#29 田んぼの作り方(その2、レンガの素材加工)と、米農家募集チラシ作り

 朝食のかつおのタタキ定食を食べ終わり、茂造が洗う食器を壱が拭く。


 その時、壱は呟く様に言った。


「じいちゃん、大変な事があるんだ」


「何じゃ?」


「米がもうすぐ無くなる」


「何と! それは一大事じゃ!」


 壱はともかく、10年振りに米にありついた茂造。まだまだ食べ足りないだろう。


 そんなふたりの会話をテーブルの上で聞いていたサユリが、何の気無しに言った。


「米が育つまでの間、我が増やしてやるカピ」


 その台詞に、壱と茂造は勢い良く振り返った。恐らく眼が血走っていたのだろう、サユリがびくりと身体を揺らした。


「驚いたカピ。そんなに大事な事なのカピか?」


「そりゃあ大事じゃぞい。米は儂ら日本人の主食じゃ。小さな頃からほぼ毎日食べておったものじゃ。この世界に来て10年、やっと食べられる様になったのじゃから、出来るなら毎日でも食べたいぞい」


「俺が毎日味噌を食べたいのと同じだよな。解る」


 壱は大きく何度も頷く。


「米も味噌も日本人に欠かせない食材だよ。それが食べられなくなるなんて耐えられない。じいちゃん本当に良く10年も我慢したね」


「どう足掻あがいても食べられないと解っていたからのう」


 茂造は言いながら、深い溜め息を吐いた。


「じゃから諦めるしか無いと思っとったんじゃ。じゃがどうしても口には出てしまうでの。サユリさんが察してくれたんじゃのう、壱と一緒に持って来てくれたのは本当に嬉しかったんじゃ。そして壱が炊いてくれて、本当に本当に嬉しかったんじゃよ」


 茂造がそう言い、眼を細めた。薄っすらと目尻めじりが光った気がした。


「うんうん、俺もこの世界に大豆があるって知って、本当にほっとしたもんな。味噌の無い人生は人生じゃ無い」


「そこまでカピか」


「食事情は大事だよ、サユリ。食べ物の恨みは深いって聞くし、地獄には食べ物専用の地獄もあるって聞くし」


 確か飢餓道がきどうと言った。詳しくは覚えていないが、飢えの地獄だったと思う。絶対にちたく無い。


「この世界にはこの世界の死後の世界があるカピがな。ともあれお前たちの情熱は解ったカピ。まずは米を増やしてやるから、安心するカピ」


「ありがとうのう、サユリさん」


 茂造が嬉しそうに頬を緩めた。


「壱はどうするカピ? 味噌増やすカピか?」


「んー……、増やしてもらった上で発酵はっこうが進まない様に時間魔法を掛けて貰うか、味噌を作る度に時間魔法を使って貰うの、どっちが楽?」


「前者カピ」


 サユリは思案する事も無く応える。


「じゃあよろしく!」


「解ったカピ」


 サユリはやや呆れた様に息を吐くと、しかし口角を上げる。


「確かに、食は大事だカピな」


 米と味噌の確保が確実なものとなり、壱たちは嬉しくて笑みを浮かべた。




 昼営業が終わり、少し休憩したら煉瓦れんが作りの続きである。今回は昨日採掘さいくつして来た粘性ねんせいの土と、骨材こつざいとなる砂を混ぜる作業である。


 壱が念の為に調べてみたところによると、煉瓦を作るには他にも混ぜなければならないものがあったと思う。だがこの村では、粘性の土と砂、そして硬さ調節の為の水があれば良いのだとか。


 土が違うのだろうか。良くは判らないのだが。


 ともあれ、また力仕事だ! と茂造に続いて厨房のドアから裏庭に出ようとすると、茂造が振り返る。


「おっと、うっかりしておった。壱には違う仕事を頼みたいんじゃ。紙工房で紙を貰って、チラシを書いて欲しいんじゃ」


「チラシ? 何の?」


「米農家募集のチラシじゃ。米を育てるとなると、やはり専業の人間が何人かはいるからのう。全職場に配るから、ええと」


 茂造は考えながら指折り数える。


「13枚ほどかの。詳しい事はサユリさんに聞いてくれの」


「煉瓦は大丈夫なのか?」


「カリルとサントに頼んでおるし、昨日の男衆も来てくれるから大丈夫じゃ。じゃ、頼むぞい」


「ん、解った」


 壱はきびすを返すと厨房からフロアに行き、表の入り口から外に出る。足元にはサユリも付いて来ていた。


「紙工房で紙を貰うって、サイズとかは?」


「大丈夫カピ。茂造の使いでチラシ用を貰いに来たと言うと出してくれるカピ」


「そっか。じゃあとりあえず行ってみよう」


 そして少し歩き、着いた紙工房をのぞく。


「こんにちはー」


 声を掛けると、紙をいていたトーマスが返事をしてくれた。


「あ、イチくんこんにちは。ちょっと待ってね」


 トーマスはまた視線を手元に戻すと、紙漉かみすきを続ける。それはすぐに終わり、紙料で濡れた手を洗い、タオルで拭きながらこちらに来てくれた。


「今日はどうしたの?」


「じいちゃん、えーと、食堂の店長がチラシを作るとかで、紙を貰って来いって言われたんですけど。13枚くらい」


「ああ、はいはい。ちょっと待ってね」


 トーマスは別室に行くと、数分後に紙を持って戻って来た。


「今の工房とか農場とかの数的には、きっかりだと10枚なんだよね。だから、一応13枚渡しておくけど、チラシ作る時には数を確認してね。何せこの村では全部手書きになるから、1枚違うだけで変わるから」


「そうなんですね。ありがとうございます」


 壱は紙を受け取ると頭を下げる。紙はさほど大きくは無い。元の世界でよくポストに入れられていたチラシ程のサイズだった。


「では頂いて行きますね。ありがとうございます」


「うん」


 トーマスに見送られて紙工房を出た壱は、食堂には戻らず、村を回る。


「どこに行くカピ?」


「チラシの枚数を確認しておこうかと思って。慣れない付けペンで数枚全部手書きは大変だから」


「ああ、壱たちの世界で付けペンは無いのだカピな」


「あるけど、一般的じゃ無いから。俺はこっちに来て初めて使った」


 鉛筆やシャープペンシル、ボールペンにマジックなど、壱が使い慣れていた文房具はこの世界には無い。


 これまでもレシピをメモしたりなど、文字を書く機会はあった。そのたびに慣れない付けペンに苦心していたのである。


 少しは慣れつつあるとは言え、10枚ほどを書くとなると大変である。


 壱は村を回りながら工房などの数を数え、トーマスが教えてくれた10軒だと確認すると、食堂に戻った。中には入らず裏庭に回る。


 カリルにサント、そして昨日採掘に行ってくれた男衆が、また気合の声を上げながらシャベルを動かしていた。煉瓦の素材を混ぜ合わせているのである。


 茂造がそれを椅子に掛けて見ていたので、声を掛ける。


「じいちゃん、紙貰って来たよ」


「おお、ありがとうの。では早速書くかの。儂も一緒にやるからの」


「あ、そうなの? 俺ひとりで書くもんかと思ってた」


「いやいや、儂も力仕事以外で働くぞい。文面はサユリさんに任せてあるがの」


 言いながら茂造が立ち上がる。


「ではの、今日は素材を混ぜて寝かせるところまでじゃ。終わったらまた風呂を使ってくれの。儂持ちじゃからの。終わったら声を掛けてくれの。2階におるからの。よろしくの」


「はいっ!」


 カリルたち男衆は元気に返事をして、また力強くシャベルを動かす。


 壱はサユリと茂造と2階に上がり、ダイニングテーブルに着くと、壱は抱えていた紙を広げる。


「トーマスさんに聞いたらこれ渡してくれた。これで大丈夫だよな?」


「うんうん、大丈夫じゃ。では、書いて行くかの。サユリさんよろしくの」


 茂造が言いながら、ペンとインクを出して来る。


「え、下書きとかいらないの? シャーペンとかと違って一発勝負なのに」


「大丈夫じゃ。ではサユリさん、あらためてよろしくの」


「うむ。難しい事は何も無いカピよ。えー、まずは」


 壱は慌ててペンを持つ。が、そこで気付く。


「サユリ、じいちゃん、俺この世界の字書けない」


「あ」


「あ」


 壱の言葉に、サユリと茂造が揃って声をらした。


「そうか、そうじゃったな。うむ、では儂が1枚書くから、それを写しておくれ」


 そうして茂造が書き上げたチラシは、成る程シンプルなものだった。


 内容は、新たな食物の畑を作るので、その人員を募集すると言う事、そして必要な人数と、幾つかの条件だった。


 壱はそれを見ながら、慎重に写して行く。それなりに巧く書けていると思う。


 そうして10枚のチラシが出来上がった。


「紙貰いに行った後に村回ったんだ。10枚で行ける筈だよ」


 壱の進言もあって、10枚になった。万が一足りなければ、急いで作らねばならないが、大丈夫だろう。


「では、各所に貼ってもらうとするかの。壱は時計周り、儂は反時計回りに行くぞい。半分ずつの」


 それぞれ5枚ずつ持って、壱たちは食堂を出た。そこで茂造と別れる。サユリは壱に付いて来た。


 どの工房や農場、牧場も、チラシを暖かく迎え入れてくれた。また新しく美味しいものが食べられるのならと。


 配り終えて食堂に戻り、裏庭を覗くと、そちらの作業も終わっていた。


「おーイチ。こっちも終わったぜ。この煉瓦の材料、1日休ませるんだ」


 昨日採掘した時より少し色が淡くなった土が、こんもりと盛られていた。


「お疲れ様、ありがとう。へぇ、これが煉瓦になるんだ」


 これまで見る機会の無かったものに興味深げな視線を向けた。


 その時に茂造が戻って来る。


「ほいほい、終わったぞい。面接は明後日じゃ。さぁて、誰が来るかのう」


 茂造が楽しげにほっほっほっと笑った。

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