#24 コンシャリド村プチツアー中

 次は1メートル程高さに茂る小振りの植物の脇を通り、その近くの建物に入る。


「ほいほい、邪魔するぞい」


「あら、店長さん」


 数人の女性が中で作業をしていて、全員が気付いて笑顔で頭を軽く下げてくれる。その中のひとりが立ち上がって来てくれた。


「どうされたんです?」


「孫の壱に村を案内中での。壱よ、ここでは綿わたの木を育てていて、ここで綿めんの糸にしておるんじゃ。家畜かちくの羊の毛を刈ったのも、ここで毛糸にしておるんじゃな」


「この村って年中暖かいって聞いたけど、毛糸っているのか?」


「近くの街に売っておるんじゃ。そこから北の国に売られたりの。なかなか評判も良いんじゃぞ。糸を染めるのもここでしておっての」


「腕の良いデザイナーがいるんですよ。シャノ、シャノー」


「はぁい」


 女性の呼び掛けに、奥の大きなテーブルに向かっていた女性が立ち上がった。小走りでこちらに駆けて来る。


 ショートカットだが、大人しそうな印象。中性的な容貌ようぼうで、ボトムがスカートで無ければ性別に迷ったかも知れない。耳が横に長くとがっている。


「こちらはシャノ。コンシャリド村唯一のデザイナーなの。で、ユミヤ食堂で働いているメリアンのお姉さんでもあるのよ」


「へぇ?」


 女性の紹介に、壱は声を上げる。壱にとって、ふたり目のエルフとのご対面である。だから中性的だったのか。


「弟がお世話になってます。姉のシャノです」


「こちらこそお世話になってます。よろしくお願いします。壱です」


 小さく頭を下げ合う。メリアンが天真爛漫てんしんらんまんな感じなのに、シャノはその正反対のイメージだ。スカートを履いているので、メリアンの様に性別とは違う格好をしたい訳でも無いのだろう。


 失礼だとは思うが、思い切って率直に聞いてみた。


「メリアンは女装しているのに、シャノさんは男装とかしていないんですね。でもショートカットなんですね」


「だって、仕事に邪魔ですから」


 ストイックな理由を、にっこり笑えて応えられた。


「シャノはしっかりしておるぞ。メリアンとふたつしか違わんのに、まるで保護者じゃの」


「メリアンは少しルーズなところがあるカピ。仕事は頑張っている様だカピが」


「へぇ、そうなんだ」


 思わぬところで明かされる、従業員の実態。


「さてさて、邪魔したの。次に行くかの」


「あ、はーい。お気を付けて」


「はい。ではまた、夜に」


 女性ふたりに見送られ、次に向かった。




 次に案内された所では、酪農らくのう畜産ちくさんを行なっていた。牛や豚、羊に馬がひとつの大きな柵の中に放し飼いにされている。どれも綺麗な毛並みで健康そうだ。臭いも殆どしない。


 地面には青々とした草が生えていて、家畜たちは思い思いにそれを食んでいる。点々と藁も置かれていて、それを食べている家畜もいた。隅には木の大きな箱が置かれており、何やら壱が見た事の無い飼料しりょうらしきものが入れられていて、それは主に豚が顔をうずめている。


 そして横には家畜たちの寝床だと思われる大きな建物。さらにもう1軒の建物が。


「あの建物で家畜を潰したりチーズを作ったりしておるんじゃ。牛乳なんかはしぼったそのままを飲むでの」


「それって食中毒とかは大丈夫なのか?」


「我の加護があるから、この村内で食中毒は無いカピよ。勿論そうで無くても衛生はそれなりにきちんとしているカピ。腐敗したものは別カピが」


「サユリの魔法チート過ぎる!」


 そんな会話をしていると、家畜を監視していた若い男性がこちらに気付いて、駆け寄って来た。


「こんにちは店長さん! 何かご入用で? あ、搾りたてミルク飲みます!?」


 これはまた元気な若者だ。壱は若干じゃっかん気圧けおされる。


「いやいや、それはまた今度の。孫の壱に村の案内中なんじゃ」


「あ! 君がイチくん! 初めましてこんにちは! オレはカッツェ。よろしくね! あ、サユリさんも一緒だったんだね!」


「相変わらず元気だカピな」


「そうだよ! やっぱり元気じゃ無いとね! イチくん来たんだから、やっぱり搾りたてミルク飲んでってよ! 今から搾るからちょっと待っててー!」


 カッツェは壱たちの返事も聞かぬまま、チーズ工房などのある建物に走って行った。桶を手にして、そのまま柵の中に。


 勢いのまま1頭の牛を捕まえると、屈んで桶の中から布を出し、牛の乳房ちぶさやその周辺を丁寧にぬぐう。次にコップを出し、その中に器用に片手でミルクを搾って行った。ひとつ終えればまたひとつ。最後のひとつはサラダボウルだった。


 困った。実は壱、あまりミルクが好きでは無いのである。向こうの世界でも殆ど飲まなかったし、昨日の朝食にも出たが遠慮した。茂造は好きでも無いものを無理にすすめる事はしなかったので、その場は飲まずに済んだのだが。


 今はそうは行くまい。流石さすがにこの厚意こういを無下には出来ない。


 カッツェは満面の笑顔で、お盆代わりの桶にミルクのコップを入れて持って来た。うん、頑張ろう。壱は決意を固める。


「さあさあ、どうぞどうぞ! 搾りたて、濃くて甘くて美味しいよ! ぬるいけど!」


 壱は恐る恐るコップに鼻を近付ける。確かに漂うのは甘い匂い。向こうの世界で、給食などで仕方無く飲んでいたものより濃い匂い。


 思い切って口を付けて、コップを傾ける。南無三なむさん。しかし壱は予想外のミルクの味に、眼を見開いた。


 温いので確かに飲みやすいとは言えない。しかし熱殺菌などの加工がされていないミルクは、その匂いの通りに甘くて濃く、まるであっさりとした上質のクリームの様だった。


 これまで持っていたミルクの概念がいねんくつがえされる。一気までは出来なかったが、壱はごくごくとのどを動かした。


「旨いな!」


「そうだろそうだろ! 良かった、喜んでくれて!」


 こんな事なら昨日の朝冷たいものを飲んでおけば良かったと、少し後悔する。明日の朝からは、メニューが和食であってもちゃんと飲もうと決める。


「カッツェありがとう。ごちそうさま」


「いえいえーまたいつでも飲みに来てね! 基本は売り物だけど、店長たちにだったら1日にコップ1杯までならサービスするよー!」


 それは太っ腹である。


「はい、飲み終わったコップはここに入れてねー」


 差し出された桶にコップを返す。サユリも飲み終わっていたので、サラダボウルも入れた。茂造もとっくに飲み終わっている。


「じゃあ行くでの。またの」


「はーい! またね!」


 大きく手を振るカッツェに見送られ、壱たちは次に向かった。




「お、壱、あそこが田んぼの予定地じゃ」


 茂造が指差した方を見ると、あまり大きくは無いが土地が空いている。


「また旨い米が食べたいからのう。田んぼ作りに協力しておくれの」


「それは勿論」


 美味しく味噌汁を飲む為に、美味しい米は欠かせない。せっかく味噌の算段が立ったのだから、他に食べたい米料理もある。壱は力強く応えた。




 さて、次の建物が見えて来る。その奥には葡萄畑が。白葡萄ぶどうに赤葡萄が棚田たなだにぶら下がって成っている。


 茂造は建物に入って行く。


「ほいほい、邪魔するぞい」


「はーい、あら店長さん2度めのこんにちは!」


 元気に応えたのは、ひとりの女性。作業を止められない様で、顔だけ壱たちに向ける。


「手を空けられなくてごめんなさいね! 今手が葡萄だらけなものだから!」


「いやいや、構わんぞ。孫の壱の村案内をしとるんじゃ。ここの普段の仕事を見せてくれたら良いんじゃ」


「そう言っていただけたら助かりますー! 美味しいワイン作りますから、待っててくださいねー」


 女性はひたすらに手で葡萄を潰していた。これが壱も飲んだワインになるのか。


「ここでワインとエール、所謂いわゆるビールを作っておるのじゃ。外ではホップも育てておるぞ。村で飲める酒は全てここでまかなっておるんじゃな」


 女性を始め、全員懸命に葡萄を潰したり他の作業をしたりと、熱心に働いている。ここは邪魔をすべきでは無いだろう。


「邪魔したのう。ありがとな。じゃあ、行くかの」


 外に出て、次に向かう。




 また建物が見える。茂造が入って行くのに続く。


「ほいよ、邪魔するぞい」


「あああごめんなさい! 轆轤ろくろ止められないので!」


 女性の張りのある声が響く。


「ああ、構わんぞい。孫を案内して来ただけじゃからの。壱よ、ここで食器なんぞを作っておるんじゃ。裏に釜があるぞい。そこで焼いての」


「へぇ」


 応えてくれた女性は、真剣に轆轤に向かっている。職人だな。壱は感心する。


「邪魔したの。また後での」


「はいー! また後でー!」


 女性の声の響きを聴きながら、建物を後にした。

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