通っている。赤い部分は無い。だが肉汁がじわりとにじみ出て来る。


 切り分けると、ふたりのフォークが早速伸びて来た。まずはカリルが躊躇ちゅうちょ無く口に入れ、じっくりと味わう様に咀嚼そしゃくする。飲み込んだ後、眼を見開いた。


「うん! ああ、成る程な! 確かにこれは良いな! 中までしっかり火が通って赤い部分は無いけど、なんかいつもよりジューシーな感じがする。肉汁が多いのかな。凄いな! 焼き時間でこんなに変わんだな!」


「あんまり長く焼くと肉汁も少なくなっていくのかな。やっぱりちょっと火を通しすぎてたのかもだな。これくらいで丁度良いと思うんだけど」


「ふむふむ、軟らかくて食べやすくて良いの。勿論旨い。では、明日からビフテキはこの焼き方で行こうかの。大丈夫じゃ、ばっちり覚えたぞい」


 茂造も満足そうに頬張ほおばりながら言った。


「あらぁ、また違う焼き方のステーキなのぉ〜?」


 マーガレットが訊いて来たので、壱は頷く。


「今日は中まで火が通ってるやつ。でもいつもと焼き時間が違うんだ。良かったらみんなも食べてみてよ」


「あらっ、じゃあ有り難く〜」


「ボクもボクも!」


「わ、私も」


 壱が言うと、マユリとメリアンもカットされたステーキにフォークを刺した。それぞれかぶり付き、納得した様に幾度も頷く。


「成る程ー、カリルの言う通りだ。何かしっとりしてると言うか。美味しいね!」


「で、ですね。美味しい、です」


「いいわねぇ。ワタシもこれぐらいの弾力が好きかも〜」


 サントも勿論しっかりと食べていて、うんうんと頷いている。


 良し。これなら茂造の言う通り、食堂のビーフステーキを改良しても大丈夫だろう。少しはお役に立てただろうか。


 もう一品、ツナとブロッコリのクリームソースパスタ。盛り付けた後に振った胡椒が全体に行き渡る様に混ぜてから、小皿により分けて、みんなの前に置く。


「これも味見してみて欲しいんだ」


 そう言うと、みんなは不思議そうな表情で、小皿に顔を近付けたり、壱を見たり。


「いつものクリームパスタと違うのか?」


 カリルの反応に、壱は頷く。


「具材が、多分みんながあまり食べた事が無いものだと思う。まずは食べてみてよ」


 壱が言うと、みんなはそれぞれにフォークを伸ばす。巻いて、口に運んで行く。


「ん!?」


 最初に反応したのはやはりカリルだった。


「いつものベーコンの代わりに入ってるの、これ何だ? 食感的には魚な感じがするんだけど、凄いしっとりしてる。で、旨い。え、イチ、これ何だ!?」


 するとカリルやホール係の3人も、顔を輝かせながら壱を見つめる。


かつおだよ」


 壱が言うと、一瞬その場が静まり返った。しかし。


「え、ええーーー!?」


 茂造とサユリ以外の全員が声を上げた。サントでさえ小さいながらも驚きの声を短く発していた。


「だって、だって鰹って、生だと生臭いし、火を通しても何か血生臭いって言うかさ、癖が強くてさ。なのに何で!?」


 メリアンが言いながら、2口目を口に入れる。どうやら気に入ってくれた様だ。


「鰹をオリーブオイルで煮るんだ。俺らの国にある調理法で、そうされてるのが手軽に買えるんだ。にんにくとローリエも使ってるから、風味も付いてると思う」


「こ、胡椒も、良い感じなんだと、お、思います。更に鰹の臭みを、消してるって、言うか。あ、あの、多分そうなんだと」


 マユリが言うと、壱は大きく頷いた。


「その通り。良いアクセントにもなってると思う。オイル煮にした事で臭みなんかは殆ど消えてると思うけど、ホワイトソースにも胡椒にも合うだろ? 俺らの世界では鰹は馴染なじみ深い魚なんだよ」


「へぇー」


 メリアンが関心した様に声を上げる。


「店長とイチの世界って凄いんだね! ステーキの焼き方も鰹の食べ方も、いろんな調理法があるんだ」


 マーガレットもパスタを上品に口に運びながら、幾度と無く頷いている。


「これもワタシ好みだわぁ〜。メニュー化してくれたら毎日食べられるんじゃ無ぁい〜?」


「そればっかりはじいちゃんが決めるからさ」


 壱が言いながら茂造を見ると、茂造は黙々とクリームパスタを食べていた。だが小皿が空になった頃、壱の視線を感じたか、顔を上げた。


「ほう、済まんのう、何だか懐かしくてのう。と言っても、儂がかすかに覚えておるツナ缶よりは遥かに旨いんじゃが」


 笑みを浮かべながら茂造は言う。確かにツナは缶詰のものより自家製が格段に美味しいと、レシピなどにも書いてあった。


「確かにこれはメニューに出来たら良いのう。ベーコンと日替わりで使えたら良いかのう。仕込みの段取りは変わって来るじゃろうが」


「そんな難しいもんじゃ無いよ。俺も別の料理しながら作ったからさ。じいちゃんやみんなが良かったら、鰹、こうやって食べてみてくれたらって」


「ではまず、鰹を入荷して貰わんとのう。そしたら早速メニュー化じゃ」


 そうして盛り上がっている横で、サユリは黙々とパスタをんでいた。食べやすい様にと短めに切ってはあるのだが。


「サユリ、どうだ? 鰹のオイル煮」


 聞くと、サユリは満足げに鼻を鳴らした。


「なかなか良いカピ。良い調理法があるのだカピな。これはメニューにしても大丈夫カピ。メニューが増えるのは良い事だカピ。壱よ、これからも励むが良いカピ」


 どっかの長老か。ついそう突っ込み掛けて、程遠い容姿だと言う事を思い出す。何せ仔カピバラなのだから。まだ比較的毛も柔らかく、女性の黄色い歓声を浴びてもおかしく無い。


 ……あれ、サユリって何歳なんだろう。この村の創始者な訳だから、それから100年近くは経っていると思うのだが。


 今度思い出したら訊いてみよう。何と無く聞いてはいけない様な気もしないでも無いが。


「ところで壱、言おうかどうしようか考えていたカピが」


「え、何?」


「我、前歯が発達しているカピから、浅めの皿にさえ入れてくれたら、細かくしてくれる必要は無いのだカピ」


「あ、そうなんだ。手間が減って助かるよ」


「しかしその気遣いは素晴らしいカピ。これからもその調子で行くカピよ」


 偉そうなのに可愛いその態度に、壱は笑みを浮かべた。

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