#35 洋風味噌雑炊の朝ご飯

 一夜明け、壱はまた朝食を作る。すっかり担当の様になっているが、自分は思った以上に料理が好きな様だ。


 元の世界にいる時も、両親が共働きなので作る事もあったが、確かにその時も楽しかったかも知れない。


 今も全く苦にならないし、茂造には少しでも寝て欲しいので、これで構わないのだ。


 さて、今日は何を作ろうか。壱は使える食材を思い浮かべながら、頭の中でレシピを組み立てる。


 うん、シンプルだが、朝には良いかも知れない。これで行こう。


 壱はまず米を洗い、水に浸けて置く。


 次に鍋を片手に食堂の厨房へ。休ませてあるブイヨンを少し貰う。


 一旦2階に戻って鍋を置くと、厨房にとんぼ返り。棚から玉ねぎ、冷蔵庫から卵と鶏肉を取り出す。


 2階に上がり、早速調理開始。まずは玉ねぎを粗めの微塵みじん切りにし、次に鶏肉を小さめの一口大にカット。


 ブイヨンを入れた鍋に、水を切った米を入れる。吸水時間が短いが仕方が無い。しないよりはマシだと思うのだが。


 火を点け、先ずは強火。鍋底に焦げ付かない様に混ぜながら。沸いたら中火にして煮込んで行く。


 次にフライパンを火に掛け、オリーブオイルを引いて、まずは鶏肉を皮目から焼いて行く。程良く色付いたら玉ねぎを追加。甘い香りがし、透明になるまで炒めて行く。


 隙を見て、米を混ぜる事も忘れず。


 ここで鶏肉の香ばしさと、玉ねぎの甘さを引き出しておく事が重要なのである。


 そこで米の様子を見ると、やや膨らんでいる。少し味見をしてみると、まだ芯が残っていた。


 そこに火を通した鶏肉と玉ねぎを入れる。これらの素材から更に良い出汁だしが出るのだ。


 くつくつと混ぜながら煮込む。また米を口にしてみると、ほぼ芯は無くなっている。良い感じだ。


 そこに味噌を溶かす。うっかり濃くなってしまわない様に、少量ずつを慎重に。スープを味見。うん、優しい味になった。


 サユリと茂造はまだ起きて来ないので、弱火に落としておく。


 仕上げの準備である。念の為に洗っておいた卵をボウルに割って、少し塩を振って、ほぐしておく。後はサユリたちが起きてから。


 待つ間に洗い物をして。


 その最中に、サユリと茂造が起きて来た。


「おはようカピ」


「おはようのう、壱。今朝もありがとうのう」


「おはよう。もう出来るよ」


「楽しみじゃ。では、儂は支度したくして来るからの」


 茂造が洗面所に向かい、洗い物が終わると、卵の出番である。火を強め、沸いたところに解した卵を回し入れ、素早くふたをして、火を止める。あとは余熱のお世話になる。


 その間に、テーブルに器を出しておく。スープボウルと、サユリにはサラダボウル。後は鍋敷きとスプーンとカップ。


 食事中に取る水分は水だが、この村の牛乳の美味しさに目覚めてからは、食後には必ず飲む様にしている。だが厨房の冷蔵庫にあるので、仕込みの為に降りた時に飲んでいる。茂造も同じタイミングである。


 さて、茂造が戻って来た。サユリは既にテーブルの上でスタンバイしている。


 ミトンを使い、鍋をテーブル中央に置いた鍋敷きに置く。蓋を開けると優しい味噌の香りが漂い、卵が良い感じの半熟になっていた。


「おお、これは何じゃ?」


「洋風の味噌雑炊ってとこかな。ブイヨン貰って、それを出汁に米を煮て味噌を溶いたんだ」


 言いながら、鍋の中身をレードルで器によそって行く。


 洋風味噌雑炊。味噌なのに洋風とはこれいかに。しかし他に説明が思い付かなかった。


「ほほう、良い匂いがしておる。旨そうじゃ。ではいただくとするかの」


「いただくカピ」


「口に合うと良いけど」


 多分大丈夫だと思う。思いたい。以前ブイヨンを出汁に作った味噌汁も好評だったのだ。なのできっと今回も。


「うんうん、旨いぞ、壱」


「うむ。なかなかカピ」


「良かった」


 茂造は表情を綻ばして眼を細め、サユリも満足げに鼻を鳴らす。壱は安堵し、漸く口に運んだ。


 うん、卵がふわふわとろとろに仕上がっている。ベースはブイヨンだが、玉ねぎと鶏肉から良い出汁が出て深みが増している。そこに味噌が良い加減に合わさり、まろやかになっている。


 生から煮た米がそのスープをたっぷり吸って、ふっくらとしている。あらかじめ炒めておいた玉ねぎは甘く、焼いた鶏肉は香ばしい。それがまた良い風味を生み出している。


 また我ながら良いものを作ってしまった。壱は雑炊を咀嚼そしゃくしながら口角を上げる。


「壱よ、そろそろこの味噌を使ったメニューを、食堂でも出してみてはどうかの。味噌作りには手間も時間も掛かるが、壱がこの世界に来てもう数日経つからの。そろそろ辻褄つじつまも合うじゃろ」


「うん。それ俺も考えてた。サユリの舌に合うんだから、大丈夫だと思うんだよね。この雑炊みたいにブイヨンかコンソメをベースにしても良いけど、やっぱり昆布こんぶ鰹節かつおぶしで出汁を取りたいんだよなぁ。この村の食材で豚汁が作れるから、ご飯と一緒にして定食にするとか。あ、ご飯の保温が出来ないか」


「そうじゃの。それが問題じゃな。そこはまぁ、暫くはパンにするとして」


「何か味気無いなぁ」


 壱ががっかりすると、サユリが言う。


「米が育つまでの辛抱カピ。そうカピな、保温出来る道具は我が作るカピ」


「え、それはサユリの魔法使いとしての立ち位置的に大丈夫なのか? 嬉しいけど」


「数ヶ月試行錯誤しこうさくごしたとでも言うカピ。炊くのはこれまで通り鍋でしてももらうカピが」


「うん、それは勿論。となると、大きな鍋がいるなぁ。出来ればスープ用みたいな高さのあるやつじゃ無くて、横に広いやつ。じいちゃん、ある?」


 茂造は上を向いてしばし考えた後、また壱に視線を戻して言った。


「確か、しばらく使っていないのが物置にあったかと思うがの。また探しておくぞい。まずはお試し品で、少量出すのが良いかのう。その前に食堂の従業員に試食して貰うのも良いかも知れん」


「あ、確かにその方が確実だな。カリルたちの口にも合えば、安心してお客さんにも出せる」


「では、明日の昼に昆布を取りに行くカピか? 今日は米農家の面接があるカピから、無理カピが」


「あ、そうか面接今日か。煉瓦れんがは大丈夫なの?」


「今日は焼きじゃからの。釜に運びさえすれば、陶器工房が巧くやってくれるからの。また男衆が来てくれるからの、大丈夫じゃ」


「そっか。じゃあ晩にでも作り方調べなきゃ。昆布って天日てんぴとかに干すだけで良いのかな」


「鰹も入荷してもらわんといかんの。鰹節を作るんじゃろ?」


「うん。前入荷して貰った時は1尾だったから、タタキとツナに、って、あ、うわ、ツナ忘れてたうっかりしてた! 冷蔵庫に入れてたんだった。うわー何で忘れてたかな!」


 壱は頭を抱える。翌日の朝食に使おうと思って冷蔵庫に入れていたのに、すっかりと忘れていた。俺とした事が迂闊。


「ほう、ツナとはあの缶詰のやつかの? 家で作れるものなのかの?」


「作れるよ。賞味期限は大丈夫だから、今日の夜のまかないで何か作ってみようかな。ホワイトソースが余ったら入れて……て、あ、鰹節の話かられた」


「鰹は、今日漁師に言っておくかの。今日はもうりょうに出ておるじゃろうからの。明日入荷してもらうかの」


「うん。そうしたら明日鰹節作れるかな。これも作り方調べておかなきゃ」


 確か燻製くんせいとかをするのだったかと思うが、ちゃんと調べて美味しいものを作らねば。


「うんうん。この雑炊も旨いが、やはり鰹と昆布の出汁が懐かしいのう。楽しみじゃのう」


「うん、俺も楽しみ。やっぱりちゃんとした味噌汁が飲みたい。その前にツナだな。鰹だけど、大丈夫かな」


「多分大丈夫じゃ。そもそも村人の鰹が苦手な原因が生の時の癖じゃったからの。ツナにしたら消されるじゃろ?」


「大丈夫な筈。じゃあ賄いで食べて貰ってみて良いかな。これも巧く行ったら新しいメニューに出来るかな」


「そうじゃな。段取りの調整がるじゃろうがの」


 さて、ツナの評判が今から気になるところである。楽しみでもあった。

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