レオナード育成計画

 とある日の王都。

 城内にある大会議室にて。



「此度の指揮はレオナード・フォルスにお任せします」



 これは大会議室で円卓を囲む貴族たちを前に、ウォーレンが唐突に言った言葉である。

 彼が口にした指揮とは即ち、鉄の国との接触に当たる一団の指揮についてだ。



「さ、宰相閣下!?」


「お待ちくださいッ! 確かに法務大臣閣下のご令息は優秀で、最近では頭角を現してはおりますが……」


「若すぎます! 国家の一事というのに、まだ経験が浅いかと!」



 当然、貴族たちは異を唱えた。

 レオナードの父であるフォルス公爵も似た感想を抱き、隣に座るレオナードへ「これがいまのお前へ向けられた評価だ。よくよく戒めろ」と檄を飛ばす。



「はい。存じ上げております」



 それをレオナードは真摯に受け止めたし、自分には荷が重いと思った。

 だがそれを、ウォーレンがあっさりと一蹴した。



「記憶に新しき赤龍騒動、その際の指揮は大変見事でありました。騎士たちもその手腕を称賛したことは、皆様もお覚えでありましょう」



 だが、貴族たちはやはり頷けなかった。

 あのウォーレンが言おうと、レオナードに過去の功績があろうと、今回の騒動は確実に荷が重いと思ってならなかったのだ。



 それを見て、ウォーレンは「仕方ありませんね」と言った。

 彼は若い文官――――当然だが、レオナードも含め若い貴族ごと大会議室から退室させた。

 残されたのは、長きにわたりイシュタリカに尽くしてきた者たちだけで、皆が皆、政の一線に身を投じてきた猛者に限られる。



 その猛者たちを見渡し、ウォーレンが自信に注目を集めさせた。



「この中に、勘違いしている方はおりませんか?」



 不意に発せられた一言は、言葉だけを聞けばどこか挑発的だ。

 しかし、声を発したウォーレンの表情は穏やかだった。



「若者は自分だけで育つのだ、と。時が経つにつれて勝手に成長するのだ、と」



 円卓に付いていた貴族や文官のほとんどが首を横に振った。

 それでも尚、ウォーレンはつづける。



「よろしいでしょう。では、この中にアイン様のお姿が目に焼き付いたせいで、我ら良き大人が成すべき責務を忘れた方はおりませんか?」



 皆、ハッとした。

 王太子アインを例に出した内容自体はやや無礼ながら、フォルス公爵を含めた皆が一様に、ウォーレンが何を言いたいのか理解に至った。



「良い顔です。さすが、お一人お一人がイシュタリカの宝でございますな」



 …………やれやれ。

 …………またですな。

 …………相変わらず口が上手いお方だ。



 皆がウォーレンの指摘に軽口を漏らしながら笑う。

 さっきまでの納得しきれない感情は、すでにほとんど消えていた。



「もうご理解いただけたようですね。私が考えているのは、今後のイシュタリカのことでございます」


「しかし、荷が重いことは変わりないと思われますぞ」


「正直、まだ懸念がありますな。次代の文官を育成するのは同意ですが……」


「……然り。フォルス公爵がいらっしゃる場で言うのはなんですが、もしご令息の指揮に不備があり、ご令息が自信を失われたらと思うと」



 彼らの声を聴き、ウォーレンは笑った。

 それは、高笑いだった。



「ご安心を。当然、強力な体制で若き指揮官を支えましょう。経験豊富な文官を何人も付け、いつでも相談できるよう努めるのです」



 だが、猶も不安な貴族は居た。

 中でもフォルス公爵の心には疑問が残されていた。

 我が子の有能さは重々調子の上だし、同年代の文官とは比較にならないほど優秀である。それは確信していたが、我が子だからこそわかる未熟さもあったのだ。



「宰相閣下、やはり我が子レオナードでは力不足かと」



 これは我が子を守るためではなく、上司としての公平な言葉だった。

 日ごろから厳正中立を保つ彼だからこそ、皆はその言葉をフォルス公爵らしいと思った。



 だが、そのフォルス公爵も異を唱えられない言葉をウォーレンが発する。

 しかしそれにもウォーレンは異を唱える。



「皆様は失敗を恐れておられる。そして、若き才能がその失敗でつぶれることを懸念しておられる」



 だが、そんなことは関係ないのだと。



「それがどうしたというのですか。若者に経験がない? 若者には荷が重い? それは私も重々承知の上です。しかし、そんなことは些細なことでしょう」



 両手を広げ、皆の顔を一瞥する。

 ウォーレンは、どこまでもウォーレンだった。



「我ら大人は若者を支えるためにいるのです。我らが若者の失敗の一つや二つをしりぬぐいできないとは思いませんが――――いかがですか?」



 その挑発は皆の心を震わせた。

 今日までイシュタリカの文官の頂点として心身を尽くしてきた者たちは皆、ウォーレンが言うその言葉に異を唱えることなんてない。



「どうやら、ご納得いただけたようで」


「納得しないと思ったのなら、それは我らに対する侮辱ですぞ」


「問題ありません。宰相閣下がそのようにお考えなのでしたら、我らは今まで通り、イシュタリカに身命を賭すことに変わりはありませんから」



 やがて、退室させられた若い文官や貴族が呼び戻された。

 彼らはウォーレンの決定に皆が納得したと聞き、どう説得したのかと一様に首をかしげる。

 中でもレオナードが顕著で、父の隣に戻った彼がそれを聞くと、



「気にするな。我らは忘れていたことを教えられただけだ」



 と、答えになっていない答えだけを聞かされた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 ――――やがて、人選が終わった。



 予定より大所帯となってしまったが、アインが行くこと、また周辺への影響も鑑みて、鉄の国に対し油断することのないよう緻密な計画が立てられた。



 向かう一団は二つに分けられた。



 まず一つは、当然ながらアインをはじめとした一団だ。

 もう一つは、ムートンやイストの技術者、それに護衛の騎士たちを含む第一陣である。



 こうした流れになるまで紆余曲折あったものの、自分も行くと口にしていたムートンによれば、「俺が先に様子を見て来てやるよ」とのこと。

 鉄王槌の存在を確認し、どういった造りなのか可能な限り確認するそうだ。



 ……技術者たちを乗せた飛行船群が大陸西方の空に留まる。

 その一隻に居たムートンは、一団を指揮していた若き貴族を困らせていた。



「おいおいおい! どうして俺が同行できないってんだよッ! 何のためにここに来たと思ってんだッ!?」



 ムートンの語気は基本的に強いが、その実、情に厚く抜けたところもある男だ。

 しかし、その彼とはじめて接した若き貴族こと、レオナード・フォルスはどうしたものかと考え込む。

 貴族という立場を鑑みてよいのなら、間違いなく自分の方が立場は上だ。

 かと言って、



「……難しいな」



 このムートンと言う男が、たかが貴族の言葉を素直に聞くだろうか。普段、アインと接しているこの男が、まだ家督を継いでいない者の言うことを聞くか、甚だ疑問だった。



「ムートン殿、悪いが王都を立つ寸前に決まった話なのだ。実は――――」



 先陣を切ってやってきたこの団体の中でも、ムートンが鉄の国に行くまで順序を踏みたい。

 理由は彼がイシュタリカにとって重要な人物であるのは一番の理由だが、他にも鉄の国の状況を文官に確認させ、つづけて鉄王槌を技術者が確認する運びが重要だろう、と考えてだ。



 また、もっと詳しくまとめると、



「知っての通り、今回はアイン様は勿論、鉄の国の女王も同行していない。代わりに彼女の護衛であるギドがいるわけだが、そのギドが文官や技術者を連れて鉄の国へ向かう」


「おうおう、知ってるぜ」


「勿論、その際に危険がないとも限らない。これまでの流れがすべて仕組まれていたことで、ムートン殿の身柄を奴らに抑えられないとも限らないのだ。だからこそ、我らは慎重に事を運ぶべく、更に数段階に分けて事を進めることにしている」


「……ほーん」



 ムートンはつまらなそうにしていた。

 彼のために用意した部屋の中で、ひげをさすりながら窓の外を見下ろして。



「話は代わるが、この下にあるんだってな?」


「鉄の国のことか?」


「ああ。しっかしこんなとこ、もう冒険者に漁られててもおかしくないと思うんだが」



 何せ辺りに広がるのは平原であるから。

 実際、他には何もない。

 のどかな平原が何処までもつづいており、別に足を運ぶのに苦労しない場所だ。

 冒険者なら簡単に足を運べたはず……と思ったのだ。



「ギドというドワーフによると、隠しているそうだ。過去の遺産である魔道具を用い、地下につづく道を察知されないようにしているらしい」


「そいつぁいい魔道具だ。鍛冶師の俺も気になる技術だな」


「ああ。実は連れてきた技術者らも目を輝かせている」


「……だったらよー、俺も行かせてくれや」


「悪いが、さっき言ったとおりだ」



 レオナードは依然として断りつづけ、ムートンの力強い目を前にしても引かなかった。

 過去に赤龍騒動を経験した文官として、ここで引き下がるはずがない。

 若いのに意外と根性のあるやつだ、と密かにムートンが笑う。



「また話は変わるんだが、そのギドってドワーフは良かったのか? 女王はまだ王都に居るってのに、わざわざ別行動になっちゃ護衛できんと思うが」


「仕方ないさ。そうしなければいけない、と女王に言われたようだしな」


「分からねぇなぁ……俺からすりゃ、こんなに素直に従うくせして、なんであんな馬鹿げたことをしたんだって思うぜ」


「それも殿下から聞いているはずだぞ。黄金航路の元相談役が何かしているようだ、と殿下が仰っていたではないか」



 王都を立つ前にそんなことがあった。

 見送りに来たアインがムートンに対して、伝えられる範囲の話を伝えていた。

 しかしムートンは、「あん?」と言い眉をひそめた。



「そうだったか? 悪ぃ、難しくて良くわからなくてよ。なぁーっはっはっはっはっはっ!」



 当初のレオナードは、ムートンの人柄に難しさを覚えていた。

 仲が深まらなければ理解できない、この男の実は適当だったり抜けているところを、まだレオナードは知っていなかったから。



 しかし、いまは別の難しさを覚えている。

 少しずつ知ったその適当さを前にして、新たな懸念を覚えていた。



「――――不安だ。本当に私の説明を理解してくれてるのだろうか……」



 大仕事を任されたことへの驚きや不安、任されたことへの責任感や成功したいという意志はとても強い。

 多くの感情が入り混じる中、接したことのない人柄をしたムートンには一抹の不安がよぎった。



 それからすぐ。

 コンコン、ムートンの部屋の扉がノックされた。

 二人の返事を聞き、一人の文官が姿を見せた。



「レオナード様。これよりギド氏の案内により、地上で地下への入り口を確認して参ります。予定通り、技術者や騎士たちを連れて行きますので、ご報告に参りました」


「ああ、頼んだ」


「おう、じゃあ行くか」


「ッ――――ま、待て待てッ! ムートン殿ッ! さっきも言ったが、ムートン殿が行くのはもっと後だ! だからここで待っていてくれッ!」


「……バレたか。意外とどうにかなりそうな気がしたんだが」



 油断も隙もないとはこのことか。

 ため息を吐いたレオナードはムートンを座らせ、自分は彼の対面にあった椅子に腰を下ろした。

 文官に顔を向けた彼は、「引きつづき頼む」とだけ言って、任務の遂行を指示する。

 去り際、その文官は密かに笑っていた。



「俺の茶目っ気が面白かったらしいな」


「違う。私がムートン殿に苦労しているのを馬鹿にしただけだ」


「おいおい、後ろめたいことを言うなよ。茶でも飲みながら待ってようぜ」



 なぜ自分は彼に慰められているのだろう?

 そう思いつつ、更に彼のペースに呑まれつつというのは知りながら、レオナードは仕方なそうに用意された茶を口に含んだ。






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