#36 米農家の精鋭誕生と、バジルソース改善への道その2

 昼営業が終わり、そろそろ米農家希望者の面接の時間になろうとしている。


 昨日形成し、乾燥させた煉瓦れんがは、これまでも作業を手伝ってくれていた男衆が、荷車に積んで陶芸工房に持って行ってくれていた。後は工房にお任せしてしまう事になる。


 壱たちは食堂のフロアのテーブルに着き、希望者を待っていた。


「さぁて、誰が来るじゃろうなぁ。楽しみじゃのう」


「俺、まだ話した事の無い人沢山いるから、それも楽しみかも」


「米作りはこちらの指導が必要だカピ。それを壱に任せたいと思っているカピ。なので顔と名前を良く覚えておくカピよ」


「そうじゃの。この村には元の世界の様な履歴書とか顔写真とかは無いからの。とは言えの、そう身構える事は無いぞい。サユリさんも儂も教えてやれるからの」


「うん。ありがとう」


 その時、食堂の扉が開いた。


「店長、そろそろ良いですかー? 米農家の面接なんですがー」


 そうゆったりとした口調で言いながら顔を覗かせたのは、体力に自身がありそうな、若い屈強くっきょうな男性。これはなかなか幸先さいさきが良い。


「はいはい、大丈夫じゃぞ」


 さて、訪れた順番に面接開始である。




 面接に来た数人の中から選ばれたのは4人だった。そこにはこれまで煉瓦作りを手伝ってくれた男衆が含まれていた。煉瓦を届けてくれた後、走って戻って来たのだ。


 恐れながらお断りしてしまった村人はとうに食堂を辞し、壱とサユリと茂造、そして4人は食堂で一番大きな8人掛けのテーブルを囲んでいる。


「ではの、あらためて自己紹介を頼むぞい」


「はい」


 金髪を短く刈り上げた青年が立ち上がる。


「ガイです。麦を作ってました。煉瓦作りから手伝ってて、なら米作りも続けられたらと思って希望しました。よろしくお願いします」


 煉瓦作りの時、壱にいろいろと教えてくれた人だった。爽やか好青年のイメージを持っている。


 次に立ち上がるのは黒髪の青年。ガイ程では無いが、すっきり短く切られている。体格のイメージと違い、物静かな印象。


 煉瓦作りの際も殆ど喋らなかった。カリル同様無口キャラなのだろうか。


「リオンです。牧場にいました。俺もガイと同じで、米作り続けたいなって。よろしくお願いします」


 次は錆びた様な髪色のショートカットヘアの青年。ややパサついている感じがするが。


「ジェンっす。漁師やってましたっす。俺もガイとリオンと一緒っす。よろしくっす!」


 ああ、成る程、毎日海風にさらされて来たから、水分不足なのだと納得する。煉瓦作りでは、気合いの声を上げながらも黙々と作業してくれていたので、真面目そうな人柄は解っているつもりだ。


 次に立ったのは、ウエーブ掛かった赤いショートカットヘアで、少し軽薄そうな印象。しかし口を開くと温和なイメージに変わった。


「ナイルですー。僕も麦作ってましたー。ええとー、新しい食べ物に興味があってー。どうせなら自分で作ってみたいと思ってー。どうぞよろしくお願いしますー」


 そしてどうやら食いしん坊らしい。面接に一番乗りはこのナイルだった。


 みんな、程度の差はあれど筋肉質の男性だった。あまり人数をけない事もあって、少数精鋭しょうすうせいえいが狙いだ。この人員なら、田んぼもあっという間に出来そうな気がする。


「この村、と言うか、この世界で初めて作る作物じゃからの。正直どうなるか判らん。じゃがお前たちなら多分大丈夫じゃろう。田んぼ作りと米の育て方なんかを指導するのは壱じゃ。みんな、よろしく頼むぞい」


 茂造が言うと、全員の視線が壱に集まった。壱はそれにやや緊張し、しかしひとつ咳払いをすると立ち上がった。


「壱です。俺も、田んぼ作りも米作りも知識しか無いので、みんなで探りつつ、協力して、美味しい米を育てられたらいいなと思います。よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げた。するとどこからともなく拍手が聞こえて来て、壱は照れてしまい、顔を上げるのが恥ずかしかった。


「では、明日から早速田んぼ作りじゃ。朝には煉瓦が焼きあがっておる筈じゃから、よろしく頼むぞい。壱も明日は朝から田んぼ予定地に行ってくれの」


「食堂は大丈夫なの?」


「大丈夫じゃ。最近は壱やみんなのお陰で大分楽をさせて貰うてたからの、体力が有り余っとるんじゃ」


 じいちゃん、年寄り扱いしたくは無いが、齢を考えてくれ。


「では、今日はこれで解散じゃの。明日、まずはここに集まっとくれ。煉瓦を引き上げに行かねばならんからの」


「はい!」


 各々返事をし、挨拶をしながらぞろぞろと食堂を出て行った。


「さて壱よ、申し訳無いカピが、田んぼは広い方の1面だけにして良いカピか?」


「うん、それは良いけど」


 サユリが言うのだから、何か理由があるのだろう。


「もうひとつの土地では、砂糖黍を育てたいのだカピ。砂糖は腐敗しないから街で大量買いしていたカピが、やはり村で作りたいと思っているカピ。子ども達が学校を卒業したら、ふとりふたりではあるが人手が増えるカピ。そうしたら作れると思うのだカピ」


「作ると言えば、ちょっと考えていた事があるんだけど」


「何じゃ?」


胡桃くるみ、育てられないかな」


 壱の提案に、サユリと茂造はやや困った様に顔を見合わせた。


「ふむ、そうしたいのは山々なのカピが、やはり嗜好品しこうひんはどうしても後回しになってしまうカピ」


「そうじゃのう。エールやワインに胡桃は最高じゃと思うが、今は難しいかのう」


「裏庭に1本とかで充分だと思うんだ。俺が育てる。昼に作ってるバジルソース、あれ、俺らの世界では、松の実を砕いて入れるんだよ」


 スマートフォンで育て方を調べてみたら、情報元に寄って育て方に多少の違いはあった。だがそれらを参考にどうにかなると思う。


「松の実? あの、米粒を大きくした様なナッツの事かの? 確かたまにつまみに食べておった様な。それが入っておるのか?」


「そう。それを胡桃で代用してみたくて」


 それが先日、壱が考えていたバジルソースの改善案である。これもスマートフォンで調べてみたら、胡桃で作るバジルソースもちゃんとあった。


 松の実より柔らかいので、フードプロセッサなどが無くとも包丁などで細かく出来る。ローストして香ばしさをプラスすれば、より美味しくなるだろう。


「バジルソースと言えばじいちゃん、り鉢って作れるかな」


「擂り鉢? 儂は使った事は無いが、確か圭子さんがとろろなんかを作る時に使っておったかの」


 先述したが、圭子は茂造の細君さいくんで、故人である。


「多分それ。それがあったら、バジルソース作るのもっと楽になる」


「成る程の。それは作ってみる価値はあるのう」


「作り方は判るカピか?」


「うん。この村だと陶器で作るのが良いかな。ボウルの形にして、底に細いみぞを全方向から掘るんだ。溝の彫り方があるから、それはまた調べておくよ」


「では陶器工房に言っておくかの。いろいろと改善や作るものがあって、大忙しじゃ」


 そう言いながら、茂造は楽しそうである。元来働き者なのだろう。


「胡桃は街に行かんと苗が手に入らんからの、ちょいと待ってくれの。さて、儂らも仕込みに入るぞい。カリルとサントに任せっぱなしじゃからの」


「おっと、そうだ。急がなきゃ」


 面接が何時に終わるかはっきり判らなかったので、カリルとサントには時間になったら仕込みを始めて貰う様に頼んでいた。


 壱たちは慌てて厨房に入った。

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