第二期イシュタル統一物語:三章 ドワーフの王国と統治者の末裔

新たな季節のはじまりと。

 お待たせしました! 本日より更新再開です!

 ※章タイトルにある「三章」ですが、「一章=少年期」、「二章=青年期のうち、セラ戦後まで」となっております。




◇ ◇ ◇ ◇




 古き時代、それこそ魔王大戦が勃発する以前。

 もっと言うなら、剣の王カインがまだデュラハンになる以前……それこそ彼がリビングアーマーでもなく、まだスケルトンだった時代にまで遡る。



 まだ、この大陸に文明らしい文明が無かったころ。

 大陸に住まう者たちは、現代と違って自身の種族としか交流を持っていなかった。

 その影響で、影に消えた歴史は数多く存在している。



 ――――過去には栄華を誇ったドワーフの王国も、その例に漏れることなく滅亡した。



 ところで、彼らの国の跡は現代にもごくわずかしか残されていない。

 それ故、国があった……などと予想する学者もおらず、一集落があったとくらいにしか認識されていなかった。

 が、その国の規模を侮るなかれ。ドワーフの叡智を集めて作られたその国の都は、大地をくまなく探しても見当たらないだけなのだ。



 その場所に――――。



「嫌いじゃないよ。こういう地下の空気もね」



 銀髪の美丈夫が足を運んでいた。



 周囲は日光が一筋も差し込まない地下の地下。

 しかしその規模は、イシュタリカ王都キングスランドに劣らぬ広さを誇る。地下空間の高さは数百メートルに及ぶほどで、等間隔にそびえ立つ石柱がその上下を支えており、太い体躯に刻まれた紋様が芸術的だ。

 銀髪の美丈夫はその景色を眺めながら、地下空間の中央に鎮座した武骨な城に向かっていた。



『立ち去れ』


『立ち去れ』



 男の前に、成人男性ほどの大きさを模した白い人形が現れる。

 顔はなく見た目に違いがないその人形たちは、一見するとどこか不気味だ。

 けれど男は涼しげに笑い、立ちふさがった人形を気にすることなく歩いた。



 すると、二体の人形が伸ばした腕が男の腹部を貫く。

 その腕は男の身体の中で複雑に回転し、魔石砲に似た輝きを放ち内臓を焼いた。



「やめておくといい。君たちでは私を一つしか殺せないよ」


『立ち去れ』


『立ち去れ』


「……やれやれ。無垢もまた美しいが、言い換えれば考える力のない紛い物か」



 眩い閃光が男の身体から放たれる。

 それにより、白い人形の身体が崩れていく。

 最初から、砂を無理に固めていたかのようにあっさりと。

 代わりに男の腹部が蒸気を上げ、傷口が塞がれた。



「居るんだろ。顔を見せてくれるかい?」




 男はまたしばらく歩いて、武骨な城の前で声に出した。

 すると。



「――――人間、どこから入って来たのですか」



 城門の上に、小柄な少女が現れた。

 人間に置き換えると十歳にすら見えないほど小柄で、可愛らしい顔立ちをしている。

 服装は素朴で、革や麻のように植物を編んで作った素材で作られていた。

 ……その少女は、勝気な目元をキッと細め、男のことを見下ろしているのだ。



 それを見た男は目を見開き、すぐに笑い声を上げる。



「あーっはっはっはっはっはっ! 君が王なのかい!?」


「だとしたら何だというのです。……無礼なのですよ」


「これは失礼。可愛らしい姿に可能性を感じてしまってね。ああ、君はもしかすると、ベイオルフよりずっと綺麗に輝いてくれるかもしれない」


「ベイオルフ……?」


「こっちの話さ。さて、できれば君と話がしたい。――――だから家々に潜ませた君の部下たちを、少し落ち着かせてくれるかい?」



 少女が目を見開いて驚くも、すぐに手を上げて指示を下す。

 男の周囲にある家々の陰から、多くのドワーフたちが姿を見せた。



「なるほど。臣民は数百ってところかな」



 男は自分を取り囲むドワーフたちを眺めながら、微笑み交じりに言う。

 ドワーフたちが数多の武器を構えていようと、決して笑いを崩さなかった。



「答えるのですっ! 人間! 貴方はどうして私たちの国に来たのですかっ!」



 門の上に立ち少女が咆えた。



「可愛らしいね、偽りの王よ、、、、、


「ッ――――!?」



 少女の驚きにつづき、周囲のドワーフたちが一斉に殺気立つ。

 だが、ドワーフたちは少女に止められ武器を収めた。



「私は君たちに力を貸しに来たんだ。王の血を受け継いだ真のドワーフを探し、君たちの王国を復興させてあげたいと思っている」


「……お前、何を知っているのですか?」


「私が知るのは、私が耳にしたことだけさ。それで、どうしたい? キミは私の話に興味があるかい?」



 少女はしばらく迷った。

 じっと男の目を見て真意を探ってみるも、それが分からない。

 男はどこか、すべてを見通すような目で少女を見ていて、不気味ですらある。

 だがどうするにせよ、男をこのまま外に帰す気にはならなかった。



「……聞くだけなのです。お前が何を知っているかすべて聞き出し、必要があればお前を鉄王槌てつおうついで処刑するのです」



 すると、男はドワーフたちに拘束された。

 彼は猶も笑いながらドワーフたちの様子を見る。

 そして、開かれていく城の門をくぐるや否や。



「――――私はね、君がすべてをやり直す姿を見たいんだ」



 遠く離れた王都キングスランドの方角へと、微かな呟きを吐いた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 春、とある日の昼下がり。



 王城から見える景色も様変わりし、大通りを行き交う人々の装いにも変化が訪れはじめた。

 そんな仲、最近のアインは以前にも増して多忙な毎日を送っている。

 あと一年経てば即位が待つ王太子として、休日らしい休日もなかったのだ。



「そういえば、アインに話すことがあったのニャ」



 アインの執務室に来て、研究所の報告をしていたカティマが口を開く。



「去年のアレ……ミスリス渓谷の話があったニャろ? ほりゃ、ドワーフとダークエルフの国がどーのこーのってやつニャ」


「覚えてるよ。それがどうかした?」


「フオルンの長老に聞いた話がまとまってきたからニャ。後でその写しを渡そうと思ったわけなのニャ」


「ん、りょーかい。その話、お爺様にはなんて?」


「同じことをマーサ越しに伝えて、待ってるって話だったニャ」



 その話は、フオルンの長老が語った過去のこと。

 滅亡したと言われているドワーフの国と、ダークエルフの国について、城の使いが足しげく長老の下に通って聞いた話をまとめたのだ。



「アホみたいな話ニャけどニャ」


「……まぁねー」


「んむ! 一国の王が女にだぶらかされるニャんて言語道断ニャッ!」



 確かドワーフの王がダークエルフの女王に誑かされたことが滅亡のきっかけだとか。

 フオルンの長老曰く、その女王は類まれなる美貌と男好きする身体付きであったそうだが……。



(胸囲の脅威に負けたってことか)



 アインがしょうもないことを考える。

 すると、傍に居たカティマが肩をすくめながら得意げにヒゲを揺らす。



「ま、ドワーフの王は胸囲の脅威に負けたって感じかニャ」


「…………」


「ニャ? どうして黙ったのニャ?」


「いや、なんでもない」


「ふむぅ……今のはドッ! と大きく笑う場所だったんニャけど……」


「ごめん。もう勘弁して」



 それはもう、色々と。



(公務で疲れすぎたってことにしときたい)



 でないと心がやられそうだ。

 ふぅ、とため息を吐いたアインは机に置いていたティーカップを手に取る。

 少し冷めているが、マーサが淹れた茶は相変わらず美味しかった。



「それにしても」



 と、カティマ。



「暇だニャ~」



 彼女は能天気な声を上げながらあくびを漏らし、公務に励むアインを煽った。

 だが実際のところ、カティマもカティマで忙しいはず。

 研究所然り、黄金航路の人工魔力の余波然り、他にも仕事は多々あるし、次期大公夫人としての責務も果たしていると聞く。



 となればこれは、本当に煽りたいだけ。

 アインはそんな気がした。



「暇なら手伝ってよ」


「ニャ~……? どうしてやろうかニ――――」「カティマさんとこの研究所の書類、不備があったから自分で直していってね」「――――申し訳ありませんでしたニャ」



 なので彼女のミスは彼女に直させるとして、仕事はつづく。

 何やら思惑があってアインにちょっかいを出そうとしていたカティマも、それには素直に謝罪して執務室のソファに向かった。

 彼女はそこにあるテーブルに向かい、「あちゃー」と情けない声を漏らす。



「やれやれだニャ。せっかく驚かそうと思って来たってのにニャ」


「どうせまたろくでもないことでしょ」


「ニャハハッ、今回はそうでもないんだけどニャ」



 アインは不意に気になった。

 笑ったカティマの顔に、アイン自身の過去を思い返したから。



(なんだろ)



 一瞬、本当に一瞬だけどカティマの表情がオリビアのように見えたのだ。

 それも、アインが生まれて間もない頃のようだった。

 その横顔は言い換えると、母性的で優しいそれに見えた。

 気になったアインはおもむろに立ち上がり、カティマの対面へと腰を下ろした。



「ニャ? 気になったのかニャ?」


「ん、何となくね」



 するとカティマはペンを滑らせながら。



「その前に、ちょろーっと相談してもいいかニャ?」



 きまりの悪そうな声色でつづけた。



「別にいいけど、もしかして悪戯で変なことでもしたの?」


「変なこと……ではないと思うニャッ!」



 彼女は顔を上げず、焦りを感じさせる表情を浮かべている。

 一方でアインはディルの名が出たことに「ん?」と首を傾げた。



「いいから言ってみなって。皆には内緒にしとくからさ」


「ほ、ほんとかニャ?」


「ああ。その様子だと、最初から俺に相談しにきた感じだしね」


「助かるのニャッ! 本当に恩に着るのニャッ!」




 すると、カティマはペンを置いてアインを見た。

 その顔はいつに増して真摯で、緊張が漂う。



「一時間後くらいでいいんニャけど、、余裕があるニャらちょっと時間が欲しいのニャ」



 当然、あまり余裕はない。

 しかしカティマの様子が気になるアインは「大丈夫だよ」と嘘をついた。

 返事を聞いたカティマはほっと胸を撫で下ろした。



「この執務室にディルを連れて来てもいいかニャ?」


「いいけど、ディルも関係してるの?」


「ん、んむ……そうなのニャ……っ!」



 こうして、カティマはすぐにアインの執務室を後にした。

 疑問に思うアインはそれを忘れられぬまま公務に励み、あっという間に一時間が過ぎた。



 そろそろかな?

 時計を見たアインが扉に目を向けた。

 すると、間もなくノックの音が響いた。



「どうぞ」



 間を置かずに言うと、扉が開かれてディルとカティマの二人が現れる。



「失礼致します。ご報告の場を設けていただきありがとうございます」


(ご、ご報告……?)


「報告って?」


「……カティマから聞いておられませんか?」


「と思うけど、何か俺に報告することでもあったのかな」



 ディルが深く深くため息を吐いた。

 だが、彼にしては珍しくカティマに言い聞かせるようなことはしなかった。

 あくまでもアインに謝罪しつつ、「緊張しているようでして」と言って、あまり見ない様子でカティマを庇ったのである。



(なんだろ)



 この雰囲気は、この空気は。



「とりあえず座ってよ」


「はっ! 失礼致します!」



 ところで、今更になって気が付いたことがある。

 ディルの服装がグレイシャー家の正装で、更に髪もいつもより丁寧に整えられており、心なしか動きにも硬さが垣間見えた。

 そのディルはカティマの隣に座り、二人は目配せを交わしてからアインを見た。



「そ、その……ですね……」



 カティマもそうだったが、ディルも珍しく歯切れが悪かった。



「いえ、まずは謝罪を!」


「……えっと、謝罪?」


「はっ! 私はグレイシャー家の者として、このようなご報告をすることとなったことを謝罪しなければ……ッ!」


(わからん。何が何だか全部わからん)



 とりあえずディルの言葉を待つアインは、若干困惑しつつあった。

 面前で頭を下げたディルにつづき、カティマもそうしたのを見て更に。



「……御身が来春に控えたご即位の手前、カティマはこれまでのように働けなくなるかもしれません」


「本当に申し訳ないのニャ。で、でも! 可能な限り手伝えるよう頑張るのニャッ!」


「あの、え? どういうこと? もしかしてカティマさん、病気になったとかじゃないよね?」



 アインの頬にも緊張が浮かびはじめる。

 けど、病ではないそうだ。

 まさか駆け落ちをするわけではあるまい。二人にはその必要がないだろうし。

 しかし、依然として漂う緊張感はとどまることを知らなかった。



「ディル。二人は重大な話があるからこうして俺のところに来たんだよね?」


「……はっ」


「なら、その本題を教えてほしいんだ。大丈夫。俺は絶対に二人の味方だから、安心して教えてほしい」


「で、では……」



 カティマがディルの手を握った。

 どうやら、彼の口に任せるようだ。



 そして、遂に――――。



「ご報告申し上げます」



 ディルはいつになく男らしく、力強い声色で言うのだ。





「私とカティマの間に、子が出来たのでございます」





 その言葉を聞いたアインが平静を取り戻すまで、たっぷり十数秒を擁した。

 子、子供……つまり、ディルとカティマの子供だ。

 ついでに言えばロイドとマーサの孫で、アインから見ればいとこにあたる。



「こ、子供!? 二人の!?」


「ニャ、ニャハハッ……照れるのニャ……」


「このことが分かったのは先週のことでして……」


「事情は分かったって! でも、何で謝ったの――――って、もしかして俺の即位で忙しい時期に、人手が減るとかって話?」



 カティマとディルが申し訳なさそうに頷いた。



「い、いやいやいやッ! いっそのこと、カティマさんは早めに休んでいいって! ディルもあまり残業とかしないでいいから!」



 慌てて言ったアインは立ち上がり、驚いたまま尋ねる。



「確認なんだけど、お爺様にもまだ報告してないんだよね?」


「はっ。陛下へと先にご報告すべきと思ったのですが、陛下は最近、ほぼ毎日のように城を出ての御公務をなさっておいでですから……」



 だから報告まで一週間の間があったということだ。

 二人はしばらく迷い、結果的にこうした場で報告することにしたのだろう。

 カティマが最初に見せたらしさ、、、は、極度の緊張によるものか。



(お爺様の予定は確か……)



 夕食どきには城に帰ってくるはずだ。

 シルヴァードはその後も書類仕事に忙殺されるはずだけど、彼の時間を伺っていては、いつになったら報告できるか見当もつかない。



(二人とも、今晩は城に泊まってもらった方がいいかな)



 そう決めたアインは自信を落ち着かせ、二人の傍に足を進めた。

 そこで床に膝をつき二人の手を取り、祝福の言葉を述べたのである。




◇ ◇ ◇ ◇




【告知】


 1・新作

 『物語の黒幕に転生して~主人公を裏切るキャラに転生したので、ゲームの知識と自分だけのスキルを駆使して異世界の理不尽に立ち向かう~』


 こちらの連載を開始しました。(現在はカクヨム限定です)

 新作は約20万文字まで毎日更新となるので、是非プロローグやあらすじをご覧いただけますと幸いです!


 2・『魔石グルメ』がニコニコカドカワ祭り2021 に参加中です。

 10月5日いっぱいまで電子版の半額セールなどが行われておりますので、是非ご検討いただけますと幸いです。


 以上、この場を借りて2つご連絡させていただきました。

 引き続き、著作をどうぞよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る