#23 コンシャリド村プチツアー、スタート

 和朝食の余韻よいんで幸せなまま、ユミヤ食堂の昼営業を終えた壱。昼食のまかないで食べたカルボナーラで打ち消されたなんて決して言ってやらない。


 従業員が全員、一時帰宅した頃。


「壱よ、今日は休憩時間を使って、村を案内するぞい」


 茂造の台詞に、壱は頷いた。


「やっとだな。米とか味噌とか作ったり、俺が熱出したりしたもんなぁ」


「まぁそう広い村でも無いでな。休憩時間の2時間程もあれば充分じゃ。ちなみにこの食堂は、村の真ん中にあるぞ。先々代のユミヤがここに食堂を作って、それから周りにいろいろ作られて行ったという感じかのう」


「その頃ユミヤさんとかが過ごしてた小屋は?」


「ユミヤの家はこの食堂を建てる時に取り壊したカピ。とは言え今の食堂も当時のものでは無く、更に大きく立て替えているけどカピ。土地的に今より大きくするのは難しいカピがな。システムを作って、村人が増えて、大きくして来たのだカピ」


成る程なるほどな」


「だが、最初に逃げて来たカップル、後の夫婦が暮らした小屋は修復を続けて今も残っているカピ。今のマユリの家カピ」


「へ?」


「言っていなかったカピか? マユリはその夫妻の末裔まつえいなのだカピ」


「そうなの!?」


「そうじゃ。なのでマユリの両親は、村の会議なんかの時には参加するぞい。所謂いわゆる幹部と言うやつじゃな」


「へぇ。仕事って世襲制せしゅうせいなのか?」


「基本はそうカピが、子が他の仕事をしたいと言うのなら、止めはしないカピ。それぞれの仕事に満遍まんべん無く人手があれば問題無いカピからな。その調整も村長である我や茂造、幹部の仕事カピ。幹部と言っても多くは無いカピが」


「そうやってうまく村を回しているのか。でもたまに問題が起きたりもして」


「そう大きなものでは無いカピ。シェムスの浮気とか、そんな微々びびたるものカピ」


 いや、あれは結構な修羅場しゅらばだった様に思うが。壱はつい遠い眼をしてしまう。


「では壱、サユリさん、そろそろ行くかの。そうじゃの、学校から時計回りに行くかの」


 壱たちは食堂を表から出ると、茂造が先頭になってのんびりと歩き出す。


 道に人通りはあまり無い。村人は仕事にいそしんでいるのだろうか。まだ14時過ぎだ。


「ここが学校じゃ」


 食堂から程無く見えて来た建物。平屋ひらや造りだが、それなりの広さがありそうだ。窓があったのでふと中をのぞいて見たら、前に教師らしき大人がふたり立ち、数人の子どもが熱心に勉強をしている模様。


 壱も見慣れた風景である。違いは、子どもの人数が少ないので、時折テレビなどで見る事がある、所謂いわゆる「田舎の学校」の様である。


「今は授業中じゃから、職員室に行ってみようかの。校長とふたりの先生がいる部屋じゃ。今先生は教室におるが、校長がおる筈じゃ」


 勝手知ったると言う様に、茂造とサユリは学校の建物に入って行く。壱も続いた。下駄箱などは無く、土足で入る。間も無くあるドアに、茂造が手を掛けた。


「ほいほい、済まんの、邪魔するぞい」


「おや店長。どうされたんです?」


 そう言いながら壱たちを迎えてくれたのは、茂造とそう変わらぬ年齢と思われる男性だった。


 横に置かれた机が向かい合わせに2台、それらの横面に付けて正面に1台が置かれている。男性はその机に向かっていた。壱たちを見て立ち上がる。


「儂の孫が来たものでの、村の案内をしておるんじゃ」


「ああ、イチくんですね。もう早速厨房に入っていると聞きました。どうぞよろしくお願いします。私はツムラと申します」


 やたらと腰の低い男性で、壱は恐縮してしまう。


「よろしくお願いします。壱です」


 つい何度も頭を下げてしまう。サラリーマンか。つい壱は内心で突っ込む。


「教師ふたりは今授業中なもので……ご紹介出来なくて申し訳無いのですが」


「いやいや、それはまたいつでも機会があるじゃろ。今日はこの辺での」


「はい。また今夜お邪魔しますので」


 茂造の台詞に校長ツムラはふんわりと笑う。


 笑顔の校長ツムラに見送られ、壱たちは職員室を出て、そのまま外に。


「さて、次に行くかの」


 そうして進んで行くと、川に設置された水車が見える。これが村の電力を賄っている水力発電の源だ。


 かなり立派なものだ。数台が並び、川の水流に合わせて回っている。壱はつい口を開けて見上げてしまった。


「凄いじゃろ。これが途絶とだえれば、冷蔵庫は勿論じゃが、各家庭の灯りも消えてしまうでの。重要なものなんじゃ」


 水車の足元を見ると、村人がひとり。


「ほいほい、調子はどうかの」


 茂造が声を掛けると、その村人が笑顔を浮かべる。


「あ、店長さん。はい、問題無いですよ」


 若い男性だった。大人しそうな線の細いイメージ。


「それは良かった。儂の孫に村を案内しとるんじゃ」


「あ、そうなんですね。こんにちは。ハリムと言います」


 ハリムが大きく腰を曲げる。また礼儀正しい青年だ。


「電気は村の生命線とも言えるからの。ハリムが常に監視して、修繕しゅうぜんなんぞもやっておるんじゃ」


 それはまた大変そうな仕事だ。壱は感心して、へぇ、と口を開いた。


「万が一何かあったら、すぐに来るんじゃぞ。まぁハリムが見ていてくれるからの、大丈夫じゃと思うがの」


 茂造が言うと、ハリムは顔を赤くして首を振った。


「そ、そんな、とんでも無いです。でも、僕頑張ります!」


 そしてまたハリムに見送られながら、次に向かう。するとすぐに畑が広がった。数人の年齢もばらばらな男女が雑草を抜いたり水をいたりと、作業にいそしんでいる。


「ここは見ての通り畑じゃの。野菜を育てておるの」


 地上に育っている、トマトにきゅうりなど。地中には、出ている葉の形から、恐らくじゃがいもに玉ねぎに人参など。そして数々のハーブが。


「おや店長さん。どうしたんです?」


 畑の手入れをしていた壮年そうねんの男が気安く近付いて来る。


「孫の壱に、村を案内しておるんじゃ」


「ああ、会うのは初めてですねぇ。よろしく、スカナです」


「初めまして。壱です」


 また丁寧で、感じの良さそうな人である。


「野菜、食べてくれました?」


「はい。どれも美味しかったです」


 壱が素直な感想を言うと、スカナは嬉しそうに頬を緩ませる。


「そうですかそうですか。れたてはもっとうまいですよ。ちょっと待っててくださいね」


 スカナは畑に戻ると、たわわに実るトマトの中から、プロの眼で納得したであろういくつかをもいだ。そのひとつを壱に差し出す。


「さぁどうぞ。良い完熟具合ですよ。ささ、店長さんも、サユリさんもどうぞ」


「ありがとうございます」


 壱は遠慮無くそれを受け取ると、早速かじり付いた。歯が弾力のある薄い皮をみ切り、中の柔らかい身が口の中に飛び込んで来ると、その瑞々みずみずしさと甘さに、壱は眼を見開いた。


 トマトは、プチトマトなどの様に、小さくなる程に甘さが凝縮ぎょうしゅくされると聞いた事がある。しかしこのトマトは普通のサイズなのに、酸味控えめでしっかりと甘い。まるでフルーツトマトの様である。壱たちの世界では贅沢品ぜいたくひんだ。


 昨日の朝食のサラダで食べたトマトは、その前日に収穫したものだった。勿論充分に新鮮で甘かったが、流石獲れたてはそれ以上だった。


「凄い! 美味しいですスカナさん!」


 壱が嬉しそうに言うと、サユリに手ずからトマトを食べさせていたスカナはますます口角を上げた。


「トマトやきゅうりなどは、穫ってすぐに鮮度が落ちて行きますからねぇ。なので、出来るだけマメに納品する様にしてます。店長さん、また後で夜の分持って行きますから」


「よろしくのう。じゃ、次に行くでの」


 頭を小さく下げたスカナに見送られ、壱たちは並んで、また茂造の案内で歩き出した。

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