#05 塩味も悪く無い

「よし! じゃあ米をくぞ!」


「楽しみじゃ!」


 食堂の厨房で壱が右腕を上に突き出すと、茂造も気合が入った様に右腕を振り上げた。サユリも付き合いだと言う様に無表情で左右足を上げる。


 無洗米なので、洗う必要は無い。それでも念の為に、軽量カップではかった2カップの米をさっとすすいで、水に浸ける。


「30分は水に浸けなきゃならないんだ。ちょっと待ってな」


「では、我の出番カピな」


 サユリが魔法を掛けてくれる。


「30分経ったカピ」


「ありがとな。じゃあ水を切って、米を鍋に入れて……じいちゃん、土鍋みたいなのは無いかな」


「土鍋は無いのう。鍋もフライパンも、全部鉄製か銅製じゃ」


「じゃあ鉄の鍋で炊いてみるかな? えーと、これで」


 厨房の奥の棚から深めでふたの付いている鍋を取り出す。普段から使っているのか綺麗に洗われていたので、そのまま使う。


 鍋にザルで水を切った米を入れ、水を注ぐ。水の量はレシピによって様々だったが、1番分かりやすいレシピで、米と同量の2カップを入れる。


 鍋を火に掛ける。まずは強火に。いて来たら弱火に落とし、約10分。


 鍋からチリチリと音がして来たら炊き上がり。火を止めて10分蒸らす。


 これらの時間経過はサユリの魔法に頼らずに待った。サユリは申し出てくれたが、米を炊く感覚を掴んでおきたかったのだ。


「よっし、じいちゃん、米が炊けたぞ!」


「おおお!」


 茂造はまるで鍋ごとかぶり付く勢いである。ほかほかと湯気が上がり、壱には馴染なじみの、茂造には懐かしい香りが上がる。米もつやつやピカピカと粒が立っている様な気がするが、欲目だろうか。


「じいちゃん、何か茶碗みたいなのってある?」


「んー、無いのう。じゃからとりあえずはサラダボウルで食べるかの。はしも無いぞ。フォークかの」


 茂造からしゃもじ代わりの木べらを受け取り、くっつき防止に水に濡らしてから、ご飯を解して行く。その度に鍋から甘い香りが上がり、茂造は嬉しそうに眼を細めた。


 底から返すと、こうばしいおこげも出来ていた。茂造がのどを鳴らす。


 サラダボウルにおこげも合わせてふんわりと盛り、茂造に渡してやる。


「どうぞ、じいちゃん。ちゃんと炊けてると思うんだけど」


「いやぁ旨そうじゃ。いただきます」


 そう言っていそいそとフォークの腹に乗せた米を口に運ぶ。途端に茂造の目が見開かれた。心なしか頬も紅潮こうちょうしている様な気がする。


うまいぞ壱! 凄いなぁ! ちゃんとうまく炊けているぞ! ああ旨い! 久々の米じゃ、嬉しいのう!」


 茂造はそう言いながら、2口3口と次々に口に入れて行く。満足してくれた様だ。良かった。


「サユリも食べられるか?」


「もちろんカピ。我はほとんどのものが食べられるカピよ」


「じゃあ」


 ご飯をよそったサラダボウルを前に置いてやる。サユリは初めて口にする食物に恐る恐ると言った様子でひとくち含むと、しっかりと味わう様に咀嚼そしゃくする。


「ふむ……これは……可能性を感じるカピ……」


 そう言いながら口を動かす。うっとりとした表情から、どうやらお気に召してくれた様子だ。


 さて、壱はようやく自分の分を盛る。フォークでひとくち。うん、我ながら巧く炊けたのでは無いだろうか。粒もしっかりしているし、しんまでちゃんと火が通っている。甘みや旨みもしっかり感じる。


 炊飯器よりも鍋で炊いたご飯は旨いと聞いた事が何度もある。それもあるだろうが、壱がこれまで家で食べていた米よりも格段に美味しい様な。


 壱は気になってサユリに聞いてみる。


「なぁサユリ、これ、どこの米だ?」


 聞くと、口の周りに米粒を付けたサユリが顔を上げた。


魚沼うおぬまのコシヒカリカピ。この米が1番上等だと、我のリサーチ結果カピ」


 そりゃ旨いはずだよ! 日本有数のブランド米だよ! 全体数も多く無いだろうに、そこから種もみを……壱は何が何でもこの世界で繋いで行こうと心に決めた。


「リサーチって、どこで」


「深夜に図書館に忍び込み、農業新聞読んだカピ。色々な品種の米を見たカピが、やはり魚沼のコシヒカリが鉄板だとあったカピ」


 あああ農業新聞……某アイドルが購読しているというあの……


「うむ、これは育てたらこの村の主食になり得るものカピね。後で、まずは田んぼを作るカピ。茂造、どこかに土地はあるカピ?」


「確か東に空いてるところがあった筈じゃ。しかし田んぼにするには小さいかのう」


「2個所までなら分散しても良いカピ。他はどうカピ?」


「北かの。東よりは少し狭いがの」


「ふむ。後で見に行くカピ。茂造の言う事だから大丈夫だとは思うがカピ」


 茂造とサユリは、次々とこの米を育てる算段を進めて行く。土地だの何だの、それらは持ち主あっての事だろうに。


 壱は思ったままを口にすると、サユリはしれっと言った。


「問題無いカピ。なぜなら、ここの表向き村長は茂造で、真の村長は我カピ」


「はぁ!?」


 いくら魔法使いで知性があっても、カピバラが、動物が村長の村!


「いいのかよそれで!」


 壱が突っ込むと、サユリは溜め息を吐く。


「うむ、人間どもはやはりそういう反応をすると思ったので、表向きに人間を据えたカピ。我はそもそもこの村の創始者カピ。それ故我が選んだ人間なら、異世界人でも村人から信用してもらえるカピ」


「創始者って、え、サユリがこの村を作ったのか?」


「そうカピ」


 それはさすがに驚きを禁じ得ない。いくら何でも動物が村をおこし、管理するなんて、壱の常識からなら考えられない事だ。


 ああ、だがさっきサユリは言っていた。魔法使いはこの国ではかなり重宝ちょうほうされているのだと。


「我と、もうひとりの人間で興したのだカピ。ただ人間には寿命があるカピ。だからその人間の死後は我が後をいで、思うところあり異世界から人間を呼んで、食堂経営と村長を兼任けんにんさせて、今にいたるカピ」


 要点を得ている様で、突っ込みどころは多い。だがこれ以上は壱の頭が処理仕切れない。おいおい聞いて行く事にしよう。


「ところでじいちゃん、母さんは今でもじいちゃんの事探してるよ」


 壱が言うと、茂造はしょんぼりと項垂うなだれた。


「そうか……三枝子みえこには悪い事をしたのう」


 そう言いつつ、ご飯を口に運ぶ手は止まらない。


 三枝子は壱の母であり、茂造の娘である。家族経営で成り立っている相葉味噌の当時の長男、要は壱の父親と結婚し、家に入り、しゅうとめしゅうとと渡り合って来た気丈きじょうな三枝子だったが、茂造の行方不明にはさすがに取り乱した。


 ちなみに茂造の細君さいくんは茂造の行方不明1ヶ月前に病気で世を去っている。だから余計に三枝子にダメージを与えたのだ。


「その上で、息子の俺まで行方不明扱いになると思うんだけど。母さん無事ならいいけど」


「それはもう、祈るしか無いのう」


 あっけらかんと言われる。他人事か! そう突っ込みたいところだが、もうどうしようも無い。


 とりあえず茂造の無事は確認出来たのだし、壱も元気だ。どうかそれが母親に少しでも届きます様に。柚絵ゆえ……妹よ、そして父さん、どうか母さんを頼む。


 壱もまた、茂造ほどにこの世界にいると、そう割り切る事が出来る様になるのだろうか。それが良い事なのか悪い事なのか、壱には判らない。


 壱はまたご飯を口に含むと、呟いた。


「……旨い」


 少し塩味を感じた気がした。

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