【祝500話】古き潮騒の記憶と共に。
遂に500話に到達いたしました。
ここまで来られたのは、いつも応援してくださる皆様のおかげです。
これからも楽しんでいただけますよう努めて参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
コミックス3巻の予約が開始しております!
原作最新7巻と共に、ご予約のほど、何卒よろしくお願いいたします!
また、原作8巻も改稿作業は順調なので、予定通り冬の発売を目指しております……!
◇ ◇ ◇ ◇
宿に帰り、少女とカティマを会わせた後。
少女が「そろそろ帰らないと」と口にしたのは、夜の十時を過ぎた頃であった。
アインはアインで宿での仕事もあり、無責任と思わないわけでもなかったが、カティマが私に任せろ、と息巻いたので、それに甘えて席を外していたのだ。
日が変わる前、アインの部屋を訪ねたカティマの表情は少し硬い。
「色々と気になってることがあるのニャ」
「……カティマさん?」
「あの少女が私を前に緊張しなかったのはまぁいいニャ。元王女といえ、私は普段の振る舞いとか、研究所なんかは顔を出しまくってたからニャ。ま、研究者は他の平民よりも私が接しやすいって理解し得るはずニャし」
彼女はそう言うと、アインが座る席に近づいた。
無作法にもそこに置かれてある机の上に腰を下ろし、腕組み。
高い天井を見上げて言うのだ。
「何者なのニャ、あの少女は」
振り向いたカティマの瞳を見ると、いつもの軽さが消えていた。
「残念なことに私は助けになれなかったニャ。これは私の知識不足だから悔しいで済む話ニャけど、分からないのは、私が知らない常識を下に話を進めていたことなのニャ」
カティマは合点がいかない様子のままに。
机の上から飛び降りて、鼻息荒くアインを見上げる。
「黄金航路の騒動を思い出さないかニャ?」
奴らの科学力は確かに際立っていた。
生き残り、はたまた関係者だったと思うと大きな違和感はない。
少女の身なりの良さだってしっくり来た。
「あの子は何処に?」
「もう帰ったのニャ。色々と話を聞いてみたかったニャけど、いつの間にか、私が目を離したすきに霧みたいに消えちゃったのニャ」
猶更、不可解だ。
「明日の朝にまた来るって言ってたけどニャ」
「……え、来るの?」
「私もあれー、って思ったけどそうらしいのニャ」
黄金航路の関係者であれば、イシュタリカに対して怒りを抱いていてもおかしくない。
二度目の邂逅は罠か。はたまた、少女はそもそも黄金航路と関係ないのか。それを迷っていたアインへと、カティマは「任せるのニャ」と口にした。
「次は場所を改めて護衛も増やすから、心配しなくていいのニャ」
「また簡単に言って……。ちなみに、あの子は何の魔石のために急いでたのさ」
「良く分かんニャいけど……可哀相にたった一人で眠ってた子のため、って言ってたのニャ」
なるほど、良く分からん。
すると、アインは席を立った。
「どっかに行くのかニャ?」
「ちょっと外を見て来る。まだ近くにいるかもしれないし」
「ニャー……じゃあ、マルコたちを連れて行くのニャ!」
「いや、マルコは宿に居てもらうよ――――マルコ!」
その名を呼ぶと、数十秒も経たぬうちに彼が部屋に足を運んだ。
「お呼びですか」
「俺はちょっと外に出てくる。本当はマルコとディルに付いて来てほしいけど……」
「……なるほど。宿に居る皆さまをお守りすればよろしいのですね?」
「あ、あれ……今日はいつもより話が早い……?」
「ははっ、私とて慣れておりますゆえ。それに、皆様方をお守りすることも私の使命に他なりません」
「助かるよ。それじゃ……三十分ぐらいで帰るから、こっちはお願いする」
カティマはアインを見送ろうと思ったのだが、彼の足は一向に扉へ向かう気配がない。
それどころか窓に近づいて、開けてしまう。
途中、フードが付いた外套を手にしてからである。
彼は海の夜景がいっぱいに広がったテラスに出てしまうと……。
「行ってくる」
あっという間に外に出た。
後ろから「ニャニャニャッ!?」という驚きの声は聞こえてきたが、気にせず壁を伝って屋根まで上り、夜のシュゼイドを見渡した。
「…………」
見当たらない。どこを探しても少女の気配すら窺えない。
外を歩いていてくれたらと思ったが、やはり時間が経ち過ぎていたのだろう。
せめて、どこに泊まっているのか先に聞いておくべきだったと後悔するが、ここで後悔してもあまり意味を成さない。
アインは裏手に回り下に降りると、そのままの足で大通りに足を踏み入れた。
勿論、該当を羽織りフードで顔を隠している。
大通りはまだ賑やかで、アインが居ることもあって観光客の姿も多い。雑踏の中に混じったアインはゆっくり、ギルドの方へ歩き出して町を見渡していた。
しかしながら。
(もう居なそうだなー……)
恐らく、いや確実に。
勿論、明日来ると言ったのだから待ってもいいのだが、ここまできたら少し探して帰りたい。
特に明日もアインには予定があるから、猶更だ。
「冒険者さん! 一本どうだい!」
夜店の店主に声を掛けらたアインは頷いて、店先で炙られていた串焼きを一本購入。
…………美味しい。
こんなことをしている場合じゃないが、無視をするにも憚られた。
(せっかくだし、港の方にも行ってみよう)
足早に雑踏の中を進み、徐々に港に近づいた。
リヴァイアサンをはじめとする船が並ぶのとは違った、漁師たちが使う桟橋がある方角へ。
◇ ◇ ◇ ◇
倉庫が立ち並ぶ古臭い港の横で、アインはおもむろに足を止めた。
ついでに物陰に潜み息を殺す。
向かう先から声がしたからなのだが、その様子が少し剣呑であった。
「姐さんッ! どうして船長が頭を下げなきゃならないんですッ!」
「うるっさいねぇ……あの人が悪いことしたからに決まってんじゃないかっ!」
そこに居たのは一人の船乗りと、アインが昼間に世話になったラジードの妻である。
「そんなことを話すために私を呼んだのかいっ!?」
「勿論でさッ! だっておかしい話でしょ!? 死んだのは坊ちゃんで、死なせるために招集を掛けたのは王家だってのに!」
「……はぁ……本気で言ってんのかい?」
船乗りは強く頷いた。
彼は年のころ、二十も半ばぐらいだろうか。精悍な顔つきと筋肉質な体躯には、立派な船乗りらしさがあった。
「馬鹿だね。若いんだよ、あんたは」
「ッ――――姐さん! 何処へ行くんです! 話はまだ終わってないですよッ!」
「いーや、もう十分なのさ。分からないのかい? うちの人があんたはまだ半人前だって言ってるのは、その若さが理由なのさっ! 弟子だってんだから、そんぐらい分からないのかい!?」
「なっ……俺はただ、船長のためを思って……ッ!」
「あの人を慕ってくれてるのは分かるのさ。でもね、慕うだけじゃ駄目なんだよ。……明日は仕事をしなくていいから、頭を冷やすんだね」
彼女はこうして若い船乗りの下を去り、若い船乗りは俯いて、握り拳を震わせていた。
…………こっちには来ない方がよかったのかな。
つい、聞きふけってしまったことに罪悪感を覚えたアインがじっとしていると、若い船乗りは明後日の方向に駆けだした。
「姐さん、俺はもう一人前なんだ……ッ! すぐにでもその証拠を見せてやりますよッ!」
一方でアインは物陰から姿を現し、桟橋に立って海原を眺める。彼の心は、明日からの仕事をより一層頑張ろうという決心で満たされた。
「彼、何をするつもりなんだろ」
海原に向けて呟くと――――。
あの男は不意に。
忽然と姿を現したのだ。
「――――私も気になるな。彼が見せてくれた生の輝きは、若き日のベイオルフを見ているようだった」
彼はアインに気配を悟らせず、いつの間にか隣に立っていた。
相談役。
あのベイオルフが、黄金航路がそう呼称していた銀髪の男が今、アインの隣に姿を現したのである。
「ッ……貴方は」
「やぁ、久しぶりだね」
彼は目を細め、純粋そうな笑みを浮かべてアインを見た。
「こんな町で会えるなんて、運命を感じてしまうよ。キミはどうしてここに?」
「俺は仕事で――――じゃなくて! 貴方には、王都に来てもらう必要がある……ッ!」
「あははっ、理由は大方想像できるが、今は無理なんだ」
この男には隙が無かった。
何処までも自然体な立ち姿なのに、どうしてだろう。アインは剣を抜こうにも、不思議な雰囲気を前に警戒するばかりで、たじろいでしまっていた。
(何なんだ……この男は……)
一見すれば、戦えるような体格はしていない。
なら、魔法を? あるいは特別なスキルを?
何にせよ、その正体が分からない。
「キミと話をする機会と思うと、王都に行くのもやぶさかではないんだが、キミの言葉から察するに、静かなところでゆっくりできるようじゃない。悪いが、面倒ごとは避けたいんだ」
「素直に逃がすと思っていますか?」
「悪いんだが、こうして話をしに来たのは、偶然、キミを見かけたからでね」
彼は踵を返し、アインに背を向けた。
そこでアインはイシュタルを抜き、踏み込んだのだが。
「私はもう行くよ。この町には欲しい情報が無かったからね。……ただ、悪くなかったよ。一つの裁きを下せただけでも、私の存在価値は証明されたも同然さ」
「ま……待てッ! まだ、聞きたい話が山ほど――――き、消えた……?」
饒舌に語り、来た時と同じく忽然と姿を消してしまう。
霧のように……はたまた、氷が水に溶けるかのように。
アインからしてみれば、まばたき一瞬の間に消えてしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
この日の夜、遥か沖の深海にて。
一人、シュゼイドから戻った少女が腰からしたに力を失い、情けなくも地べたに座り込んでしまっていた。
と同時に、少女は両手で上半身を抱き、唇を震わせた。
「そん……な……どうして……ッ」
頭蓋骨の中で、その奥を見上げると見える魔石が。
朝、この場所を発つときと違って、黒々とした靄が充満していたのだ。
「止まって……ッ! 駄目、元に戻って……ッ!」
靄は少女の来訪と共に膨張していった。
巨大な魔石は瞬く間に黒く染まってしまう。
少女が浮遊し、近づいて手で触れて何か魔法を使うも、染まる速度は収まるどころか増す一方だ。
――――それも、時間が経つにつれて状況が変わる。
「私の手が……?」
少女の手が魔石に飲み込まれていく。
慌てて離れようとするも、あっという間に。
『ァ……アア……』
声がした。
頭蓋骨の奥、喉の方から。
「止まって! お願い……いい子だから……ッ!」
『ッ――――ア……アァ……ッ』
「お願い! やめて……貴方はアンデッドにならないで……お願い、だから……」
魔石の中に飲み込まれていく。
少女が黒い靄に包み込まれ、意識が遠のいていく。比例して、頭蓋骨の持ち主の骨格が生前の姿を取り戻していく。
風化しつつあった牙は以前の鋭利さを取り戻し、額の魔石を覆う膜が現れる。
骨を覆う肉が生まれ、鱗が生まれ、ヒレが生まれた。
最後には、双眸が生まれて瞼を開く。
ただ、全身は所々腐っていた。瘴気すら纏っていたぐらいだ。
「止めて……ネクロマンサーの私を食べたら貴方は……ッ! 貴方には、序列者の私の力は強すぎる……ッ!」
少女の抵抗はむなしく。
「またずっと、ずっと一緒に居てあげるから……ッ! ここで眠っていた貴方を見た時から、私はずっとそばにいるって決めてたから……ッ! だから止めて、私を吸収しては駄目……ッ!」
『ガ……アァッ……』
「このまま静かに暮らしましょ……? ここで一緒に、ずっと静かに……ッ」
『ッ――――ァァ……ァァアアアアアアアアッ!』
海中に響き渡りし咆哮は深海を抜け、海面まで届いた。
高波を生み、天球を覆う雲をも弾いてしまう。
少女はとうとう、頭まで魔石に取り込まれてしまう。最後に、必死の抵抗の中でヴァファールを一瞬で殺した力を行使するも、無駄な抵抗であったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、少女はいつになっても足を運んでくる様子がなかった。
食事をとり終え、一応、来たなら来たで自分も話を聞こうと思っていたアインだが、時間がもういっぱいっぱいだ。
彼は部屋に置かれていた時計を見て、仕方なそうに立ちあがる。
「俺はもう行くよ。マルコには残ってもらうから、何かあったら頼ってほしい」
と、共に朝食を取ったカティマに告げた。
「分かったのニャ!」
彼女の返事を聞き、アインは足早に部屋を出る。
外に出たところでクローネとクリスの二人合流し、昇降機に乗り一階へ降りて行った。
すると、一階には宿を去ろうとする直前のラジードの姿がある。
「ラジードさん」
アインが声を掛けると、彼は一瞬、困ったように頬を掻いてから振り向いた。
それを見て、アインは一人で彼の下に駆け寄った。
「今朝の飯はどうだった?」
「美味しかったです。みんな喜んでました」
「お、おう……そいつぁよかったぜ」
まだ少し遠慮があったが、昨日の最初と違って接しやすい。
「殿下はこれから仕事だって聞いたぜ」
「ですね。また魔物の討伐をしてこようかなって思ってます」
「……だったらよ、昼には一度帰って来いよ。乗組員全員分ってのは難しいが、殿下に近い騎士の分ぐらい、一緒に飯を用意して待ってるからよ」
「え、いいんですか? 結構な人数が居ますけど」
「一応、殿下付きの騎士さまに聞いてある。何とかなりそうだったからってわけだ」
彼は肩をすくめながら言い、宿の外を指さした。
その方角は、港がある場所だ。
「ミウにはうちの船まで行って、若い奴らに食材を運ぶように伝えてもらってるんだ」
「だったら、せっかくですしお言葉に甘えます。昼ご飯も楽しみにしてますね」
心の底から楽しみにしてるのが分かる、そんな笑みを向けられて、ラジードも鼻の頭を掻いて笑っていた。
打ち解けたいう表現が正しいのかは分からない。
でも、二人の間にあったわだかまりは鳴りを潜めたように見える。
「俺は今から母ちゃんと飯の仕込みでもしてくるぜ! じゃあ、殿下も気を付けて海に――――ん? 母ちゃん、あんなに急いでどうしたってんだ……?」
宿の外の道の端から、ラジードの妻が鬼気迫る様子で走って来ていた。
「お、おい……俺っちは何も怒られるようなことしてねえぞ……ッ!? 殿下にだって、何も悪いことはしてねえ!」
「べ、別の用事じゃないですかね……」
目を見開き、口をあんぐりと開けたラジードだったが。
彼の妻が宿に到着して、彼の胸ぐらをつかんだところで驚いた。
妻の目に、普段は見せない必死さが宿っていたからである。
「あんたの馬鹿弟子が海に出たんだよッ! 勝手に船を使って、深海の秘宝を取りに行くって息巻いて……ッ!」
馬鹿弟子と聞いて、アインとラジードの二人は誰のことなのか悟る。
昨晩、アインが見てしまった若い船乗りのことだろう。
思い返すと、彼は立ち去る前に何か意気込んでいたこともあるし、確定的だ。
「あんの馬鹿野郎……ッ! なんだってんだ急に!」
すると彼女は夫へと、昨晩のことを語り聞かせた。
「馬鹿言ってんじゃねぇってんだッ! 青二才が勝手なことしやが……い、いや、待てよ母ちゃん! ミウは……ミウは家にいるんだよな……?」
「ミウだって? ミウはあんたに仕事を頼まれたからって言って外に……」
「くっ……まさか、嘘だろッ!?」
ラジードは勢いよく駆け出した。
向かう先は分かり切っている。
「クローネ、クリス。俺はラジードさんを追う。二人は騎士たちと一緒に!」
「ええ!」
「はいっ!」
「……それにしても、本気なのか? …………深海の秘宝を取りに行く、これが本当ならあの海域に行くってことなんじゃ……ッ!」
◇ ◇ ◇ ◇
ラジードは足が速く、アインの想像以上に早く桟橋へたどり着いた。
彼はそれから、そこにへたり込んでしまう。
自分の船がないことに加え、ミウの姿もなかったからだ。
「大丈夫」
しかし、アインが彼の肩に手を置いた。
「殿下……? 大丈夫ってのは……ッ!」
「俺もすぐに海に出ます。ラジードさんのとこの船はリヴァイアサンですぐに止めて、港まで引き返してきますから」
「ッ――――い、いいのかよ? あんなバカでかい戦艦を、そんなことに使ってくれるってのか……?」
「構いません。このぐらい、俺に何とかさせてください」
相応の費用は掛かるし、一人の漁師への特別扱いに当たるのは必定。
これが王太子としてふさわしいかの判断は避けた。
ただ、アインはここでラジードを見捨てることは考えられなかったのだ。
振り向くと、遠くからクローネとクリスも駆け寄ってきている。
彼女たちにもこの考えを伝え、急いでリヴァイアサンを向かわせようと思った。
――――その刹那のことであった。
……海が揺れたのである。
いや、海水がある一か所に向けて流れていく。
それは、リヴァイアサンが停泊した場所のすぐ近くで、その場の海面が膨張しはじめて、やがて、天高く海水を放ったのだ。
「……ラジードさん、下がってください」
アインは彼の前に立ち、双眸を鋭く研ぎ澄ます。
胸騒ぎがした。
そして、何か懐かしい感覚がした。
……少年の頃、学園から帰ったあの日。
城の中でエルダーリッチの声を聞いた、あの日のことが脳裏を掠めたのだ。
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