第10話 美しいのはその名ばかり。
心底くだらない
もしかしたら、
美しいのは、女神というその名ばかりだ。女神の実態は神々の傀儡──、いや、ボクの場合は娼婦か? リュイリィはそんなふうに自らを嘲る。
くちゃりくちゃりと、己の肉体が弄ばれる音を遠くに聞きながら、何故だかとても安らぐような気持ちで、リュイリィはいつかの邂逅をぼんやりと振り返っていた。
死の女神ウィヌシュカを初めて知った瞬間が、今でも彼女の脳裏に鮮烈に焼き付いている。
そうだ、あれは見紛うことなく神風だった。
ウィヌシュカの美しい銀色の髪が戦場を駆け抜け、鋭利な
ただ呆気に取られながら、芸術的と表現するに相応しい惨劇を眺めるリュイリィ。その足元からぞわぞわと這い上がる
憧れは焦燥へ。
焦燥は劣等感へ。
劣等感は再度、憧れへと。
──どうすれば彼女は、ボクを斬り伏せてくれるのだろう?
気付けばそんな恋心が、断罪を求める死刑囚の叫びのようにリュイリィの胸に咲き乱れていた。
例えば、三柱の主神と淫らにまぐわいながら。
例えば、ウィヌシュカを想い浮かべての自涜行為に身を
例えば、全てを産み落とした生命の原木ユグドラシルを憎みながら──。
リュイリィは絶命を渇望する。
「お前たちの不徳は今、世界の
あの凄まじく玲瓏な声が、いつか自分の身に降り注ぐことを願っている。ウィヌシュカのあの眼差しに射抜かれ、穢れたこの生命が愚弄される日を待ち焦がれている。
心底くだらない
誰よりも転生に憧れているのはボクだ。この世界の
薄れかけた意識の中で、リュイリィはそう思索を続けた。その思考回路は、やがて妄想の裾野にまで足を踏み入れる。
もしも生まれ変われたら何になろうか。そうだ、ウィヌシュカの紅い瞳に留まった、可愛らしい林檎売りの少女が良いかもしれない。
ウィヌシュカが握らせてくれたパーム金貨で、ボクは遠い地へと旅に出るのだ。そしていつの日にか、返り血と屍肉に塗れたウィヌシュカを迎えに戻ろう。哀しげに瞳を潤ませる彼女に告げるのだ。「大丈夫。もう殺さなくて良いんだよ」と。しなやかな身体を思いきり抱き寄せて、しつこいくらいに優しい口づけを交わすのだ。
新しい世界を夢想しながら、リュイリィの意識はそこでぷつんと途絶えた。
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「リュイリィちゃん、そろそろ目を覚ましてくださいな。あなたってば、とっても良い具合なんですもの。おかげで私は、魔力のほとんどを使い果たしてしまいました」
重たい瞼をリュイリィが開けば、眼前にはライラの悍ましい笑顔があった。彼女を覗き込むようにしているライラの髪の先が、ふんわりと頬にあたってこそばゆい。色覚の一部がまだ治りきっていないのか、リュイリィの瞳に映るライラはモノクロームに染まっていた。
「……なんて夢見の悪さだ。おい変態、ボクを殺さないなら、責任持ってちゃんと治せよ」
どうやら声の調子もおかしい。リュイリィの喉の奥には、異物が
「ええ、治して差し上げますとも。まずは涙をお拭きなさい。大方、殺人狂のウィヌシュカさんの夢でもご覧になっていたのでしょう?」
「お前に切り刻まれる痛みで涙がちょちょぎれただけ。それにさ……、ウィヌは
夢の中を見透かされた恥ずかしさを押し殺しながら、リュイリィは精一杯に強がってみせた。その瞳に映る景色に、徐々に色彩が戻ってくる。とはいえ辺りに広がるのは、不愉快な臭いを放つ薄暗い地下水路なのだが。
「健気な恋心は、乙女の盲目を誘うのですね。誰がどう見たって、ウィヌシュカさんは殺人狂でしてよ。この私が見る限り、クロードさんも同じようなものですけれど」
「……殺人狂はお前もだろ」
吐き捨てるようにリュイリィが言うと、ライラは心外だとばかりに目を見開いた。
「いいえ。私は未だかつて、ただの一人も殺めたことはありませんよ?」
「は? 本気で言ってるのか?」
それは意外どころか、あるはずもない戯れ言だった。しかしライラは、身の潔白を訴えるかのように饒舌に続ける。
「まさかご存知ないのかしら、私は再生の女神でしてよ? それ故に私は、クロードさんとデュオを組まされてばかり。破壊の女神が跡形もなく木っ端微塵にした
「そんな私を殺人狂だなんて──」と、ライラはにこやかに弁明した。その真偽はさておくとして、意外にも自分と似たようなことをしている彼女に、リュイリィは驚きを隠せない。
クロードが破壊の限りを尽くすその光景を、リュイリィは容易に思い浮かべることが出来た。きっとその光景も、芸術的なまでに凄まじいはずだと。クロードのデュオばかりを務めていると言う再生の女神は、破壊の女神への強烈な憧れに取り憑かれたりはしないのだろうか。
しかしそれを尋ねるには、ちっぽけなプライドが邪魔をする。
「さてリュイリィちゃん。楽しいお戯れはこのくらいにして、そろそろ先へと参りましょうか。十三回も果てて使い物にならないこの私を、あなたがしっかりとエスコートしてくださいね」
すっきりとした表情を浮かべるライラは、情事の余韻に浸るような甘い吐息を吐き出した。自らの肉体が十三回も弄ばれたことを知ったリュイリィは、やはり一刻も早くウィヌシュカの手で散ってしまうべきだと、密やかな願いを抱きしめて立ち上がるほかになかった。
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