運搬手段と。【7巻は本日発売です!】

 朝になり、宿のリビングに足を運んだアインは大きな窓の外を眺めながら腕を組んだ。

 港の方を見ると、やはり現実だ。

 まだ海上に残されたままの魔物の亡骸に、魔物の死体。そして魔物の躯。



 どう言い換えても特に意味はないが、そんなことを考えながらも、アインはどうしたもんかという迷いを今も抱いていた。



「うん」



 しかし、どうしたもんだろう。

 昨晩はディルの下を訪ねて色々と聞いたが、あまり都合のいい手段は思い浮かばなかった。

 また別件ではあるが、支払いは恐らく一か月程度あれば大丈夫であるそう。

 他のギルドから金を運べばそれで済むだけの話らしく、特に面倒はないと聞いた。



 さて、となれば面倒なのはどう考えても運ぶ手段である。

 数分ほど迷ってみたが、解決の糸口は見えない。



 ――――もういっそのこと……。

 ――――そうだ、考えるより楽なことがあるじゃん。



 何かを思いついたのはその後のことだ。

 うんと背筋を伸ばして、朝日を全身に浴びながらようやく笑みを浮かべる。

 誰かに、特にクリスから小言を言われそうな気はしたけど、しょうがないんだ、と思って考えることを止めた。



「よし、決めた」



 すると、そこへ。



「…………早いのね、アイン」



 まだ寝ぼけ眼のクローネが寝室から現れて、彼の背中に近づいた。

 クローネのこんな姿は珍しい。

 ともあれ、アインしかいないとあって油断しきっていた。



「んぅ…………」



 唐突に背中に近づいて何をするのかと思いきや、背中からアインに抱き着いた。

 彼の細身でありながら筋肉質な背中に顔を押し付け、胸元に回した手で彼の服をぎゅっと握る。



「眠い?」


「ん……少しだけね」


「ほんとに少し?」


「…………少しだけだもん」



 これは甘えたい気分であることは明らかだ。

 クローネが眠気を否定する理由は良く分からない。

 単に、だらしないと思われたくないのか。

 それとも、本当に甘えてみているだけなのか、このいずれかだ。



「さっき、何を考えてたの?」


「ん、俺?」


「ええ、少しだけ声が聞こえてきたんだもの」


「起こしちゃったか」


「ううん、違うわ。目が冷めちゃったときにアインの声が聞こえてきただけ」



 ならよかった、と胸をなでおろしたアインの胸元から、クローネがそっと手を外す。そのまま一歩距離を取って、自身の頬を軽く叩いた。



「ふふっ、ダメね。お休みつづきで気が緩んじゃってたみたい」


「俺も似たようなもんだよ。たまにはこういう期間があってもいいと思う」


「陛下のご厚意ですもの。楽しまないとね。それで、朝からどうしたの? もしかして、あそこに浮かんでる魔物たちのこと?」


「そ。ギルドに任せるか他の方法を決めないとって思ってたんだけど、思いついたからスッキリした感じ」



 クローネが興味を抱いてアインの隣に立った。

 彼を見上げ、長い睫毛をまばたきの度に揺らして見せる。



「ねぇねぇ、どういう方法で――――」「別に大したことじゃないんだけどさ」「きゅ、急にどうしたの?」



 朝から上機嫌なアインがクローネの腰に手をまわして彼女を驚かせた。

 ――――そのまま、アインは。



「ちょっとアイ――――あっ……」



 珍しく強引に唇を重ねること、十数秒。

 されるがまま、もとより抵抗する気なんてないクローネは身体を委ねたままに脱力し、彼の背中に腕を回し、身体と身体を触れさせた。



「朝ごはんを食べながら教えるよ、皆も居た方がいいだろうし――――って、クローネ?」



 顔を真っ赤に染め挙げたクローネは密かに思う。

 歓迎してる。大歓迎だ。

 だが、急に今のようなことをされると、いつもの余裕はなく頬を赤らめてしまうし、そんな顔を見られるのもまた照れくさい。



 かぁっと染まった赤は首筋まで色を変えて、ぷいっと顔を反らさせた。

 シルバーブルーの毛先を指先でくるっ、くるっと弄び、つづけて意味もなく寝間着の袖を整えてみる。



「わ、私の方が年上なんだからね!」



 クローネは微かに聞こえる声でそう口にすると、顔を隠すため、もう一度アインに抱き着いて顔を押し付けたのだった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「本当によろしいのですか? 手数料はいただきますが、こちらで冒険者の手配をはじめ、海上での解体を含めて運搬を承ることは可能ですが……」



 ギルド、シュゼイド支部。

 その店構えは他の都市のギルドと違って控えめで、巨大な掲示板に張り出された以来の数もあまり多くない。

 それでも足を運ぶ冒険者の姿は変わらず、皆が皆、魔物と鎬を削る猛者ばかり。



 昨晩同様、ここに足を運んだディルは受付でペンを滑らせていた。

 さっき声をかけて来たのは受付嬢。

 ギルドの受付嬢と言えば冒険者の憧れの存在である、というのが良くある話だが、その受付嬢はディルの言葉に驚いていた。



「し、失礼ですがもう一度お聞かせください」


「はい、なんでしょうか?」


「海上に浮かんだ魔物の数はさることながら、大きさもまた普通ではございません。ですがそれを、そちらですべて運ばれるのですか?」


「そうなります。というか、既に運んでいる最中ですね」



 受付嬢はここで頭を抱えてみせた。

 いったいどんな手段で運ぶというのだろうか。



「本日中に終わります。置き場所については昨晩窺ったように、街の裏手にある丘陵へとのことでしたので、そちらに運ぶ手はずとなっております」


「おっ、お待ちください! 本日中……ですか……? 我々は数日掛かりの計画であると認識していたのですが!」


「本日中で間違いありません。っと、これで記入は終わりましたので、ご確認を」



 ディルから渡された紙には、確かに魔物200~……という数字が記載されていた。

 これらすべてが買取に丸をされており、現金化される運びだ。



「参考までにお聞かせください!どのようにして、あれほどの魔物を運ばれるのですか!?」



 受付嬢がカウンターに勢いよく腕を乗せ、ディルを驚かせたその刹那。

 外から、港の方からだ。

 何かを引きずるような音と、大歓声が聞こえてきたのだ。



「直接ご覧いただいた方がよろしいかと思いますよ。驚かれるのは無理もありませんが、ご安心ください。それは今朝、我ら臣下も同じ反応したばかりでございますから」



 ため息交じりに言ったディルがカウンター離れ、入り口のドアへ近づいていく。

 するとドアが勢いよく開かれて、魔物の素材を用いた鎧を着た冒険者が一人、慌てた様子で駆けこんできたのである。



「おいっ! お前たちも今の音を聞いただろ!?」


「んだようるせえな。なんだってんだよ、どうせ漁師たちが騒いでるだけだろうが」


「がぁーっはっはっはっはっ!」


「しゃあねえよ。あいつら、最近は決起集会だーとか、色々騒ぎ立てたるしな」



 酒を煽りながらの冒険者たちへと、駆けこんだ冒険者が大きな声で。



「なわけねーだろ馬鹿野郎どもがッ! 魔物だ! 魔物が運ばれてんだよ!」


「あ? 昨日の話だったらなくなったって、今さっきそこの騎士様から――――」


「違うっていってんだろ! いいか、よく聞け!」



 彼は大きく息を吸い、カッと目を見開いて。



「例の王太子が一人で持ち上げて運んできてんだよッ!」



 と口にした。

 ある冒険者は手にしていたジョッキを床に落とし、またある冒険者は酒を吹き出す。

 運搬手段を気にしていた受付嬢は――――。



「あれほど巨大な魔物を一人で持ち上げて運ぶ……?」



 絶句して、本当かどうか確かめるべくディルを見た。



「一応、近くの海までは他の船で運んでおりますよ」


「は、はぁ……そうですか……」



 そういう問題ではない。あと、落ち着きすぎではありませんか。

 彼女はこうした言葉を飲み込んで、引き攣る笑みを浮かべたままに外へ出た。

 大通りに立つと、しばらく先を歩くアインが彼女の姿に気が付いて、くったくのない笑みを浮かべて手を振ってきた。



 一人で持ち上げるどころか、片腕でいいのか。

 もう何をどう驚けばいいのか忘れてしまった受付嬢は、営業用の笑みを浮かべて手を振り返したのである。


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