#04 情報は大切

 食堂の裏に回ると、整備された庭が広がっていた。奥に木製のさくが建てられているので、そこまでが食堂の裏庭という事なのだろう。


「本来なら専用の苗箱なえばこがいるカピが、無いので代わりに植木鉢を使うカピ。1粒1粒離して丁寧ていねいに蒔くカピ」


 サユリの指示に従って、壱と茂造は食堂に沿って伏せられていた、茶色い陶器の植木鉢に畑から貰って来た土を入れ、等間隔に種をいて行く。


 たくさんある植木鉢の大きさは様々で、植えられる種の数も違う。何個の植木鉢がるか判らない。壱と茂造は大きな植木鉢を選び、ひとつの鉢が終われば次の鉢に土を入れ、を繰り返した。


「蒔けたカピね。じゃあしっかり水をやるカピ。土を乾かしたら駄目カピよ。と言っても我の時間魔法を使うカピが」


 庭の端の水道から、銅製のじょうろに水を入れ、植木鉢の下から染み出すまで撒いて行った。


「うむ。なら育てるカピ」


 サユリが右足を上げて回すと、植木鉢の土から青い芽が出て来た。それはしっかりと眼に見える速さで育ち、あっと言う間に20センチほどの高さになった。


「さて、植え替えるカピ。と言っても田んぼは無いので、また植木鉢を使うカピよ。今回は水が抜けない様にするカピ。底の穴をきちんとふさぐカピ」


 壱と茂造は出た苗を抜き、土も出して植木鉢を空ける。そのまま底に大きめの石を置いて穴を塞ぎ、出したばかりの土と水を同時に入れて泥を作って行く。それをり返した。


「田んぼってこんな感じかな」


「そうじゃな。水がかなり多めの泥ってところかの」


「出来たカピね。では苗を植えて行くなり。今度は時間魔法を使っても少し時間が掛かるカピ。何せ普通に育てると4ヶ月以上は掛かるカピね」


 壱は簡易田んぼに、テレビでの見よう見真似みまねで苗を植え付けて行く。茂造も壱を手本に黙々もくもくと手を動かす。


 種もみは1粒ずつ植えるのだが、苗は5本程を纏めて植えるので、合計20束程度。慣れて来るとスムーズに行き、あまり時間は掛からずに済んだ。


「こんなところかな?」


「うむ。上出来だと思うがの」


「では、育てるカピ」


 またサユリが右前足を回す。すると種もみが苗になった時よりも速く育って行った。


「おお、凄い!」


「凄いのう!」


 壱と茂造が歓声を上げる。苗はまだまだぐんぐんと伸び、分蘖ぶんけつで太くなり、実り始まり、穂がなり、重みを持ち垂れる。そこまで2分程だった。


「さ、上に浮いている水を抜くカピ。あと少しカピよ」


 底からは抜けないので、壱と茂造は植木鉢を傾けて水を抜く。


「ここからは水はやらないカピ。土を乾かして行くカピよ」


 またサユリが時間魔法を掛けると、土が乾いて色が淡くなって行く。


「出来たカピ!」


 壱や茂造が見た事がある稲穂いなほが立派になっていた。


「本当に凄いな。本当なら種植えてからここまで半年近く掛かるんだろ? それが数十分だもんなぁ」


「もっと誉めるが良いカピ。さ、刈り取るカピ」


 茂造がかまを持って来た。壱は受け取ると、すでに刈り取り始めている茂造を見本に、慣れない手付きで刈り始める。鎌を使うのは初めてだった。


 刈り取った稲穂は一箇所かしょに積んで行く。刈り取りもそんなに時間は掛からなかった。


「さ、乾燥させるカピ。そしたら脱穀だっこくカピ。それは道具が無いので、また我の魔法の出番カピ。籾摺もみすりも精米も、今回は我がするカピ。今度道具を開発させねばならないカピね」


 サユリが稲穂に魔法を掛けると、わずかに残っていた緑も茶色に乾燥される。


「さ、脱穀するカピよ。大きなボウルいくつかと、種もみを入れて来た袋を持って来るカピ」


 壱が食堂に戻り、言われたものを持って来る。


「さ、見るが良いカピ」


 サユリの魔法で、稲穂からふっくらと実ったもみが面白い様にするすると外れ、ボウルに入って行く。


「おおー!」


 それはなかなか壮観で、壱は声を上げた。


「ここから種もみにする分を分けておくカピ。袋に入るだけ入れておくカピ」


 言われ、壱は籾を掴み、袋に詰めた。


「こんなもんかな」


「いいカピ。じゃあ精米するカピよ! どうせなら無洗米とやらにしてやるカピ」


 サユリが魔法を掛けると、ボウルから籾殻もみがらが飛び出して来た。それらは軽いので、ふわりと宙に舞いながら、ゆっくりと地面の上に落ちて行く。それらはそのまま自然に還るだろう。


「出来たカピ!」


 壱と茂造がボウルを覗き込むと、そこにはつやつやと白く輝く米が出来上がっていた。


「おお、これじゃこれじゃ。台所にほとんど入らなかった儂でも、米ぐらいは見た事あるぞ」


 茂造は嬉しそうに微笑む。


「我の魔法で育てたので、クズ米は無いカピ。選別は大変だカピ」


「壱、早速いとくれ」


「じいちゃん炊け……炊けないか。料理とかこっちに来てからやり始めたんだろうしな。俺も炊飯器以外で炊いた事なんて、キャンプの飯盒はんごうぐらいだけど、何とかなるかな? 水の量が問題か。あ、そういやスマホ!」


 壱は弾かれる様に立ち上がると、走って食堂に戻る。テーブルに置きっ放しにしていたボディバッグを開け、スマートフォンを取り出した。


 電源は入ったままだが、普段は上部分に表示されている電波の受信状況を示すアイコンは消え、当然Wi-Fiのアイコンも表示されない。


「そりゃそうか。ここ、異世界らしいもんな」


 がっかりするが、しかしそこで、サユリの魔法を思い出す。サユリなら何とかしてくれるのでは無いか。そうしたら、もっといろいろと作れるものも増えるのでは無いだろうか。


 駄目元で聞いて見る事にしよう。


 駆け足で裏庭に戻った壱は、すぐさまサユリにスマホを差し出す。


「なぁサユリ、このスマホ、この世界で使える様にする事って出来ないかな」


「スマホ? ああ、これ、向こうの世界でよく人間どもが使っておった機械カピね。写真が撮れる事は知っているカピ。不躾ぶしつけにも良く動物園で向けられたからカピな。実際はどういうものカピ?」


「写真も撮れるんだけど、電話が出来て、ネットが使えるんだ。写真は電波来て無くても使えるし、電話、は、まぁいいとして、ネットが使えたら凄い助かる。いろんな調べ物とかも出来るから、作れるものも増えるだろうし、食堂のメニュー増やしたり」


「おお、何か聞いた事があるぞ。何じゃ、あれじゃろ、何か凄い携帯電話じゃな?」


「そんな感じ。じいちゃんがこっちっつうか向こうにいる時に使ってた携帯電話のグレードアップ版だと思ってもらって良い。あれよりもっと便利になってんだよ」


「凄いのう」


 茂造が感心した声を上げ、スマートフォンの画面をもの珍しげに眺める。


 茂造がこちらの世界に連れて来られた時点では、まだスマートフォンの普及率はさほど高くは無かったはずだ。茂造本人や周囲の人間の殆どはフィーチャーフォンユーザだったと思われるので、確かに珍しいのかも知れない。


「これが動けば、米もちゃんと炊ける」


「何と! それは大事じゃ! サユリさん、何とかならんか!」


 1番米を食べたがっていた茂造が大いに反応する。


「要は、電波だけをこちらと繋げれば良いという事カピか?」


「出来たら、俺の家で引いてるWi-Fiからだと助かる。さすがに電波を無料で使うのは良心が咎める」


 それを言うと使用料も支払えないのだが、それはご勘弁いただきたい。


「あ、それとこれ、電池パックで動いてんだ。充電器は持ってるから、この世界の電気で充電出来ないかな」


「そんなものは我の魔法で永久電池にしてやるカピ。その方が簡単カピ。それよりWi-Fiとは何カピ?」


「スマホへの電波って基本は有限なんだよ。それが無限で使える様になる機械から出てる電波ってとこかな。うちのリビングのテレビの下に機械があるんだけど」


「ふむ、待つカピ」


 サユリが眼を閉じる。数秒後、口を開いた。


「テレビとやらの左側の下にある、横型の黒い箱カピ? 確かにそこから何やら不可思議な波動が感じられるカピ」


「それそれ! 置くところが無くて、テレビの左下の隙間すきまに突っ込んだんだよ。いけるか?」


「我を誰だと思っているカピ。偉大なる魔法使いカピよ」


 サユリは言い、胸を張る様に背中を反った。


「こんなのはちょちょいのちょいカピ。身体を異世界に渡すのは大量の魔力がいるカピが、電波程度なら少しの魔力で済むカピ」


 そしてサユリは右前足を上げる。くるくると宙を描き。


 壱の手元のスマートフォンの上部分に、Wi-Fiのアイコンが現れた。


「うおっ! 凄い! ありがとうサユリ!」


「お安い御用カピ。それで本当に食堂のメニューを増やしたり出来るんだカピな?」


「出来る出来る。いや、ここのメニュー知らないけど、簡単なものばかりって言ってただろ? スマホが使えたらレシピ見れるから、ハーブの使い方とかもいろいろ出て来ると思うよ」


「ふむ。期待しているカピ」


 なぜ我が家のインテリアが分かるのか。突っ込みたいところだが、魔法はそういうものだと納得せざるを得ない。


「それより今は何より米じゃ、壱よ。儂は早く白いご飯が食べたいんじゃ」


「よぅし、ちょっと待ってな」


 壱は言うと、慣れた手付きでスマートフォンを操作し、米の炊き方を調べた。

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