#25 コンシャリド村プチツアー、ラスト!

 歩いていると、また少し開いた土地が見えて来る。


「壱よ、あそこも田んぼの予定地じゃ。向こうとここ、これだけあれば充分な米が育てられるじゃろ」


「うん。充分だと思う」


 米作りが更に現実味を帯びて来て、壱は嬉しくなる。やはり和食には、味噌汁には欠かせない白いご飯。楽しみだ。


 帰ったらすぐに夜営業の仕込みが始まるだろうから、寝る支度したくを整えたらスマートフォンで田んぼの作り方を調べてみよう。




 さて、次の建物が見えて来た。その横には丸太が積まれている。茂造に続いて壱とサユリも中に入った。


「ほいほい、邪魔するぞい」


「あ、店長、らっしゃい。どうしたよ」


「孫の壱に村を案内しとっての」


「おお、そこの坊主が孫か。よろしくな! ワシはロビンだ」


「よろしくお願いします」


 立ち上がったロビンは、壱より身長の低い茂造よりもずっと小さく、しかし腕やあしはがっちりと太く筋肉質だ。


 この建物内で仕事をする男たちは皆同じ屈強くっきょうな体型だった。ロビンはひげたくわえていて、貫禄かんろくも感じさせる。


「ここでは家具やらを作っておっての。家の修繕しゅうぜんなんかもするんじゃ。木桶も木の食器類なんかもここで作られておるぞ。木に関するものを一手に引き受けとる感じかの」


「こういうのってのは、やっぱワシらドワーフが得意だからな」


「ドワーフ!」


 これもまた、ファンタジー創作物で見聞きした種族だ。


「ハッハッハッ、驚かせたかな! そうだよな、そっちの世界には、ワシらみたいな種族はいないだろうからなぁ。まぁ慣れてくれや」


「あ、はい。エルフもですけど、良い人そうなので大丈夫です」


 快活かいかつに笑うロビンに、壱がややされながら正直に言うと、ロビンはまた面白そうに笑った。


「ハッハッハッハッハッ! 面白い孫じゃな! おうおう、楽しみだな、店長よ」


「ほっほっほっ、そうじゃの」


 茂造も一緒になって笑う。サユリは壱の足元で澄まし顔だ。


「ではまた後での。まだ案内するところが残っとるでの」


「おう。また後でな!」




「さて、次はここじゃ」


 茂造に案内された建物に入ると、また村人が作業にいそしんでいた。紙漉かみすきだ。よくテレビで見る機会があった。


「紙を作っておるの。さっきの木製品工房で出た廃材なんかで作っとるんじゃ」


 成る程、無駄が無い。


「おや店長さん。どうしました?」


 紙をき終わった職人が、手を拭きながら寄って来た。


「手を止めさせて済まんのう。孫の壱を案内しとるんじゃ」


「ああ。フレンチトースト美味しかったよ、イチくん」


「ああ、あの時の」


 ボニーがシェムスに制裁を与えたその時、シェムスと一緒に飲んでいた男連中のうちのひとりだった。


「トーマスです。あらためてよろしく」


「こちらこそよろしくお願いします」


 小さく頭を下げる。


「ここ、面白いもの何も無いけど、良かったら見てってよ」


「あ、俺紙漉き見たいです」


「ははっ、珍しいな。いくらでも見てってよ」


 トーマスが笑いながら持ち場に戻り、壱はそれに付いて言った。


 これまで案内してもらった工房などでも思ったが、こういった職人技を見るのはとても興味深い。面白い。


 畑仕事も面白かった。チーズ工房も見てみたかった。ワイン作りも興味深かったし、陶芸も凄かった。木製品工房も楽しかった。


 トーマスは漉き船すきぶね紙料しりょうすくうと、縦に横にと動かして行く。やがてすだれのようになっていると言う部分に均一の厚みが出来る。それを横の既に出来ている束に重ね、簀から外す。


「これに重石おもしをして水分取って乾かして、紙になるんだ。簡単だろ?」


「いや、紙漉きそのものがかなり難しいって聞いてます」


 壱が漉き終わった束を見ながら感心して言うと、トーマスは可笑しそうに笑う。


「そんな大したもんじゃ無いって。店長さん、やっぱりイチくん良い子ですね」


 壱は恐縮して両手を振ったが、茂造が嬉しそうに言う。


「そうじゃろそうじゃろ。本当に良い子に育ったものじゃ」


 そこまで言われてしまい、壱が恥ずかしげに顔をおおうと、ずっと足元に付いていてくれたサユリが気付わし気に、壱の足に身体をり寄せた。壱はつい屈んでサユリを抱き締めてしまう。


「サユリ〜」


「照れる気持ちも解らないでも無いカピが、ここは素直に受け取っておくカピ」


「ほっほっほ、やっぱり良い子じゃのう。じゃあの、トーマス。また後での」


「はい。壱くんもサユリさんも、また後で」


「はい…」


 壱はサユリの身体に顔を埋めたまま外に出た。


「じいちゃ〜ん、あんまり持ち上げるの止めてくれよ〜」


 壱がようやくサユリを下ろし抗議するも、茂造はどこ吹く風。


「ほっほっほ、まぁまぁ。さて、次に行くかの」


「じいちゃ〜ん……」


 壱はまだ照れを抑えられぬまま、茂造を追い掛けた。




 次が最後だと茂造が言う。


「麦畑じゃ。ここで製粉までをしておるの。村の今の主食じゃからの、大事じゃ。勿論他も大事なのじゃがの」


 昼に夜にと提供しているパンもパスタも、ここの小麦で作られているのだ。肉だって野菜だってアルコールだって大事だ。だがやはり主食は替えが利きがたいのだ。


 先々米が育っても、麦の地位は変わらないだろう。


 麦畑に寄ると、畑に人手は無かった。代わりに端のエリアに数人が集まっている。木製の背凭せもたれの無い椅子に掛け、何やら口に入れながら談笑している。


「休憩中かの? 邪魔するぞい」


 茂造が声を掛けると、全員が振り返る。


「あ、店長さん。こんにちは」


「こんにちはー」


「どうしたんスか?」


 方々から声が掛かる。


「孫の壱に村を案内しとるんじゃ」


「ああ、彼がお孫さん」


「こんにちは」


「こ、こんにちは」


 壱が挨拶すると、あちらこちらから挨拶が返って来た。


 見ると、みんなが囲っている小さなテーブルには、枝豆が山盛りになっていた。


「あ、枝豆」


 壱がぽつりと呟くと、輪の中にいたひとりのふくよかな女性が枝豆を数個つかみ、壱に差し出した。


「イチくんの世界の食べ物なんだって? こっちに来てから食べた? こっちでもなかなか良く育てられてると思うんだけど。こうしておやつにしてるのよ」


 壱はそれを両のてのひらで受け取った。左手に傾けて右手で食べると、大きく頷く。


「うん、美味しいです」


「良かったあー」


 女性が安堵し、他の村人も沸く。


 枝豆は、多少良く無い土壌どじょうでも育つと聞いた事がある。この村では先ほど見た、きちんと整えられた畑で育てられているのだろう。


 壱がこれまで食べていた枝豆と何ら遜色そんしょく無い、美味しい枝豆だった。これは茹で枝豆だが、ちゃんと塩味も効いていて、しっかりと甘みもある。硬さも程良い。


「先代が持ち込んだ当初は、育て方は種の袋に書いてあったが、食べ方がの、それこそ茹で時間なんかも判らんかったしの、塩を使うって事も知らなかったんじゃが、村人がいろいろ思案しての、ここに辿り着いたんじゃ」


 茂造の世代より上となると、確かに枝豆も茹でた事が無かっただろう。買い物などをしていた事すら奇跡かも知れない。


 ただ、そのせいだろう。産毛うぶげは取られていない様だった。しかし今更訂正するのもどうかとも思う。とりあえず後で茂造に言ってみる事にしよう。


「さて、ではそろそろ帰るかの。ではまたの」


「はーい、また後で」


「また後で〜」


 麦農家の面々に見送られ、壱たちは麦畑を出た。


「これで一通り村を見た訳じゃが。まぁ普通の村じゃ」


 普通の村なのかなこれ。みんな凄く働いていたけども。壱がこれまで抱いていた、村=のんびり、なイメージでは無かった。


 しかしサユリから全員が働く理由を聞いていたので、この村ではこれが当たり前なのだろうと納得する。


「全員を紹介出来んかったが、しても多くて覚えるのは難しかろうて。徐々に覚えてくれると良いの。さ、そろそろ帰るぞい。仕込みの時間が近いからの」


 茂造がベストのポケットから懐中かいちゅう時計を取り出して、時間を見た。


「少し離れたところに養蜂場ようほうじょうもあるんじゃが、時間が無いでの、また今度の。海も今度行こうかの」


 そんな話をしながら壱たちは食堂に戻り、少しするとカリルとサントが再出勤して来た。割烹着かっぽうぎ三角巾さんかくきんを着け、仕込みを始める。


 コンソメをしてポトフを作り、野菜を切り、肉を叩き、炒め、煮込んで行く。


 その最中、いつもの通り、漁師がれたて新鮮の魚を入荷しに来た。


「毎度! 今日はサーモンが多めかなぁ。潜水日でしたから、海老と貝もありますよ」


「うんうん、今日の魚も旨そうじゃ」


 木桶の中で大きくねる魚たち。すでに水を張ってある水槽すいそうに入れると、元気に泳ぎだした。


「お、そうじゃ、明日の漁でかつおが捕れたら、2ほど持って来てくれんかの。食堂用じゃ無く、儂個人で欲しいんじゃが」


「いいですよ。毎日1尾はリリースしてますから。毎日要ります?」


「いや、とりあえずは明日だけでの。1尾しか上がらんかったら1尾で良い。よろしく頼むぞい」


「解りました。ではまたよろしく!」


 そう言って、程良く日焼けした良い体格の男は出て行った。


 明日鰹が来ると言う事は、明後日の朝、タタキを作れるかな。楽しみだ。壱はつい喉を鳴らした。

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