Capture03.千年王国跡地~地下水路
第9話 転生の女神は再生の女神に臆する。
ウィヌシュカとクロードが竜人の里リズを訪れているのと時を同じくして、リュイリィとライラは焼け野が原となった千年王国スクルドの跡地に立っていた。広大な王国の地下に広がる下水路のどこかにあると噂される、王国管理下の宝物庫の実存を確かめるためである。
こちらの使命を与えたのは、天界の主神コットスだ。
彼は魔銀製の武具の総称を"魔具"と定め、果たしてこの魔具がどの程度人間界ミッドガルドに流通しているのか調査することが肝要だと言った。いつしか驚異となる可能性がある以上は、予め最大限の予防策を講じるべき。豪快さと慎重さを合わせ持つ、コットスらしい選択といえる。
地下水路への入り口は、思いのほかすんなりと発見出来た。瓦礫の山を一つ二つと破壊しながら、暗闇へと
「うう、なんだかお腹の奥がまだしくしくしてる気がする」
「あら、それはおかしいですわね。私の治癒が不完全だとでも仰るのかしら」
首を傾げながら近寄るライラを慌てて追い払うリュイリィは、荒ぶる野良猫のようにライラを威嚇した。
「ボクに近寄るな! ボクは昔からお前が大嫌いだ」
「どうしてかしら嫌われたものですね。ふふ、それでも嫌いというのは、無関心より遥かにずっと愛に近い感情ですけれど」
「前向きかよ」
「これでも私は心配性なのですよ。ついうっかりと、
背筋の凍るような冗談に、リュイリィは思わず青褪めた。先ほどから腹部に違和感を覚えているのは、もしかするとライラの悪意のせいなのではないかと。
最悪の想像に身を震わせるリュイリィの足元を、一匹のネズミが駆け抜けていった。
「うへー、予想はしてたけど不気味な場所だ。お前とじゃなくてウィヌと来たかったよ。なんかこうさ、ネズミに驚いた拍子にウィヌの腕にしがみ付いちゃったりとかさ」
「ウィヌシュカさんは、そのような露骨なあざとさを良しとする相手には見えませんけれどね」
溜め息を零すリュイリィは、水瓶トロイアを発光させて松明の代わりにする。碧色の灯りが照らす地下水路には、無数の黒い塊が蠢いていた。下水道を這うドブネズミたちや、暗がりを根城にする
「あら、驚きませんの?」
「お前の腕にひっついてどうすんのさ」
「その際には、もちろん開けてあげますよ? その可愛らしい真っ白なお腹に、何度も何度でも杭を突っ込んで、大きな空洞を開けて差し上げます」
怪しく微笑む黒髪の女神を前に、リュイリィは今すぐに帰りたいと心底思った。ユグドラシルの麓で彼女から受けた痛みが、まざまざと思い返される。それと同時に、懲罰に
「やれるものならやってみろよ。ボクに穴を開けていいのはウィヌだけだ」
「なんと穢らわしい。そのように破廉恥なことを、平気で口になさるなんて」
「拷問が趣味の変態女に言われたくないね!」
リュイリィの苛立ちに呼応したトロイアの紋様が蛇の形へと変わり、深い蒼色をした魔弾を生成する。今回の燃料は
「私と交わりたいのならよろしくてよ。神具が水瓶のあなたに負ける気はしません。実は随分と前から、密かに思っていたのです。戦うための神具が水瓶って……、ふふふ。一体何の冗談なのかしらと」
「……お前、マジで一回くたばれよ」
地下水路が崩落する可能性も顧みずに、憤怒に身を任せた魔弾が放たれた。しかしトロイアから放たれた濃密な魔弾を、ライラが避けようとする様子は一切ない。
それなのに。
そのまま何事も無かったかのように、ライラはリュイリィの目の前で穏やかに微笑んでいる。あくまでも淑女として振る舞うライラの瞳に宿る狂気を、リュイリィの瞳は確かに捉えた。
その瞬間、リュイリィの全身が総毛立つ。
──ああ、ボクは今から壊されるんだ。
転生の女神は、一瞬でそう悟ったのだ。
「ふふ、次は私の番ですね」
ライラの手に具現化されていたのは、
その姿は、まるで獣。
欲望の牙を剥き出しにした、猛獣そのものであった。
「心配なさらないでね。壊した後には、ちゃあんと治して差し上げますから。だから、ね? リュイリィちゃん? 私と楽しく遊びましょう?」
鈴を転がすような美しい声に揺られながら、リュイリィは思う。
再生の女神じゃなくて、再生の魔女の間違いじゃないか、と──。
破壊、破壊、破壊と、再生。
ライラの欲望が果てるまで、情慾の遊戯は続いた。
しかしその悍ましい遊戯を目撃した者は、せいぜいネズミや蝙蝠くらいのものであった。
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