悩みの種とその解決のために。
夕方、ロランはシエラを連れて城に足を運んだ。
シエラは表情の冴えない彼と違い、シエラはその隣で自慢の銀髪を優雅に靡かせ、仕方なそうに振舞う余裕を見せていたのが対照的だった。
――――謁見の間の前で待っていたアイン。
彼が二人と共に、中に入ろうとすると……。
「申し訳ないのですが、アイン様はこちらでお待ちくだされ」
と、ロイドが言い辛そうに口にした。
「陛下がそうするようにと仰っておりまして」
「もしかして、警戒されてる?」
「いやはや……私からは何とも……」
ロランが関わる話と言うと、この頃は規模が大きくなりやすい。
直近では黄金航路が手にしていた研究に関すること。更に大きなこととして、黒龍艦バハムートという代物が存在する。
何にせよ、シルヴァードはアインが同席することで更に話が大きくなることを危惧しているのだろう。
捨てられた子犬のような顔をした狼男。
そして、彼の背を押した銀髪のエルフ。
「陛下をお待たせしないの。早く行きましょう」
「わ、分かってるって……それじゃアイン君――――じゃなくて、王太子殿下! またあとで!」
二人を見送り、ロイドも謁見の間に入ったのを見届けたアインは扉離れ、直ぐ近くの壁に背を預けていたクリスの傍に近づいた。
彼女はアインが近づくと、すぐに頬を綻ばせて言う。
「ちょっとシエラに聞いてみたんですが、やっぱり、バハムートのお話みたいです」
「ああ、何かあったんだ」
「えーっと……詳しくは教えてくれなかったんですが、ロラン殿が取り乱すぐらいには問題なのかなー……って……」
そう言われると、決して小さな問題には思えない。
先日の活躍を慮ると殊更に。
「不穏だ」
「――――ふふっ」
「あれ、どうして笑ったのさ」
「ごめんなさい。アイン様の口から不穏だって出るのがおかしくって」
普段は周囲を賑やかす立場だったアインは真意を悟り、肩をすくめた。
不満なわけでも、彼女に苛立つことも皆無で、じゃれあうようにやり取りを交わしていた。
「俺だって成長するってことだよ」
それにしても、気になって仕方がない。
重ねて考えてしまうが、あのロランが取り乱すということは、決して小さくない問題が発生したということだし、それをシルヴァードに相談する場を設けたとなれば確定的であった。
たとえば計画を凍結に……ということもある。
基幹となる箇所は九割がた完成していると聞いたし、後の問題は他の組み立てに関することなのだろうか……。
それから――――。
ロランとシエラが謁見の間から出て来たのは、十数分後のことである。
(さっきより明るい感じだ)
現れたロランの表情は少し、さっきと比べて晴れやかだった。
「ロラン!」
声を掛けると、彼は人懐っこい笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「たはは、陛下に甘えっぱなしで申し訳なくなっちゃったよ」
「その甘えた内容ってのが気になってるんだけど、お爺様と何を話してきたの?」
「ごめんごめん! そのことだったら――――」「ロラン、駄目よ」「あ……そう言えばそうだった」
シエラに咎められたロランは「ごめん」と言い、口を噤んだ。
どうしてかと思っていると、今度はシエラが申し訳なさそうに膝を折り。
「シルヴァード陛下が自らお伝えするとのことでして……。いと尊き御方へこのようなお返事となり、心苦しい限りなのですが……」
逆にアインが申し訳なくなるほど、礼儀にのっとった立ち居振る舞いで告げたのである。
「わ、分かったって! 分かったから!」
「シエラ。アイン様はもう少しくだけた態度でいて欲しいみたい」
幼馴染の声にシエラがため息交じりに言う。
「
多少は諦めていたアインも、そしてクリスも。
無理強いはせず、特にアインはシエラの振る舞いに敬意を表し、無下にするような言い方はせずに、彼女に立つよう願い出る。
すると、さすがに無視できない彼女も立ち上がり、さっきまでのようにロランの隣に立った。
「ごめんね。というわけだから、ボクたちから教えるのは憚られるんだ」
逆にアインだって、無理に聞き出すつもりは毛頭ない。
「それも分かったよ。多分、寝る前にお爺様から呼び出しが入ると思うし、黙って待ってるからさ」
「本当にごめんね……っとと! さっきから、ごめんばっかりしか言ってないんだけど、そろそろ行かないと! せっかく陛下に話を聞いていただけたんだし、ボクも頑張らないとね!」
「気にしないでいいよ。それで、これから研究所に?」
「そうそう! まだ問題は山積みだけど、やれることからやっていかないと!」
二人が立ち去って行く姿は、ちょっと新鮮だった。
……相性の良さを目の当たりにしたアインは特にそう見える。
(解決の糸口は見えてるって感じなのかな)
城下町でいつもと違う様子で声を掛けてきたロランを思い返して、その姿が鳴りを潜めていたことにアインは喜ぶ。
――――ついでに、早く呼び出しが掛かることに期待した。
◇ ◇ ◇ ◇
案の定。あるいは想定通り。
アインがサロンの一室に呼ばれたのは、あれから数時間後のことだ。
共に呼び出されたクローネを伴い足を踏み入れると、中には既に待っていたシルヴァードその人と、ロイドの二人がいた。
「すみません。お待たせしました」
「よい。急に呼びつけたのは余であるから気にするな。――――想像は付いているであろうが、ロランの話のことだ。まずは座ってくれ。ゆるりと話すとしよう」
足を運んだ二人はシルヴァードが座るソファの対面に腰を下ろす。
用意されていた茶を一口、喉を潤して居住まいを正す。
シルヴァードは頃合いを見計らって、落ち着いたところで再度口を開いた。
「単刀直入に言おう」
――――と。
腕を組みながら。
「バハムートの建造に必要な素材が足りんそうだ」
「…………足りないとどうなるのですか?」
「バハムートが一回りほど小さくなってしまうな」
「地味に大問題じゃないですか」
「うむ。そうなのだ」
妙に落ち着いて言葉を交わす二人の傍から、クローネが遠慮がちに。
「……陛下。シュゼイドに現れた海龍の素材はいかがでしょうか。アレらも今は、国の預かりとなっていたと記憶しておりますが」
「余もそう思いロランに尋ねたのだが、ようは必要な箇所の問題なのだ」
曰く、海龍の素材は確かに稀有な素材に違いないのだが、足りていない素材というのは、どうにも他の魔物の素材の方がよいとのこと。
「無理をすればあの海龍の素材で代用可能だそうだが、できれば避けたいとロランが言っておる。となれば、余としては無理をするのは好まん」
「そうは言いますが、ロランの表情は明るくなっていましたよ。お爺様は建造を中止と言ったわけではないんですよね?」
「当然だ。余はすぐに検討すると言ったぐらいだぞ」
「…………感謝します」
「よい。すべては我らイシュタリカのためでもある。――――しかし、代用したくない理由がもう一つあってな。余としては、あの素材にはあまり手を付けたくないのだ」
シルヴァードはクローネに目を向けて話をつづける。
「あの海龍の素材はいずれ、クローネの船を造る際に用いるべきだ」
「わ、私ですか……!?」
「何を驚く。やがて王族の一員となるならば、王族専用艦が与えられるのが慣例だ。幼き日よりそうなることを前提に、ウォーレンから学ばされていたであろう?」
面と向かって、許婚として育ったと言われると若干照れてしまう。
でも、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。
「陛下。私の驚きは、あまりにも高価なお品になると知っての驚きです」
「何事にも均衡というのは重要である。アインのリヴァイアサンや、新たに造られるバハムートと比べてあまりにも質が低ければ誰しも気になるであろう。それに――――」
シルヴァードは振り向いて、背後に控えていたロイドを見た。
「ええ。必要な素材の多寡にもよるでしょうし、気にするほどでもないかと」
疑問符を浮かべたアインとクローネと違い、長年共にイシュタリカの繁栄に勤めて来た二人は、意思の疎通が見事だった。
――――別に、シュゼイドに現れた海龍の素材を一隻分に使い切る必要はない。
たとえば、もう一隻造ることだって出来るのだ。
最近、以前にも増してアインと距離の近い彼女のことを考えればこそ。
「話を戻そう。バハムートの建造に必要な素材が足りておらぬのが問題でな、余はどうしたもんかと考えておる。――――というわけで、旧王都へ向かってもらいたい」
ここでシルヴァードは今一度、ロイドに目配せを送った。
「アーシェ様をはじめとする皆様へと、何か良い情報はないか聞いてきてほしいのです」
「分かってきたよ。魔王城にいる三人は色々知っていそうだしね」
「仰る通りです。実は手紙を送ることに加え、バルト経由でメッセージバードを飛ばすことも考えたのですが……」
「我ら王家との関係を鑑み、直に足を運ぶべきと余が判断したのだ」
そうした方が、非礼に当たらないことは確実だから。
「クローネはどうする?」
「勿論、一緒に行くわ」
「大丈夫ですかな……バルトは夏でも過酷な環境ですが……」
「それなら、多分迎えに来てくれるから大丈夫だと思う」
間違いなくそうなるはずだ。
前もそうだったし、今回も変わらずに。
(今年は賑やかだなー……)
色々な場所に足を運べて充実した日々を過ごせているが、そういえば、とバハムートが今どれぐらい組み上げられているのかも気になってしまう。
近いうち、落ち着いたら見に行ってみたい。
そう、心に決めたアインは窓の外に広がる夜景を見た。
「お爺様。そういえば、素材が足りて逆に大きくなるのは――――」
「…………ロランに聞け。とはいえ、足りたら足りたで後で相談するとしよう」
意外と否定的でないことに驚いたアインは心のうちで驚いて、頷き返す。
隣に座るクローネを見ると。
「日程の調整とか、細かいことは私がしておくから心配しないでね」
「ありがと。いつも助かってるよ」
婚約者の可憐な微笑みに礼をして、遠く離れた旧王都に思いを馳せたのだった。
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