#33 田んぼの作り方(その3、レンガの素材形成)と、おめでたい筈の……

 昼休憩が終わり、少し休んだ後、煉瓦れんがの形成を始める。壱たちは裏庭に降りて行く。


 木枠がすでに届けられていた。そしてこれまで煉瓦作りに入ってくれた男衆も。


「ほっほっほっ、今日もよろしくの」


「おいっす!」


 ものの見事な体育会系。壱もみんなに教えて貰いながら作業に入る。


 木枠の中に、1日休ませた煉瓦の資材を押し込む様に入れて行く。隙間無く、空気が入らない様に。


 枠の高さり切りいっぱいまで入れたら、更に空気を抜く為に、木枠を軽く持ち上げて、下に振り下ろす。


 本当は地面などに落としたら良いのだが、そうすると木枠の痛みが早くなってしまう。なので振るだけにするのだ。


 そうして形作られた資材を木枠から抜く。それから乾燥させる為に、裏庭の端から並べて置いて行く。


 ひたすらにそれを繰り返す。これもまた根気の要る作業だった。しかし壱を始め男衆は黙々と進めて行く。


 徐々に資材の山が減って行き、やがて無くなった時には、壱は小さくガッツポーズを作った。


 最後の形成された資材を並べた時には、歓声が上がった。


「やったー! 終わったー!」


 男衆が両手を掲げる。壱もその中にしっかり混ざっていた。


「ほっほっほっ、お疲れ様じゃの。ありがとうの。ではこれは1日乾かすからの。みんな風呂に行ってくれの。勿論儂持ちじゃからの」


「はーい!」


 茂造が言うと、カリルとサントを含めた男衆はぞろぞろと裏庭を出て行った。


「壱も風呂に行ってくれの。ほんまに助かったぞい。ありがとうの」


「うん。夜の仕込みもあるから、出来るだけ早く帰って来るから」


「そんな慌てなくとも良いからの。大丈夫じゃからの」


 食堂の2階に上がって着替えなどを取りに行く途中に時計を見ると、あまり時間は無かった。壱は慌てて銭湯に向かう。


 男衆に混ざって頭と身体を洗い、湯船に浸かる。さっと温まったらさっさと上がる。カリルとサントも手際良く動いていた。


「イチも上がれるか? じゃ、仕込みに行くぜ!」


「おう!」


 壱たちは素早く身体を拭いて服を着て、銭湯を出た。出る時に脱衣所の時計を見た時には、既に仕込みを始める時間は過ぎていた。早く戻らなければ。


 食堂に戻り厨房に入ると、サユリと茂造、そしてマユリがいた。


「お帰りカピ」


「お帰りの」


「お、お帰りなさい」


 茂造はポトフを仕込んでいて、マユリはじゃがいもの皮をいていた。サユリはすみの椅子の上で大人しくしている。


「あれ、マユリ、何で?」


「今日は壱たちみんなに煉瓦作りを頼んだからのう。時間に戻って来るのは難しいじゃろうから、マユリに野菜の下拵したごしらえを頼んだんじゃ」


「は、はい。お手伝い程度、ですが」


「そうなんだ、ありがとう」


 村人の食事は基本食堂に頼っているが、朝食を買って行かない村人もいるから、そういう人たちは自分で朝を工面くめんしていると言う事だ。調理人以外に料理が出来る村人がいてもおかしく無い。


 壱は厨房に詰めているので、誰が持ち帰り、誰が持ち帰らないかは判らないが。


「あ、あの、私、いつも朝ごはんを、その、作っているので、少しだけ、料理が出来るんです。本当に、す、少しなんですけども」


 そう言いつつ、マユリの手際は良い。じゃがいもの皮がするすると剥かれて行く。


「ではの、マユリよ、みんな戻って来たからの、その芋を剥き終わったら、メリアンとマーガレットが来るまで休んでくれの。本当に助かったぞい。ありがとうの」


「あ、あの、良かったら、このまま、お手伝い、しますけど」


 マユリはそう申し出てくれたが、茂造は首を振った。


「いいや、大丈夫じゃ。それよりもフロアの掃除に人手が足りなくなったら困るからの。知っとるぞい、メリアンがちょいちょい手を抜いておるのを。それをマユリとマーガレットが補っておるのを」


 そうなのか、メリアン……。壱は遠い目をしつつ、割烹着かっぽうぎ三角巾さんかくきんを着けると、マユリと交代する。


「本当にありがとうマユリ。後は任せてよ」


「は、はい!」


 マユリは元気に返事をし、皮を剥き終わったじゃがいもを水を張ったボウルに入れる。手を洗うと、大きくお辞儀をし、フロアに出て行った。


 ボウルを見ると、結構な数のじゃがいもが剥かれていた。これは助かる。壱はまだ洗っただけのじゃがいもと、マユリが置いて行った包丁を手にし、皮を剥き始めた。




 夜営業の最中、マーガレットが豚肉のハーブソテーを作っている茂造に声を掛けた。


「店長さぁん、カルとミルが後で来るって言ってたわよぉ〜」


「おや」


 茂造が反応すると、フロアに戻って言った。カルとミル、初めて聞く名前である。まるで双子の様なネーミングだが。


「そうかそうか。あのふたりもとうとうかのう」


 茂造が頬をほころばせる。


「お、やっとか? なかなか長かったかなー」


 カリルもカルパッチョを作りながら、そう言って笑う。


 壱は話が解らず、ペペロンチーノを作りながら首を傾げると、茂造が説明してくれた。


「カルとミルは交際しておっての。毎日夕飯は一緒に来ておったんじゃが、あらためて揃って来ると言う事は、結婚を決めたのかと思っての。じゃとしたら、目出度めでたい目出度い」


「へぇ。双子みたいな名前だから、兄妹とかだと思った」


「それが意気投合のきっかけだったんだぜー。名前似てるね、つってな。カルはこの村の生まれだけど、ミルは数年前に外から来たんだ」


「へぇー」


 何がきっかけになるか、解らないものである。




 さて、夜営業がひと段落した頃、マーガレットが茂造を呼びに来た。


「店長さぁん、カルとミルが来たわよぉ〜」


「ほいほいよっと。壱よ、お前も来るが良い」


 茂造はスツールから降りると、フロアに向かう。壱も続いた。


 行くと、酒盛りをしている客とは雰囲気の違う男女が、テーブルの上のサユリと談笑していた。


「カル、ミル、待たせたのう」


「あ、店長さん! お時間取らせてすいません!」


 ふたりは慌てた様に立ち上がり、茂造に深く頭を下げた。


「まぁまぁ、そうかしこまらんでもの、さぁさ、座るが良いぞ」


 茂造がふたりの正面に掛ける。が、ふたりは掛けようとしない。どうしたのだろうか。


「壱、お前も座るカピ」


 サユリに言われて、壱はふたりが自分を待っていたのだと気付く。成る程礼儀正しい。壱は慌てて茂造の横に掛けると、やっとふたりは座ってくれた。


「壱よ、カルとミルじゃ。カルが漁師で、ミルが製糸工房で働いておる」


 茂造が紹介してくれると、ふたりはまた大きく頭を下げた。


「カルです。よろしくお願いします」


「ミルです。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。壱です」


 挨拶が終わったところで、茂造が早速さっそく切り出した。


「さて、話とは何じゃ?」


 カルとミルは照れた様に顔を合わせた後、カルが意を決した様に口を開いた。


「僕たち、結婚しようと思います!」


「おお、それは目出度いのう」


 予測はしていたが、現実になるとやはり嬉しいものだ。茂造が嬉しそうに笑みを浮かべ、壱も微笑ましく思い、頬を綻ばせた。サユリも眼を細める。


「それで、店長さんに、いえ、村長さんにお願いがあります」


 ミルがやや前のめりになる。


「私、結婚したらカルに、夫に誠心誠意尽くしたいんです。全ての家事は勿論身の回りのお世話も。ご飯も3食作ります。子どもも沢山欲しいんです。良い子たちに育てたいんです。だから私、専業主婦になりたいんです!」


 ほぼ一息に言う。回答を待って、茂造を凝視する。まるで眼力がんりきで納得させようとしている様にも見える。


 しかし茂造は眼を閉じると、きっぱりと言い放った。


「駄目じゃ」


 茂造の応えに、ミルは絶望した様な表情を浮かべた。


「どうしてですか? 家事も夫のお世話も子育ても、立派な仕事だと思うんです!」


「カルの世話はともかくの、家事と子育ては確かに立派な仕事じゃ。じゃがそれはこの村では認められん。結婚して、家事と子育てを助け合い、仕事を続ける。それがこの村での決まりじゃ」


「そんな、そんなぁ……」


 ミルは目尻めじりに涙を浮かべ、両手で口を押さえた。


「私、小さな頃から素敵なお嫁さんになるのが夢で、結婚したら旦那さんに何でもしてあげたくて、だから、朝だけでもってお料理とかも頑張って来て、なのに……」


 肩を震わせて、小さく泣き出してしまう。


「カル、お前はどう思っておるのじゃ。ミルに専業主婦になって欲しいのかの?」


 茂造がカルにくと、カルは小さく頷いた。


「俺は、ミルがしたい様にさせてあげられたらって」


「ふぅむ、じゃが、やはり認められんのう。ふたりがどうしてもそうしたいのじゃったら、村から出てもらうしか無いのう」


「そう、ですか……」


 カルが泣いているミルの背中を、いたわる様に優しく撫でた。しかしミルほど消沈していない。カルはミルが専業主婦になる事を望んだ訳では無く、意思を尊重したいだけなのだ。


 サユリは何も言わない。それは茂造のげんと同意であるからだろう。


「ふたりで話し合って決めるが良い。結婚して村の決まりに添うか、村を出るか、もしくは結婚そのものをせんか」


 冷たい物言いだと思われるかも知れない。だがここで例外を認めてしまうと、村のシステムが崩されてしまう。


 以前聞いた村の性質を考えると、恐らくこの村そのものの存続に関わるだろう。このふたりだけの問題では無い。


 泣くミルが気の毒だとは思う。情に流される訳には行かないのだ。

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