アインが王都を発つ前に。

 ギドの案内により地上に降りた者たち。

 彼らの中には帰りの心配をする者も少なくなかったが、幸い、彼らは一人たりとも傷をつけられることもなく、地上に降りた時と同じようにギドとともに戻った。



 が、困ったのはそれからだ。



 飛行船に戻った者たちの中でも、特に研究者たちが戸惑っていたのだ。

 その理由は、鉄王槌と呼ばれる魔導兵器の一部を見てしまったから。



「レオナード殿」



 地上に降りた者たちが戻ったのは夕方で、更に時間が過ぎて日が変わるその直前。

 一団の指揮を任されていたレオナードの下へ、派遣された研究者たちのまとめ役が足を運んだ。

 その男はレオナードの部屋に来るや否や、手にしていた報告書を彼に手渡す。



「こちらが本日の報告書です」


「ああ、今夜中に読んでおこう」


「……いえ、すぐにお読みください。最初の一枚だけ目を通していただけたら、後は私から直接ご報告いたします」



 レオナードは眉をひそめた。

 明らかに急を要する内容だったために、彼はすぐに頷いて報告書に目を向ける。

 言われた通り、最初の一枚目に書かれた文字を声に出さず読みはじめた。

 すると、レオナードの目がすぐに変わった。



「悪いが、ムートン殿を呼んできてくれるか?」


「そう言われると思い、既にお声がけしております。間もなくいらっしゃるかと」


「ああ、助かる」



 まとめ役の声を聞いたレオナードはもう一度、報告書に目を向けた。

 ……やはり、読み間違いではないらしい。



「間違いはないのだな?」


「もちろんです。書いてあるように――――」「おう! 呼ばれたからきてやったぞッ!」「――――ムートン殿もいらっしゃいましたから、ご一緒に説明致しましょう」


「あん? 俺に小難しい話をされてもわからねぇぞ?」


「ご安心を。魔道具周りの件ですから、きっとご理解いただけるかと」


「んだよ、なら先に言えってんだ」



 このムートンと言う男、レオナードも驚かされたのだが、鍛冶師の割に魔道具や魔導兵器にも明るい一面を持っている。

 理由を聞けば、本で学んだからなのだとか。



 果たしてそれだけで理解できるのかと思ったレオナードは、王都を発つ前に同じような本を読んでみた。

 が、理解できるという問題ではない。

 専門職も専門職、数多の研究者による叡智の結晶を、それだけで理解できるはずもない。



 だからレオナードはロランの凄さを再確認し、同時にムートンの才覚に驚かされた。



「急ですまないな」


「いいぜ。仕事をするために来てんだしな。で、話ってなんだ?」



 レオナードは研究者のまとめ役に目配せを送った。



「実は――――」



 そのまとめ役が語るのは、今日、鉄王槌の一部を調査して分かったことだ。

 話の内容はすべて報告書にも書かれているのだが、彼はさっき言ったように、自分の口から報告書のさわりに限って説明した。



 やがて、話が終わってからレオナードは黙りこくってしまう。

 まだ自分が口を出す段階になく、専門知識に横やりを入れる気にならなかったからだ。



「ほーん……なるほどな」



 途中、何一つ理解できない高度な専門用語も出た説明だったというのに、ムートンは訳知り顔で頷いていた。



「言ってしまえば、俺は最新の魔道具やら魔導兵器やらはよく分からん。技術的な問題はハッキリ理解してるとは言えないんだが――――今回は口出しできるな」


「ムートン殿? それはなぜだ?」


「鉄王槌が古い技術だからだ。とはいっても、古いからって馬鹿にできねぇけどな。そうだろ?」



 レオナードに尋ねられたムートンが、研究者のまとめ役に言った。



「はい。ムートン殿が仰るように、ドワーフの技術はどれほどの月日が経とうと、現代にはない技術の結晶に変わりはありませんから」


「俺がその古い技術を知ってんのは、俺が昔住んでた家に、そういう本が山ほどあったからだ」



 ムートン曰く、父が残した本だったそうだ。

 もうずいぶんと昔に記憶を失っていた彼は家族のことや、自分がどういう生まれだったのかまではあまり覚えていないらしい。

 だが、学んだ知識は頭から抜け落ちることなく残されていたそう。




「古い魔道具ってのは面倒なもんもある」



 話の中に出てきた問題……。

 鉄王槌の一部を調査して分かった本題について、ムートンが触れる。



「どうやら、鉄王槌ってのは俺らが思う以上に巨大な魔導兵器だったらしいな」


「仰る通りです。そのため一部しか調査できず、情報が欠けております」


「けど十分ってとこだろ。知りたかった情報を得られたってんだから、イシュタリカとしても上々な気はするけどな」



 そう言って、ムートンは研究者たちの報告書を手に取った。

 これまではレオナードが座ったソファに置かれていたそれを開けば、研究者による鉄王槌内部のスケッチもある。



「特に俺らドワーフが造った魔道具の中には、安易に魔力を抜いちゃいけねぇ代物もあるんだ」



 彼の言葉にまとめ役も耳を傾ける。

 ムートンが語るのは、あくまでもドワーフたちが生み出した古い魔道具、魔導兵器にかかわることで、現代のそれとは諸々が違ってくる話だ。



「海結晶がない時代の魔道具ってのは、魔力の制御方法が若干異なってくる。最近ではあちらさんの大陸でも海結晶を用いた魔道具が増えてるって聞くが、ドワーフが作るもんは、あっちの大陸で普及していた粗悪な魔道具とも話は違う」



 彼がつづける。



「どでかい逸品になればなるほど、制御装置が複雑になる。それが破壊力にとんだ魔導兵器だってんなら、不用意に魔力を抜けば――――」


「……どうなるのだ?」


「内部の魔力が想定外の動きをすれば、大概は吹き飛ぶ」


「やはり、その可能性が高いのですね」



 まとめ役はムートンが言ったような話は知らなかったが、鉄王槌を調査した際、不用意に魔道具を抜くのは危険と判断していた。

 それが間違いではなかった、ムートンの言葉からそれがわかった。



「ドワーフが作る魔石炉は、現代の魔石炉と比べて倍以上の出力がでる。魔石から取り出されたエネルギーは半永久的に鉄王槌内部を満たすが、その流れが下手にいじられると魔石炉が慌てて動き出す。過剰に出力されたエネルギーは、鉄王槌を暴走させてもおかしくないってこった」



 どうしてムートンがこんな話をしているのか。

 また、どうしてそのような報告書が用意されたのか。



 すべては、この後やってくる第二陣――――アインがかかわってくる。



「殿下に魔力を吸収していただくのは、勧められないってことなのだな?」


「ん? 俺としては別にいいんじゃねぇのかって思うけどな」


「馬鹿を言うなッ! なぜそう言えるのだッ!?」


「そら、報告書を見る限り、鉄王槌じゃ殿下を殺せたり大けがをさせられると思えないからだぜ」


「……だとしても、だ。大陸に浅くない傷を残すなら、決して容認できる話ではないだろう」



 これに尽きた。



 ともあれ、これでは予定が大きく変わってくる。

 当初はレオナードをはじめとした第一陣が鉄王槌その他を調査して、可能なら、アインが自身の口で提案した、鉄王槌の魔力を吸い尽くすつもりだった。



 だが、この状況ではそうもいっていられない。



 大体の話として、アインが怪我をすることが必定であれば避けるべきなのだ。

 レオナードは話の内容を思い返して頭を抱えてしまう。

 しかしすぐに顔を上げ、この部屋に用意していたメッセージバードを手に取った。

 一対のメッセージバードは、城内の大会議室に置かれてある。



「お待ちください!」



 それを、一度まとめ役が止めた。



「鉄の国のドワーフたちは、我らが想像する以上に複雑且つ、叡智に富んだ技術を持っております! 女王が口にしていた鉄王槌の技術が一子相伝との件、これが本当であれば――――ッ」


「わかっている。それも踏まえて宰相閣下に連絡するとも」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 連絡を受けたウォーレンたちは、レオナードほどではないが思案に耽った。

 だがすぐに、アインが自らの足で城を出る。

 彼はレオナードから届いた報告の件も踏まえ、女王に確認したいことができたと言い、マルコを連れて王都のはずれへ向かったのだ。



 ――――秘密裏に城を出た二人が向かった先には、騎士が立っていることはなければ、特別な警戒態勢が敷かれているわけでもない。

 あくまでも、普通の民家を装って用意された建物であり、鉄の国のドワーフらが情報をかぎつけられぬように偽装したそれが鎮座している。



 だが、実際は無軽快なはずもない。

 当然のように腕利きの騎士が何人もいるし、外にも王都民に扮した騎士が大勢いる。



 建物の中に入って地下に向かうと、魔道具による扉が幾重にも重なった場所にたどり着く。

 その先に、鉄の国の女王が給仕のリルと共に居るのだ。

 彼女たちは唐突に足を運んだアインとマルコに驚いていたが、女王は気丈にもその役職にはじぬ立ち居振る舞いを心がけ、どこかおどおどしながらも二人を迎えた。



「鉄王槌を調べさせてもらったよ」


「……はい。だと思ったのです」


「それで、やっぱり貴女が鉄の国に戻らなければいけないってこともわかった。これについて聞いておきたいんだけど、鉄王槌が暴走するまで、あとどのくらいの時間がある?」



 包み隠さず、堂々と聞いてきたアインの目。

 それを見ていると、女王は心に押し寄せる圧の他に、彼が王だったら民はきっと頼もしく思うはず――――という、自分にはない強さにうらやましさを覚えた。

 すると、自然と涙が零れ落ちた。

 自身の情けなさに気が付き、弱々しく震えた声で答える。



「にじゅっ……二十……ねん……くらい……なの、です……っ!」



 本当のところは、アインが思っていたよりも余裕があった。

 まだ、近々で慌てるほどのことではない。



「女王っ! な、なぜ……ッ!?」



 すると、給仕のリルが慌てて女王に言った。

 どうして本当のことを。危険だ。

 素直に言えば……余裕があると分かれば、女王の価値は一気に消し飛ぶと言わんばかりに、女王を案じて言ったのだ。



(この様子だ。恐らく嘘じゃない)



 シャノンの力を用いて裏をとる必要もなさそうだ。

 いずれにせよ、あの力を何度も使うことは避けたい。

 倫理的な件は割り切るべきなのかもしれないが、幾度と行使される事で、行使された人物の精神に異常をきたすことはアインも避けたいところだった。



 特に、女王はまだ重要な人物だから。



(仮に二十年ってのが本当なら、恐らく俺たちの技術でどうにかなる可能性も高いな)



 初日の調査結果では安易に動くべきではないと論ぜられたが、それが一年、また五年と月日が経つにつれて鉄王槌の技術が明らかになる。

 いずれは、イシュタリカでも対処が可能になるはずなのだ。



「うっ……ぁ……っ……うぅ……」



 女王が嗚咽を漏らし、双眸からは涙が止めどなく零れ落ちていく。

 その女王をリルが支えている姿には、痛切な何かを覚えてならなかった。



「――――今日は急に来て悪かったよ」



 アインはそう言い、来て間もないというのに席を立った。

 女王は彼を見送ろうとしたけど、アインに優しく「大丈夫」と言われて席に座ったままだ。

 代わりにリルが見送ろうとしたのだが、それも制したアインはマルコと共に地下を出る。



 やがて、外に出てからマルコと顔を見合わせた彼は、



「あの子はきっと、女王に向いてない」


「……はい。どうやらただ心優しい少女のようですし、アイン様が仰るように統治者には向いていないでしょう」



 だからこそ、罰したくない気持ちがある。

 国と国同士だから責任を取らせるのは仕方ないのだが、割り切れない気持ちはどうしようもなかった。



 ……などと沈痛な心情もありつつ、城への帰路に就くアイン。当然二人は変装しており、女王が居る場所が万が一にも他者にバレないよう気を使っていた。



(女王の処遇……か)



 まだ、決められないことに違いはない。

 すべては明日以降の調査に委ねられることとなるし、シルヴァードやウォーレン、そして貴族たちの意見も交えながら話が進むだろう。



 ともあれ、もうアインの出番はないのかもしれない。

 無理に手を出さない方が良いと結論付けられたのであれば、彼が出る幕はないのだ。



 ――――しかし、彼には一つの疑問があった。



 黄金航路の元相談役がかかわっているとすれば、これほどあっさり物事が落ち着くだろうか?

 そうは思えないアインはこの夜、じっと考えながら一夜を過ごした。

 そして、翌朝になってアインの予想は的中することになる。

 朝一で鉄王槌を調査した一団から、緊急の連絡が届くことになるのだ。



『鉄王槌の内部に、不審点が見つかった』



 この報告が届くとともに、アインはやはり無関係ではいられないと自覚して、やはり自分も向かった方がいいのかもしれないと考え直したのだった。




――――――



 あけましておめでとうございます。

 年末年始と言うことで更新が不安定になっておりますが、少しずつ落ち着いてくると思いますので、何卒ご容赦くださいませ……。


 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

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