書籍版6巻のときのSS(別パターン)

書籍版準拠の内容ですが、時系列はアインがエルフの里に向かう前となります。

本来はメール配信で使う予定だったSSだったのですが、ご存じのように別のSSが採用されたので、こちらは配信されませんでした。



◇ ◇ ◇ ◇




 深夜、湯上がりのクローネは城内にある自室にて。

 服を着替えてから。

 ソファに腰を下ろして湿りけが残った髪の毛にタオルを滑らせて、テーブルに置いた服に目を向けた。



 ――――ふぅ。



 火照ったままに、リラックスした様子で息を吐く。

つづけて可憐な顔に笑みを浮かべ、先日のアインが見せた反応を想起する。



「また着てみようかしら」



……それにしても、この服は今見ても露出が多い。

 この服に身を包んだままアインの傍にいたときなんて、さすがのクローネも心の内で緊張していたことを覚えている。



 とはいえ彼になら見られてもいいし、見られたい。

 こう考える自分も居たからこそ、急な披露の場でも楽しめていたと思う。



「ふふっ、見惚れてくれたんだものね」



軽く頬を上気させてもいたし、見惚れていたことは想像に難くない。

――――急にこの服を着て訪ねたら、どんな反応をしてくれるだろう?

悪戯心、そして彼に甘えたい感情が入り混じる。


 

 ふと、扉がノックされて。

外から『私です』と、クリスの声が届いた。



「どうぞ」



 湯上がりということも気にしないで返事をすると、すぐに扉が開かれる。

 現れたクリスもまたで湯を浴びたばかりだ。

 真っ白なシャツから覗く白磁の肌は仄かに赤みを帯びており、花の香りを漂わせる髪はクローネと同じく湿りけが残る。



 彼女はクローネが座るソファに近づいて、片手に持っていた紙の束をそっと置いて言う。



「もうひと頑張りですね」


「ええ、何とか朝までは終わらせましょう」



 二人が湯を浴びてから顔をそろえたのは仕事のため。

 近くに迫ったアインが王都を発つ日に向け、残る仕事の追い込みだ。



「あ、この服」



 クリスがテーブルに置いてあった服に気が付いた。



「私たちエルフの正装ながら、着るのはいつになっても恥ずかしいです」


「ふふっ、先日も恥ずかしがってましたもんね」


「仕方ないじゃないですか! だ、だっていつもは外套があったのに、あの子ったらわざと外套を渡さなかったんですから!」


「あの子、クリスさんの幼馴染みの女性ですね」



 不満げに唇を尖らせたクリスと対照的に、クローネは口に手を当ててクスクスと笑う。



「とても綺麗なお方でした」


「あの子の問題は性格ですよ!」


「でも、私はあのお方にこの服を頂きましたし……」



 そう言ってテーブルに置いた服を見る。

 贈り物をくれた相手のことを悪くは言えない。とはいえクリスもクリスでその幼馴染みを悪く言いたいわけではなく、恥ずかしさの裏返しにより不満を口にしているだけだった。



「アインの反応を考えれば、許してあげることは出来ませんか?」


「うっ……それを言われると弱いですが……」



 彼はクリスにも似合っているという反応をしていた。

 それは張本人のクリスも分かっているし、嬉しかったことを覚えている。



「どうせなら、私と一緒にまたこの服を着ちゃいましょう」


「えっ――――ええっ!?」


「もう一度アインから似合ってるって言われたら、もう怒る気も失せるかもしれませんよ」


「それは…………こ、こほん! その件についてはまた後日とします! 今はお仕事をしないといけませんからね!」


「あら、クリスさんったら」



 しかし間違いではない。

 休憩はここまでに、そろそろ仕事に映ろう。

 クローネがこう考えた矢先のことだ。



 扉がまた、コンコンとノックされたのだ。



『こんな時間にごめん、二人でいるって聞いたからさ。例の仕事の件で相談したいことがあるんだけど、今大丈夫かな?』



 話題に出ていたアインの声を聞き、二人は顔を見合わせて笑った。

 折角の訪問ではあるが、どうしたものか。

 クローネが迷った理由は一つ、ここにいるのは自分だけなら簡単にどうぞと言えたのだが、目の前にはクリスが居る。



普段なら別に構わないものの、彼女もまた湯上がりだ。

しかし。



「私が行ってきます」



 と、クリス。

 別に湯上がりでも相手がアインなら平気なのは彼女も同じなのだ。



 エルフの正装のときとは全く違う反応だが、湯上りと正装姿、これらにどれほどの違いがあるのかクローネは皆目見当がつかなかった。


「こんばんは、アイン様」


「うん、こんば――――えっ!?」



 扉を開けたクリスを見て、彼女が湯上がりと察したアイン。

 彼女の服装はいつもとそう変わらずとも。



「って、クローネも!?」



 どうにも彼は、二人と違って緊張してしまったらしい。

 目の前でそんな様子を見せつけられたクリスはまばたきを繰り返して、彼が緊張していることに対して笑ってしまう。



「もー、驚きすぎですよ」


「驚くって! ああそっか……もうこんな時間だしお風呂に入っても当然だし……仕事があるからそれも……じゃなくて! だったら出直すって!」


「気にしないで、私もクリスさんも平気だから」



 こう言われても納得しきれないアインだったが。



「アインもお仕事が大変でしょ? 私たちと一緒に頑張りましょ」



 実際、仕事のつもりで来たとあって心が揺れてしまう。



「……俺が気にし過ぎなんだろうか」



 むしろ気にしすぎる方が悪いのかもしれない。

 あくまでも冷静でいよう。



 アインは最後にクリスから「座りませんか?」と言われて心に決めた。

しかし、ソファに座ってから冷静でいることの難しさを知る。



「気になることがあったら何でも聞いてね」


「一緒に頑張りましょう、アイン様!」



 仕事は朝方までつづけられたのだが……。

 すぐ傍で華やかな香りを漂わせる二人がいることにより、仕事は予定の半分程度しか進めることが出来なかったのだった。


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