初日の確認。
鉄王槌は城と同化している。
行き方としては、城の中に足を踏み入れてから、更に地下へ通じる道へ足を進める。
城内は飾りっ気がなく武骨だが、代わりに用いられた石材などを見れば、その加工技術は稀有なそれであるとアインにもわかった。
「ギド殿。悪いが、先ほどのようなことはもう勘弁願いたい」
城に入ってすぐ、レオナードが改めて言った。
イシュタリカの者たちを先導するギド――――女王の護衛であるそのドワーフは、一言も反論することなく頷いて、申し訳なさそうに言うのだ。
「本当に申し訳ない。あの男に案内を任せた私の失態だ」
とはいうものの、案外、ギドが拳を振るったリオルドと言う男だけの問題ではない気がした。
(周りのドワーフも囃し立ててたしなー……)
シルビアをあざ笑うかのように声を上げていたのは、アインも決して忘れていない。
かといってそれは指摘しないし、それこそ、当事者のシルビアが別にいいわよ、と笑い飛ばしていたからアインもアインで触れ辛かった。
――――こうして会話を挟みながらも、一行は地下の道を更に進んだ。
この地下道は、これまでとどこか雰囲気が違った。
床や壁、それに天井に至るすべてが黒く滑らかな材質で、そこに蒼に瞬く紋様が所狭しと刻まれた空間である。
ここを進むうちにアインとシルビア、それにマルコは説明されずとも察していた。
「この紋様は見事なものね。マルコもそう思わない?」
「仰る通りです。これは魔物の身体にある魔石が、身体中に魔力を巡らせているのと同じです。まさかこれほどの技術があるとは、目の当たりにしてなお信じられません」
まるで、生きた兵器だ。
アインもここに来るまで鉄王槌の存在に懐疑的な思いがあった。
というのは、どのようにして聞くほどの兵器を管理しているのかというものだった。けどそれも、ここに来てようやく理解できた。
生きた兵器という感想を抱いたように、古きドワーフたちの技術力は現代のそれとまた違う強みがある。
「そんなに敵がいたのかな」
思わずつぶやいたアインの声を聞き、シルビアが言う。
「昔は別の種族と同じ国で暮らすなんて考えられない時代があったの。この国に居たドワーフたちはダークエルフと友誼を持ったけど、それすらも稀有な例だったのよ」
「……あ、確か、同じようなことをフオルンの長も言ってました」
「だからなのよ。ドワーフたちは技術力を以て巨大な兵器――――鉄王槌を完成させたのでしょうね。でも、それを扱いきれてないところを見れば、均衡の重要性を伺い知れるわね」
扱いきれていれば、もしかすると大陸の覇権はイシュタリカではなく、ドワーフたちだったかもしれない。
……と思ったが、シルビアたちが居るから大差はなかっただろう。鉄の国が暴虐を尽くしたとすれば、そこにシルビアが黙って居るとは思えないからだ。
(ん?)
このことを再確認した後に、アインはようやく進み終えた先に見えた階段を見て、「おおー」と声を漏らした。
「すっごい階段だ」
小さな声で呟けば、先ほどギドに苦言を呈していたレオナードが近づいた。
「……殿下――――いえ、閣下。私はいま、王都に戻ったら毎日の運動を心がけようと決めた次第です」
「あはは……いいかもね。健康的だよ」
レオナードが思わず弱音を吐いたのは、この地下空間の上部に広がる数多の管の内側に走るその道が、すべて自分の足で進む階段で構成されていたから。
とどのつまり、鉄王槌の中央へ行くにはその階段を上り切るしかない。
広い天井へ向かう数多の管は、どこから上へ向かってもいいそうだが、どこを通っても階段の数自体は変わらなそう。
結局、頑張るほかないのだ。
「研究者たち、筋肉痛になってなかった?」
「閣下が仰る通り、実はほぼ全員が頭より身体疲れたと申しておりました。そして私も、その例にもれず疲れることになるだろうと確信した次第です」
「……王都に戻ったら、時間があるときは一緒に運動しよっか」
「はっ――――その際は是非」
やがて心の準備が終わったのか、レオナードは旺盛な足取りで前に進みはじめた。
彼はドワーフを連れ、騎士を連れ、自分自身が先導を切って鉄王槌の内部へ登っていく。
その後ろで、アインもまたシルビアとマルコの二人を連れて階段を進む。
連れてきた騎士はもちろんのこと、この三人にいたっては、この程度で疲れを感じることはおろか、息を切らすことすらない。
むしろ、階段の遥か先に待つ鉄王槌の本体。
漆黒の立方体にばかり意識が向いて、あれはどのような造りなのだろうと考えて止まない。
――――やがて、十数分ほど階段を進んだ先で。
息を切らし、何とか膝を折らないよう意地を張っていたレオナードを気遣ってから、アインは管の先でつながる漆黒の立方体の前に立った。
てっきりアインは、その中に入れるものだと思っていた。
けど、違った。
漆黒の立方体こと鉄王槌の本体には、外部から手を尽くすしかない。
管の先に出いて近づけばわかる。鉄王槌の本体には、管の先から外に出て近づける足場があった。
その足場は油断すれば下に真っ逆さまの危険な場所なため、研究者たちは特に気を使っていた。
アインはレオナードに少し休むよう言うと、シルビアとマルコの二人を伴って前に進む。
途中、アインが身分を偽ってここにいることを知らないギドが案内を申し出たが、三人は一度それを誇示すると、鉄製の足場に恐れを抱くことなく進んだ。
この足場からは、鉄の国が一望できる。
地下にあるため空は望めず、古くからの文明にある質素な家々が立ち並ぶ光景は、どこかアインの記憶に残る、初代国王が見た景色を瞼の裏に蘇らせた。
不思議と空気は悪くなく、風の流れがあるのか悪くない涼しさだ。
「アイン君。私は私で勝手に調べて来てもいいかしら」
「わかりました。それじゃ、俺はマルコと一緒に見てますから、何かあったら声を掛けてください」
「ええ。アイン君も、何かあったら教えてね」
そう言ってシルビアは二人の傍を離れ、彼女は興味津々と言った様子で足場を歩き出す。
まずは鉄王槌の本体を見て回っていたその近くで、アインは鉄王槌の本体に触れられる場所を探した。
「あちらなら可能かと」
「……よく、俺の考えてることがわかったね」
「それはもう。アイン様のことでしたらお任せくださいませ」
誇らしそうに言ったマルコに「ありがと」と礼を言ったアインは、そのマルコが見つけた足場へ向かう。
向かった先の足場から手を伸ばせば、漆黒の表面に手を触れられた。
「なんか、これはこれで芸術みたいだよね」
「はい。恐らく技術的にもそうなのでしょう。この本体にも刻まれた紋様からは、我ら魔物の体内にあるのに似た特徴がございます。それこそ、地下の道や管の中で見かけたのと同じく」
「あー……言われてみれば確かに」
鉄王槌の本体には、それこそ管の中にあったのと同じように複雑な文様が刻まれている。
マルコはそれ自体の美しさの他に、この紋様が作り出す効果自体の凄みについても、叡智の結晶が芸術に昇華したのだ、と称えたのだ。
(――――うん?)
ほぼ天空といってもいい高さにある鉄王槌。
その表面に手を触れたアインは、その中に宿る魔力に違和感を覚えた。
「どうされたのですか?」
「うーん……なんか魔力を吸えるには吸えそうだけど、吸ってる最中に、どこかへ逃げてしまいそうな感じがするっていうか……」
「恐らく、それが例の仕様なのではないかと」
「ああ、無理に魔力を抜いたり入れ替えたりしたら、それで鉄王槌が暴走するってやつか」
「かもしれません。この様子ですと、我らが容易に理解できるような技術ではないようですね」
古いドワーフが作り上げた巨大兵器の内部は、アインたちが容易に理解できる仕様ではないらしい。
アインはここで、女王が嘘を言っていなかったことに安堵した。
だがアインは、鉄王槌に触れた際に別のことにも気が付いた。
……先日、研究者たちにより報告された、例の不審点についてだ。
その不審点と言うのは、鉄王槌内部の魔力が不規則に減衰している件だ。これについては、アインも手を触れた際に違和感を覚えた。
魔力が不規則に動くのを察知すると同時に、どこかへ潜むように蠢いているのを。
その蠢き方には、覚えがある。
以前、バードランドで黄金航路の地下研究所を見た際、それに似た魔力の動きを察知したことを瞬時に思いだしてしまったのだ。
やはりと言うべきなのか、ここでも来たかと言うべきなのか。
アインは自分が足を運んでよかった――――と、心の底から安堵するとともに、自然と竜人・セラのことが脳裏をよぎった。
――――――――――
しばらくお待ちいただいたのにこの短さでは……と思いますので、明日もまた更新して参ります。
是非、明日もご覧いただけますと幸いです。
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