第3話 転生の女神は死の女神を欲する。





 熟練の王クレイの断末魔が、そのまま開戦の狼煙となった。


 王の間に侵入した無法の女神を排除すべく、次々に攻め寄せる聖騎士団キルヒェンリッターたち。手練れの彼らをウィヌシュカは斬り、払い、薙ぎ、潰し、突き、曲げ、砕き、灼いて──、大量の魂の花アニマを瞬く間に咲かせていった。


 武神と見紛うほどに猛々しいウィヌシュカの背後には、無数の魂の花アニマ三柱みはしらの主神の元へと送るリュイリィの姿があった。転生の女神である彼女は、その際に魂の核アニムスを取り分けるという責務も忘れない。


 小柄なリュイリィが両腕で抱える水瓶みずがめは、トロイアと名付けられた稀有けう神具しんぐである。リュイリィの意志と魔力に呼応したトロイアは、空に咲き還ろうとする魂の花アニマの中から、魂の核アニムスと呼ばれる命の源だけを器用に吸い込んでいく。


「あは、大量大量。ユグドラシルの良い肥やしになるね」

「悪趣味な循環だ。崇める神が健啖家けんたんかだと知ったら、人間どもはさぞかし嘆き悲しむことだろう」

「素直に落ち込んでくれるかな? 虫けらたちの逆恨み──、神々への謀反ラグナロクの再来になりそうだよ」


 二人は軽口を叩き合いながらも、完璧なコンビネーションを誇っていた。それはさながら、舞踏会で披露されるデュオダンスのように洗練された殺人劇だ。


 スクルドの城内には──、そして千年祭ミレニアム真っ只中のスクルドの城下町には、大小様々に祝福の篝火かがりびが焚かれていた。燭台で燃え盛る篝火の全てが、炎を司るウィヌシュカの助力となる。


 一つ残らず、刈り取るのだ。一つ残らず、一人も残さず。

 神がこんなにも無慈悲で、身勝手な健啖家だと語り継がれてしまわないように。

 

 ウィヌシュカは生命いのちを愚弄する。

 か弱い人間どもを蹂躙するたび、傲慢な主神の遣いである自分自身に憤怒の薪を焚べて──。


 騎士団が片付いたのちは、千年祭ミレニアムに浮かれる民の番だ。あの可愛らしい林檎売りの少女も、さぞや瑞々みずみずしい紅い花を咲かせることだろう。





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 宵の森の深くであっても、焦土と化したスクルドから放たれる臭気は鼻先を突いた。上方を見上げれば、木々の隙間から風に揺れ動く黒煙が覗く。更にその切れ間には、黄金色に輝く上弦の月が見え隠れしていた。


「いやー、それにしてもたっくさん殺ったよね。ボクのトロイアも、さすがにお腹がいっぱいだって」


 水瓶になみなみまで溜まった魂の核アニムスを、ちゃぽんちゃぽんと鳴らしながらリュイリィが言った。トロイアに刻まれた双魚の彫刻が、焚き火の炎に照らされて陰影を宿している。


「じゃあボクは早速、こいつをユグドラシルの根っこに蒔いてこようかな」


 振り返ったリュイリィの目に、泉の水で返り血を流すウィヌシュカの青白い背中が映る。彼女の艶めかしい後ろ姿を前に、リュイリィは思わず生唾を飲み込んだ。扇情が駆り立てるままに近付いて、その魅惑的な柔肌に指先を這わせてみる。だが沐浴を続けるウィヌシュカは、寡黙を貫いて振り向こうとさえしない。


「ねえウィヌ、その後で主神の寵愛でも受けようと思うんだけどさあ……」


 芸術品のように美しいウィヌシュカの銀髪を指で梳かしながら、そこでリュイリィはたっぷりと言葉を溜めた。それと同時に、自らの欲情を必死で戒める。このままウィヌシュカを押し倒してしまえば、無傷では済まないと理性が警告しているのだ。


「ウィヌも一緒にどう? 夢心地になれるよ」


 耳朶に纏わりつく淫靡な声音に、ウィヌシュカはようやく振り向いた。いつもより何倍も鋭い侮蔑の眼差しに、リュイリィは躰の奥底から湧き上がる痺れを覚える。酔い痴れる彼女を憐れむように、ウィヌシュカは重い口を開いた。


「あいにくだが、私に三柱の主神ヘカトンケイルとまぐわう趣味はない」

「あは、酷い言い草だね。ねえ、それならボクはどう? ボクは本当は、ウィヌとそういうことがしたいんだけど」


 懲りずに挑発を重ねる。身を震わせるほどの殺気が、リュイリィに更なる快感を連れてきた。睨み合う殺意と欲望は、お互いを高め合って理性の壁を越えようとしている。


 リュイリィは瞳の動きだけで、泉の脇にあるウィヌシュカの戦装束をそれとなく確認した。翡翠の色をしたサークレットと、動きやすさに重きを置いた薄手のプレートメイル。その横には、無数の魂を刈り取ってきた絶望の死神の大鎌デスサイズ


 ──大丈夫。ウィヌは丸腰だ。


「なんならボクは、ウィヌの慰み者にされることだってやぶさかじゃないんだよ。ねぇそしたらさ、ボクらは寝ても覚めても一緒に──」


 リュイリィが抑え切れなかった疼きが、一瞬にして凍てついた。気付けば彼女のか細い首元に、ひんやりとした死神の大鎌デスサイズの刃先が宛てがわれている。


 目にも留まらぬ疾さとはまさにこのこと──死の女神にいだく畏怖の裏側で、奇妙な崇拝さえも生まれた。それに続いて、吐息のかかる距離にウィヌシュカの裸体が密着している悦び。密着したやわらかな乳房の感触が、リュイリィの鼓動を急速に早めていった。


 ──だめ、したくなっちゃう。


 そう呟こうとしたリュイリィの唇は、ウィヌシュカの唇によって塞がれた。わずかに遅れて、下唇に鈍い痛み。と理解するよりも早く、ウィヌシュカが耳元で囁く。


「見られている」


 薄闇に気をれば茂みのどこかに、この愉しみを邪魔しようとする何者かの気配があった。水を差されたリュイリィの恍惚は、瞬時にして来訪者への憎しみへと変容するのだった。




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