#03 魔法でお米を育てましょ

「時間魔法は、対象の時間経過を早めたり遅めたり出来るカピ。農協にあった物だから、塩水選えんすいせんは終わっている筈カピ。次は種を消毒するカピ。60度の湯を用意するカピ」


 サユリに指示され、茂造が立ち上がる。


「おお、ちょうど良い。壱よ、湯をかすついでに裏の案内をしよう。付いて来るんじゃ」


 言われ、壱も席を立ち、茂造に続いた。まずはカウンタ。


「ここがカウンタじゃな。酒とかドリンクとかを作るんじゃ。湯はここで沸かそうかの」


 茂造はカウンタの下にしつらえてある棚から銅製の薬缶やかんを取り出し、水を入れるとコンロに掛ける。レンガ造りだ。五徳ごとくは鉄製の様である。


「さて、沸くまで裏の厨房ちゅうぼうを案内しようかの」


 カウンタの奥の一部が開いていて、さらに奥に厨房に広がっていた。


「結構広いんだな」


「まぁのぅ。今はおらんが、調理担当が儂含めて3人おるからのう」


 カウンタと同じ造りのコンロが6台、木製の調理台も広く、石造りのシンクも何台かあった。奥には壱も見知った様々な調理器具や根菜こんさいが置かれた棚と、銀色の大きな扉の、冷蔵庫に似ているもの。そしてレンガ造りの四角い池の様なものがあり、水が張られている。


「あの銀色の、冷蔵庫?」


「電気はあるからの、街で開発されてからすぐに仕入れてのう。村の集会所に共用の大型が1台と、この食堂に1台。最近の事じゃし、そんなんじゃから村人はあまり使わんでの、肉のほとんどは捌いた後にすぐに干したり燻製くんせいにしたりして保存するんじゃ。魚なんかは生きたまま運んでもらって、注文があってから捌いてカルパッチョなんかにして出したりしておる」


「ああ、奥の池みたいなあれは生け簀いけすか」


「そうじゃ。基本はその日に食べるものだけを取ったりしておる。冷蔵庫を仕入れるまでの習慣が抜けんのじゃな。それまでは生のままじゃ保存が出来んかったからのう」


「コンロは? まきとかそういうのじゃ無さそうだけど」


「地下資源にガスと似たものがあるんじゃ。儂はついガスと呼んでしまうが、本当はボンズと言うんじゃ」


「俺もガスって呼びそう」


「ほほ。さて、そろそろ湯が沸いたかの」


 カウンタに戻ると、薬缶のふたがコトコトと音を立てていた。


「おっと、沸かし過ぎたかの。どれ、水で埋めるとしよう」


 茂造が蛇口じゃぐちを捻ると、綺麗な透明の水が流れ出て来る。


「じいちゃん、その水は生で飲めるのか?」


「飲めるぞ。地下水での、そもそもこの村周辺には工場とかも無いからの、汚染されんからのう。街から月1で役人が来て水質検査をしとるが、何か出た事は無いぞ。ちなみに工場なんかのある街には浄水施設があるんじゃ」


「地域によって違うって事か」


「そういう事じゃな」


 茂造は薬缶に水を足し、サユリとも種もみが待つフロアに戻る。


「サユリさん、お待たせしたの。測ってはおらんが、だいたい60度じゃと思うぞ」


「ふむ、厳密でなくとも構わぬカピ。これに種を10分浸すカピ」


「じゃあボウルがいるのう。壱や、厨房の棚からボウルを取って来てくれんかのう」


「分かった」


 壱は厨房に行く。棚までまっすぐに進み、ボウルを探す。


「ボウルボウル……これか」


 素材こそ壱の馴染みのある材質では無かったが、形的にそれ以外考えられなかった。先ほどの薬缶と同じ銅製だと思われる。


 念のためにふたつ取って、フロアに急いだ。戻るとサユリがテーブルの上に上がっていた。


「じいちゃん、これか?」


「そうじゃ。何じゃ、向こうじゃボウルはこれじゃ無いのか?」


「形は同じだけど素材がな、ガラスとかアルミとかステンレスだよ。多分一般家庭にはあんまり無い。プロ仕様かな。道具屋では見た事がある」


「そうか。儂は向こうでは台所に立つなんて事無かったからのう」


 年代的に珍しい事では無いのだろう。家事も子育ても全て妻に任せていた世代。今やそれが熟年離婚の原因になっていたりする事は黙っておこう。


 茂造がボウルに湯を張り、種もみを入れる。全体がかる様に、手で軽く混ぜる。


「本来なら10分待つところカピが、ここは我の魔法で、と」


 サユリは先ほど種もみを取り出した時の様に、右前足で空中に何かを描く。


「はい、終わったカピ」


「マジか!」


 10分がほんの数秒に短縮されるなんて。凄い。


「じゃあそれを取り出して、今度は水に浸けるカピよ。本来なら1週間ぐらい。これももちろん我の魔法で一瞬なり。今度はボウルに水を入れて来るカピ」


「おう」


 壱は予備で持って来ていたボウルを手にカウンタへ。水を張り、速やかに戻る。湯の中からてのひらで種もみを器用に掬い、1粒残さず水のボウルに移す。


「いいカピね」


 サユリはまた右前足で空中に何かを描く。


「はい、終わりカピ」


 水の中の種もみを見ると、それらは少し膨らみ、白い芽を出していた。


「本当に便利だなその魔法!」


「次は種を土に植えてある程度育てるカピ。土は畑のもので良いカピよ」


「じゃあ畑に行ってもらって来るかの」


「じいちゃん、俺も行こうか。力仕事になるだろ?」


「いや、お前がおるといろいろ聞かれて面倒そうじゃ。すぐ近くじゃから、少し待っておれ」


 言うと茂造は食堂を出る。フロアには壱とサユリふたりっきりになる。沈黙ちんもくも気まずいので、いろいろと聞いてみる事にする。


「便利だな、時間の魔法。普段も使ってるのか?」


「使わないカピ。便利に慣れると人は堕落だらくするカピ。この村の人間には汗水らして働いてもらわないと駄目なのだカピ」


「ふぅん。でもうちの世界に来れる魔法とか、凄いんだな」


「我は優秀な魔法使いカピ。魔法の中でも異世界に行く魔法はかなり高度カピ。我ほどの魔法使いでも魔力を貯めるのに数年かかるカピ。これは先ほども言ったカピね」


「この世界に魔法って概念がいねんは普通なのか?」


「普通ではあるけども、魔法使いは全体数が少ないんだカピ。従って人間の魔法使いはほとんど国のお偉いさんになるのだカピ。国のために尽くす事を強いられるカピ。我、動物で良かったと、今では心の底から思うカピ」


「動物の魔法使いって、サユリ以外にいるのか?」


「いるカピよ。だが、魔法が使える事と動物の本能は別ものカピ。獰猛どうもうな狼とかライオンとか熊とかに現れると大変なり。野生の世界でとどまってくれたら良いカピが、変に知恵がある為に人里に下りて来たりするカピ。その駆除くじょも人間の魔法使いの仕事カピ」


「大変なんだな」


「人里には魔法使いが獣避けの結界を張っておるカピが、それを上回る動物魔法使いがたまに出るカピよ」


「この村はどうなんだ? サユリが結界? 張ったりしてるのか?」


「当然カピ。我はここの村で唯一の魔法使いカピ。村を守る責任があるカピ」


「へぇ、凄いんだな。じゃあ」


「待たせたのう」


 他の話を振ろうとした時に茂造が戻って来て、話は中断された。


「畑の土を貰って来たぞい。表に置いてある」


「じゃ、早速植えるカピ」


 サユリは言うと軽々と床に降り、ドアに向かった。

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