#21 トマトミートソースの作り方(コンソメのだしがら復活編)

 壱はカリルに教えて貰いながら、トマトミートソース作りに取り掛かる。


「まず材料な。コンソメを作る時に使った出汁殼だしがらを使うんだ。それと牛肉とトマト。まずはトマトを角切りにするっと」


 カリルが冷蔵庫から出して来た真っ赤に完熟したトマトを、ふたり掛かりで切って行き、ボウルに入れておく。勿論皮の湯剥ゆむきはしない。


「次は牛肉をミンチにするぞ。手間が掛かるけど、頑張れ!」


 またふたり掛かりで、牛の塊肉かたまりにくを切って行く。まずは薄くスライスし、それを細い千切りにしてやって、次に微塵切みじんぎりにする様に切って行く。最後には2本の包丁を使って、刃で叩く様に切って行く。


 1度で大量に出来ないので、なかなか大変な作業だ。


「次は、コンソメをすんだ」


 カリルは棚から大鍋とそれに合うサイズのザル、そして布を取る。


「時間掛かるけど、濁らない様にレードルで静かにな。出汁だしに使った肉なんかも全部残さずだぜ」


 ふたり掛かりでコンソメの大鍋からレードルを使い、布を敷いたザルを置いた大鍋に丁寧に移して行く。


 ザルを持ち上げると、大鍋には澄んだコンソメが。これはこれからポトフになる。ザルに残ったのが出汁殼だしがらだ。


「ここから玉ねぎの皮を避けてっと」


 木べらで返しながら、玉ねぎの皮を丁寧に取り除く。これは味出しでは無く、色付けの為に入れている。


 また新たな鍋を出しコンロに掛けると、オリーブオイルとにんにくの微塵切りを入れて、弱火に掛ける。


「にんにくの香りが出るまで弱火でじっくり炒めてな」


 木べらを動かす。徐々にオリーブオイルが温まり、にんにくの回りにじわじわと小さな泡が沸いて来る。香りが立つまで時間はさほど掛からない。


「じゃあ、ここに牛肉とナツメグを入れて、ポロポロになる様に、しっかり炒めてな」


 ボウルに入れていた牛ミンチを鍋に入れ、ナツメグを振る。火力を少し上げたら木べらで切りながら混ぜて炒めて行く。赤い色の身が次第にベージュに変わる。


「炒まったか? じゃ、ここに出汁殼を入れてな」


 ザルを傾けて、出汁殼を鍋に移す。


 コンソメを作る為にブイヨンに入れるたねには、ミンチ状にした鶏肉、玉ねぎ、人参、セロリ、卵白を使う。


 それらをハンバーグや肉団子などを作る時の様に良くねて、ブイヨンに入れるのだ。


 旨味うまみが出てしまっていると思われがちだ。確かにスープにその旨味は移っている。だが同時に、出来たスープの旨味が出汁殻に含まれているのだ。なのでそれを使ってソースなどを作れば、コンソメの旨味も利用する事が出来る。


「牛ミンチと混ぜて、そこにトマトを入れるんだ」


 壱はまた木べらを動かす。混ざったら、トマトを入れて、また混ぜる。


「トマトをつぶす様にしてな。そうそう、巧い巧い」


 木べらを立てて、トマトを更に細かくして行く。勿論混ぜる事も忘れない。


 やがて鍋の端からくつくつと沸いて来ると、弱火に落とす。


「で、砂糖と塩と胡椒こしょうを入れて、と」


 また混ぜる。


「ローリエとオレガノを入れて、時々かき混ぜながら煮込むっと。そんな難しくねーだろ?」


「これって、ブイヨンの出汁殼使ってるから、少しは楽が出来てるって事なのかな」


「そーだな。いちから作るんだったら、野菜を微塵切りにして、肉のミンチももっとるなー。まぁコンソメ作る時に同じ作業してんだけど。これは、ブイヨンの出汁殼をムダにしない為に作る様になったんだってさ。本当に食べるものをムダにしないって凄げーよな」


「そうだな」


 下拵したごしらえの時に向いた野菜の皮は、ブイヨン作りに使われる。村人が丹精込めて育てた野菜たち。少しでも無駄にしない様に。


 それは恐らく、この村をおこした時からのものなのだろう。たった3人と1匹から初始めて、助け合って来た。


 森の恵みや海の恵みを頂き、やがて畑を作り、酪農らくのうを始め、それらの苦労を乗り越えて来た。なら食べ物を粗末そまつになんて、絶対にしなかっただろう。


 食べ物が豊富にあっても無くても、それはきっと人としても大事な事なのだろう。壱も良く母親に言われた。食べ物を粗末にしてはいけませんよ、と。食べ物を扱う商売をしているからこそ、余計に。


 さて、トマトミートソースは順調に煮詰まっている。カリルがスプーンで少量すくうと味見をする。


「うん、丁度ちょうど良いかな。ほら、イチも食ってみ」


 壱もスプーンで少し食べてみる。うん、なるほど、旨い。やはり砂糖はトマトの角を程良く取ってくれる。お陰で良い酸味。出汁殼に含まれていたコンソメがコクを出していて、玉ねぎと人参とセロリの甘みもある。ミンチももちもちしていて、特に鶏などは出汁殼だとは思えない。


「旨い」


 素直にそう言った。カリルが口角を上げる。


「だろ。これもベースは俺が小さい頃から馴染んだ味だな。改良点とかみんなで話し合って、牛のミンチを増やしてコクを増したりさ」


「凄いな」


 これもまた素直に言うと、カリルは嬉しそうに笑った。


「へへっ。じゃあ火を消して、調理台に上げておくな。こいつもそろそろ良いかなっと」


 カリルは壱にトマトミートソースの作り方を教えながら、横でカレーソースを作って、ポトフの様子も見ていたのだ。カリルがカレーソースの鍋を、壱がトマトミートソースの鍋を、調理台に既に出しておいた鍋敷きの上に置いた。


「今度、カレーソースの作り方も教えるかんな。うん、やっぱイチが来てから楽になった。これまでは店長とふたりで2種類のソース作りと、肉類の仕込みをしながらポトフの様子を見てたからさ。なかなか大変だったんだぜ」


「そっか。それは確かに大変そう」


 その茂造は、肉料理の仕込みに専念している。ちなみにサントはパンをオーブンに入れ、今はパスタを捏ねている。


「あ」


 ふと気付いた事があって、壱は声を上げた。


「どーした?」


「ううん、何でも無い」


 そうだ、パンを焼くオーブンがあるのだから、それでシュークリームのシューも焼けるでは無いか。今は関係無いので、特に口にはしない事にするが。


「うんうん、余裕があるのは良い事じゃの。肉の仕込みも終わったぞい。サントはどうかの?」


「後はめん状にするだけです」


 サントは無表情で淡々と応える。


「うむ、サントの負担だけは変わらんかのう」


「そんな事無いです。大鍋洗うのとかして貰えるから、営業スタートが楽です」


 コンソメを作るのに使った大鍋は、ソースを煮込んでいる時に洗っておいた。普段はサントの仕事だ。


「そうかそうか。なら、やはり壱が来てから、みんな少しは楽になっているのかのう」


「だったら嬉しいけど」


 壱がやや不安げな笑みをこぼすと、カリルが笑いながら壱の背中を叩いた。


「本当に助かってんだって! これからいろいろ覚えてもらうかんな! 次期店長!」


「ぐふ、が、頑張るよ」


 壱はややき込みながら応えた。




 夜の営業が終わり、銭湯に行き、部屋に戻った壱は勉強机に向かい、忘れないうちに、と紙とペンを出して、トマトミートソースの作り方をメモする。


「何をしているカピか?」


 やはり今夜も壱の部屋で寝るつもりであろうサユリが、メモをのぞき込む。


「うん、今日カリルに教えて貰ったトマトミートソースのレシピをさ、メモしておこうと思って」


「それは感心カピ。そうして食堂の事を覚えて行くと良いカピよ」


 サユリは言うと、壱の手の甲に、ふんふんと鼻をり付ける。


「うん」


 筆記用具を出した時に、SNSの事を思い出していた。スマートフォンのアプリアイコンに、また増えていた受信数の表示。家族か友人か。恐らくはほとんどが家族だろう。


 サユリと茂造に相談したいと思っていた。だがその前に自分で判断すべきでは無いだろうか。


 しかし、それはまだ出来ずにいる。


 元の世界に帰れない今、恐らくはこのままスルーしておいた方が良いのだろう。だが、無事でいるよ、と家族に伝えたい自分もいる。


 結論を出せずに、壱は溜め息を吐くしか出来なかった。

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