第22話 破壊の女神は何も壊さない。
ライラの案内のもと、四度の転移を経て辿り着いた
彼女の視線の先にある剥き出しの土壁には、青緑色の皮膚をした肉の塊が鉄杭で打ち付けられていた。その数は、ざっと見て二十を下らない。性別の判別さえも困難になったそれらは、神隠しに遭った竜人たちの成れの果ての姿であった。
尊厳の欠片すらも与えられない彼らの前に、可愛らしい少年少女の形をした
どこか滑稽なからくりの刃は竜人たちの躰を貫いたままで、ただ執拗に回転を続けるだけだった。ある者は四肢を、ある者は目玉を、またある者は口腔内を──、銀の爪に掻き回されながら時を刻み続けているのだ。しかしその傷口は、決して致命傷には成り得ない。
確かな拍動が、竜人たちの胸板を今も収縮させているのが見て取れる。竜人という種族に与えられた強靭な生命力を、自ら呪った者も少なくはなかっただろう。
垂れ流された糞尿は雑に掘られた側溝へと
「なぁライラ。何が良いとか何が悪いとか、あたしにはさっぱり分かんねーけどさ──」
あちこちが腐敗した肉片の臭気が満ちる中で、クロードは静かに目を瞑って哀悼の意を捧げた。今も確実に脈拍を打ち続けているそれらの
「見てて面白いもんじゃねーな。お前のやってることは、女王蟻の真似事だよ」
女王蟻の方が遥かにマシだけどな、と、そんな想いでクロードは悪態を吐いた。
沈黙以外を返さないライラに、これ見よがしの溜め息を吐き出してクロードは言う。
「治せるのか? いや、治せねーよなあ。肉体はどうにか治せたとしても、崩壊しちまった心を治すのはちょっと無理だろ」
「……クロードさんの仰る通りですわ」
消え入りそうな肯定の言葉に、クロードはもう何も言わなかった。ただ腰元の短剣を抜いたクロードは、竜人だったモノたちに絶命を授けていく。心の臓を一突きで、最速の死を確実に与えていった。
「ザンカのおっさんにはとても言えねえな。良いところまで行ったんだけど、結局手掛かりは途絶えちまったってところか」
「クロードさんはお優しいのですね。
言葉にどれだけ毒を込めても、クロードが動じることはなかった。もしも相手がウィヌシュカであれば、多大な自責の念が彼女を圧し潰そうとしたはずだ。なるほど、これがクロードとウィヌシュカの差異か。敗北感の裏側で、ライラはそう分析する。
「あたしだってよ、好きで破壊の女神をやってるわけじゃねーよ。そもそも神具が盾だってのに、破壊の女神とか言われるのが恥ずかしくて
感傷の一片さえも感じさせない、軽い口調でクロードが言った。あれほどまでに禍々しい
「参りました。どうやら私とクロードさんでは、そもそもの器が違うようです」
「あん? そんなの当たり前だろ。あたしはあたしでお前はお前だ。違うに決まってんだろーが」
クロードが屈託なくけらけらと笑う。謙遜でもなければ、傲りでもない。本当にそれが当然だと心の底から信じて疑わない笑みだ。ライラは豊かな黒髪を両手でたくし上げて、か細い首筋をクロードに差し出すように低頭した。
「……何の真似だよ」
「見て分かりませんか? クロードさんが刎ねるべき首を差し出しているのですわ」
鈴を転がすような美しい声に、どこまでも優雅な振る舞い。すっかりいつも通りの再生の女神は、平然と断罪を乞い願うのだった。
「ここで私を殺さない限り、私は編み続けます。神々にとっての密教にして邪教──、新しい
ライラは
クロードにしてはめずらしく、逡巡するような間が挿入された。しかしライラはやはり低頭したままで、断頭の刃が振り下ろされるのを待っている。
ややあってからクロードは、神妙な面持ちで口を開いた。こうして彼女から放たれた言葉は、ライラの意表を突くには余りあるものだった。
「面白そうじゃねーか。あたしも一枚噛ませろよ」
「──はい?」
「ただし、胸糞の悪いやり方はナシだ。その時は迷わず、お前の首を刎ねる」
不敵な笑みを浮かべるクロードに、ライラは心から狼狽した。それもそのはずである。思いがけない道筋で、最強のカードが自陣に加わったのだから。
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