第2話 虫けらには満開の死を。
死の女神ウィヌシュカによる断罪の
色とりどりの花と刺繍細工で加飾された千年王国スクルドの街並みに、王国二度目の
祝賀ムード一色の光景が数時間後、二人の女神によって阿鼻叫喚の地獄絵図に塗り替えられてしまうと、一体誰が予測出来ただろうか。
華やかな
同じ街路を辿れば、町娘に扮装したウィヌシュカの姿があった。林檎売りの少女を真似るような軽やかな足取りで、彼女はそのすぐ傍へと歩み寄る。そして躊躇なく片膝をついたウィヌシュカは、紅い瞳をわずかに緩めて尋ねた。
「その真っ赤な林檎、お姉さんが頂いても良いかな?」
寸分違わぬ目線の高さで、静かな微笑みを浮かべるウィヌシュカ。そのあまりの美しさに、少女は全身でたじろいだ。かろうじて頷き返した少女の手のひらに、ウィヌシュカは数枚の金貨をそっと握らせる。
「ありがとう。このお代で旅に出てはどう? と、パパとママに伝えて」
「う、うん……」
金貨の価値など、幼い少女には知る由もなかったが、スクルド近郊で流通しているパーム金貨は、
小さな手の中に金貨を握りしめた少女は、あんぐりと口を開けたままで眺めていた。慌ただしい雑踏の中に、ウィヌシュカの銀色の髪が消えていく姿を。
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「そんなにお腹が空いてたの? それとも主神に隠れて罪滅ぼしかい?」
「つまらない冗談はやめろ。今から滅する十万の命を前に、効力を持つ免罪符など無い」
夕刻の迫る路地裏は、幽谷のように闇を帯びている。ウィヌシュカに詰め寄る小柄な娘の笑みは、酷く
「ふぅん、だったらよっぽど林檎に目がないんだね」
「そうだな、実によく熟れていた」
まともに取り合おうとしないウィヌシュカに、娘は聞こえよがしの舌打ちをする。
「ボクはさ、あんな虫けらのせいでウィヌの膝が汚れるのが我慢ならないんだよ。腹立たしいから密告しちゃおっかな」
そう言って娘は、林檎のひとつをぐちゃりと踏み潰した。果実に塗れたブーツの裏を、適当な木箱に押し付けて忌々しげに拭う。
「好きにしろ。そもそもお前の役目は私の監視だろう」
「監視だなんて言葉が悪いよ。ウィヌの
「……リュイリィ、何ならお前の目玉を永遠に灼き尽くしても良いんだぞ」
ウィヌシュカが剣呑な表情で凄むと、リュイリィと呼ばれた娘はバレリーナのようにひらりと身を翻した。艶めく
次の瞬間、踏み潰された林檎が紅蓮の炎に包まれた。ウィヌシュカの怒りに怯む様子もなく、リュイリィは茶化し続ける。
「あーあ、もったいない。食べてやらなくちゃあの子が泣いちゃうよ」
「どうせ泣くさ。
凛としたウィヌシュカの声音に、リュイリィは恍惚の表情を浮かべた。身悶えるようにして自らの両肩を抱くリュイリィに、ウィヌシュカは容赦ない侮蔑の眼差しを浴びせる。
「そろそろ行くぞ。腹を空かせているのは我らが主神だ。『断罪の天秤』などと笑わせてくれるが」
「気取った言い方をしたって、要するに腹時計だものね。あは、やっぱりボクは、ウィヌのことが大好きだよ」
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天界ヴァルホル。
冥界ニブルヘイム。
精霊界ドヴェルグ。
力の拮抗した三つの世界のいずれにも括り付けられていない場所に、死の女神ウィヌシュカや転生の女神リュイリィの魂は在った。あえて定義するならば、虫けらどもの棲まうこの人間界ミッドガルドにこそ、彼女たちの魂は括り付けられていると言える。
天界、冥界、精霊界──、そのそれぞれを統べる
つまるところ人間界とは、神々の食料庫である。遙かなる
「聖騎士団と思しき王族直属の組織が、市場に流れるはずの魔銀を地下で牛耳っている。中立の化身である我ウィヌシュカは、神聖な物質である魔銀を用いて私腹を肥やすその愚行を見逃すことは出来ない」
「我が王国が誇る
千年王国スクルドの王クレイは、眼前に構えられた
「へぇ、これが十万の民を統べる王かぁ。極上の
無邪気な瞳を輝かせるリュイリィに、ウィヌシュカは何度目かの侮蔑の眼差しを向けた。今にも仲違いを始めそうな二人の女神に、クレイが問う。
「知っているだろう? 今宵は二度目の
国王クレイは、銀飾の鞘から長剣を抜いて身構えた。純銀に祝福された鋼鉄の剣は、豊かな魔力を帯びて碧色の光彩を纏っている。
「届かぬ。お前たちがあと千年、いや万年祈ろうとも──」
ウィヌシュカの言葉の続きを遮って、舌足らずな口調でリュイリィが被せる。
「君たちは結局のところ、神々にとっての食料に過ぎないからね。ウィヌは虫けらに死を、ボクは虫けらに転生を。わざわざこうやって与えにきてやったのさ」
女神の身勝手な宣告を聞き終えたクレイは、この
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