鉄の国へ足を踏み入れて。

 本当の意味で最終手段になるだろう。

 シャノンから貰い、そしてアインが進化させた絶対服従の力は強すぎるため、使用後の相手に対する影響がはっきりしていない今は、出来る限り使いたくない。

 だから、他の手段がなくなってからだ。



「それで、閣下っていうのはどうして?」



 先ほどレオナードがアインを呼ぶために用いた呼称のことだ。

 それに首を傾げたシャノンが尋ねた。



「俺の身分を隠すから。地上に降りたら俺は『将軍』の立場になるんだ」


「将軍? さっきの子は公爵家の跡取りなのに、アインが閣下って呼ばれても平気なの?」


「一応ね。それにレオナードは普段も、職務中は爵位に関係なく上司には敬語だし、別に今回も問題にはならないと思うよ」


「ふぅん……そうなんだ」



 すると、納得したのかシャノンの姿が薄らいでいく。

 半透明になった彼女はやがて、アインの方に歩いて来て、



「私は寝てるから、何かあったら声を掛けて」



 と言って、そのまま歩いてアインに身体を重ねる。

 彼女の姿はそれを以て、完全に消えてしまう。

 妙な消え方をしたものだと苦笑したアインは窓の外を見て、それから部屋の外へ通じる扉を見てから、支度をする。



「行くか」



 ようやくだ。

 今日までイシュタリカを騒がせた鉄の国へ、遂に足を踏み入れられるのである。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 急ごしらえの鉄塔は、アインが乗って来た飛行船を止めるためのものだ。

 当然、バハムートではない。

 バハムートでくればアインの関与がわかってしまうから、今回は普通の――――と言っても、ロランが発明した『将軍級』と言う、以前のより更に巨大な飛行船である。



 下に広がるのどかな平原には多くの騎士が居て、距離を開けて男十人ものドワーフたちが騎士たちを密かに睨み付けていた。

 ともあれ、それが騎士たちにバレていないはずもない。



「いやはや……閣下に失礼な真似をする者ばかりですな……」


「うむ。あまりにも目に余るようであれば、強く言った方がいいかもしれん」


「ならば今ではなかろうか?」



 騎士たちの声を聞きながら、アインはその近くで苦笑する。



「お爺様には舐められるなって言われたけど、まぁ……とりあえず気にしないでいいよ。ここで問題を起こしたら面倒だし、これまで研究員が行った時だって同じだったんでしょ?」


「はっ……仰る通り、粗暴を極めていたとか」


「なるほどね。俺、粗暴を極めるって言葉ははじめて聞いたや」


「ですがそれほどだったのですよ……まったく奴らは……」



 騎士たちは不安そうにしながらも、アインの前を進んだ。

 その後ろにレオナードが、研究員たちが随行している。

 更にその後ろを歩くマインはマルコを隣に連れ、その反対にシルビアを連れていた。



「シルビア様」



 マルコが歩きながら、アインを挟んで言った。



「ドワーフが築いた古代文明ですが、どれほどのものなのでしょう」


「私もちゃんと見たことはないから分からないわ。でも、旅をしている間に、彼らが造った魔道具に触れる機会は何度もあったの。――――前にも言ったけど、その技術力は馬鹿にできないわ」



 前にもそうだったが、このシルビアが認めるほどの技術がある。

 それがダークエルフの色気にやられたというのは情けなさを感じて止まないが、そのダークエルフと言うのが、傾国の美女だったのだろう。



(あそこか)



 一行が進んでいると、その先の景色が歪みはじめた。

 奥に立つドワーフたちの立ち位置は変わらないのに、いつからか、彼らとの距離が歩いている以上に近づいている気がした。

 ……景色の歪みが晴れたとき、その答えがわかる。



 アインが気が付いたとき、彼の目の前には灰色の小砦が鎮座していた。

 石レンガをくみ上げただけの質素な小砦だ。扉がなく開け放たれたままの出入り口には、先ほどまで平原に立っているだけにしか見えなかったドワーフの姿がある。

 目を凝らせば、その小砦の奥にどこかへ通じる道があるのが分かった。



(例の魔道具か)



 話に聞いていた、周りの景色を偽造する魔道具の効果だろう。

 こうして目の当たりにすれば、凄みがよくわかる。



「アイン君は無理したらダメよ」



 小砦――――鉄の国への入り口が近づいたことでシルビアが言った。



「え、今更それを言いますか?」


「もっちろん。怪我しちゃったら、帰ったときにクローネさんたちを悲しませちゃうでしょ?」


「……ですね」


「あーほらほら、心配しない。クローネさんの身体は私も観てるから、そんなに暗い顔をしないの。いい?」



 と言われても心配なものは心配なのだ。

 たとえ、他でもないシルビアの保証があったとしても、想い人の体調とあらば、どうしても無視することはできない。



 ここに来ても心配だったアインが、小砦に足を踏み入れた。

 三人は騎士に囲まれ、騎士はドワーフに囲まれる。

 従順とまではいかずとも、もう少しは協力的な態度になっているだろうな、と考えていたアインにマルコ、それにミスティが苦笑していた。



「真っすぐ進め。左右の穴に落ちたら助からない」



 ドワーフの言葉にアインが「穴?」思議に思ってすぐ。

 武骨な砦内の奥にあった道を進めば、どこまでもつづいていそうな地下空間が広がっていた。

 先が見えないほど長い階段の左右には暗闇。階段の隅で微かに光る灯りを除いてしまえば、灯りらしい灯りは他にない。



 じとっ……と生ぬるい風が、変装したアインの頬を撫でた。



(すごいなここ)



 下へ下へつづく暗黒の道に、一筋の光が如く階段がつづく。

 どこまでも伸びているように見えた階段は、数十分も歩いてようやく先が見えてきた。

 落ちたら助からないとドワーフが行った左右の暗闇に、一体ずつ巨像が立っている。巨像の手が左右から伸びて、その中心に最奥があった。

 それは青緑に光る松明が並ぶ、石の扉だった。



「後につづけ」



 ドワーフが依然として尊大な態度で言い、扉に手を伸ばす。

 扉には複雑な文様が刻まれていた。ドワーフの手が触れるや否や、それらの紋様が碧や紅、翠の光を放ちながら紋様を満たす。

 紋様が極彩色の光を孕むと、扉が静かに左右に開いた。



 ――――そして、アインは見たのだ。



(……これが本当に地下なのか?)



 これまでの暗闇から打って変わって、明るい。

 広い地下空間は等間隔に並ぶ巨大な柱が地面から伸びて、最奥に鎮座した巨大な石の城が一行を迎えたのである。

 アインの前には、王都の大通りを想起させる広い道がつづいていた。

 彼はその先にある城と、巨大な柱の間で視線を往復させる。



「すごいわね。灯りはどうしてるのかしら」



 シルビアも同じく驚いていた。

 彼女はアインと違って、柱や白以外の要素に気を取られている。

 この地下空間は明るいのがわかる。だがその灯りは、外のように日光が天から注いでいるわけでもなく、どこからともなく灯りが全体を照らしているのだ。

 光源が気になって堪らないらしく、シルビアは興味津々と言った様子。



「はっ! 外の人間にわかりっこねぇよ!」



 ドワーフが騎士越しにシルビアへ言った。



「見たか! 俺たちの叡智を! 見たか! 俺たちの技術を!」


「がーっはっはっはっ! おいおい! そんなこともわからないんじゃ、外の人間の知識なんてたかがしれてるってもんだ!」


「なっさけねぇなぁ……所詮、ドワーフでない者かよ」



 騎士たちの間に緊張が走った。

 相手はシルビア。エルダーリッチのシルビアだ。彼女は魔王大戦当時も名を馳せた強者にして、初代国王マルクの母である。

 そのシルビアを嘲笑したドワーフたちに、どう抗議するべきか。

 彼らはアインの存在もあってか、率先して口を開くことが憚られていた。



 ……しかしドワーフたちは、すぐに軽口を慎むことになる。

 彼らの声を意に介していないシルビアによって。



「ああ、柱が雪王岩せつおうがんでできてるのね。だから光源が必要ないのかしら」


「……お前、知ってんのか……?」


「知ってるわよ。雪原に住まう魔物が死後、その亡骸を化石化させたものでしょう? 魔力を通せば自然光を放つから、使い勝手はいいかもしれないわね」



 アインもマルコも、それにレオナードも静かに耳を傾ける。

 つづけてシルビアが言う言葉により、ドワーフたちの間に動揺が走る。



「でも、よく雪王岩を使う気になったわね。使い勝手はいいかもしれないけど、あの自然光は日常的に浴びていると身体に毒なのに」


「ど、毒だって!?」


「あら……知らなかったならごめんなさい。気にしないでいいわ」



 すると、シルビアは「行きましょ」と言って鉄王槌までの道を進もうと提案した。

 道を知る騎士たちがそれを先導する。

 だが一方で、さっきまで尊大な態度を取っていたドワーフたちは慌て、シルビアに話のつづきを聞こうとして距離を詰める。



「それ以上は許容できん。離れてくれ」


「な、なんでだよ! 話を聞くだけだろうがッ!」


「どうしてもというのなら後程だ。我々からシルビア様にお伺いを立てたのちに、そなたら鉄の国へ通達する」


「な――――こ、この野郎ッ!」


「待てッ! 手を出すんじゃないッ!」



 腕を振り上げかけた瞬間、別のドワーフが羽交い絞めにして止めた……その時だった。



「この、馬鹿者がァアアッ!」



 唐突に現れた別のドワーフが、羽交い絞めにされたままのドワーフの頬を強打した。

 その人物の顔には、アインも覚えがある。

 今日は別行動として、先に足を運んでいた騎士と共に鉄の国へ戻っていた男――――女王の護衛を務める、ギドである。



「がはっ――――ギ、ギドッ! てめぇ、なにしやがるッ!」


「愚かな真似や止めろと何度も言っただろッ! お前は副衛兵長だというのに、どうしてそんな愚かなことをするんだ……リオルド、、、、ッ!」



 ギドに拳を振るわれた男の名をリオルドと言うようだ。

 その立場は、副衛兵長。

 察するに、女王の護衛をする中でも二番目の立場にある者だ。



「お前はもう戻れッ! その態度が鉄の国を滅ぼすのだと、なぜ理解できないッ!」


「な、なんだと……ッ!? てめぇにはドワーフの誇りがねぇのかよッ!」


「馬鹿なことを。誇りがあるからこそ、お前を止めるんだ」



 二人のやり取りはこれで終わる。

 リオルドと呼ばれたドワーフが舌打ちをしてこの場を去り、すぐにギドがアインをはじめとした一行に頭を下げたからだ。



「申し訳ない。迷惑をかけた」



 ギドは深々と頭を下げたのちに皆を先導した。

 そこでシルビアは、彼に「色々と落ち着いたら詳しく教えてあげる」と言った。



「これでアイン君の力になれたわね」



 彼女はアインにしか聞こえない声で言い、艶美に笑む。

 先ほどの情報も何らかの交渉に使えるだろうと思ってのことだ。

 これには、アインも感謝せざるを得ない。



「でも、大丈夫なんですか?」


「雪王岩のこと? あの光はずっと浴びてると人体に悪影響があるけど、かといって本当に長い時間浴びてた場合よ」


「ちなみに、それってどのくらいの期間を差してるんでしょう」


「十年単位かしらね。それでようやく身体の不調を少しずつ認められるようになると思うわ」



 つまり、今回に限っては本当に気にする必要がない。

 特にアインの場合は毒素分解EXもあるから、殊更だった。



(それにしても、早速賑やかだなー)



 決して呑気にではない。

 多少の騒動は予想していたから、ある程度リラックスしていただけだ。

 そんなアインが見る景色が徐々に変わりはじめる。

 大通りの隅からアインたちを見るドワーフの数が増えはじめた。アインは女性や子供のドワーフをはじめてみたと思いながら、すぐに向かう先に目を向ける。



 石の城の更に奥……それが、



「閣下。あれが鉄王槌です」



 レオナードが言った。

 それを見たアインが理解に至る。



「……鉄王槌って、鉄の国の城と同化してたんだ」



 城の後部に見えた巨大な管が上へ上へと何本も伸びている。管の太さは、一般的な民家が余裕で通りそうなほどの太さだった。

 見ていると、イストにあった叡智の塔を思い出して止まない。

 また、一際目を引いたのは……



(あれが鉄王槌の中心か)



 上へ上へと伸びた幾本もの管が、城の裏手の宙で複雑に入り組んでいる。

 入り組んだ管のど真ん中に固定された、一切の光を反射しない漆黒の立方体……それが、他にない存在感を放っていた。




 ――――――――――



 あとがき


 最近は更新が滞り気味で申し訳ありません……。

 年末年始のしわよせもそうですが、別作品の書籍化が決まりまして、そちらの改稿作業もはじまっておりまして……。


 少しずつ元の調子に戻せるよう努めて参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。

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