例の生物の名前などなど。
2020年も多くのアクセスありがとうございました。
少し短めですが、一年の締めくくりとして更新させていただきました。
来年からもこのアフターストーリーを更新して参れればと思いますので、引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
◇ ◇ ◇ ◇
夏場のバルトは王都やそのほかの大都市と比べて、既にやや静けさが漂っている。
ただ、秋に差し掛かりだすとあっという間に豪雪に見舞われて、極寒で生きる魔物たちが猛威を振るいはじめる季節が到来することは言うまでもない。
『くれぐれも、民にその姿を見られぬようにな』
『見られたら見られたでどうにか致しますが、正直、御身は隠されたままの方が色々都合がよろしいかもしれません』
シルヴァードに、そしてウォーレンに。
城を発つ直前、二人にそう告げられたアインの身を包むローブは以前、クローネの母であるエレナが港町マグナに密航してきた際、お忍びと称して町に繰り出した際に身に着けていたのと同じ素材で作られている。
更に説明するならば、傍から見ていると認識を阻害しやすい――――という魔道具だ。
今回はアインだけ先に城を出て、後からクローネをはじめとする者たちが合流を果たした。
アインは人目を忍び、先んじて王家専用水列車に乗りこんでいたのだ。
――――それから、半日近くの時間が過ぎる。
「ま、まさか本当にあの当時のお姿に……」
冒険者の町バルトに到着して間もなく、もうすぐ真夜中だというのに駅で待っていたバルト伯爵がアインを馬車に招き入れ、曰く、ウォーレンとの折衝通りに移動すると口にした。
「昔を思い出してしまいますな。殿下がいらした当時、氷原の王ウパシカムイを討伐なさったあの日と瓜二つのお姿ではありませんか」
「ええ……内緒にしてくれると助かるんで、そんな感じで……」
「承知しております。これより我が屋敷まで参ってからも、使用人に姿を見せることなく魔王城へ向かえるよう支度が済んでおります」
しかし、アインに同行した者たちは後程となる。
理由は一つ、目立たぬように。
王太子が足を運んだのに何もせず、すぐに町を離れるというのも外聞が悪い。代わりに、同行したクローネたちが軽めの公務を担うことで、茶を濁そうという話だった。
そのため、この馬車に乗っているのはアインだけ。
バルト伯爵への信頼もあり、ウォーレンが調整した予定通りである。
護衛が居ないことも普段なら問題になるが、今回に限っては間違いなく不満を口にする者が居ない。
なぜなら――――。
「このまま裏手に回りまして、密かにいらしていただいていたシルビア様の馬車にお移りいただきます」
少なくとも、エルダーリッチのシルビアに勝る実力者が城内に存在しないからだ。たとえ進化を遂げたマルコであろうとも、彼女の魔法の前では優位に立つことが至難なのだから――――。
◇ ◇ ◇ ◇
「…………く、くくっ……」
出会い頭に笑われる経験なんてあまりない。
来たのはシルビアだけだと思っていたアインだが、馬車の前に立ち、葉巻をふかしていたカインに笑われて唇を尖らせた。
「な、なんですかッ!?」
「少し見ない間に小さくなったじゃないか」
「くぅ…………ッ!」
「しばらく見ないうちに大きくなった、と口にした経験はある。今のような言葉を口にしたのははじめてだぞ」
それはそうだろう。
アインだって言われたことがない。
言う場面も想像できなかった。
「伯爵、世話になった」
「い、いえ! では私は――――」
「そうだな。ここから先は俺たちに任せてくれ。町に迷惑を掛けぬようすぐに立ち去るから、その辺も心配はしなくていい」
バルト伯爵は決してそうしたことを心配していたわけではない。単にカインを前にして、同じく剣を嗜む者として気圧され、遠慮がちに口を開けていただけだ。
と言ったところで、事情はさることながらバルト伯爵はこの場を後にする。
その傍らで、残されたアインは「もういいか」と口にしてローブを脱いだ。
当然、脱いだからといって身体が元に戻ることもなく小柄なまま。
対するカインから見ても、以前、精神世界で剣を教えた日の姿に近かった。
「ふぐぅ…………ッ!?」
不意にアインの身体が首根っこから持ち上げられる。カインが時折アーシェに対してしていたように、親猫が子猫にするようにして。
「行くぞ。細かな話は馬車に乗ってからだ」
「…………俺を持ち上げた意味はあるんですかね?」
「気にするな。軽そうだったから、ついな」
「あ、はい……そうですか……ついなら仕方ないですね……多分……」
抵抗する気持ちが生じないのは、どうにも互いの関係性のせいらしい。
違和感はなく、忌避感もない。
情けない格好だが、彼の前だと今更な気がしてならない。
「体調もいつもどおりだろ?」
「そうですが、何で知ってるんです?」
カインは答えることなく馬車の扉を開けて、持ち上げたアインをそのままに。
中に足を踏み入れると、椅子に腰を下ろしていたシルビアが微笑んだ。
「あらあら、いらっしゃい」
どうしてこちらも何も言わず、アインが小さな状況を平然と受け入れているのだろう。ツッコんだところで大した返事は期待できないのだが、疑問に感じてしまうのは止まらない。
さて、アインは馬車の中を見渡すが空いている席は一つしかなかった。
シルビアの隣には所狭しと荷物が置かれ、対面のカインの席と思しき席もまた同じ状況だ。
すると――――。
トン、トン、と。
「アインの席はそこだ」
シルビアの膝の上に置かれてしまい、そのまま彼女の腕が回され固定される。
「色々と不本意な体勢なんですが!」
「私のことが嫌いなら動いて構わないわよ」
それは、違うだろう。
なんてズルい言葉だろうか。
「実はバルト伯爵が土産をくれてな。おかげで馬車の中がこうなっている。他の席は空いてないんだから諦めて座っていろ」
「窮屈だったら言ってね」
「…………はい」
もう、なすがまま。抵抗する気も起きない。
それに、アインの身体は幼き日のそれに戻っていると言っても、同年代の中では発育が良かった方だし、決して小柄すぎたりはしない。
だがしかし、シルビアも同じく身長が高めの女性。
窮屈さを感じないのも、この体格差によるものだった。
「だがまぁ、随分と懐かしい生物の影響を受けたもんだ」
「そうねー……今も生体が残ってるかは分からないけど、お城に残されていた素材は丁寧に保管されていたみたい」
「――――やっぱり、知ってるんですか?」
「うん? 何がかしら?」
「俺の身体がこうなった理由と、そうした魔物のことをです」
アインは首根に胸を押し付けられながらも、この体勢を気にしないことにして尋ねた。
「宝物庫の資料には名前とかが書いてなかったんです。生態とか目撃情報とか、それらしき情報が残されていただけなので」
だから名前すら知らないのだ。
二人はその正体を知っているようだし、初っ端から希望を見いだせる。
この予想を裏付けるように、シルビアは平然と。
「知ってるわよ」
あっさり口にしたのである。
「あなたも一緒に見たわよね?」
「ああ。昔、大陸を旅しているときに何度か見たことがある。辺鄙なところにしか生息していないが、辺鄙と言えばこの辺りも、少し進めば辺鄙な場所だ」
「そういうこと。ほら、アイン君もご覧なさい」
シルビアは背後から一冊の本を取り出し、子供に読み聞かせるようにしてページを開く。
描かれていたのは、宝物庫にあった資料に描かれていたのと同じ生物だが、あの資料と違うのはページ上部にこの生物の名前らしき文字が記されていたことだ。
――――その名を。
「妖精蟲?」
アインがその言葉を発すると。
「虫と付くが魔物だぞ。危険を察知したときや、ごく稀に訪れる繁殖期にはでかくなる」
「大きくなったときは狂暴になるから、覚えておいてね」
また妙な情報を語りはじめ、なすがままのアインの頬を引き攣らせる。
馬車に揺られ、そろそろ冒険者の町バルトを出るところで。
彼は「もう少し詳しく教えてください」と言い、二人の説明を待ったのである。
◇ ◇ ◇ ◇
前書きにも記載しましたが、今年も大変お世話になりました。
本日は私の別作品『暗躍無双』と併せて、一年の締めくくりとして更新させていただいております。
来年も是非、魔石グルメを、結城涼をどうぞよろしくお願いいたします……!
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