瘴気窟に行く前に。
明けましておめでとうございます。
旧年中は多くのアクセス、応援をいただきましてありがとうございました。本年も引き続き『魔石グルメ』に加え『暗躍無双』だけでなく、また、新作にも挑戦できればと考えております。
2021年もどうぞよろしくお願いいたします!
◇ ◇ ◇ ◇
魔王城に着いた時には、すでに日が変わってしまっていた。
特別な馬車で、特別な魔物が引く馬車だとしてもこればかりは仕方なく、今日も今日とて満天の空を望む魔王城の前で馬車を下りたアインは、うんと背を伸ばして欠伸を漏らす。
こうしていると、以前――――というのは、旧王都にはじめて足を運んだ際のことであったり、マルコと戦ったときのことなのだが。
当時と違い、ここに来るとしっくりくる自分が居た。
この感情は、きっと、王都キングスランドにある城に帰ったときの気分に似ているからだ。
ライルと戦った世界の出来事を鑑みれば、今の身長もあってより一層に。
「お着換えとかは
「あの……今の俺に合う服があるんですか?」
「勿論。一応ここはお城だし、国だったから物持ちはいいの。皆が前に着ていた服も、少しぐらいはとってあるんだから」
そこに
二人がそうしたやり取りを交わす横で、精悍なデュラハンが笑う。
「今日は良いものが見れた。よく寝られそうだ」
「俺はすごく不満なんですが」
「くくくっ――――だろうな。顔を見ていればすぐにわかるさ」
すると、カインは愉快そうに笑いながら先を進んでいってしまう。
彼はしその足で、ばらく前にウォーレンが本を投げ捨てた噴水を横切った。主の帰還を察知した扉は自動に開き、さっさと魔王城に入って行った。
「――――馬車で話していた場所には、昼前にでも行ってみようと思ってます」
「私たちも一緒に行く?」
「いえ、聞いた感じだと俺一人で大丈夫そうですし、ぱぱっと様子見だけして帰ってくるつもりです」
それはあの後、バルトを発って間もなく聞いた話である。
カインが辺境と口にしたように、この辺りも確かに辺境なのだ。大戦以前に遡ればイシュタリカが王都があったとはいえ、時代も時代だ。
つまり、この辺りにも『妖精蟲』が生息していた場所があるというのだ。
(ラビオラと遊んでた場所の近くから行けばいいんだっけ)
もう少し詳しく記憶をたどると、マルクがはじめてセラと出会った場所の近く。そこから旧王都を離れて森の中に行くと、瘴気窟があるとのこと。
中に入ると、山間に沿って坂となった洞窟がつづいているそうだ。
十数分も進めば、開けた湖のほとりに出るの、とさっきシルビアがアインに告げていた。
「すぐに休んで明日に備えます」
「はーい。じゃあ今日は――――」
彼らがカインにつづいて魔王城に足を踏み入れようとした、その時だ。
『そうはさせない』
妙に強気で、だけど不思議と緩い声が。
アインとシルビアが近づいていないのに、扉が勝手に開かれていく。
「遊ぶ」
嫉妬の夢魔――――アーシェ。
魔王が何を言うのかと思いきや。
鼻息荒く宣言すると。
「……あっ、遊ぶっていってるのっ!」
返事がないことに不安を煽られ、のし……のし……と大股で歩き出してアインの前にやってくる。アーシェは彼の面前で腕を組むが、今日はアインを見上げることがなかった。
依然として小柄ながら、この時ばかりはアインも小さい。
とは言え、アインの方がやはり大きいが、こうしていると兄妹のようだった。
「――――なるほど」
半ば無意識のうちに手を伸ばしたアインはアーシェの頭に手を置いて、絹糸のように柔らかい銀髪を少し乱暴に撫でる。
「わ、わふっ……なんで……っ!?」
何というか、小動物感がすごかった。
彼女はこそばゆそうだが、不満そうではない。きょとんとした様子に驚きと、構ってもらえたことへの喜びが垣間見えていた。
(わふって何だろ)
ちょっと癒された。
ついでに、こんな時間から何をして遊ぶのだろうか、って気になった。
「ちなみに、遊ぶのはいいですけど、何を――――」「催眠勝負!」「うわぁ……物騒だぁ……」
普通にテーブルで遊べるようなものでいいのに。
やはり夢魔は夜の方が元気ということ……って感覚はない。
アーシェはいつだって眠そうだし、その線は薄そうだった。
◇ ◇ ◇ ◇
結局、四人で楽しんだのは平和的な遊び。ルールが簡単な、いわゆるカードや駒を使ったテーブルで遊べる遊戯をいくつかだ。
お開きになったのは、発起人のアーシェが寝落ちしたからである。
朝に目を覚ましたアインはそのことを思い出しつつ。
「二度寝したい」
気の抜けた声でこう口にする。睡眠時間が足りていないのだが、寝るだけでは何のために王都を離れたのか分からない。
眠気眼に鞭を討つように頬を叩き、欠伸を漏らしながらベッドを降りた。
身支度を整えているうちに「折角だから」と独り言を漏らすと、部屋にある以前と変わらぬクローゼットを開き、服を取り出した。
着慣れた感触に包まれたアインは手足を動かすと、満足した表情で頷いた。
部屋を出てからは慣れた足取りで食堂へ向かって歩いた。
「よく眠れた?」
足を踏み入れた食堂に置かれた縦長のテーブル。
純白のクロスが敷かれたその先から、優雅に茶を嗜むシルビアの声が届く。
「いつも通りです」
「良かった。アーシェがベッドを用意したから少し心配だったの」
「ア、アーシェさんが?」
「ええ。あの子ったら、アイン君が来るからって張り切っちゃって、自分でしたこともないくせにベッドメイクをはじめたのよ。どう? かわいいでしょ?」
あの小柄なアーシェが大きなベッドの手入れをすると思うと、考えるだけで大変そうだ。
その健気さには心が温められる。
「こっちにいらっしゃい。温かいうちに召し上がれ」
向かった先の、シルビアの面前の席に。
まだ温かそうに湯気が立つ料理が並べられている。
「
「あー……道理で居ないわけですね」
「それと、アーシェも起きてこないの。昨日はアイン君と一緒に外に出るって言ってたのに、遊びに夢中になり過ぎちゃったのね。深い眠りに入った夢魔って、こうなると丸一日は起きてこないのよ」
だから、私が一緒に行く? とシルビアは言う。
アインの立場を鑑みれば供をするのが当然なのだが、実のところ、シルビアはアインが一人で行くことの心配をしていない。
彼をどうにかできる者が居るなら、このイシュタリカはもう滅亡しているとすら思えた。
「散歩がてらって感じですし、俺一人で大丈夫ですよ」
「分かったわ。じゃあ、私は皆さんが来るまでに資料を集めておいてあげる。……と言っても、実は私も、希望の素材は妖精蟲のソレくらいって思っていたから、新しい情報は少ないと思うけど」
そもそも、ここに来た目的はアインの身体の状況を聞くことが発端ではない。
本来、ロランが欲していた魔物の素材の情報を聞くべく足を運ぶことになっていた、ということを忘れてはならなかった。
「道に迷わなければ早いうちに帰ってくる予定です」
アインは席に腰を下ろして料理を楽しみながらそう言って、窓の外から差し込む朝日に目を向けた。
今抱いている「楽しみだなー」という、探検気分の感情をクローネたちに言うと叱られそうだが、はじめて足を運ぶ瘴気窟に興味が向いて仕方がない。
冒険者の真似事と言うとそれまでなものの、いつもはじめて行く場所は楽しみなのだ。
装備は大丈夫。
黒剣イシュタルを腰に携えているだけでいい。
いつもより心なしか早く食事を終えたアインは席を立ち、シルビアに礼を言ってから窓に近づく。あの世界で見た栄華はとうになく、半壊した町々が物悲しい。
少し、憂いげなため息を漏らしながらも町の中を見渡していると――――。
(なんでそこに…………ってか、祈りを捧げてる……?)
廃墟と化した町の片隅に、物陰に潜み膝を折る美婦の妖艶な姿が視界の隅を掠めた。
彼女は赤髪を朝の風に揺らし、そこに居る。
――――目を凝らすと、そこに居た彼女は膝が汚れるのを意にも介さず膝を折り、手を合わせて目を伏せているようであった。
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