ドワーフの遺産
平原にぽつんと小さな建物があった。
あれが件の遺跡だろう。
それを見たアインの歩く速度が若干早くなる。背中で眠ったままのカティマの身体を揺らし過ぎないよう気遣いながら前に進んだ。
「……何の変哲もない石造りの家だ」
「だから、そういったじゃない」
「でもほら、実際は何か隠されてるとか……」
「ええ、だと良いわね」
実のところシャノンはアインほど興味が無かった。
今、彼女の頭の中はアインと共に平原を歩いている事実が占領している。遺跡に何かあってもなくても、大したことではないのだ。
「おじゃましまーす……」
遺跡の入り口に扉はなく、アインはそのまま土足で足を踏み入れた。
中は微かにカビ臭く、湿っぽい。冒険者が置いていったであろう革の水筒や焚き火の跡はあったが、他には何もなかった。
(掃除くらいして帰ればいいのに)
アインは見たことがない冒険者たちへ心の中で苦言を呈し、更に奥へ足を踏み入れた。
大きさはありふれた民家程度しかなく、広すぎず狭すぎずとしか言えなかった。
――――だが。
「ん?」
不意に気が付いた魔力の気配に、思わず辺りを見渡した。
同じくシャノンも小首を傾げて周囲を見渡す。
だが、何もない。
遺跡の中には冒険者が捨てた物しかなく、探すにも探す場所がないのだ。
「シャノン」
「わかってる。私たちと関係ない魔力は感じたけど……どこからかしら」
「きっと足元だ。ゆっくり探ったら下の方から漂ってきた気がする」
「下から? この石畳の下からってこと?」
「ん、多分だけどね」
かといってどうしたものか。
アインは石畳を強く踏んでみるも、それ以上のことをするのには迷ってしまった。一応、ここは遺跡と呼ばれてるからあまり乱暴するのもどうかと思ったのだ。
しかし、異変が生じたら別だ。
「
内部の片隅に青白く光り、揺らぐ影が現れたのである。
その影はゆっくりと左右に動き、残層が同じ影となり数を増やす。
あっという間に壁一面に広がりだして、アインとシャノンをコの字に囲い込んだ。
「私、アンデッドって嫌いなのよね」
「ちなみに理由は?」
「暗いところによく出てくるから。アインのおかげで暗いところは平気になったけど、それでもアンデッドは嫌い」
そう言うと、シャノンは揺らぐ影に向けて片手を伸ばす。
指先が伸びきったところで。
「
命令しなれた声色で言い放ち、双眸を黄金に染め上げた。
魅惑の毒、孤独の呪い。
赤狐と呼ばれる種族の祖たるシャノンのみが使う、絶対的な魅了の力が発動した証拠だった。
しかし、影は意に介さず数を増やしつづける。
これが意味するのは、あの影は意志を持たぬ存在であるということだ。
「ダメみたい」
すると、シャノンは照れくさそうに微笑みアインを見た。
そしてはにかみ、頬を欠く様子は傾城の容姿に反比例して可憐だ。
「じゃ、出よっか」
「いいの? このままにしておいて大丈夫?」
「どちらかというと大丈夫じゃないし、冒険者の情報にない現象なのは気になるけど、かといってここで戦って遺跡が壊れたら困るし。……壊したら、さすがにお爺様から怒られそう」
アインは外に出ることに決めた。
理由はどこか情けないが、シャノンは「なら仕方ないわね」と言いアインと共に遺跡を出る。
二人が遺跡を出る直前には影が入り口近くまで数を増やし広がっていたが、二人は接触する寸前に外に出ることができた。
外までは追ってはこないはず……だ。
遺跡の様子を伺うアインはそう思ったのだが……。
「……来ちゃったわね」
「……来ちゃったなぁ」
遺跡からあふれ出るが如く勢いで外に出て、猶も二人を取り囲もうと数を増やすではないか。
のどかな平原において、影が醸し出す光景だけが大きく浮いていた。
「けどあの影、何処かで見たことあるような気がするのよね」
「できればすぐに思い出してほしいな。それ如何で俺の行動が大きく変わるんだ」
「うーん……ずっと昔のことだから……」
二人が呑気にやりとりを交わす間にも、影はその数をさらに増やしていく。
現状、傍から見れば、数百人の戦士に囲まれているようにも見える。
やがて影は二人を囲み終え、二列に並び時計回りと反時計回りを繰り返しはじめた。
(な、なんなんだ……)
異様すぎる。
わけがわからない。
「――――あ」
アインが唖然としたその時だった。
遂にシャノンが影の正体を思い出したのである。
「きっと、アインの強さに反応したのね。他の冒険者たちへの反応が薄かったのは、敵対するほどの強さがないって判断したのよ」
「なるほど。で、その正体は?」
見下ろすアインに対し、シャノンはくすっと得意げに笑った。
彼女はつま先立ちになってアインの耳に顔を近づけると、「あのね」と前置きをして言うのだ。
「あれ、ドワーフが造った防衛装置の一つよ」
言い終えると同時に、影が一斉に大きく揺れた。
大地は震え、金切声を思わせる甲高い音を響かせる。
いくつかの影は飛翔して、空を青白く染め上げた。
つづけて、大地のいたるところが隆起をはじめ――――。
(来なきゃよかった)
アインの頬を引き攣らせたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
宿に戻り、酒を楽しんでいたシルヴァードが窓の外に目を向けた。
夜空が青白く光りだしたのを見て、「ほう」と言い頬を緩める。
「お主たちも見てみよ」
「む? オーロラですかな? 確かこの辺りは時折そうした空模様になると聞いたような……でしたな、ウォーレン殿?」
「ええ。稀にそうした空を見れるとか」
「そうだ。もしよければ、バルコニーに出られますか? お飲み物などは私が運びますので」
「気が利くな、ディル。では陛下――――」
「うむ。せっかくだ。空を見上げながら語らうとしよう」
彼らは引きつづきの酒盛りを楽しんだ。
バルコニーに出てからはディルの新婚生活も話題となり、シルヴァードは嫁に出した娘が仲睦まじく生活で来てると知り、大いに喜んだのである。
一方で部屋が変わり、オリビアの部屋からも光る空が見えた。
部屋の備え付けの広い露天風呂に入りながら、共に入浴中のクローネと空を見上げて「綺麗ですね」と呟く。
湯船に浮かべた桶に乗せてあるグラスを手に取って、クローネと乾杯しながら優雅に楽しむ。
「クリス―!」
オリビアが大きめの声で呼んだ。
「はーい! なんでしょうか?」
間もなく現れ、扉から顔を覗かせたクリスは入浴していなかった。
彼女はオリビアの部屋でのんびり、静かな時間を楽しんでいたのだ。
「空を見て。すっごく綺麗よ」
「……あっ! ほんとですね! 運が良かったんでしょうか?」
「かもしれないわね。それで、どう? よかったら一緒に空を見ながらお風呂に入らない?」
すると、クリスはすぐに頷いた。
これまで一緒に入浴していなかった理由は特にない。単に部屋のソファに座り、本を読みたい気分だったから共に入浴しなかっただけだった。
そのため、この誘いに快諾したのである。
「オリビア様、もう一杯いかがですか?」
「まぁ、ありがとうございます。それじゃ、クローネさんもいかが?」
「ふふっ、では私も」
宿に居た者たちは思い思いの時間を過ごし、普段の喧騒を忘れ切っていた。
――――そう。
光る空の下で何が起こってるのか知ることもなく……。
◇ ◇ ◇ ◇
何度切っても消えず、何度も切っても湧いて出る敵に対しアインは辟易としていた。
「ぜんっっっぜん終わらないんだけどっ!」
アインが戦う相手は灰色の人型たちだった。それは隆起した大地から現れた石の骨格に、揺らぐ影が宿ることでできあがった灰色の剣士たちである。
もう何百体切り伏せたかわかったもんじゃないが、いつになってもきりがない。
カティマを担ぎながらでも疲れたりしなかったけど、いい加減終わりが見えてほしいと思った。
「それと――――なんでシャノンは襲われないのさっ!」
しかし、襲われていたのはアインだけだ。
灰色の剣士たちはシャノンに目もくれなかった。
「えっと……私は敵と認識されてないから、かも」
「え、ええー……」
「その
シャノンは戦いがはじまって間もなくアインに「離れてじっとしてるように」と言われたことがあって、近くに落ちていた大岩に背を預けて戦いを眺めていた。
そのシャノンが口にした、聞き覚えのない言葉にアインが眉をひそめた。
「ゴーレムってなに!」
「遥か昔にドワーフが作った魔力で動く人形のこと。だから何度壊しても再生するのよ。原動力の魔力を断たないとずっとね」
「ッ……最初に聞きたかったな、それ!」
猶も鮮烈な剣技を以てゴーレムたちをいなし、切り伏せるアインが苦笑いを浮かべて不平を漏らす。
「だって私が説明しようとしたら、すぐにじっとしてろって言ったじゃない」
事実だから言い返せない。
それからアインは数十体のゴーレムを切り伏せたのちに、やっと訪れた一時の安寧に口を開いた。切り伏せたゴーレムの身体が砕け散り、煙となって再生していくのを見ながら言う。
「どうすれば魔力を断ち切れる?」
「連動してる魔力を吸いつくしてもいいんじゃないかしら。それか、地中に埋まってるかもしれない制御装置を破壊するとか」
「わかった。吸う」
手っ取り早くそうした方がいいと思った。
そうと決めてからは早い。
アインは吸収の力を発動させ、あっという間に周囲の魔力を吸っていく。
「ニャ……ニャホォ……」
その際、カティマが生存本能に従って身体をよじる。
けれど安心していい。アインはしっかりカティマのことを考えて吸収しているから、彼女の魔石から魔力が失われることはない。
「今更なんだけど、
「…………ほんっと今更じゃん」
「ごめんね。いつ気が付くのかなーって思って、ちょっと見てたくなっちゃった」
「ま、まぁいいよ……もう終わるだろうし」
まるで、ダイヤモンドダストだった。
大地から浮かび上がる魔力の結晶が星明りに照らされて、幻想的な光景を作り出す。
その周囲でゴーレムは瞬く間に動きが鈍くなりはじめ、膝を付く。すぐに土くれへと変貌していき、何百体も居たゴーレムは一体残らず土に還る。
見届けたアインはようやく溜飲を下げた。
しかしあのようなモノが存在するとは驚くばかり。
「やっと終わった」
「お疲れ様。タオルいる?」
アインの傍に足を運んだシャノンは生成り色のタオルを手にしていた。
「いるけど、どこから出したの?」
「服と同じよ。魔力でつくったの」
道理で、と頷いたアインはシャノンからタオルを受け取って汗を拭く。
アインにしてみれば大した運動でないため汗らしい汗は掻いておらず、額にうっすらと浮かんでいた汗をぬぐう程度だった。
「アレってそれなりに貴重なモノなのかな」
「どれのこと? ゴーレムを呼び出す装置のことかしら?」
「そ。あんなの聞いたことないし」
「……古い技術なのは勿論だけど、作れるドワーフが限られるって聞いたことがあるわ。だからもしかしたら、現代には残ってないのかも。そういう意味では貴重なんじゃないかしら」
「やっぱりね。破壊しなくてよかったよ」
だが研究者たちは見つけていなかったのだろうか?
腕を組んで考えたアインはたまらずシャノンに尋ねた。
「ドワーフがつくる戦闘用の魔道具って、自然に溶け込むのが上手いのよ」
ということだった。
聞けば魔王大戦当時も使われた技術だそうだ。ハイム戦争以上の苛烈さと言われる魔王戦争で活きた技術なら、仕方ないと思わせられる。
「それでどうする? もう帰る?」
「帰るつもりだったけどさ、この状況はどうしたもんだろうね」
大地が抉れ、土砂をまき散らした様子は、つい数十分前の平原と同じ場所と思えない。
このまま帰るには辺りの地形が変貌しすぎていたのだ。
(素人が均すってのもあれか)
木の根やツタを用いて強引に直すことをを考えたが、下手なことをして地中に埋まった制御装置、もとい魔道具に傷をつけるのは避けたい。
腕組みをしたアインがじっと大地を眺めていると――――。
「…………ええー」
また、だった。
むしろ今度は大地のより深い場所から揺れが生じ、遺跡の下から容赦なく隆起しはじめる。
やがて遺跡は大地に持ち上げられ、その穴から岩石の巨腕が現れる。大きさはヴェルグクや変貌したヴィゼルほどではないが、後者の二回り小さいくらいだろうか?
こうなれば、ゴーレムについてよく知らないアインでも想像できる。
その想像に答えを叩きつけるが如く、離れたところから二本目の腕が、その中間あたりで目や鼻が彫刻された無機質な巨岩が現れた。
すると、辺りを一際大きく揺らしながらその身をさらけ出し、アインを見下ろし仁王立ち。
岩でできた全身はくまなく彫刻が施され、角ばった全身が見たことのない紋様に覆われている。
ゴォオッ! ゴオッ!
岩でできた全身が動くたびに鈍い音が響きわたる。
地中に埋まっていた身体に付着した泥が降ってくるのを見て、ツタを重ねて傘にしたアイン。
「見て見て、すっごくおっきいわよ」
「うん、でかいと思う。すごくでかいね」
「あんなに大きいのは私もみたことがないわ。ドワーフの王国が栄華を極めた頃に生まれた産物なのかも」
「そりゃすごい。道理ででっかいわけだよ」
「……もう、なーに? どうして生返事なのよ!」
そんなの、決まってる。
「半ばピクニック気分で来たらこんなことになってるんだし、多少は仕方ないと思わない?」
行く場所行く場所、どこに行っても変な騒動に巻き込まれる体質はどうしたものか。
こういう運命なのかと思ったアインは、ため息を二度、そして三度と繰り返して剣を納めた。
「慰めてあげましょうか?」
「大丈夫。お願いって言った途端、精神がどうにかされそうだし」
「ね、ねぇ! 人聞きの悪いことを言わないでくれる!?」
「冗談だよ。でも今は、アレをどうにかしないといけないからさ」
「……だったらなんで剣を収めたのよ」
「そんなの、いきなり襲われてイラッとしてるからだけど」
シャノンは意味が分からなかった。
イラッとしたというのはわからないでもない。というか実際、彼女も邪魔をされた気分だから若干苛立っていたくらいだ。
だがそこから、剣を収めるというのは意味が分からない。
――――ゴォオオオオッ!
話をする二人の頭上に石の巨腕が迫る。
それは普通の人間相手なら、まばたき一瞬の時間で肉塊にできる重さの塊だ。
「戦わないってこと?」
「や、戦うよ」
ならどうして剣を? 何度目か分からない疑問を口にしようとした刹那。
「いい加減頭に来てるから、いっそのこと拳でどうにかしようかと思って」
アインの横顔は涼しげで、爽やかで、優しげだった。
そんな微笑みが不意にシャノンの方に向いて、急なことにシャノンの頬を赤くさせる。
だがその反対側で、アインの握り拳は人間離れどころか、国難・海龍でも生み出せない膂力を漲らせ、迫りくる石の塊を待っていた。
「悪いけど、ここで待っててもらいたいんだ」
「う、うん……大丈夫」
依然として同じ笑みを浮かべたアインに言われ、シャノンは素直に応じた。
応じたところで彼女はアインが生み出した木の根に包み込まれ、これからの騒ぎから守られる。
隙間がないことを確認したアインは笑みの上に青筋を重ね、「よし」と呟き上を見上げた。
「で、取りあえず」
石の塊こと、岩の腕があと数十センチまで迫る。
次いですぐに止められた。
アインが掲げた拳に触れたところで、微動だにしなくなった。
けれど、すぐにカタ、カタタッ――――と岩から音が鳴りだした。
徐々に岩がひび割れはじめたと思いきや、アインのもう一方の腕が振り上げられる。
「砕くか」
無慈悲な力が衝突し、岩の腕が粉々に砕け散る。
岩で造られた体躯に衝撃が走り、ふらっと背後に身体が傾く。
アインはそこで飛翔して、岩の体躯を駆けあがった。
(魔石もない。生物らしい特徴もない)
むしろ先ほどまでのゴーレムとよく似た感覚を抱いた。
では、こちらは巨大なゴーレムであるというだけだ。
生物であれば倒すことに迷いはあったろうが、これなら迷う必要はない。いきなり襲われたのだから、壊すくらい許されてしかるべきだろう。
だからアインは腕を振った。
巨大なゴーレムの体躯を少しずつ砕き、制御装置と思しき何かがないか探った。
見つけられたのは、頭部を見上げたときのことだった。
「アレか」
頭部の忠心から濃密な魔力の気配を感じる。
では、壊そう。
「……ニャニャ?」
決心したところで、カティマを担いだままだったことを思い出した。
これは悪いことをした。
状況説明やゴーレムを倒す前に、一度降りた方がいいと考える。
しかし、カティマは何を思ったのか面前のゴーレムを見て目を輝かせたのだ。
「ニャニャニャッ!? どーしてこんなとこに居るのかよくわからニャいけど、アイン! アレは何なのニャ!? あーんなでっかい岩を制御するなんて、どんな造りなのかニャ!?」
「よくわからないけど、ゴーレ――――」
「ゴーレムなのニャ!? 魔王大戦をきっかけに失われたと言われてるあのゴーレムなのかニャ!? 現代においても記録はあっても、同じ技術を生み出すのは不可能と言われてるあのゴーレムってことなのかニャァァアアッ!?」
彼女はシャノンよりも詳しかった。
……目を覚ましていきなりの状況であるというのに、この肝の据わりっぷりはまさしくカティマである。
「で、アインはなにをしようとしてんのニャ?」
「いきなり襲われたから砕こうかなって」
「ニャホォオオッ!? 馬鹿言ってんじゃないニャ! あれが本当にゴーレムなのニャら、
(……破壊しきる前に目覚めてくれてよかった)
アインはゴーレムの価値を知り、首筋にひやっと冷たい汗を流しながら密かに考えた。
「どうすればいい!? いずれにせよ動きを止めないと!」
「記録が確かニャら、制御を担う魔道具を探すのニャ!」
それなら頭部にあるモノで間違いないだろう。
「吸収して魔力を吸えばいいってことか!」
「そうなのニャ! ……それにしても、随分と理解が早いニャ? そもそも何であれがゴーレムだって知ってるのニャ?」
「……昔、カティマさんの研究室で本を読んだからだよ」
「つまり私のおかげで勉強になってたってことかニャ?」
「そうね」
「ニャハハ~、さっすが私。イシュタリカ一の天才ケットシーだニャ~……」
上機嫌なカティマに作り笑いを返したアインはゴーレムの頭部を見た。
ゴーレムの身体を駆けあがり、その頭部を狙いすます。人間で言うと鎖骨の部分を蹴り、ゴーレムの頭部を見下ろす高さまで飛び上がった。
(砕くのはまずいな)
拳でやるより素直に剣を使った方がいい。国家予算数年分の価値があると言われたら、大胆なアインでも気を遣う。
剣を抜いたアインは慎重に狙いを定め、岩肌を少しずつ切りつけた。
結果は勿論、アインの圧勝だった。
◇ ◇ ◇ ◇
それから、忙しい夜となった。
まずはカティマをゴーレムの傍に置いてシャノンの下に戻り、彼女へ何度も礼を言った。
このときシャノンは上機嫌だった。姿を消す前に「この様子だと、
つづけてアインはカティマを連れて宿に戻る。
この際、シャノンの魔法が解かれたリリたちの気配も感じられた。
そして、宿に戻ってからが本番だった。
話を聞いたシルヴァーとらは大いに喜ぶと同時に、どこに行っても騒動に巻き込まれるアインに強く同情したのである。
ひとまず複数ある飛行船を一台向かわせ、すぐに管理することができた。
とはいえ今はやれることが少ない。
一応あったと言えばあったのだが、ウォーレンがあっさり文官仕事を終わらせてしまったために、クローネですら出る幕が無かったのだ。
「良い気分だ! こうして皆との時間を過ごせるばかりか、イシュタリカのためとなる大きな発見があったとはな!」
思い思いの時間を過ごしていた居た皆が大部屋に場所を移し、何をするのかというとパーティだ。
酒、美食、そして近しい者たち。肴にはついさっきアインとカティマが運んだゴーレムの情報である。
(本当にすごい発見だったんだなー)
アインもまた楽しみながら座敷の一角でくつろいでいた。
するとそこへディルがやってきて、隣で正座をする。
「アイン様がカティマと宿を出発なさって間もなく、フオルン組から連絡が届きました」
「フオルン組から?」
「はい。フオルンの長より、金剛木の用意が出来たと連絡があったそうです」
「そのことか。じゃあえっと……明日にでも挨拶に行ってこようかな」
「承知致しました。では今度こそ、私がお供させていただきます」
考えてみればこの旅行中、ディルは一度もアインの伴をしていない。
「じゃあ、明日の朝にでも行こうか」
「はっ!」
朝ならシルヴァードや父が飲む酒に付き合わなくとも平気だ。
問題はディルが普段と違い大いに酒を飲んでいることだったが、どうやらその心配もいらなそうだ。ディルの横顔は普段と同じで凛々しい。
アインは金剛木がどのような外見なのか想像しつつ、手に持ったグラスをゆっくり口元に運んだ。
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