鉄の国へ向かう直前に。

「聞こう」



 と、先の報告から数日後の夜にシルヴァードが言った。

 場所は謁見の間の最奥に控えた小部屋で、重要な話をする際、彼が好んでアインやロイド、ウォーレンと言った重鎮を呼び寄せる場所で。



 ただ、今宵はアインとシルヴァードの二人だけ。

 シルヴァードはこの日、アインと相談してこの場を設けていた。



「鉄王槌内部に見つかった不審点ですが、原因不明の故障に近いらしいです。女王にも尋ねましたが、女王も慌てふためいていましたから、彼女が関係ないところで何かがあったと思われます」


「例の元相談役だな」


「はい。奴が鉄の国に滞在したのはわずか二日とのことですが、間違いない気がします」


「余も同じ考えだ。――――さて、そうなれば厄介になる。先のシュトロムの一件然り、人寄らずの幽谷の件然り、決して些細なこととは言えん。それが此度、鉄の国と言う不穏分子を扇動したとあらば、その不審点とやらも無視できんな」



 その不審点だが、鉄王槌内部の魔力が減衰しているという話だ。

 これまでそうした例はなかったらしく、鉄王槌の故障などが疑われている。

 故に不慮の事故も鑑みて、決して無視はできない状況だ。



(減衰するだけで、いずれ魔力が消えるならそれでもいいんだけど)



 これには女王が異を唱えた。

 鉄王槌に備え付けられた炉が異常をきたす可能性があり、それにより想定外の暴発があっても不思議ではないという。

 この際の女王だが、決して自己保身による発言には見えなかった。

 先日同様、必死に振舞う町娘のそれだった。



「護衛には誰を連れていくつもりだ?」


「ってことは、俺が行っても大丈夫なんですか?」


「何を今さらなことを。どうせ自分が行くといっても聞かぬであろうに」


「……さすがお爺様」



 別にシルヴァードも無条件で許可しているわけではない。

 アインが行った方がいいと判断してのことと、そのアインがしっかり護衛周りの話をするのであれば許可をするということだ。

 今回はそのためにシルビアも居ることが、許可を出しやすくしていた。



「シルビアさんとマルコの二人と行こうと思ってます」


「では、ディルは置いていくのだな」


「ですね。カティマさんが子供を宿して間もないですから、無理に連れて行くつもりはありません。幸い、今回はシルビアさんも居ますから」


「なればクリスはどうだ?」


「……言わなきゃ駄目ですか?」



 言い辛そうにしているアインを見て、シルヴァードが高笑い。



「はっはっはっはっ! 構わん! 聞いてみただけである!」



 アインが言いよどんだ理由は当然、本心ではクリスを連れて行きたくないからだ。

 まだ立場としてはアインの専属護衛の一面もある彼女だけど、アインにしてみれば、心を寄せる女性として思うところがある。

 かと言って、ディルやマルコを軽んじているわけでもない。

 こればかりは男として守りたい異性かどうか、これに尽きるだけだ。



「最終確認だ。アイン自ら鉄の国へ行かねばならん理由を、余にもう一度説明せよ」



 これまでと違って、シルヴァードの声音には圧があった。

 国王と王太子の立場として、必要な確認をすべく態度を改めていた。



「いざとなったら、俺が鉄王槌の魔力を吸い尽くします」



 言わずもがな、鉄の国の住民を避難させたのちに。

 鉄王槌内部の魔力量が減れば、暴走した際の破壊力も減少するはずだ――――と女王から聞いている。

 であれば、これが最善だと思った。



「王太子のお主が行く理由もだ」


「俺が行った方が、万が一の際は大陸への影響が小さくなるからです。鉄王槌が暴走した際の威力が聞いている通りなら、俺が魔力を吸った方が絶対にいいはずです」


「――――ならば、アインの安全は?」


「えっとですね……我ながら頑丈な身体なので、むしろ俺を殺せるくらいの破壊力なら、それこそ俺が行って魔力を吸わないとまずいような気がしませんか?」


「うむ。一理あるな」



 だからアインが怪我をしないならそれでいい。

 逆にひん死に至るだけの大怪我を負う可能性があるのなら、確実に足を運ぶべきという話だった。

 危険なことは変わりないが、その危険を冒す必要があるとも言い換えられる。



「アインが向かうことを許可しよう」


「ありがとうございます。――――それじゃ、早速明日にでも、」


「待て。余から一つだけ条件がある」



 待ったがかかり、アインはまたシルヴァードの言葉に耳を傾けた。

 シルヴァードが言うには、アインが王太子と分からないように変装をするようにとのことだ。

 それなりの立場にある騎士を装って鉄の国へ向かい、状況を把握することが求められた。



「今後のことを鑑みて、我らが鉄の国にへりくだったと思われるのは芳しくない。これにはウォーレンも同意しておる」


「では、前にイストへ行ったときのように変装します」


「そうしてくれ。いずれにせよ、アインの姿を鉄の国の者らは知らぬだろうがな」


「状況が変わって、女王を鉄の国へ戻さなきゃいけなくなったら面倒ですしね」


「うむ。そういうことだ」



 幸いなことに、鉄の国は徹底的な鎖国状態にあった。

 アインと同行する者や騎士たちにも事情を説明しておけば、大した問題にはならないはずだ。



(魔道具を用意しておかないと)




 ◇ ◇ ◇ ◇




 数日後には王都を発った。

 その際、クリスやディルを説得したりとひと悶着あったものの、最後にはアインの意見が尊重されて今に至る。



 だが、アインには一つだけ心配なことがあった。

 クローネの様子がどこか普段と違い、少し身体が重そうだったのだ。

 シルビアが診てくれたと聞いたから一度は胸を撫で下ろすも、こうして王都を離れると、また心配な感情が生じていた。



「早速ですが、現地の様子を――――殿下?」



 大陸西方にて合流した飛行船群。

 一足先に足を運んでいたレオナードがアインが乗る飛行船にやってきて話をしていたのだが、そのアインが窓の外を見てぼーっとしていたことに首をかしげた。

 するとアインは、ハッとした様子でレオナードに振り向く。



「ごめん。何の話だっけ」



 アインが寝泊まりしていた部屋で、二人は顔を見合わせる。



「大丈夫ですか? 体調がすぐれないのでしたら、本日は私だけで鉄の国へ行きますが……」


「い、いや……大丈夫だよ。そっか、鉄の国の入口へ向かってみるって話だったっけ」



 レオナードと言葉を交わしながらも、アインは心の内でクローネとのやり取りを思い返す。



『平気。ちょっとだけ身体が重いだけだから、少し休んでたらすぐによくなるわ』


『……っていわれても、心配でたまらないんだけど』


『もう……ほんとに大丈夫よ。シルビア様もちゃんと診てくださったし、時間が経てばちゃんと良くなるんですって。アインはシルビア様のことを信用できないの?』



 出来るかできないかと言われれば、出来るという答えになる。

 何せシルビアは前世の自分の母であるから、疑う余地は皆無なのだ。

 だが、それでも心配なのは変わらない。ただそれだけの話だった。



(シルビアさんだって、心配するなって言ってたしな)



 彼女がそれだけ念を押したのだ。きっと大丈夫なはず。



(早いうちにこっちの件をどうにかして、一日でも早く帰らないと)



 そうと決まれば一分一秒が惜しい。

 アインは先ほどまでの呆けた態度を改めて、凛と力強い表情を浮かべた。

 それを見て、レオナードはいつものアインが戻ったと感じた。

 レオナードは畏まった声音でつづける。



「この後すぐ、時刻は九時に地上へ向かいます。そこで鉄の国へつづく道へ向かいますが、ご質問はございますか?」


「その道まではどのくらい時間がかかる?」


「地上に降りてから十数分です。平原の一部に魔道具により道が隠されておりますから、そこへ向かえば鉄の国の者が案内する手はずとなっております」



 案内をするドワーフはギド、女王の護衛をしていたあのドワーフだ。

 彼にも既に、アインが身分を隠して足を運ぶ件は話してある。

 万が一にでも鉄の国の者へこのことを話せば、女王の立場を危うくすることは承知のはず。だから彼ほどの忠臣であれば、愚かな真似はしないだろう。



「わかった。遅れないように準備しておく」


「はっ。では――――地上に降りてからは閣下とお呼びします」


「ん、りょーかい。こそばゆいけど、ちゃんと返事するように心がける」


「ははっ、どうかお願いいたします」



 身分を隠すからこその閣下という呼び方だけど、それはそれで何となく気恥ずかしい。

 偉そうな感じがして思わず苦笑してしまう。

 ……実際は閣下どころではないのだが、普段との違いによるものだ。



 ――――レオナードが去ってから、すぐ。



「ねぇ、閣下」



 背後から声がした。

 振り向けば、いつの間にか姿を現していたシャノンがいる。



「その呼び方は照れくさいから勘弁して」


「ふふっ、それじゃアイン。私の力が必要だったら、いつでも使っていいわよ」


「んー……正直、あんまり乱用したくない」


「そっちじゃないわ。私が言ってるのは、アインが私の力を進化させた方のこと」



 セラと戦ううちに進化させた使い方のことだ。

 アインがシャノンの魅了を使えば、対象の魔力ですら魅了することができる。

 これにより、セラを相手にした際も彼女に小さくないダメージを与えられた。

 鉄王槌の状況次第では、その力を使うことも視野に入れるべきだ――――とシャノンは提案していたのだ。


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