第21話 あなたが大嫌い。
「……これは困りましたわね。せっかく蓄えた魔力ですから、こんなところで無駄に消耗したくないのですけれど」
実際、困ったことになった。しかし困り果てたわけではない。
身を沈めていたベッドから下りたライラの左手に、魔弓ロロノアが具現化する。その
ライラの唇の端が、勝ち誇ったかのように吊り上がる。が、けたたましいまでに膨張したロロノアの姿を見ても、クロードは無邪気に目を輝かせるのだった。臆するどころか、呑気な口調で言ってのける。
「うは、マジかよ。ライラお前これ、
「私とて不本意ですけれど、世の中には仕方のないことが沢山ありますものね」
破壊の女神クロードの戦闘能力の高さは、誰よりもライラが一番よく分かっていた。クロードがその気になれば、三柱のひとつくらいは墜とせるのではないかと、何度訝しんだか分からない。
だからこそ、惜しみない一撃で挑む。
しかしクロードは言うのだ。あっけらかんと、まるで何でもないことのように。
「でもなライラ、傷付くかもしんねーけど教えてやる。まだまだ足りないわ。この程度の力じゃあ、あたしさえも倒せねー」
「……命乞いをするなら今ですわよ。クロードさんが口を噤んでくださるのなら、友好的な解決策を探すのも
「あいにくだけどさ、口が軽いことだけがあたしの自慢でね」
交渉の余地無しと判断したライラは、更なる魔力をロロノアへと込めた。しかしクロードは言う。かつての何十倍にも力を増した魔弓を前にして、何度目かの同じ台詞を。
「ったく、いつも言ってんだろ? あいつらは倒せねーよ。このあたしが倒せねーものを、お前なんかが倒せるわけねーんだ」
クロードは肯定する。女神たちの無力を。ライラが羨望するほどの強大な力を持ちながら、それでも神殺しなど夢物語だとクロードは言う。
聞き飽きた台詞がライラを激昂させ、後先を顧りみないロロノアの矢が放たれた。
自らの理想の妨げになるのならば、旧友を失うのも仕方のないこと。米粒大にも満たない感傷を乗せた莫大な破壊的エネルギーは、この
ならば、もう一度創り直すまで。再生の女神は、固く決意する。
「──クロードさん。塵になって後悔なさい」
そう呟いて目を細めるライラの前で、クロードは想定外の行動を取った。あろうことかクロードは、ロロノアの矢を真正面から迎え討ったのだ。回避されることまで想定して、二撃目の充填を怠らなかったライラだったが、クロードのまさかの判断には思わず目を疑う。
神々の慢心は、例外なく破壊の女神にまで波及していたのか。少しだけ残念な心持ちで、ライラは粉塵に包まれたクロードに別れを告げようとした。
──粉塵?
強烈な違和感がライラの胸中を駆け抜ける。ロロノアの一撃が直撃すれば、粉塵程度で済むはずがないのだ。冗談半分にクロードが言ったように、この窖ごと木っ端微塵になって崩壊するはず。例えば、そう──、地崩れ。地崩れの一つでも起きなければ、理屈が通らない。
「
粉塵の中から、詠唱のように呟くクロードの声。それが彼女の持つ神具の名なのだと、ライラは瞬時に理解する。やがて粉塵が晴れると、
「いってー。やっぱり受け止めるには、ちょっと無理があったわ……」
「受け止める……、ですって?」
あまりにも馬鹿げた発言に、ライラは二の句が継げなかった。髪をぼさぼさにして、埃塗れになりながら顔を
ライラが初めて目にするクロードの神具は、その名の通り
クロードはその鎖を素手で掴んで、盾の要領で棺を構えている。彼女はこの
「なぁライラ、やるならちゃんとやれよ。じゃなきゃさー、ウィヌシュカが苦しみ損だろーが」
眉間に
破壊の女神は、やはり底の知れない相手だった。気まぐれな振りをしておいて、実際は相当の策略家であるはずだ。濁りの無い
「……クロードさん、この際だから告白します。私はあなたが大嫌いです」
「前から知ってるよ」
「ほら、そうやっていつもいつも……、何もかもをはぐらかしてばかりのあなたがっ!」
声を荒げても、ライラの声は美しかった。瞳に涙を溜めたライラを見て、クロードはぽりぽりと頬を掻きながら答える。
「白状するよ。実はさ、あたしにもちょっとだけ下心があったんだわ」
「下心?」
何を言おうとしているのか少しも分からず、ライラはクロードの言葉を反芻した。
「受け止めたら切れるかなー、って思ったんだよね。ほら、ぐるぐる巻きのマキャベリの鎖がさ。この中に何が収まってるのかさ、自分でもずっと気になってんだよ」
クロードはそう言って、赤い舌をぺろりと出してみせた。呆気にとられて目を丸くするライラは、
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