その7 あまた輝く泣き笑いのあとで。





 とん。

 ととん──。


 乾いた空砲がまばらに響き渡り、敵襲かとウィヌシュカが身構える。しかし彼女の袖を引くリュイリィの華奢な指先が、その緊張が杞憂に過ぎないことを教えてくれるのだった。


 とん。

 ととととんっ。


 濃淡様々な光の粒子が、しなだれる稲穂のように紺碧の空を染め上げた。それらは金沙羅きんしゃらの花びらを思わせるほど繊細でいて、同時に山茶花さざんかよりも力強く鮮明な輝きを放っている。


 道行く人々が、大空の煌めきに目を奪われては足を止めていた。ウィヌシュカとリュイリィも決して例外ではなく、刹那に等しい生命いのちを咲かせて散っていく華の姿に見惚れているのだった。


 その生命は、誰に愚弄されることもなく──。

 その生命は、儚い寿命に翻弄される人間たちよりも誇り高く──。


「ねぇウィヌ、きれいだね、はなび」

「ふん、あれくらい私にも出来るさ」


 よく分からない見栄を張るウィヌシュカに、リュイリィはますます破顔した。この上なく幸せであたたかな気持ちが、リュイリィの幼い身体のすべてをあたためていく。


「──そうか、敵襲ではないのだな。そもそも、敵とはなんであったか」


 どこか独りごちるふうに呟くウィヌシュカは、得も知れぬもどかしさの正体を探っていた。大いなる意志によって繰り返される輪廻転生くりかえしの中で、いつの間にか塗り替えられてしまった何かが警鐘を鳴らしている。


 しかしこの安寧あんねいは、今、彼女の隣で微笑む燈火ともしびは──。あまねく侵食した薄暗い幻想の中から、紛れもなくウィヌシュカ自身が選び取った愛のかたちなのだ。


「リュイ。私は、お前を愛している」

「……へ? う、うん。って、ええっ?」


 ウィヌシュカの紅い瞳に、見たこともない情熱が灯っていた。不意打ちじみたそれにやられたリュイリィの腰を強く引き寄せ、ウィヌシュカは啄むような口づけを頬に落とす。


「ひゃあ……」


 リュイリィの困惑に構わず、新たな口づけがくちびるへと。そのまま魂を繋ぎ合うように、二人の身体は一つの影となって大空の煌めきに照らされた。


「本当は……、少し、気付いているんだ」


 そのくちびるにまだわずかな熱を残しながら、ウィヌシュカが訥々とつとつと切り出した。浮かない彼女の表情は、さながら別れ話を切り出そうとする恋人の悲壮を孕んでいる。


「言わないで、ウィヌ。それを口にしたら、何もかもが終わっちゃう」

「いいや、終わりはしないさ。私がお前を忘れることなんて、金輪際ないのだから──だからこそ」


 転生の女神リュイリィが──、いや、創生神ヴァールである彼女が。

 ウィヌシュカの震える瞳を見たのは、その時が初めてであったかもしれない。


「リュイ。お前は……。お前は私たちのために、もう一度大きな罪を背負ったのだな」

「……もう、どうして言っちゃうのさ。ううん、それでこそ、ボクの大好きなウィヌなんだけどさあ」












 まるで万華鏡が瓦解するような、ひときわ大きな花火が夜空に煌めいた。










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