【2021クリスマスSS】今年はみんなで。

 一日遅れですが、今年のクリスマスSSです!

 SSは例によって時系列、細かな事情などは気にしない形でお楽しみいただけますと幸いです!




 ◇ ◇ ◇ ◇




 すべては思い付きだった。

 珍しくこの年は多くの騎士や給仕が里帰りをしたり、休暇を欲したりと城内が例年になく閑散としていたのである。

 となれば、必要最低限の人員しか残されておらず、城内を歩くとその静けさに皆が驚いた。



 ――――そんな中、国王シルヴァードが広間で呟いた言葉に皆が活気だったのだ。



「せっかくだ。中庭でクリスマスパーティでも開くか」



 それは、騎士や使用人も全員が参加するものである。



 これを聞いた皆は「難しいだろう」と思った。

 だが同時に「是非やってみたい」とも思った。



 問題はシルヴァードがその言葉をつぶやいたのが、クリスマス当日の朝であったこと。

 これでは準備する時間が足りなすぎる。

 ……と思うのが、常識であるはずなのだが、



「私の出番――――ってことかニャ?」



 こんなときには誰よりも心強い猫がいた。

 きっと、今日ほど彼女が輝いていた日はない。

 アインもその姿には駄猫の言葉を忘れていた。



 いつの間にか広間に居たカティマ。

 その彼女へとアインが尋ねる。



「計画は?」


「飾り付けその他は渡しに任せるのニャ。後は食材が大変ってとこだニャ」


「カティマ、飾りつけとて今からでは――――」


「安心してくださいなのニャ。私の屋敷に備えがあるから、それを運んでくるのニャ」


「……なぜそんな備えがある?」


「実は城をケーキに見立てて飾りつけをしようと思ってた時期がありますニャ。せっかくだから、今日はそれでいこうと思うのニャ」


「それはすごいな。余に相談せずに飾り付けをしようとしたことは忘れよう」



 意図せずカティマの罪がなかったことにされ、彼女はとても上機嫌だった。

 だが、アインはまだ不安感じている。



「料理って、いまからでも間に合うのかな」



 普段のパーティはその希望に応じて、数日前から用意することも少なくない。

 が、いまはすでにパーティ当日の朝であり、そもそも準備をする流れすら皆に共有されておらず、まさに手探り状態である。

 だがそれも、カティマは問題ないと考えていた。



「なーにを馬鹿なことを言ってるのニャ」



 と、カティマは肩をすくめてアインを煽った。



「婆やとマーサがいるんニャし、心配要らないに決まってるニャろ。だから私は料理が大変とは言わず、食材が大変って言ったのニャ」


「……あ、なるほど」


「とゆーわけで、アインは飛行船に乗って魔物をてきとーに狩ってきてほしいニャ」



 また急なと思ったが、アインはすぐそのつもりになった。

 シルヴァードの顔を見れば、彼も異を唱えることなく頷いた。



「城に残ってくれた皆を労わねばな。こうしたパーティのために力を尽くすのも、また王族の務めと言えなくもない」


「承知しました。ではいまから行ってきます」



 そう言って、アインは特に準備をすることなく城を出た。

 城門へつづく道を進む中、彼の背後から「アイン様ーっ!」とクリスの声が届く。

 彼女の声に足を止めて振り向くと、彼女はアインの傍で足を止めた。



「い、いまから魔物を狩りに行くってほんとですか!?」


「うん。飛行船で王都を離れてって感じ。昼過ぎには帰らないといけないから、急がないと」


「……では、私も行きます。魔物の生息場所くらいなら案内できますから」


「助かるよ! じゃ、そういうわけで」



 ふと、アインがクリスの身体に手を伸ばす。

 彼女をいわゆるお姫様抱っこの形で抱き上げると、「ふえ?」と情けない声を発した。



「私はどうして抱き抱えられているのですか……?」


「そんなの、急ぐからに決まってるじゃん」


「急ぐ……って、きゃっ!?」



 それからは返事を待たず勢いよく駆け出した。

 王都のはずれにある飛行船乗り場まであっという間に向かったアインは、城でのパーティのためすぐに王都を発ったのである。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 彼が城に戻ったのは、予定より少し早い昼下がりだ。

 当たり前のように狩ってきた巨大な魔物たちはすぐに捌かれ、料理人の下へ運ばれる。



 これでアインの仕事は終わり――――ではない。

 当然、パーティ会場を用意するための仕事を手伝いに行った。

 会場は中庭で野外のため、雪をどうするかという問題もある。



 だがそれは、カティマが魔道具で無理やりどうにかした。

 城の空を魔力の膜で一時的に覆い、代わりに内部に魔力で出来た雪を降らすという、アインには理解が追い付かない手段で。



「あれ、すごいですね」



 と、アインは近くにいたオリビアに話しかけた。



「お姉様が言うには、この雪は触れたら少しだけ冷たいけど、溶けて服や髪が濡れることはないみたいなの」


「なるほど……便利ですね。個人的にはそれなら、わざわざ降らせなくてもいい気もしますが」


「ふふっ、かもしれませんね。ですけど、こうして雪が降ってる景色も綺麗じゃありませんか?」



 そう言ったオリビアは、そんな景色がどうでもよくなるほどの美しさを湛えていた。

 特にアインに向けられる笑みはその結晶とも言える。



『さーさ次はあっち! ほいで、そっちのリボンは右側の屋根に運ぶのニャッ!』



 城の上からはカティマが元気に指示をする声が届く。

 こうして城は、彼女が口にしていたようにケーキを模した飾りが成されていく。

 それは夜が近づくにつれて、徐々に城を普段と別の姿に変わらせた。



「午前中はお疲れ様、アイン」



 すると、同じく中庭でパーティ会場の用意に勤しんでいたクローネがやってきて、アインのことをねぎらった。

 彼女は皆が楽しそうに準備をする姿を見て、同じく笑っていたアインに微笑みかけた。




「みんな楽しそうでよかったわね」


「うん。最初にお爺様が言ったときは驚いたけど、やってよかったと思う」


『そこ! 遊んでないで働くのニャッ!』



 上から届いた声は、アインとクローネに向けられていた。

 拡声器の魔道具越しに聞こえたカティマの声を聞き、アインとクローネに留まらず、傍に居たオリビアも、そして近くで仕事をしていた騎士や給仕たちも笑っていた。



「……遊ぶなってことらしいから、俺もちょっと上の方で手伝ってくるよ」


「ええ。気を付けてね」


「それじゃ、お母様。行ってきます」


「いってらっしゃい。私たちはここから、アインの活躍を見てますからね」



 二人に見送られ、アインは一度城に足を踏み入れて上へ向かった。

 閑散としていたはずの城内が、いまは不思議と賑やかに見える。城内に居る者たちの表情にも笑みが浮かんでいた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 やがて、アインは夜になってから驚きに顔を染めた。

 まさか本当に間に合うなんて、と立派なパーティ会場を見て驚いたのだ。



 雪化粧された中庭は魔道具で暖かさもあり、決して寒くない立食パーティの席が設けられている。

 数多く並べられたテーブルの上には所狭しと料理が並び、周囲と城の飾りつけと相まって、それなり以上に上等なパーティ会場だ。



 ――――そして、使用人や騎士が楽しそうにしている姿。

 それを見て、アインは頑張った甲斐があったと喜んだ。



(いつのまにあんなのまで用意したんだ)



 会場の中心に置かれた巨大なクリスマスツリーを見て、アインは思わず目を見開く。



「あれ、カティマ様のお屋敷に用意してたんですって」



 クローネがアインの傍に来て言った。

 つづけて、クリスがやってきて言う。



「すごいですよね……あ、もちろん、よく隠してたなって意味でですよ?」



 更につづけて、オリビアも傍にやって来た。



「お父様が呆れてらっしゃったの。でもお姉様の協力でこのパーティを開けるようになったから、今回はお咎めなしにしたみたいです」



 やはり、というかカティマはシルヴァードの恩を売ったようなものなのだ。

 今年くらいは許されたとしてもおかしくないし、逆にシルヴァードにしてみれば、カティマの振る舞いを自分の目に見えるところに抑えられたと思えば、悪くない結果だった。



(それにしても、飾り付けがすごすぎる)



 城をケーキに見立てての飾りなのだが、これが皆の度肝を抜いていた。

 いくつもの尖塔が目立つ造りなのがこのホワイトナイト城なのだが、そのすべてが見事にリボンでラッピングされている。

 残された騎士を総動員しての突貫作業ながら、見事な物である。



「アイン、今日はよく頑張ってくれた」



 するとそこへ、上機嫌な足取りでやってきたシルヴァードが言う。

 彼は使用人や騎士が喜ぶ姿を見て目じりを下げていた。

 普段の威厳ある姿とはまた違う、優しさに満ち溢れた姿だった。



「お爺様も大変だったと思います。――――というか、よかったんですか? 城をあんな風に飾りつけしても」


「今日だけだとも。それに、王都の民も見て楽しめるなら悪くない」



 彼は温泉旅行を経てから、特に多くの面でおおらかになったように思える。

 アインはその事実を口にせず、共に楽しむためシルヴァードとグラスを交わす。



「どれ、余はララルアと共に皆に挨拶してくるとしよう。アインたちも今宵は楽しむのだぞ」



 シルヴァードはそう言い、近くに待っていたララルアと合流。

 そして宣言通り、使用人や騎士を労うために歩き出した。



 ……しかし、カティマはどこだろう。アインが何となく不審に思ってその姿を探すと、同じくその姿を探していたディルと視線が交錯した。



「アイン様もですか?」


「うん。ということは、ディルも聞いてなかったんだ」


「……はい。何とも嫌な予感がしますね」



 これにはアインも同意せざるを得ない。

 このままいけば、無事にいい話で終わるはずなのだが……。

 そうはさせないのが、あのカティマと言うケットシーだ。



(少し探しとくか)



 面倒なことに巻き込まれる前に、さっさと動かなければ。

 ――――と、考えた刹那のことだ。



「あ、あれはなんだ!?」


「すごい! 綺麗!」



 ふと、巨大なクリスマスツリーが光りはじめた。

 飾り付けが色とりどりの光を発したと思えば、それを合図に城の飾りつけまで光りはじめる。

 それに驚き、喜んだ騎士や使用人の声を聞いたアインは、



(遅かった)



 と、すぐにすべてを悟った。

 いつの間にか城の飾りつけも派手に光りはじめているしで、アインはディルと顔を見合わせてから額に手を当てる。



 だが、これくらいなら大丈夫。

 派手に光るくらいなら皆が喜ぶからいいのだ。

 しかし、これで終わるとは思えない。



 アインの傍に居たクローネにクリス、そしてオリビアの三人もそう思っていた。



「ふふっ、アインは今のうちに逃げた方がいいかもしれないわね」


「ですね……巻き込まれるかと……」


「あらあら、アインったら、戸惑う姿も可愛らしいですね」



 三者三葉の言葉を投げかけられながらも、アインはいずれにせよもう遅いと思わざるを得なかった。

 そう、相手はカティマなのだ。

 彼女が動き出した時点で、後手に回った時点ですべてが遅い。



「な、なんだあれは……ッ!?」


「陛下、きっとカティマですよ。でもいいじゃない、すっごく綺麗なんですから」



 シルヴァードが驚き、ララルアがそれを良しとした。

 きっと二人も、この後の展開は予想していたはず。

 だが、ララルアはそれでも楽しそうに笑うばかりで、傍に控えたベリアと顔を見合わせて、この後の展開に想いを馳せる。



『――――さぁ、今年もはじまったのニャ』



 やがて、その声が天空から響き渡った。



『天才ケットシー・カティマによるクリスマス! ここからが本番! ここからが本命なのニャッ!』



 ずいっ! とカティマの姿が城の屋根上に現れる。

 彼女は威風堂々とその場に立ち、中庭に集まった皆を見下ろして。



『というわけで、いまから花火大会がはじまるのニャ』



 カティマの言葉を合図に、城のいたるところから色とりどりの花火があがった。

 それを見て、シルヴァードは頬を引き攣らせる。

 何故かと言うと、さすがに花火までは許可していないからだ。

 火災の危険を鑑みて、そればかりは駄目だとカティマに言い聞かせていた。



『あ、そろそろニャから、アインも私に合流するのニャ』



 何がそろそろだ。何が合流するのニャ、だ。

 一つも聞いていない話だというのに、ここで強引に巻き込むとは。

 しかし、シルヴァードがその言い訳を聞いてくれるだろうか。

 ……アインは自分の過去を振り返ってみたのだが、



(無理だなぁ……)



 どこまでも無理だと思い、彼は何も言わずシルヴァードが居る方に背を向けた。



「ア、アイン様……?」


「誤解だよ、ディル」


「そうかもしれません……ですが……」



 ディルの言い分は恐らく、念のために話が聞きたいと言ったところか。

 彼はすぐにでもアインの手を掴めるように構えたが、相手はアイン、とてつもない強者である。

 いくらこんな冗談みたいな場であっても、容易に手を伸ばせば逃げられよう。



「ディルッ! そなたの主をいますぐにとらえよッ!」



 ああ、やっぱりこうなるんだ!

 わかりきっていた展開になったことで、アインはディルに手を掴まれる前に駆けだした。

 その背にクローネ、クリス、オリビアと言う三人の応援を受けながら。

 そして、使用人や騎士たちのはやし立てる声を受けながら。



 一目散にかけたアインが城の屋根上に向かうと、そこにはサンタ服に身を包んだ駄猫が待っていた。

 彼女の傍には、魔石炉が搭載された何かが用意されていた。



「これはロランに用意させた、最新鋭の飛行船――――もとい、空飛ぶソリだニャ」


「なんて無駄なことにロランの技術を……」


「ま、そんなことは気にしなくていいニャ。で、乗るか乗らないか、どっちにするのニャ?」



 アインにはあまり選択肢がなかった。

 ここで乗らないことにすれば、城内でシルヴァードとディルに色々なことを問いただされることは必定だから、それを思えば駄猫と空の旅としゃれこむのもいい。

 というか、巻き込まれた時点でそうせざるを得ないのだ。



「花火、お爺様が怒ってたよ」


「あれは私がこの前作った魔道具の光ニャ。花火とは似て非ニャるものニャから、心配はいらないニャ」



 なるほど、諸々が予定されていたことのようだ。

 きっと、シルヴァードが偶然口にしたことをきっかけに、少しだけ予定を変えたに違いない。

 もっとも、いま分かったところでどうしようもないのだが。



「ほいニャ」



 アインが諦めたと悟って、カティマが何かを手渡す。

 それは、アインのためのサンタ服だった。



「これから王都の空を巡って、ちょっとしたプレゼントを配るって寸法ニャ」


「……はいはい、やっぱりこうなるのか」



 アインがカティマと共に空飛ぶソリに乗り込んだ。

 すると、間もなくそのソリに搭載された炉が動きはじめ、二人は捕まることなく空に逃れる。



「王都の孤児院に話をつけてあるニャ。ニャから、今日の私とアインは孤児院のためのサンタってとこかニャ」


「それ、最初から言ってくれればよかったのに」


「ニャハハッ! ちょっと照れくさいからニャ!」



 善行ならだれも文句を言うはずはないのだが、こういうところでも遊び心が見えるのはカティマらしい。

 帰ってからまた怒られるであろうことは想像できたけど、アインはこの空の旅に、決して悪い気持ちを抱くことはなかった。



 ――――そして、帰宅早々の詰問が終わってから。



 アインが自室に戻ると、今度は自分が贈り物を貰う番だった。

 今年もカティマから贈られたというサンタの服に身を包んだ三人の女性に迎えられた彼は、共にプレゼントを交換し、今年も充実したクリスマスを送る。



 寝入ってからは、意外と寂しがりやな赤狐とも話をした。

 最後まで楽しいこの一日を過ごしたせいか、翌朝はちょっとした寂しさを覚えたのである。

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