【2019】ハロウィンSS

今年もハロウィンSSを書こうと思ったのですが、カクヨムの方で投稿し忘れていたことに気が付いたので、一年遅れで投稿します……。今年の分のハロウィンSSは明日、明後日のいずれかに投稿しますので、どうぞよろしくお願いいたします。




◇ ◇ ◇ ◇




「イけるニャ」



と、カティマが鏡を前にそう言った。

いつもながら雑多に物が散らかる地下の研究室に、なぜか今日は大きな鏡が置かれている。



「あのさ、意味わかんないんだけど」



その言葉を聞いてカティマが振り返った。



「アインは何が不満なのかニャ」


「いや不満なんじゃなくて……仮装するって聞いたし、俺も楽しそうって答えた。けどさ、カティマさんのそれは仮装じゃない」


「どこをどう見ても仮装ニャろッ!」


「悪いけど、ケットシーのカティマさんが猫の着ぐるみを着ても訳が分からないだけだから。それも無駄に派手な色でよくわかんないし」


「はぁー……」



分かってないな、肩をすくめて首を左右に振ったカティマ。

当然だがその仕草がアインを逆なでし、彼は思わず額に青筋を浮かべたくなるほどイラっとしていた。けどここで怒ってもカティマの思うつぼ。

ひとまず胸に手を置いて、落ち着きを取り戻した。



「俺はほら、こういう格好だから仮装っちゃ仮装だけど」



一方のアインの服装は、執事が着るような燕尾服だった。

それを着こなし、凛とした姿で立っている。目の前のカラフルな猫とは大違いだ。



「まぁ聞くにゃ。これは私という個人を隠すことにもなるのニャ」


「まったく欠片も隠れてないけど」


「いつもの理知的な一面が隠れてるニャろ?」


「元から無いものは隠せないと思う」



ところで、何故隠すのかが不明だ。



「お菓子をくれなきゃ悪戯するってだけなんだし、別に隠す必要はないんじゃない?」


「そんなつまらないことをする気はないニャ」


「……まさか」


「お菓子をくれなかったら悪戯するニャ。でもお菓子をくれても悪戯するニャ」


「うわぁ……最低な王女だ」


「同じ日常ばかりおくってる皆への、私からのプレゼントってとこかニャ?」


「喜ばれないプレゼントほど無価値なものはないよね」



直接的な皮肉を意に介さず、カティマは鏡の前から歩き出した。

地上階へつづく扉の前にやってくると、器用にドアノブに手を掛ける。



「というわけで、私が捕まらないように手伝うニャ」


「嫌だよ」


「シュトロムの研究所の件は誰が口利きしてあげたと思うニャ?」



アインは大きく大きくため息をついて、仕方なそうに「分かったよ」と返した。





◇ ◇ ◇ ◇ 




着ぐるみを着たカティマは目立つ。

隣を歩くアインの服装もだが、もはやただの異物のように目立っていた。そんな二人が一番に足を運んだのは、シルヴァードの私室だ。



窓の外から差し込む昼下がりの穏やかな光を浴びながら、二人は室内に足を踏み入れる。



「――――どんな薬を作って飲んだのだ」



と、シルヴァードが頭を抱えて言う。



「違うのニャッ! 今日はお菓子を貰いに練り歩く日なのニャッ!」


「お、おお……それであったか。ついにカティマがただの猫になったのかと思うてな」


(お爺様、普段どんなこと考えてるんだろ)


「お主のことだから来ると思っていた。用意してあるから持っていってよいぞ」


「さっすがお父様なのニャッ! じゃあ早速」



カティマはシルヴァードから菓子を受け取ると、唐突に懐を漁りだした。

すでに共犯のアインからすれば、今からでも止めるべきだという気持ちと板挟みになる。とは言え大したことはしないだろうと思い、彼女のことを止めなかった。



すると。



「Trick but Treat だニャッ!」



小さなボールを力強く床にぶつけた。

砕け散ったボールからは真っ白な煙が生じて、シルヴァードが思わず咳き込んだ。



「カ、カティマッ! 菓子をやったというのに悪戯とはッ!」


「ッ……お爺様、ヒゲが……」



ヒゲが緑色になっている。

さすがのアインもここまでするとは思っておらず、カティマを「大丈夫なの?」と見た。

すると彼女は答える前にアインの背に乗り。



「一時間もすれば元通りだニャッ! ニャーッハッハッハッハァッ! さぁーアイン! 急いで逃げるのニャッ!」


「え、ちょっ……」


「アインッ! お主も共犯であったかッ!」


「いや、ちがッ! 違くないけど……あーもうっ!」



こうなってしまっては一蓮托生。

アインは勢いよく駆け出して部屋を出ると、目の前に見えた窓に向かう。

すぐさまシルヴァードも部屋を出て口を開く。



「ロイドォッ! アインとカティマの二人を捕まえよッ!」


「ふむ、お父様も本気だニャ」


「落ち着いてる場合じゃないって……捕まっててよ」



そう言って窓を開けたアインは、勢いよく外に飛び出す。

宙に浮き、地上に向かう最中にカティマが笑いながら言う。



「教えてやるニャ。こういう遊びで敵に回したら駄目な人が居るのニャ」


「誰のこと!」


「お母様とマーサだニャ」


「……納得だ」


「というわけで……悪戯はこれからだニャ。ムフフ……城を混沌の渦に落としてやるニャッ!」



訳の分からない気迫を込めたカティマに苦笑して、アインは着地の準備に移った。




◇ ◇ ◇ ◇




アインという機動力を得たカティマは強かった。過去最凶と言っていいほど、手の付けられない存在と言っても過言ではない。

日の入りの早い近頃では、もうすでに辺りが暗くなっている。

城内では今でも二人を捜索するロイドや騎士で慌ただしい。



しかし、この状況もたまには悪くない。

そう思っていたシルヴァード。



「あのお二人がいるといつも賑やかですな」


「余もそう思う。してロイド、二人の行方は?」


「……十数分前を境に忽然と姿が消えました。外に出たご様子はないのですが、どこを探してもいらっしゃらないようで」


「はぁ……今度は何を企んでおるのだろうか……して、お主の髪の色はどうなっておる?」


「陛下のヒゲと同じく、カティマ様にしてやられました」



今のロイドの髪の毛は真っ赤だ。

真夏の日差しにあてられた瑞々しいトマトのように赤くて目を引く。

――――コンコン、と。

二人がいた部屋の扉がノックされた。



「失礼いたします」



現れたのはウォーレンで、彼のヒゲはまっ黄色に染まっている。



「お主もか」


「ええ、読みあいに敗北してこのざまでございます」


「はっはっは! なんと哀れな老躯ばかり揃ったものよ!」


「愉快なもので……さて」


「何かあったのか?」


「お二人の姿が見つかりました」






――――城を出てシルヴァードたちがやって来たのは、城の一番高い屋根が見える中庭の一角だ。そこにはクローネやクリス、そしてオリビアの姿もあった。

皆が上を見上げると、屋根の頂点に二人の姿がある。



「聞いて驚くのニャッ! 皆に悪戯をしていた極彩色の美猫は実は――――私だったのニャッ!」



屋根の上から今日に自信に満ちた声が響き渡る。



「私に悪戯された哀れな者たちのように、この城も染め上げようと思ったのニャッ! でもそんなことをしたら本気で怒られそうだからやめたのニャッ!」


「……賢明であるな」


「ニャけどッ! 私はまだあきらめていないのニャァアアアアッ!」



するとカティマにバシッ! と背中を叩かれたアインが何かのスイッチを持つ。

押下され、何が起こるのだと皆が警戒する。



「私の半年の準備を目に焼き付けるニャァアアアアアアッ!」



何を半年も準備していたんだ。

皆の疑問に答えるように、魔石砲を放つのと同じぐらいの轟音が響く。

何回も、何か所からも鳴って辺りに響いた。



一同が驚くのと同時に。



「…………お姉さまらしいですね」



オリビアが呟くと。



「もう、アインも知ってたのかしら」


「キレイ……です」



クローネがつづき、最後にクリスが呟いた。

皆が目にしたのは色とりどりの花火だ。城全体どころか、王都そのものを包み込めそうなほどの規模で周囲に舞い上がった盛大な花火だ。



これにはシルヴァードたちも毒気を抜かれてしまい、互いに笑いあう。



やがて一際大きな爆発音。

すると城の裏手から舞い上がった巨大な火の玉があった。

勢いよく爆ぜたそれは、巨大なカティマの似顔絵を模したのだ。



「さて、ウォーレンも共犯のようだな」


「どうしてそう思われたのですか? このロイドにも教えていただきたく」


「これほど大規模な花火なら、さすがのカティマも無断では行わぬ。となれば報告をウォーレンにしていると思うのだが、どうだ?」


「ふむ……さすが陛下、ご賢察でございます」


「まったく、この狸め」


「恐れながら私は」


「狐であろう? どちらでもよいわ……やれやれ」



花火はそれからも長い時間、王都の夜を彩った。

城下町の民も笑みをこぼしたこの日の夜は、カティマの高笑いで幕を下ろしたのだった。

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