#27 田んぼの作り方(その1、レンガの材料調達)

 海老出汁味噌汁のうどんを食べながら、サユリが、あ、と思い出した様に顔を上げる。


「ところで壱、そろそろ田んぼを作ろうかと思うカピ。昨日調べてくれていたカピな」


「うん。これちょっとさ、この村にあるもので作ろうと思ったら、結構人の手を借りなきゃいけないかも。村人の眼があったらサユリの魔法そんなに使えないんだろ?」


「ある程度なら大丈夫だカピ。どうするのだカピ?」


「水れを防がなきゃいけないから、田んぼにする部分を掘って固めるか、4隅を煉瓦れんがとかで囲うかなんだけど」


「ふむ……」


 サユリはやや逡巡しゅんじゅんする。


「で、掘る方法だと、水抜き作るのがちょっと大変かも知れない。煉瓦で池みたいにしたら、一部に穴を開けてせんをするので行けると思うから、後々の事を考えたらその方が良いかも。こっちの世界の田んぼは掘って作ってるのがほとんどだけど、それはちゃんと水路があるから出来てるんだと思う。個人が庭とかで作ってるのを見ると、トタンとかで周りを囲ったりして作ってた」


「成る程カピ。では煉瓦を作るカピ。耐火である必要は無いカピな」


「うん。火は使わないし」


「なら村の外で土を採掘さいくつして、陶芸工房のかまで焼くカピ」


「全部人力じんりき?」


「基本はそうカピな。昼営業と夜営業の間に手が空けられる村人をつのって、馬車を出すカピ」


「馬車、あるんだ」


「街に買い出しに行く時にも使うからのう。牧場の馬に引いて貰うんじゃ」


「あ、あの馬は食用じゃ無いの?」


「齢を取ったら潰して食べるぞい。じゃからたまのご馳走ちそうじゃの」


 馬肉は元の世界でもあまり食べる機会が無かったが、居酒屋でたまに食べる馬刺しや、牛の生食が禁止になってから焼き肉屋などで提供される様になったさくらユッケは壱の好みだった。


 この世界で生食出来るかは判らないが、ジビエが流行って来てもいた。献身的けんしんてきに馬車を引いてくれた馬には合掌がっしょうだが、そのタイミングが楽しみである。


 そこでふと思い出す。この村ではサユリの加護のお陰で、腐敗したもの以外の食中毒は無いと。ならもしかして、牛も馬も生で食べられないだろうか。


 しかし今は田んぼの話だ。これは後で聞くとしよう。今日の夜営業の仕込み時にはかつおも届く予定だし、まずはそちらだ。


「昼営業の時に聞いてみるカピ。茂造は力仕事が難しいカピ。カリルとサントを駆り出すとしても、それでも壱と合わせて3人カピ。苦しいカピ。あと3人は欲しいカピ」


「3人なら大丈夫かと思うがの。聞いてみようかの」


「我が営業中に聞いて回るカピ。畑と、牧場と、そうカピな、酒工房から力自慢がひとりずつ来てくれたら助かるカピ」


 サユリが鼻を鳴らす。壱はその様子に恐る恐る聞いてみる。


「サユリ、まさか魔法で言う事聞かせたりとか、そんなのあるのか……?」


「そんな事しないカピ」


 サユリはしれっと応える。


「村人はみんな良い者たちカピ。こちらの頼みを引き受けてくれるカピよ。畑も牧場も酒工房も従事じゅうじする者が多いからカピ。短時間ひとり抜けても回るカピ」


「そうなんだ」


 壱は胸をで下ろす。しかしサユリは眼を細める。


「だが、ごねたらどうするかは判らないカピ」


 不穏だ! サユリが魔法で人の心まで動かせるのだとしたら、これは一大事である。今までの様に接する事が出来なくなるかも知れない。


 そんな壱の思いを知ったか知らずか、サユリは可笑おかしそうに鼻を鳴らした。


「冗談カピ。我が偉大なる魔法使いであっても、人心掌握じんしんしょうあくは出来ないカピ」


 本当にそうであって欲しい。サユリには裏表無く喋る仔カピバラであってくれと切に願う。


「さて、食べて片付けて、昼営業の仕込みを始めるぞい。後片付けは儂がするからの。壱よ、ありがとうの。うどんも海老出汁の味噌汁も旨かったぞい」


「なら良かった」


 味噌汁を最後の1滴まで飲み、壱たちは席を立つ。茂造が洗い物をしてくれると言うが、やはり壱は手伝う。茂造が洗う食器を拭いて行く。


 そして時間になり厨房に降りると、カリルとサントが出勤して来た。




 嵐の様な昼営業が終わり、壱たちは牧場に向かう。


「馬車を出したいでの、馬を2頭借りるぞい」


 昨日と変わらず家畜かちくの監視や世話をしているカッツェに声を掛けた。


「はーい!」


 また元気に返事をすると、家畜の寝床に走って行った。


 数頭いる馬の内の1頭に茂造が出を伸ばすと、馬はすっかりと慣れた様子で大人しい。


 カッツェがハーネスを手に戻って来る。


「店長さん、1頭はマム?」


「そうじゃな。こいつと、それとヒメに繋いどくれ」


 マム? ヒメ?


 壱が首を傾げると、サユリが補足してくれる。


「どちらも馬の名前カピ。あの馬がマムと言うカピ。この牧場の馬で最高齢カピよ。なので、次に潰す馬は恐らくマムだカピ」


「ちょ! そんな生々しい!」


 流石さすがに対象を眼の前にされると辛い。壱が引き気味で抗議するが、サユリは涼しい顔。


「そういうものカピ。そもそも食べ物を食べると言う事はそういう事カピ。毎日カリルが生きた魚をさばいているカピ。それと馬や牛を潰すのは同じカピ。ただ対象の大小、作業量や手間の違い、そして壱にとっては日常的に眼の前でされているか否か、それで抵抗が生じているのだカピ」


 壱は言葉を失ってしまう。サユリはまた口を開く。


「理解していて欲しいカピ。我たちは日々生命を頂いているのだカピ」


「……うん」


 柵内を見渡してみると、数々の牛や豚、羊に馬が闊歩している。牛にはミルク、馬には馬車、羊には毛糸、そんな産物があろうとも、確かに全ては最終的に潰され食べられるのである。


 壱がこのたった数日食べて来たものの中にも、生命はたくさんいた。あらためて言われてしまうと、躊躇ためらってしまう。


 だが今はただ、有難いと思うしか無い。


 それをサユリに言うと、満足気に眼を細めた。


「それで充分カピ。まずは今日馬車を引いてくれるマムとヒメに感謝するカピ」


「……うん」


 話の間にハーネスを付けられた2頭の馬に近付く。茶色いマムも白いヒメも大人しい。やや恐々こわごわとそれぞれにそっと手を伸ばしてみたら、大人しく受け入れてくれた。


 そっと首筋をでてやる。気持ちが良いのか、マムがやや眼を細めた様に見えた。壱は安堵あんどする。


「よろしくな、マム」


 言うと、マムはまだ気持ち良さげに大人しくしていた。


「ヒメも」


 ヒメも大人しく壱の手を受け入れた。


「では行くかの。今日は重い物を運ぶ予定での。戻した後はよろしく頼むぞい」


「はーい! 了解です!」


 大きく手を振るカッツェに見送られ、サユリを背に乗せたヒメの手綱を引いた壱と、マムの手綱を引いた茂造は牧場を出た。


 食堂に戻ると、表にはカリルとサント、そして3人の体格の良い男たちが待っていた。足元には数本のシャベルと木製の大きなトレイが置かれている。


「待たせたの。では行くかの。今日は煉瓦用の土を掘るでの、よろしく頼むぞい」


「任せてください!」


 男たちは笑顔を浮かべ、シャベルなどを持ち上げながら返事をする。何とも頼もしい。


 マムを引く茂造を先頭に歩き出す。村のゲート付近に着くと、建物が見えて来た。簡素なもので、大きく開かれた部分から2台の馬車が見えた。


「壱よ、ここには荷馬車と箱馬車があるんじゃ。今回は荷馬車を使うが、街への買出しなどは箱馬車を使うんじゃ。何せ荷馬車は乗り心地度外視どがいしでのう、距離のある街まで行くにはちと辛い。では馬を繋ぐぞい。カリルよ、壱に繋ぎ方を教えてやってくれんかの」


「はいよ! イチ、ヒメ連れてこっち!」


 カリルに教えて貰いながら、ヒメを荷馬車に繋ぐ。壱が終わる頃には茂造はとうにマムを繋ぎ終えていた。


「カリルよ、そのまま壱と運転席に座って、操縦を教えてやっとくれ」


「解ったっす。よーし、イチ、こっちから乗るぞ」


 カリルに着いて行き、運転席に掛ける。ヒメの背を見ると、サユリがすっかりと落ち着いていた。


「手綱掴んでな。馬は賢いから、ちゃんと道なりに走ってくれるんだぜ。指示すんのはスタートとストップ、あとはスピード調整ぐらいかな。そのたびに教えるから、大丈夫だって。馬車は初めてか?」


「馬に乗った事はあるけど、馬車の操縦は流石に初めてだ。緊張するな」


 数年前に動物園で、係の人に手綱を引いて貰いながら乗った記憶がある。


「大丈夫大丈夫。じゃ、行くか! 店長、出して良いっすか?」


 荷台を振り返ると、道具の積み込みも終わり、全員が乗り込んでいた。


「良いぞ。頼むぞい」


「じゃあしゅっぱーつ! イチ、手綱をこう上げて」


 壱は手綱を手にしたまま、カリルにならって両手を上げる。


「こうして振り下ろす!」


 その通りに下ろすと、マムとヒメがゆっくりと動き出した。


「おお……!」


 壱は少し少し感動してしまう。自分で馬を操縦したのは初めてだった。


「よしよし、イチ、巧い巧い!」


 では、力仕事に出発である。

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