付近の遺跡へ。

 すみません。ワクチン接種でちょっと体調がすぐれないので短めです……。




◇ ◇ ◇ ◇




 楽しい時間はあっという間に過ぎていき、この日もすぐに夕方に至った。

 夕食はララルアが気になるという店でとっていた。

 皆が親しい者だけで楽しむ食事で美酒に酔い、料理に舌鼓を打つ。そんな食事の席が一時間も過ぎた頃、窓際で食休みに勤しんでいたアインがふと――――。



(――――なんだろ?)



 建物の外の道を慌ただしく駆け巡る者たちの姿に気が付いた。



「んニャ? 冒険者たちかニャ?」


「あ、やっぱり?」


「んむ。あの装備を見れば明らかなのニャ。気になるのはその冒険者たちが慌ただしいってことに尽きるニャ」


「魔物が出たとかかな」


「あんまり想像できないニャー。ミスリス渓谷は安全管理が売りな面もあるわけニャし、魔物が出たなら出たで私たちにも連絡が来てるはずなのニャ」



 だが一向にその様子がない。



「どうしたのだ、二人とも」


「……お爺様。なんか外が騒々しかったもので」


「騒々しい? ……ふむ。どうやら冒険者たちのようだな」


「陛下。何かあったのではありませんか?」


「ロイドの予想通り、何かあったのだろうな」



 先に窓際に来ていた二人の傍に足を運んだシルヴァードとロイドの表情が変わった。普段城で見ることの多い神妙な表情……だったのだが、酒のせいで若干頬が赤く締まりがない。

 こうしていると、この店の店主が近くにやってきて口を開く。



「恐らく、遺跡の幽霊騒ぎでしょう。今朝、近くの宿を発った冒険者たちが居たと聞いています。また何かあったのかもしれません」



 するとロイドが尋ね返す。



「幽霊とな? アンデッドではないのか?」


「はい。アンデッドのような魔物ではないのです。――――騒動のきっかけは、森の奥に位置する遺跡に泊まった冒険者たちでした」



 店主曰くそれは半年ほど前に遡る。



 アインが泊まるミスリス渓谷から徒歩で一時間ほど森の奥へ進むと、古くから残る遺跡が見えるという。だが一見すれば古びた石造りの家に過ぎず、中も部屋が一つあるだけで地下があるわけでもないそうだ。



 その遺跡に冒険者が宿泊した。

 屋根があって魔物もおらず、都合のいい建物だったそうだ。

 しかし翌朝、その冒険者は部屋の片隅で揺れ動く影を見たという。アンデッドと思った冒険者は剣を抜いて戦闘態勢にうつったのだが、揺れ動く影は霧のように消えてしまったのだとか。



死霊レイスではないのか?」



 と、ロイドが疑問を呈する。



「そうではないようです。噂を聞いた他の冒険者もその影を見たそうなのですが、間違いなく魔物ではないとのことで……」


「分からんな……本当に幽霊だとでも……」



 するとそこでカティマが口を挟む。



あの遺跡、、、、は千年以上前の建築物と言われてるのニャ。その時代は切り出した石を用いて家を作るのが主流ニャったから、特別な魔法の痕跡が残ってるってわけでもないはずニャ。つまり、魔物が寄り付く要素はないと思うのニャ」


「カティマ様、ご存じなのですか?」


「んむ! 何年か前に研究者の間で話題になった遺跡なのニャ。珍しく綺麗に残ってたからって、発見したオーガスト商会から調査依頼が来てたからニャ~」


「なるほど。しかし魔物が寄り付く要素がないとなるとやはり……」


「さて、どうだろうニャ。本当に幽霊なのか、それとも新種の魔物かもしれないニャ」



 カティマの瞳が光り輝いていた。

 窓辺にはシルヴァードも足を運んでいたからディルはすでに口を開くことに躊躇しており、深々とため息を吐いてこちらを見ている。



「お父様、良かったらこのカティマに――――」



 調査させてくれ! この機会に、是非!

 言ったところで駄目と言われるだろうと思っていた。だけど言わずにはいられず、我慢できず言い放ってしまったのである。

 だが、シルヴァードはカティマに予想を裏切る。



「よいぞ」


「…………ニャ?」


「アインと共に行って参れ。この辺りは新米冒険者でも問題ない程度の魔物しかおらんと聞く。昔はそうではなかったそうだが、今が大丈夫なら問題なかろう」


「い、いいんですかニャ!?」


「うむ。後でやっぱり行きたいと言われるよりその方がよい。しかしディルはならんぞ。夜は余らと共に酒を交わす約束がある」



 自分も同行する気満々だったディルが近くで項垂れた。



「いつの間にそんな約束をしてたんですかニャ……」


「キングバイソンの湯でな。ディルは余にとって娘婿だ。此度のような機会でなくば話せぬこともあろう?」




 ◇ ◇ ◇ ◇




 街道らしい街道はないが、獣道というほどではない。そんな山道に居たアインとカティマは、等間隔に置かれた松明の灯りを頼りになだらかな山道を進んでいた。

 かたや王太子、かたや元第一王女の二人が護衛を連れずに歩く夜の山道。



 しかしやはり安全であろう、と宿に戻った皆も確信していた。

 結局のところは力技と言ってもいい。アインが強すぎることにより、安全管理も何もないという、そんな話であったから。



(にしても緩くなった)



 さすがに警戒しなさすぎだろうか? カティマを連れて素直に山道にやって来たアインが逆に気を遣ってしまっていた。

 しかし、木の葉が擦れ合う音をを聞いているうちに――――。

 その音に混じって、人々の呼吸音が聞こえた気がした。



「なるほど」


「ニャ? 何か言ったかニャ?」


「や、なんでもない」



 呼吸音が聞こえた気がした方角に意識を向けると、幾人か潜んでいる気配があった。しかし敵ではない。



(リリさんたちか)



 密かに護衛させているということだ。

 ついでに、彼女がいつの間に同行していたのかも気になるところだったが、アインはそのことを気にすると同時に、彼女たち暗部の者たちも温泉を楽しんでくれたらと思った。



 ――――さすがに無理かもしれないが。



「もうすぐ着くはずなのニャ」


「りょーかい。……というか、遺跡とやらに着いたら何をするのさ。幽霊か新種の魔物だとして、カティマさんに何ができるの?」


「私の知識欲が満たされるニャ」


「それだけ?」


「んむ。あとは後々、研究員を派遣するくらいだニャ」


「…………」



 カティマの口ぶりは知識欲が満たされさえすれば、後は満足という様子だった。

 だが、不意に。



「――――ニャ?」



 上機嫌に歩くカティマの影が止まった。

 松明に灯された彼女は肩口に違和感を覚え、手を伸ばす。

 すると、独特の甘い香りを漂わせる粘液に触れた。

 臆することなく鼻先に運んだカティマはすぐに。



「ヒールバードの糞だニャ」



 と言い、指先の糞をハンカチで拭う。



「よくわかるね」


「ふふんっ、私にかかればこのくらい――――」



 得意げに目を細めたカティマの足が大地を踏まず、空を蹴った。

 足元に段差があることに気が付かず、そのまま勢いよく転倒してしまう。



「フニャォォオオッ!?」



 彼女は情けない大声を発すると同時に意識を手放した。

 その際も「フニャァ……」という何とも言えない声を発して。



「道案内が倒れてしまった……」



 あまりにも油断しすぎな駄猫を見て、アインは引き返すことを決意した。

 見た感じ、そして様子を診る限りカティマは軽い脳震盪で気を失っただけだろう。だからさっさと担ぎ上げたアインが遠くに感じたリリたちの気配に合図を送る。



 だが、一向に近づいてくる気配がなかった。

 代わりに、カティマを担いだアインの隣にシャノンが現れる。



「私が案内してあげる」


「わかるの?」


「ええ。あまり地形が変わってないから、多分ね」



 それならそれでいいのだが、かといってアインが一人で遺跡を見に行ったところであまり意味はない。興味がないと言ったら嘘になるが、研究者でもなく遺跡の知識が不案内なアインにとって、現地に行ったところでただの見学にすぎないのだ。



(リリさんたちはどうしたんだろ)



 そして彼女たちにシャノンを見られるわけにはいかない。

 シャノンもそれをわかっていたはずなのだが……。



「ちょっとだけ誤った認識をしてもらってるだけ。だから心配しないで」


「また勝手に魔法を使ってるし」


「平気よ。少しだけ私がいることに違和感を覚えないでいてもらってるだけだから」


「……まぁいっか」



 ではカティマをどうするかだ。当然、置いていくわけにはいかない。



(連れて行くしかないか)



 せっかく山道を歩いてしばらく経つのだ。

 そのせいか、最後には引き返すことを止めたのである。




◇ ◇ ◇ ◇




 ――――山道を抜けると平原があった。

 小さな村なら収まりそうなくらい広く、満天の空を望んだ大自然に包まれている。



「遺跡があったって話だし、昔は村でもあったのかな」


「そうよ。ドワーフたちの村があったの」


「え?」


「覚えてない? この辺りって馬で数日も進んだら、アインがドワーフたちを助けた場所なんだけど」



 言われてみればそんな気がした。

 かと言って実際にマルクだった頃の記憶が残っているわけではない。あくまでもセラが作り出した仮初の世界で経験した、過去の記憶の産物に過ぎない。



「おお~……考えてみれば確かに……」


「それと、もっともっと進むとドワーフたちの王国跡に着くわ。王国と言っても現代の小都市くらいの大きさでしかなかったけどね。今では遺跡すら残ってないでしょうけど」


「へぇ……そんな歴史は聞いたことなかったや」


「旧王都にイシュタリカができるよりずっと昔の話だもの。当然よ」



 歴史を紐解けば、ドワーフはダークエルフとの戦いにより国が滅んだそうだ。両者は互いに小国で、その規模は今でいう臨海都市シュトロム程度の大きさしかなかったのだとか。

 いずれもアインが耳にしたことのない、それにしては大仰な話である。



「だから歴史家も知らないってことか」


「そういうこと。――――探そうと思えば、当時のドワーフやダークエルフの血を引く者がいるかもしれないけど、当時の歴史を知る者はないんじゃないかしら」



 アインはカティマを背負いながら「だろうね」と静かに呟く。彼はその視線の先に鎮座する小さな石の遺跡を見つけ、シャノンの先導で歩きはじめた。



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