#17 味わいミネストローネと、大きな味噌への1歩

 13時過ぎ、昼の営業が一段落し、壱はようやく昼食にありつける。今日はバジルソースのパスタが沢山出たので、ソースは残りもとない。なので壱はミネストローネとパンをいただく事にする。


「じゃあありがとう、お先にいただきます」


 壱が言うと、方々から「良いんじゃよ」「いいって!」と聞こえる。壱は次期店長とは言えまだ新人なので、みんな甘やかしてくれているのだ。


 勿論壱はそれに甘えているつもりは無い。みんなの足手まといにならない様に頑張っているつもりだ。役に立てていると良いのだが。


 ミネストローネをスプーンですくい、口に運ぶ。うん、トマトの甘みと酸味の塩梅あんばいがちょうど良い。角を取るために少量入れた砂糖が効いているのか、まろやかにも感じる。


 これに使ったトマトは茂造が下拵したごしらえをしたのだが、する前を見せてもらっていた。張りがあって真っ赤で良くれていた。トマト農家が丹念に育ててくれた証拠だ。


 皮の湯剥ゆむきなどはしない。食べられるところを捨ててしまうのは勿体無いと言う精神だ。だが気にならない。充分柔らかい。


 スープのベースはブイヨンである。昼に出来上がったブイヨンからミネストローネ、もしくはクラムチャウダーの分を取り、そこからボトフ用のコンソメを作るのである。


 素材は全てが大振りに切られている。しんなりと甘みが出るまで炒めた玉ねぎ、ほっくりとしたじゃがいも、甘いにんじん。


 ブロッコリとカリフラワはでてあるものをよそう直前に入れるので、歯応えがしっかりあって彩りも綺麗。


 数種類入っている豆類も柔らかく甘く仕上がっている。壱が普段口にする機会の少ない豆ばかりだったが、どれも美味しかった。


 角切りされたベーコンも食べ応えがあった。豚農家がベーコンの燻製くんせいまでを請け負っているのだが、オリーブの木でいぶしてあるのだそうだ。香ばしいがやや甘い香りもする。


 そのベーコンからもスープに味がにじみ出ている。ローリエとオレガノも使っているので、香りも豊かだ。


 壱はつい破顔する。美味しいご飯は人を幸せにするものだ。仕事中の村人がこれらのご飯を食べて、また昼から仕事を頑張るのだ。うん、頑張れる。


 パンをちぎり、ミネストローネのスープに浸してみる。パリッとした香ばしい表面に特に良く合った。柔らかい中身にも勿論合う。これはついついすくい切れなかったスープもソースも、根こそぎいただいてしまう。


「どうだー? イチ、我らユミヤ食堂のミネストローネは」


 これも昼限定メニューのホットケーキを焼きながら、カリルが声を掛けて来た。壱は素直な感想を告げる。


「すっごく美味しい。凄いな」


「だろー? オレらが小っちぇえ頃から慣れ親しんだ味だぜ。オレさ、ここの飯ずっと食って来て、それで料理人になりてーって思ったんだぜ」


「へぇ?」


 少し以外なカリルの過去である。気が利くが、軽い人間だと思っていたのだが。


「料理人の免許って、1年以上の実地訓練の後にやっと試験が受けれんだよ。免許取らなきゃ肉とか魚とかさばけねーのな。あ、イチがやってた、捌いた後をカットとかそーゆうのは大丈夫だからな」


「そうなんだ」


 にしても、壱たちの世界よりは随分緩い。


「儂も勿論持っとるぞ」


 のんびりとコンソメ作りに始終している茂造も話に加わる。


「さすがに食堂の店長じゃからの。壱にも取って欲しいんじゃが」


「ああうん、それは良いけど」


「そうか! それは嬉しいのう!」


 壱はあまり深く考えず、ただ調理師免許を取るぐらいなら、と思ったのだが、茂造が予想外に喜んでくれたので、壱はやや驚く。


「う、うん。今からだと1年後になるのかな。その時に考えるからさ」


 サユリは、壱が元の世界に帰れる様になれるまで、後数年は掛かると言った。なら1年後に調理師免許を取って食堂を継ぐ事はけられないのだと思う。


 あらがう理由は無いし、この仕事は結構好きである。やりがいもある。ならなる様になっても問題無い。


 ミネストローネとパンを食べ終える。


「ごちそうさま」


 洗い物をサントに任せ、次はカリルが昼食をる番だ。壱はひっくり返したばかりのホットケーキをカリルから引き継いだ。


「おお、そうじゃ壱、あの、なんじゃ、フレンチトーストのリクエストが出ていての。また作ってやってくれんかの」


「材料があったら作れるよ。昼のメニューにするってじいちゃん言ってただろ?」


「そうじゃのう。明日からパンを多めに焼いて、メニューにするかのう」


「前の日のパンでも出来るよ。ラスクとかも作れるし」


「ラスクとは何じゃ?」


「パンで作るお菓子。今度作るよ。まずはフレンチトーストかな」


 壱は言いながら、ホットケーキの様子を見る。もう少しげ目が付いた方が良さそうだ。


 そのタイミングでバジルソースパスタの注文が入ったので、パスタを大鍋に入れる。同時並行でフライパンにバジルソースと、火が通してあるじゃがいもとサーモンを放り込んだ。




 13時半になるまでに、全ての村人が訪れた。店内を軽く掃除し、休憩に入る。


 従業員が全員一時帰宅して、2階のダイニングでサユリと茂造だけになった時に、壱は聞いてみた。


「俺、そろそろ味噌を作りたいんだ。時間貰えるかな」


「それは勿論だカピ。言っていたものカピな。まず材料を揃えなければならないカピ。大豆以外に何がいるカピ?」


 あまりにもあっさり言われたものだから、壱は若干じゃっかん拍子ひょうし抜けする。が、作れるのならそれは嬉しい。壱は食い入る様に口を開く。


「後は塩と、米麹こめこうじ麦麹むぎこうじ、それか両方。ただ、こうじを作るのには麹菌きくきんがいるんだ。その作り方をスマホで調べてたんだけど、全然出て来なくて」


「ふむ……」


 サユリは眼を伏せ、逡巡しゅんじゅんする。が、やがて口を開いた。


「その麹菌とやら、壱の世界から持って来る事が出来るカピよ」


「本当に?」


「けども」


 サユリはやや興奮した壱を落ち着かせる様に言う。


「物質の移動は魔力を多く使うカピ。実体の無いWi-Fiらしきものをここに繋げるのとは訳が違うカピ。次、お前たちの世界に渡れる様になれる程の魔力を、今、我は貯めているいるカピが、麹菌を持って来るのに使うと、その分削られるカピ。壱がそれで良いなら」


「勿論良いよ」


 壱があっさり言うものだから、サユリは言葉を詰まらせた。


 帰れるまで何年掛かるか判らない。だがしかし、それ以前に壱はここでの生活が嫌いでは無い。祖父が、茂造が願うのであれば、それを叶えてやりたいとも思っている。


 向こうにいる家族は悲しんでくれるだろう。だが現状どうにも出来ない。それなら多少期間が延びても、まずは味噌である。自分の安定を確保する。


「壱よ、本当に良いのかの?」


「大丈夫だって」


 気遣ってくれる茂造を安心させる為に、壱は笑みを浮かべた。


「では、麹菌とやらを取るカピ。何かお好みのやつはあるカピ?」


「うちの蔵から取って来て貰えたら嬉しいかな。白い粉で、麹菌て書いてある大きめな紙袋に入ってて、蔵のーー」


 記憶を頼りに置いてある場所を言う。多分変わっていない筈だ。


「解ったカピ。と言っても今の魔力だとほんの少ししか持っては来れないカピ。持って来た後に、足りなければ我の魔法で増やすカピ」


「それで全然問題無いよ。むしろ好都合。あんまりたくさん持ち出して、泥棒だ何だって事になったら大変だから」


「ああ、それはそうカピな。あまり向こうの世界に騒ぎを起こすのを良しとはしないカピよ」


 あんた人ひとり、いやふたり行方不明にさせといて。そうは思うが、今更なので突っ込まない。


「紙袋を用意するカピ。小さいので良いカピよ。それと、壱の部屋を借りるカピ」


「それは良いけど何で?」


 壱は立ち上がると、棚から未使用の紙袋を出す。


「物質移動の魔法はかなりの集中力を要するカピ。それにあまり見られたく無いカピ」


 サユリは言い残すと、空の紙袋を加えて壱の部屋に向かった。


 そして数分後、サユリが戻って来た。加えている紙袋が膨らんでいる。それを壱の前に置いた。


「これで間違い無いカピか?」


 開けて見ると、中には白い粉。匂いをいでみる。


「うん、これだ。ありがとう」


 蔵の中に白い粉は、この麹菌と塩しか無い。サユリなら間違える事は無いと思っていた。


「では早速試作してみるカピか? 我の時間魔法を使うカピ」


「楽しみじゃなぁ。久々に味噌汁が飲めるのかのう。ほう、これが麹菌とやらか」


 茂造がのぞき込んで来る。


出汁だしを何で取るか、考えなきゃだけどな。よし、じゃあ早速!」


 壱は意気込んで立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る