#31 味噌にぎり串と手作りマヨネーズ

 翌朝、また壱は茂造より早く起きる。サユリに増やしてもらい、また米が豊富になっていた。前日の晩から水に浸けておいた分を炊く。


 次に鍋に湯を沸かして塩を入れ、ブロッコリを茹でる。


 卵焼きを焼く。今日も塩味である。焼きあがったらまな板に上げて、切りやすくなる様に寝かせて置く。


 ブロッコリが茹で上がったので、ザルで丘上げにしておく。余熱で火を通すのである。


 米が炊き上がったら蒸らし、解したら、擂り粉木すりこぎを手にする。普段食堂でバジルソースを作る時に使っているものである。


 それで米を潰して行く。全てでは無く、半分程が潰れた、粒が残る状態を目指す。その状態を半殺しと言うらしい。なかなか物騒な呼び方である。


 なかなか時間が掛かるものである。力も要る。壱はやや呼吸を荒くしながら、擂り粉木を押し付けて行った。


「こんなもんかな?」


 初めて作るものなので加減が判らないが、多分大丈夫だろう。


 次に木製のマドラーを取り出し、2本束ねて、潰した米を握りながら付けて行く。割りばしを使いたいところだが無いので、代わりである。


 半殺しにしている内に冷めているので、充分手で触れる温度になっている。


 米が小判形になる様に形造り、まな板の空いている部分に置いて少し乾かす。


 その間にタレ作りである。と言っても簡単なものだ。味噌に砂糖を練り込み、水少々で軽く伸ばすだけである。


 味噌はサユリの魔法で発酵を止めて貰える事になったので、2階のキッチンで保存する事にした。


 さて、作っているのは、味噌にぎりの様な、五平餅ごへいもちの様な。


 味噌握りにするには焼くときに必要な網が無い。五平餅にするには胡桃が無い。なので、それぞれの出来る部分を取ったのだ。


 米の表面が乾いて来たので、裏返してまた乾かす。その間に卵焼きを切り、皿に盛る。


 鍋などの洗い物も手際良く済ませ。


 米が両面乾いたので、左手にひとつ、右手にふたつ持って、コンロの直火で焼いて行く。


 火に当たる箇所かしょを変えながら、両面に軽く焼き目を付けて行く。それが終わると、片面に味噌ダレをたっぷりと塗り、また直火に掛けて行く。今度はしっかりと焦げ目を付ける。


 焼けたら、もう片面にも味噌ダレを塗り、また炙って行く。


 そろそろ茂造が起きて来てくれないだろうかと思う。時計を見ると、起床予定時間まで後5分程。温かい状態で食べて欲しいので、後で温めるとするか。


 一旦いったん上げて、皿に置いて置く。


 その時に、カルパッチョのソースに使っているレモンが厨房にある事を思い出した。壱は慌てて取りに行き、横に半分に切っておく。


 ボウルに卵を割り、泡立て器でしっかりと解す。そこにオリーブオイルを少しずつ加えながら撹拌かくはんして行く。


 卵の鮮やかな黄色がカスタードクリームの様な色になったらレモンを絞って入れ、更に混ぜる。


 作っているのはマヨネーズである。本来なら卵は黄身だけを使うのだが、白身の使い所が今は無い。処分してしまうなんてとんでも無いし、併せて使うのは当たり前の事である。


 卵焼きを作る前に思い付いていれば、そちらに加える事も出来たのだが。


 少し味見をしてみる。うん、少しあっさりはしているが、ちゃんとマヨネーズだ。


 そこに黒粒胡椒を多めに混ぜ込み、塩茹でしたブロッコリを和えた。


 そうして、茂造が起きて来た。今朝はサユリも一緒である。


「おはようカピ」


「おはようのう。今朝もありがとうのう」


「いや、料理結構楽しいからさ」


「では儂は支度したくをして来ようかの」


「もう出来るから」


 茂造が洗面所に向かうと、サユリがテーブルに上がって来た。


「今日の朝ご飯は何カピ?」


「味噌握りの五平餅バージョン? 何て言ったらいいのかな」


 壱が応えに困っていると、サユリは小さく鼻を鳴らす。


「ま、壱の作るご飯はどれも美味しかったカピ。今朝も期待しているカピ」


「期待に添えられると良いけど」


 壱は嬉しくなって穏やかに笑うと、五平餅もどきを弱い直火で温め直す。もう何と呼んだら良いのか判らない。味噌握り串? あ、これが1番しっくり来るかも。米は半殺し状態だが。


 支度を終えた茂造が戻って来た。


「待たせたのう。今朝は何を作ってくれたのかのう」


「味噌握り串、って言い張る」


「それはまたどう言う事じゃ」


 茂造が首を傾げる。壱はこの料理が出来た経緯を話す。


「成る程の。じゃが良い匂いじゃ。早速いただくとするかの」


 今日の朝ご飯は、味噌握り串と塩味の卵焼き、ブロッコリの胡椒マヨネーズ和えとなった。


 全員でテーブルに着き、早速食べ始める。


「いただきます」


「いただくカピ」


「いただくかの」


 まずは、味噌握り串に手を伸ばす。割り箸代わりのマドラーに刺したままかぶり付いた。


 まず口に広がるのは、香ばしい味噌の風味。砂糖と合わせた味噌には甘みと少しの塩気、そしてコクがあり、それが炙って焦げ目を付けた事によって香ばしさが生まれている。


 それが淡白ながらもほのかな甘味のある米と合わさり、更なる旨味を生み出していた。


 正直、中途半端な料理の様な気がしていて、どうなる事かと思っていた。味噌ダレの味見もしたし、その時に米と合う事は確信していたが、やはり仕上がりまで不安だった。


 壱は満足したが、サユリと茂造はどうだろうか。


 ちらりと見ると、サユリも茂造も嬉しそうな表情で味噌握り串を頬張っていた。ちなみにサユリの分はマドラーから外して、皿に置いて出している。


「うむ、これまでも思っていたカピが、米と味噌は合うのだカピな。これはなかなか良い味だカピ」


 そう言いながらんでいる。壱は安堵あんどする。


「焼けた味噌が香ばしくて旨いのう。これは良いのう」


 茂造も美味しく食べてくれている様で、壱はまた胸をで下ろした。


 次にブロッコリを口にした茂造は、やや眼を見開く。


「おや、これはマヨネーズかの? 壱、これはどうしたんじゃ?」


「作った。卵とサラダ油と酢で作れるんだよ。ここではオリーブオイルとレモン汁で作ってみた。卵も本当だったら卵黄だけなんだけど、全卵で作ってるからあっさりしてると思う」


「いやいや、充分じゃ。巧く出来ておる。これぐらいさっぱりしている方が儂は好きじゃ。なのにコクがあるの。それに胡椒が良いアク……アクセントだったかの? それになっていて旨い」


 良かった。さてサユリを見ると、サユリもブロッコリの皿に向かっていた。


「サユリ、どう? 口に合うかな」


 茂造の言葉から、これまでに無かった味なのだと思う。恐々こわごわと聞いてみる。


「うむ。なかなか良いカピ。向こうの世界にはこの様な調味料もあるのだカピな。これは色々な野菜に合いそうカピ」


 その通り。壱は頷く。


 ああ、しかし良かった。味噌はこれまでに何度も朝食に使っていたし、米も炊いていたから、このふたつが合う事はサユリも解ってくれている。


 それに加え、急に思い付いたマヨネーズも受け入れて貰えた。壱としては安堵とともに勝利の気分である。


 卵焼きは言わずもがな。先日にも作ったものであるので、サユリも茂造も美味しそうに口に運ぶ。


 壱はサユリと茂造に聞いてみた。


「この世界って、胡桃くるみ、と言うかナッツ類って無いの?」


「あるぞい。この村で育てていないだけじゃ。街に行った時にアーモンドや胡桃なんかを買ったりするが、今はどれも切らしておるのう」


「そうなんだ。じゃあ今度街に行ったら胡桃買って、今度こそちゃんと五平餅作ってみようかな。醤油とか無いけど」


「おお、五平餅は胡桃を使うのか。成る程のう。それは楽しみじゃのう」


 茂造はまた味噌握り串をかぶりながら言った。


「街にはこの村では作ってない物が沢山あるのかな」


「あるカピ。他にも作りたいものはいろいろあるカピ。砂糖も今は街で買っているカピが、出来るなら村でサトウキビを育てたいと思っているカピ。ナッツ類も好きな村人が多いから、せめて2種類は育てたいと思っているカピ。果物も欲しいところだカピ。だが今は人手が無いカピ。煉瓦れんが作りの様に一時的に借りられる人材はいるカピが、専従となると難しいカピ。特に今は米の事もあるカピ」


「そっか」


 そんな事情があるのだ。大変である。ほぼ前科者で構成されていると言うこの村の性質から、村人が容易に増える事は無いのだろう。


 村内で結婚し子どもを授かり、学校に通いながら仕事を手伝っていたとしても、卒業して仕事1本になるまでは頭数としてカウントは出来ないだろうし。


 本当の村長であるサユリは、考える事が多いのだろう。表向きはユミヤ食堂のマスコットキャラクタであり、少し魔法が使える仔カピバラであるが、そう振舞ふるまいながら、頭を働かせているのだ。


 今度、サユリの好物でねぎらえないかと思い、聞いてみた。


「ふむ……旅の途中で食べた鴨肉やアボカドなどは旨かったカピ。壱たちの世界の動物園で食べた生のとうもろこしはパサパサしていたカピが、採れ立てのものや茹でたものは良いカピな。果物はメロンが旨かったカピ」


 どれも、この村には無かった。

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