#28 鰹のタタキ定食の朝食を

 およそ10分後に目的地に着く。途中は林の中や開けたところを通り、着いたところは山のふもとで、その地面のあちらこちらには浅い穴があった。


 壱はカリルに教わりながら馬車をめ、荷台から全員が降りつつ道具類を下ろす。


「ここに質の良い粘性ねんせいの土があってのう。村の煉瓦れんがの材料はここで掘っておるんじゃ。では早速さっそく掘って貰うかの。よろしく頼むぞい」


 茂造の台詞に、みんなが気合を入れた返事をする。サユリは変わらずヒメの背中でくつろいでいる。


 みんながシャベルを使う中、壱もそれにならってシャベルを動かす。足を使って地中に突き入れ、両腕に力を入れて掘って行く。そして出た土を大きなトレイに入れて行った。


「っと!」


「うらぁ!」


「っしゃあ!」


 それぞれ声を上げながら、やがて掘り起こした土がトレイをめた。


「店長、終わったっす!」


「うんうん、本当に助かったぞい。ありがとうなぁ。では荷台に積んで、村に帰るとするかの。帰ったら風呂じゃぞ。勿論儂持ちじゃぞい」


 茂造のその台詞せりふにみんなが沸く。風呂は助かる。すっかり汗だくで、肌も土で汚れている。この状態で飲食店の厨房に立つ事は出来ない。見ればみんなも額や首筋をタオルでぬぐっていた。


 壱はうっかりとタオルを持って来なかったので、行儀が悪いと判っていながら、流れる汗の気持ち悪さに我慢出来ず、シャツのすそをたくし上げて汗をいた。どうせすぐに洗濯するのだし。


 土の入ったトレイとシャベルを荷台に積み、全員が乗り込む。壱とカリルはまた運転席に。


 復習も兼ねて、またカリルに教えて貰いながら馬車を動かす。きよりは慣れた気がする。とは言え流石さすがにひとりでは不安だが。


 来た道を辿り、村に戻る。無事に着きゲートを潜り、そのまま食堂に向かう。


「ほいほい、お疲れじゃったの。じゃあまた済まんが、土を裏庭に運んでくれんかの」


 みんなは疲れなど見せず元気に返事をすると、ひとつのトレイをふたり掛かりで運んで行く。


 それが終わると、みんなはようやく一息吐いた。


「本当に助かったぞい。ありがとうの。馬車と馬を戻して、風呂に行くかの。各々おのおの着替えを準備するなどして使ってくれの。さっきも言ったが儂持ちじゃからの。番台に言ってくれの」


 カリルたちは一時解散。壱と茂造も着替えを準備して、まずは馬車を戻し、次に馬。ここで漸くサユリがヒメの背中から降りた。またカッツェに見送られて、銭湯に向かう。


「疲れた〜力仕事とか久々だった〜」


 壱がやや音を上げると、茂造が小さく首を傾げた。


「この前の味噌作りを見ていると、なかなか力のる作業の様に見えたがの?」


「蔵では大概たいがいの作業は機械がやってくれるよ。潰すとかねるとか。あー、味噌も無くなる前に作らなきゃ。今度は麦でこうじ作りかな」


 さて銭湯に着き、壱は漸く汗を流す事が出来た。




 少し休んで、夜営業の仕込みが始まる。土の採掘さいくつに駆り出されたカリルとサントは、代休か特別手当を選べるとの事で、ふたりは揃って特別手当を希望した。


 壱も同じ事を聞かれ、やはり特別手当を望んだ。休んでもやる事が思い付かないし、かと言って特別手当の使い道も今のところ無い。だが以前茂造が街への買出しの事を言っていたので、その時に使えたらと思ったのだ。


 今欲しいのは、やはり好みのデザインの服である。村人が用意してくれたものも悪くは無いが、可も無く不可も無いものばかりだったので、少しは自分好みのものが欲しいと思ったのだ。


 さて、仕込みを続けていると、漁師が来た。鮮魚の入荷である。


「店長、かつお捕れましたぜ! 1しか上がらなくて申し訳無いです!」


 そう言って漁師がかかげた1尾の鰹。見事。サイズはこの世界サイズで小振りだが、ぱんぱんに腹が張って、えて旨そうだ。


「おお、ありがとうの。充分じゃ。食堂の分と分けて計上してくれの」


「解ってますよ。けどどうすんです? 鰹ってあんま好きな奴いないでしょ」


「ほっほっほ、儂らの世界の食べ方があるんじゃよ」


 茂造が笑って言うと、漁師は興味深げに眼を開く。


「へぇ? そりゃあ一体?」


「また食べて貰う機会もあるかもの。その時にはよろしく頼むぞい」


「はい、楽しみにしてますぜ」


 そう言い残して漁師がすと、茂造はカリルに声を掛ける。


「カリルよ、済まんが手の空いた時にこの鰹をおろしてくれんかの。個人用なもんで済まんのじゃが」


「良いっすよ。卸した後はどうしたら良いっすか?」


あらは、今回は捨ててくれて良いかの。身は冷蔵庫に入れて置いておくれ」


「了解っす」


 今度魚のさばき方を教えて貰おう。壱は思った。





 さて、一夜が明けて。


 壱はまた早めに起きると、朝支度したくを終えて厨房に降りる。冷蔵庫から鰹の切り身とベーコンに味噌と、棚から玉ねぎとにんにく、ローリエを持って2階に上がる。


 そして今度は鍋を手に厨房に降りると、冷蔵庫に寝かせてあるブイヨンを鍋に貰い、上に戻る。


 実はサユリに頼んで、鰹に時間魔法を掛けて貰った。鮮度を保つ為だ。時間限定なのでそろそろ切れる頃である。


 では、調理開始。


 まず、鰹の背身せみを適当なサイズにカットし、塩を振って置いておく。続けて丸ままの腹身はらみにも塩をして置く。


 次に、前夜から吸水させておいた魚沼コシヒカリを炊き始める。


 次はブイヨンを入れた鍋を火に掛ける。沸くまでの間に玉ねぎをざく切りにする。沸いたら玉ねぎを入れ、弱火にする。


 ベーコンをカットしてフライパンで炒め、ブイヨンに加える。


 続けて玉ねぎとにんにくをスライスする。


 次に塩をしておいたカットした鰹の背身の、臭みが抜けた事を確認出来たら、浮き出た水分を拭き取り鍋に敷き詰め、包丁の腹で潰したにんにくとローリエ、ひたひたのオリーブオイルを加える。火に掛け、じわじわと熱を通して行く。


 腹身に出た臭みの元も拭き取って。


 フライパンを出し、薄くオリーブオイルを敷く。良く熱し、そこに腹身を入れる。軽く押し付けながら、表面に焦げ目が付いたら別の面に。それを繰り返す。


 出来上がったら水を張ったボウルに。ほんの数秒ひたして、別の水のボウルに移す。氷が無いので、ひとつめの水のボウルで粗熱あらねつを取り、ふたつめのボウルでめて冷やすのだ。


 そうして冷やされた鰹の腹身の水分を布で拭き取り、オリーブオイルを入れた鰹の様子を見る。うん、火が通り始め、泡が上がっているので、弱火に落とす。


 ベーコンと玉ねぎを煮たブイヨンに味噌を溶き、さぁ、そろそろ米も炊き上がる。


 そしてその頃に茂造が起きて来た。


「おお、壱。また早起きしてくれたんじゃの」


「少しね。美味しく出来てたら良いんだけど」


「では支度をして、サユリさんを起こして来ようかの」


 茂造が行くと、炊き上がった米のふたを上げて木べらでほぐして、また蓋をして蒸らす。鰹のタタキはスライスして皿に盛り、スライスした玉ねぎとにんにく、塩を添える。


 ベーコンと玉ねぎの味噌汁はスープボウルにそそぎ、米も同じ器によそう。サユリの分は両方サラダボウルに。オリーブオイル煮にしてある鰹は火を止めた。


 少し変則的ではあるが、鰹のタタキ定食の出来上がりである。


「おお……! 鰹のタタキ、旨そうじゃのう」


「フライパンで焼いてるから、香ばしさが足りないと思うけどね。とりあえず食べてみてよ」


「ほう、鰹の表面だけに火を通しているカピか。中は生なのカピな」


「そう。俺らの世界の調理方法なんだ。本当はわらで表面をあぶるんだけど、今日はフライパンでな」


 茂造は嬉しげに、サユリは興味深げに鰹のタタキを眺める。


 良く良く考えたら、この村では麦を育てているのだから、藁は大量にあるのだ。用器は陶芸工房で作って貰えないだろうか。今度相談してみよう。問題は串だ。金属製である必要がある。これは街で手に入るだろうか。


「では、いただくかの」


「いただくカピ」


「はい、どうぞ。タタキは塩で食べてな。サユリの分には軽く振ってあるから。薬味やくみの玉ねぎとにんにくは好みで一緒にどうぞ」


 茂造もサユリも、早速鰹のタタキを口にする。


「おお、凄いのう、ちゃんと鰹のタタキじゃ。旨いのう」


「ほう、表面に香ばしく火を通す事によって、あの癖と言うか、それが消えるのだカピな」


「あ、サユリも苦手だった? そうなんだよ。どう? 口に合う?」


「うむ、なかなかカピ。これなら村人にも受け入れて貰えそうカピ」


「今度藁で炙ったやつ食べさせてやるよ。もっと旨いよ」


「それは楽しみカピ」


 ふたりの反応に壱は安堵あんどし、やっと自らの口に入れる。まずは塩だけで。


 うん。ちゃんと強火で焼いた表面が香ばしく仕上がっている。中は生のままなのでしっとりとして、臭みもしっかりと抜けている。


 臭み取りの為に振った塩がほど良い加減を生んでいて、付ける塩は少量で良い。


 今度は玉ねぎと一緒に。うん、甘みと辛みのバランスの良い玉ねぎが、鰹の旨味を引き立てる。


 この村ではほぼ毎日玉ねぎを収穫するので、その実は壱たちの世界で言うところの新玉ねぎなのである。なので生でも食べやすいのだ。


 水にさらすと辛み成分がいくらか抜けるが、そうすると栄養分も逃げると聞いた事があるのでしていない。そう言えば食堂でもしていない。


 今度はにんにくで。これもまた素晴らしいバランスである。玉ねぎのさわやかなものと違い、ややパンチのある辛み。だがそれがタタキの甘みを引き上げる。


 我ながら良く出来たと、壱は満足する。


 今度は味噌汁を。いろいろレシピを調べてみたら、コンソメスープに味噌を溶かすスープを見つけたのだ。


 これはブイヨンだが、玉ねぎとベーコンでおぎなってある。味噌汁の具としてはあまり無いのだろうが、ベーコンは燻製くんせい豚肉なのだから、合わない事は無いと思うのだが。


 飲んでみる。うん、なかなか悪く無い。いな、美味しい。成る程、流石味噌。どんなものにでも溶け込んでしまう。


「壱よ、この味噌汁も旨いなぁ。ブイヨンを使ったんじゃな?」


「うん。事後報告になってごめん、少し貰った。昆布も鰹節も無いし、魚の粗から出汁だしを取る時間は流石に無かったからやってみたんだけど、これ良いね。味噌は少なめだけど、これぐらいが良いかも」


「うむ。なかなかいけるカピ」


 サユリも夢中で飲んでいる。レシピを見たとは言え実験的だったので、巧く出来て本当に良かった。


 白米は言わずもがな。何せ魚沼のコシヒカリを鉄鍋で炊いているのだから、美味しく無い訳が無い。


 壱はこの朝食の出来栄えに、眼を閉じて口角を上げた。

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