#22 朝食で贅沢なお味噌汁を

 翌朝、壱は予定の起床時間より1時間早く起きた。朝食の準備の為だ。


 一昨日は熱を出してしまった訳だが、完治した昨日の朝食は茂造が用意してくれた。オーソドックスにパンとベーコンエッグ、サラダだった。パンは前夜営業の仕込みの際に、サントが焼いてくれたものだ。


 それはそれで嬉しい朝食であるのだが、良く良く考えれば、昼と晩は食堂のまかないなのだから、朝しか味噌を食べられる機会は無いのである。これは一大事。


 勿論昨日の様におやつ代わりに、きゅうりなどで食べても良い。だが壱は味噌汁が飲みたかった。


 出汁に使うのは、昨日カルパッチョに使った魚のあらである。さけまぐろぶりたいとあったが、数種類使ったらどうなるか未知だったので、悩んだ末に鯛だけを使う事にする。


 厨房の冷蔵庫から鯛の粗、味噌が入った木桶を出すと、2階に上がりキッチンへ。


 スプーンを取り出すと、まずは鯛の頭や骨の周りに残っている身を丁寧ていねいこそぎ取ってて行く。


 数尾分あったので、充分な量になった。


 それを包丁で叩いてミンチ状にすると、ボウルに入れる。


 そして骨や皮だけになった粗に塩を振る。臭み抜きその1。


 次に玉ねぎを微塵みじん切りにし、鯛ミンチのボウルに入れ、良くねる。繋ぎは小麦粉で。


 出来た種を団子にして、沸かした湯で茹でて行く。数分が経ち、出来た鯛団子はザルに丘上おかあげする。


 塩を振った鯛の粗を見てみると、表面に水分がにじみ出ている。臭みが抜けている証拠である。それを水で洗い流し、団子を茹でた湯で霜降しもふりして、また流水で洗う。血合いなどがあればその時に取る。臭み抜きその2。


 そうして出来る限り臭みの元を取り除いて行く。


 そうした丁寧な下処理をした鯛の粗を、沸いた湯の鍋に入れる。そこに先程作った鯛団子も入れ、中弱火にしてことことと煮て行く。


 その間に米をく。サユリと茂造と共に育てた魚沼産コシヒカリの無洗米。吸水きゅうすいは鯛の下処理をする前からしているので、時間的に充分だ。そろそろ米も残り少なくなっている。出来るならまた育てたいものなのだが。


 そして洗い物も済ませてしまう。


 さて、鯛の出汁だしがたっぷりと出ている筈の鍋の味を見る。……素晴らしい! 壱は静かに歓喜する。そこに味噌を溶かす。粗は味出しの為にギリギリまで入れておきたい。骨からも出汁が出るのだ。


 さて、ご飯と味噌汁だけではややさびしいか? そう思った壱はまた厨房に降り、冷蔵庫から卵を持って来る。


 ボウルに割り入れてフォークでほぐすと、塩で軽く味付け。砂糖を使う甘いものもあるが、壱は塩味が好きだった。サユリや茂造の好みであると良いのだが。


 卵焼きを作るのである。四角いフライパンは無いので、丸いフライパンで焼いて行く。はしがどうしても薄くなるが、それは仕方が無い。


 卵液を薄焼き卵を焼く様にフライパンに流して、フライ返しで巻いて行く。それを繰り返し、しっとりと出来上がる卵焼き。まな板に上げて、切りやすくする為に少し置く。


 その頃に、茂造が起きて来た。


「おや? 壱、もう起きておったのか。おはよう。良いにおいじゃのう」


「あ、おはようじいちゃん。今朝のご飯は和食だよ。味噌汁作ってみた」


「何と!」


 茂造は驚きに眼を見開くと、次にはその眼をじっくりと細めた。


「それは嬉しいのう。また味噌汁が飲めるなんてのう」


「顔洗って歯磨いて来なよ、もう出来るからさ。あ、サユリも起こした方が良いのかな」


「うんうん、儂が行って来るからの。壱の部屋じゃの」


「うん」


 茂造が洗面所に向かうと、最後の仕上げに入る。卵焼きを切り、味噌汁から鯛の粗を取り除く。ご飯も炊き上がったので、蓋を開けて解し、またふたをして蒸らす。


 ややあって、支度したくが整った茂造が戻って来る。足元にはサユリ。


「楽しみじゃのう。嬉しいのう。手伝いはあるかの?」


「いや、大丈夫。座ってて」


 そうしてダイニングテーブルに着いた茂造に、まずは皿に乗せた卵焼きを出す。


「おお、卵焼き。これは作るの難しいのでは無いのか?」


「そうでも無いよ。フライ返し使えば大丈夫。味付けは塩だけなんだ。じいちゃんとサユリの口に合うと良いけど」


「うんうん、儂は塩味の卵焼きが好きじゃ」


「我は初めて食べるカピ」


「良かった。じゃあサユリは味見してみてよ。今度砂糖のも作ってみるかな。こっちは焦げやすくてちょっと難しいんだけど」


 次は味噌汁をよそう。鯛の出汁がたっぷり出た、鯛団子入りの味噌汁だ。本当は仕上げにネギを乗せたいところだが、無いので仕方が無い。そのまま出す。


「おお、味噌汁じゃ! 嬉しいのう。良い匂いじゃのう」


「ふむ、これはなかなか」


 茂造の分はスープボウルに、サユリの分はサラダボウルに入れて出している。器から沸き上がる湯気ゆげに鼻を寄せて、その香りを楽しむサユリと茂造。


「で、米、と」


 これも味噌汁と同じ器にそれぞれよそう。サユリと茂造が食べやすい様に。勿論自分の分も用意する。


 ご飯、卵焼き、味噌汁と出揃でそろい、壱もダイニングに掛ける。


「口に合うと良いんだけど。いただきます」


「いただくとしようかの」


「いただくカピ」


 まずは味噌汁。器に直接口を付け、すする。途中で味見をしていた壱ですら、その出来栄できばえに眼を見開いた。


「やった、うまい!」


 つい口に出す。鯛の出汁がしっかりと出ていて、臭みはまるで無い。鯛と味噌の旨味がしっかりと感じられる。


 鯛は白身なので、そもそも癖の少ない魚ではある。だがそれを丁寧ていねいに、塩振りに霜降りと下処理をし、そこまでして、この味に辿り着く。


 鯛のあっさりとした、しかしコクのある風味に味噌が合わさって、この味が出る。壱は達成感に眼を閉じた。手間を掛けた甲斐かいがあったと。


 次に鯛団子を口に含む。繋ぎの小麦粉と微塵みじん切りの玉ねぎのお陰か、ふんわりと柔らかく仕上がっている。


 それがまた味噌と合って味わい深い。壱は何度も口を動かした。


 ご飯は有無を言わさず美味しい。最後にフォークを伸ばしたのは卵焼き。うん、加減も悪く無い。卵の味を生かした程良い塩加減だ。


「旨いのう。味噌汁も卵焼きもご飯も旨いのう。嬉しいのう」


 恐らく数年ぶりに和食を口にする茂造が、眼を細めてしみじみと言う。その手は止まらない。


 壱も数日振りの味噌汁を堪能たんのうした。ほっとする味。鯛の出汁なので、家で飲んでいた昆布と鰹出汁の味噌汁よりもずっと贅沢だ。なのに懐かしさを覚える。


「サユリはどうだ? 口に合う?」


 黙々と味噌汁のサラダボウルに顔を突っ込むサユリに聞いてみると、しばし後に顔を上げる。


「うむ、面白いカピな。これは味噌を溶かしただけでは無いのだカピな。昨日きゅうりに付けた味噌だけでは無い味がするカピ」


「正解。鯛の粗で出汁を取ったんだ。塩振って霜降りしてって、実は結構手間が掛かるんだよ。昆布と鰹節かつおぶし、せめて昆布だけでもあれば、もっと楽に作れるんだけどなぁ」


「コンブとは何カピ?」


「海の幸なんだけど、こっちでは食べないのかな。つか生えてるのかな」


「ううむ、儂も海に潜る機会が無かったから、海の底がどうなっているかは判らんのう」


「うーん、俺が潜れたら良いんだろうけども、泳ぎは得意じゃ無くてさぁ」


 壱と茂造が困り顔で腕を組むと、サユリが何気無く言った。


「なら、我が潜るカピ」


 ふたりは驚いてサユリを見る。


「サユリ、そんな事まで出来んの?」


「そもそもカピバラは泳げるカピ。我の場合は魔法で息を長時間保たせられるし、濡れもしないカピよ。銭湯に浸かるのは大好きだカピが、海水はべたべたするから苦手カピ」


「へぇ、凄い」


 素直に感心する。そう言えば、サユリに噛まれた、壱が行き着けていた動物園にも池があって、カピバラがそこで気持ち良さそうに泳いでいた。


かつおブシとやらも、この村でも鰹は上がるカピ」


「そうなの?」


 食堂に仕入れられないので、無いものだと思っていた。


「生で食べるにはやや癖があるからのう。村人からの評判があまり良く無くての、カルパッチョから抜いて他の魚を増やしたんじゃ。今は釣り上がっても海に戻しておる」


「そっかぁ。タタキとか美味しいんだけどな」


「タタキか! それは儂も食いたいのう」


 茂造が顔を輝かせる。


「フライパンででも作れるよ。風味はどうしてもわら焼きとか炭焼きよりは落ちるんだけど。ポン酢が無くても塩で食べたら良いし、薬味やくみに玉ねぎとにんにくがあるから、今度作るよ」


「楽しみじゃ」


 茂造は眼を細める。


「壱に来て貰ってから、いろいろな懐かしいものが食べられて嬉しいのう」


「それはそれで興味深いカピが、まずは鰹ブシ、鰹が上がれば作れるのでは無いカピか?」


「うん。作り方すら見た事が無いんだけど、スマホで調べてみるよ。サユリがいたら出来そうな気がする」


「大概は時間魔法でどうにでもなるカピ」


「では、漁師たちに今度鰹が上がったら、持って来て貰える様に言っておくかのう。何尾るかのう」


「鰹節用とタタキ用で、まずは2尾かな?」


 昆布と鰹節があれば、もっと手軽に味噌汁が作れる。となると、毎朝飲める様になるでは無いか。壱は期待にふくらんだ。

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