#20 お味噌充実!

「おお、嬉しいのう、また味噌が食べられるのう」


 茂造が眼を細めて、味噌の木桶をのぞき込む。


「早速食べよう! じいちゃん、この村で育ててる野菜で、味噌に合いそうなのってあるかな。えーと、きゅうりとか茄子なすとか、大根とか」


「カルパッチョに使っとるきゅうりがあるぞ。厨房の冷蔵庫じゃ」


「取って来る!」


 早く味噌を堪能したい、味わいたいと、壱は階段を駆け下りた。厨房に入り冷蔵庫を開け、きゅうりの束から2本掴むと、また階段を駆け上がる。


 キッチンできゅうりを洗ってしっかりと水分を拭き取る。切り方にやや迷ったが、縦に包丁を入れて4等分にし、適当な長さにカットした。


「ほらじいちゃん、味噌付けて食べてみてよ。もろきゅうってあるだろ? あれはもろみ味噌で、この味噌とはまた違うんだけど、普通の味噌付けて食べても美味しいから」


 壱が元の世界でよくやっていた食べ方でもある。もろみ味噌は甘みも強いが、普通の味噌は控えめである。だがそれが壱は好きだった。


 壱は木桶から適当に味噌をすくうと、小皿に移す。カットしたきゅうりを手にし、味噌を取ってきゅうりにたっぷりと付けると、早速口に運んだ。


「うまーい!」


 壱は嬉しくなって、叫ぶ様に言った。そのままで食べるにはやや塩気が強い味噌が、瑞々みずみずしいきゅうりの淡さで緩和され、味噌の旨味がしっかりと伝わって来る。


 本来なら大豆用では無い枝豆が成長したもの、それが魚沼のコシヒカリで作ったこうじの力とこの村で作られた塩の力を借りて、こんなにも美味しい味噌に仕上がった。これは充分に及第点では無いだろうか。


「どれどれ、では儂も」


 茂造が壱にならい、きゅうりに味噌を付けて口に含む。しみじみと眼を細めた。


「うんうん、旨いのう、懐かしいのう、旨いのう」


 嬉しそうに茂造が言う。口にも合った様だ。


「ふむ、我も味見してみるとしようカピ」


「うん、ちょっと待ってな」


 壱はきゅうりを小さくに割ると、それに味噌を付ける。


「ほら」


 サユリの口に入れてやる。するとじっくりと味わう様に眼を閉じみ、やがて小さく頷いた。


「うむ、不思議な味カピな。けど悪く無いカピ。癖になる味カピな」


 サユリの味覚はこの世界のものの筈なので、と言う事は、この世界の人たちに受け入れられるかどうかは五分五分と言うところか。


 しかし癖になる味と言ったので、勝算はあるだろうか。


 しかし食堂のメニューに味噌を使ったものを加えるとなると、もっと大量の味噌が必要になる。


 それに客に提供して、自分の分の味噌が確保出来なくなってしまえば、それは心の死活問題である。


 壱が味噌の算段を立てていると、サユリが口を開いた。


「ひとまずこれは、今のところ量産は難しいカピ。まずは枝豆の生産量を増やさなければならないからカピ。もちろん収穫量は月によってばらつきがあるカピが、枝豆は村人の貴重なおやつカピ。少なくすると不満が出ると思われるカピよ」


「え、じゃあこの味噌、うちだけで食べて良いの?」


「それはそもそも試作だったカピ、元よりそのつもりだったカピよ。存分に食べるが良いカピ」


 サユリの言葉に、壱は飛び跳ねそうになりながら言った。


「ありがとう!」


 壱はまた味噌を付けたきゅうりを口に放り込む。うん、やっぱり美味しい。ついつい頬を緩ませる。


「味噌の普及は様子を見るカピよ。まずは村内で米を定着させたいところカピ。田んぼを作らねばカピ」


「それもまた調べてみるよ。見ただけなら、かなり水の多い泥って感じなんだけど、何か決まりとか法則とかあるかも知れないし」


「うむカピ、では頼むカピ」


 村長と言うだけあって、サユリには考えなければならない事が多い様だ。


 とりあえず壱は念願の味噌にありつけた事で、ほぼそれに占められていた。


「しかし壱は、余程味噌が好きなのカピな。我、こんなボルテージが上がった壱、初めて見たカピ」


「儂もじゃ。やはり家が蔵じゃからかのう」


「それは大きいかもな」


 壱はまた味噌きゅうりをかじりながら言う。


「小さい頃から、ご飯が和食でも洋食でも味噌汁が出てたから、慣れ親しんだ味って言うのもあるし、母さんいわく、離乳食にも味噌使ってたって。塩分には勿論気を付けて、かなり薄味だったみたいだけど。俺も柚絵もそうだったから、もうDNAレベルで染み付いてるのかも」


「やはり、大きくなってからの好物は、食生活から繋がっているのかのう。この村の食事はこの食堂だけみたいなものじゃから、メニューももっと増やしてやりたいと思うのじゃが、誰からも文句のひとつも出んでのう。みんな遠慮しとるのかのう」


 茂造が何本めかの味噌きゅうりを頬張りながら言う。


「それも少しはあるのかも知れないカピが、多分そんな不満は無いのだと思うカピよ。ここの食事はどれも美味しいカピ。何度でも食べたくなるものだカピ。ユミヤから始まって、2代目、そして茂造と、少ないメニューながらも、少しでも美味しくなる様にと改良を繰り返して来たカピ」


「そう言ってくれると嬉しいがのう」


 茂造が柔らかく笑う。


「じいちゃん、この食堂忙しいんだからさ、無理の無い範囲でメニュー増やす事を考えても良いかもな。俺も来て、とりあえず人数だけは増えたんだから」


「そうじゃの。この食堂がもっと喜んで貰える様になると良いのう」


 茂造は言うと、眼を細めた。


「さてさて」


 そして切り替える様に声を上げる。


「そろそろ夜営業の仕込みを始めるぞい。カリルとサントも来る頃じゃからな」


「もうそんな時間か。じゃあ味噌を、ええと、じいちゃん、厨房の冷蔵庫に入れて良いかな。結構スペースに余裕があると思ったんだけど」


「そのくらいのサイズじゃったら大丈夫じゃ」


「助かる。ありがとう」


 冷蔵庫で保存できるのであれば、これ以上の発酵はっこうも遅らせられるから、この味と鮮度をある程度保てる。また落とし布をして空気に触れない様にすれば、かびも防げる。


 次は、味噌汁を飲む為の出汁だしを考えなければ。基本は昆布、カツオ、煮干しなどであるが、この世界にあるのだろうか。


 貝類でも良い出汁が出るが、それは週に1度海に潜って採る貴重品だと言っていた。なら出汁には使えない。


 その時にふと思い出した。カリルが魚をさばく時に出るあら。あれらは全て捨ててしまっていた筈である。頭の中や骨に付いている身はあるが、時間も使い所も無いので、捨ててしまっている。


 基本は勿体無い精神で使えるところは使っているのだが、魚に関しては及ばない部分が多かった様だ。


 なら、出汁を取る事と他の使い道、合わせて解消出来ないかと壱は考える。


「なぁじいちゃん、今夜カリルが捌いた魚の粗さ、全部置いておいてくれないかな」


「それは勿論構わんが、どうするのかの?」


「うん、俺の想像通りなら、また旨いもの出来るかも」


「そうか。それは楽しみじゃのう」


 明日少し早く起きて、朝食に作ってみる事にしよう。今夜スマートフォンでレシピなどを仕入れなければ。


 壱が蓋をした味噌の木桶を抱え、茂造とサユリとともに下に降りると、そのタイミングでカリルとサントが再出勤して来た。


「ちわっす! 今夜もよろしくっす!」


 カリルの元気な挨拶と、サントの黙礼。


「ほいほいよろしくの。じゃあ早速仕込みじゃの」


 壱は味噌を冷蔵庫に入れると、割烹着かっぽうぎを身に着けた。


「イチ、今日はミートトマトソースの作り方を覚えて貰うからな!」


「解った」


 割烹着を着ながらのカリルの台詞に、壱は頷いた。

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